33話 『水花火』
◇
「はぁ? イルカがいない?」
「ウム」
「しかも宿屋の子供まで居ない、と」
「ウム」
朝、チョージが宿屋に戻れば、そこはちょっとした騒ぎになっていた。
何でも、宿屋の娘が夜の間にいなくなってしまったとのこと。
そんでもって、イルカも居ないんだと。
「……だからガキは気をつけろっつったのに……」
チョージは苛立たしげに前髪を掻き上げた。
宿屋の店主が食堂の椅子に座って頭を抱えている。
アオイからは、イルカの書き置きを見せられていた。「宿屋の子供が外に出たから追う」それだけの紙。日本語で書いてるからこれを店主に見せたところで読めないだろう。それでも、何か言わないと疑われる可能性があった。
どうも、余所者が夜な夜な誘拐してるのではと考えてるみたいだし。
「おい、これを見ろ」
「はい……? なんて書いてあるのでしょうか」
「お前は読めないだろうが、これは昨夜、俺様の仲間が、お前のとこのガキが外に出たから追うと書いて残した物だ」
「それは……つまりあなたのお仲間もいなくなったのですか!?」
「そうだ……手掛かりがこれしかない。たが、わかることが一つある」
「何でしょうか!?」
食い気味の店主。無理もない。愛娘が行方不明になったのだから。
「お前のとこのガキはわからなねぇが、少なくともコイツは正気だってことだ」
「……? はぁ、それが何の役に……」
「正気ってことは、コイツなら戻って来れるかもしれねぇだろ?」
「なるほど! 場所さえわかれば!」
「そういうことだ……もう少し調べてみるが……今は待て。いいな」
「はい……ありがとうございます……!」
ったく、何で俺様が野郎を慰めなきゃならんのだ、と悪態を吐きたくなったチョージ。でも我慢。
アオイは自分が眠ってる間にいなくなったことに責任を感じているのか、すでに街の外に捜索に出ている。
それなら、街の中で手掛かりを探すとするかな。
しかし、街にイルカの痕跡でもないかと探してみたが、特に何も残ってはいなかった。
夜中に声がしなかったかと聞き込みをしてみたが、誰も聞いた人はいない。そもそも、この騒ぎが起きてから夜中に出かける人がいないのだとか。
酔っ払いすらもいないらしく、聞き込みは全て空振りに終わる。
どうしたものかと街の入り口に行ってみると、アオイが戻ってきていた。
走り回ったのか、珍しく汗をかいていた。
「よお、見つかったか?」
「ウーム」
アオイは森の一画を指差した。一見何の変哲もない森だが、よくみると草木が折れていて獣道のようになっている。
「イルカたちが通った後ってことか?」
「ウーム」
アオイも確証はないようだが、足跡が複数残っていた。
「子供……と、こっちはイルカか? アイツは何センチだったか」
「26.5」
「よく知ってるな……俺様より少し小さいくらいだから、大体それくらいか?」
「ウム」
足跡は、森の奥まで続いてる。
「一旦、この足跡を辿ってみる前に店主に伝えておくか。何も言わずに事を進めると良くない気がするからな」
「チョージ、心配性」
「わかってるさ。だが、いらぬ誤解を受けたくないからな」
「ウム」
じゃあ宿屋に、と踵を返そうとした時。
――――――♪
音が聞こえた。
それは覚えのあるメロディで。
「…………アイツ……」
「ずるい、オレも、叩きたい」
「あ、ちょっと待て先に宿屋に……って、クソ、行きやがった」
チョージはアオイに置いて行かれてキレつつも、律儀に宿屋に一声かけてから音の方向へ向かうのだった。
◇
「それでな、新曲作ろうと思ってて、歌詞考えてるとこなんだよ。ファンタジーな感じにしたくて、魔法とかいっぱい見たくてさ」
ぷるぷる。
「お前がサーカスで使ってた魔法、めっちゃ綺麗だったよな。あれもっと見たいんだけど」
ぷるぷる。
ぱしゅんぱしゅん。
「わは! すげぇ! こんなに光ってて花火にしか見えないのに熱くないんだな。濡れるけど」
ぱしゅぱしゅぱしゅ!
「うわっ! それはもはや水鉄砲だろ! やめろかけるな! あはは!」
閑話休題。
黒い影と遊ぶの楽しすぎんか。
このスライムは多芸で、水魔法と音魔法が使えるらしい。音魔法で録音したり音を奏でたり出来るんだとか。水魔法は花火みたいにしてるやつ。
動物達を形作っているのはスライム自身の身体でやってるらしい。分裂できるスライム、すげえ。
一匹でオーケストラ出来ちゃうじゃんね。
ふと、観客席で眠りこけてる子供達に目をやる。
ん? 何かを忘れているような……。
「あ!?」
突然の大声にスライムが跳ねた。すまん。
でもそうだよ、宿屋の子供を連れ戻そうとしてたんじゃん!
すっかり忘れていた。
なんか危険が無さすぎて拍子抜けしたというか。それよりも衝撃が凄かったというか。
「てかさ、何で子供攫ってんの?」
ぷるん。
「ああ、ここに子供集めてるだろ? それが街で騒ぎになっててさ。だってたくさんの子供が行方不明になってんだもん。親は心配するだろ?」
ぷるぷる。
「あ、そっか。観客が欲しかった? お前も立派な演奏者だもんな」
ぽよぽよ。
「だよなぁ。気持ちはわかる。でも、この場に縛りつけるのは違うかな……」
ぷるん。
「へー……魔物の奏でる音楽を聴けるのが純粋な心を持った者だけだと思ったのか。まあいきなり街中に現れたらパニックになるし、怖がらないくらいの心持ってるやつじゃないと無理か……」
って何でスライムの言葉がわかるんだよ俺!?
震え方で感情までは察せられても言葉がわかるのは違うだろ! 厳密には言葉というか、何となく思考が頭に流れてくるだけなんだけど。
「それでもさ、一回聞いてもらったんなら帰してあげようよ。もうすっごい喜んでくれてたしさ。また聞きに来て貰えば良いじゃん。子供たちも親に会いたいと思うんだ」
ぷるる……。
空間がぐらぐらと揺らぎ始めた。サーカスのテントがぐにゃりと歪み、立っている地面まで波打つ。
「うわっ」
そして、スライムが強く発光すると。
「…………戻って来れた、のか?」
水上のガゼボに立っていた。スライムもいる。
「子供たちは!?」
見渡せば、泉のほとりに子供たちが横たわっていた。
皆寝息を立てており、命に別状は無さそうだ。
「ふぅ……さて、どうするか」
ざっと二、三十人はいる。この人数の子供を連れて、安全に森を抜けられる気がしない。マップを見れば、街までの道はわかった。でも、距離がそこそこ遠い。
化け物に襲われないとは限らない。
「んー……」
ぽよん。
「ん? あ、演奏? 確かに、笛で呼んだんだよな。それなら来るか? でも子供じゃないと来ないんじゃなかったっけ?」
ぽよぽよ。
「俺も弾くってことか。そしたら聞こえんのかな……」
俺のスキルという名の拡声器で広く届ける的な?
やれそうではある。
「じゃあ何の曲弾こうか」
♪♪〜
「新曲? チョージとアオイに怒られそ〜」
スライムは分裂して、ヴァイオリンとハープと小太鼓を構えた。何この徹底抗戦みたいなメンツ。おもろ。
俺はエレキなんだけど……まあいいか。
「じゃあやるか〜。あいつら気付くかな」
ちょうどファンタジー体験も満喫したところだし。この気分でみんなを呼び込もう!
◇
君にも聞こえるだろうか 妖精の足音が
明日を目指せないでいる 迷子を導いて
どうか安らかにお眠りなさい
あなたを包む優しい音色が
指先からこぼれ出す
水花火 ここでは誰もがサーカスの観客
水花火 輝く世界を見逃さないで
浴びるような喝采の真ん中を
どうか見つめないで
光だけ 見つめていて
君にも聞こえるだろうか 天使の羽ばたきが
明日を目指せないでいる 迷子を救うための
どうかこの歌が届きますように
あなたを包む優しい音色が
泉の底から溢れ出す
水花火 木漏れ日が唯一の観客だなんて
水花火 悲しくてアイを叫んでいただけ
浴びるような喝采はいらないから
どうか目を瞑って
音にだけ 耳を澄まして
"どうかたった一人でいいから"
あなたを包む優しい音色が
凍えた心に寄り添う
水花火 ここではあなたがサーカスの真ん中
水花火 羽ばたきがアイを見つけてくれる
水花火 ここでは誰もがサーカスの観客
水花火 あなたはもう一人ではないの
浴びるような喝采に包まれて
どうか見つめていて
笑顔だけ 花開くから




