32話 黒い影(ぷるぷる)
◇
店主曰く。子供が夜な夜な居なくなる。
外に出てはダメだと言いつけても、部屋に鍵をかけても、窓から出たり、自ら外に出て行ってしまうのだとか。
そして、聞いた話には、何かの音が聞こえるから、と言って居なくなった子供もいるらしい。
「ハーメルンかよ」
チョージの二度目のツッコミ。
「笛の音だったらそれだよな。とにかく、俺らも出ないようにしような。わかったな、チョージ」
「あ? 何で俺様に言うんだ。対象はガキだけだろ」
「夜遊びしそうだから」
「俺様はガキじゃねぇんだから問題ねぇ。イルカはガキだからな、お前は外に出ない方がいいな」
「ウム」
「何でだよ!? 歳そんな変わらねぇだろ!?」
あと一応成人してますからね!?
そんなこんなで夜。案の定チョージは出かけており不在。アオイは寝付きが良いのですでに夢の中。
俺は一人で、月明かりを頼りに作詞をしていた。チョージとアオイが馬車でハミングしていた歌。
ファンタジーな感じにしたいんだってな。
どんな歌詞にしようか。
――――――♪
そうそう、こんなメロディで。ファンタジーって言ったら魔法か?
魔法な歌詞ってなんだよ。
――――――♪
ヤケに耳に残るメロディで。ふと窓の外を見れば、子供が一人、夜道を歩いている。
あれ、ここの宿屋の子供じゃね……?
「おいおい……これって話に聞いてたやつじゃねえか!」
慌ててジャケットを手にする。アオイを揺さぶってみたが全く起きない。
ええい、見失うから一人で行くしか無い。
紙に「宿屋の子供が外に出たから追う」と書き置きして出掛けることにした。
月明かりしかない通り。冷えた空気が漂う街で、笛の音色のようなメロディが響いている。
これだけうるさかったら、苦情の一つもありそうなものだが、起きている人の気配を感じられない。
むしろ、何で夜なのに酔っ払いや浮浪者の一人も見かけないんだ?
そんなに治安の良い街には見えなかったけど。
「あ、いた」
ふらふらと歩く子供が見えた。
「おい、夜に外出ちゃダメだろ!」
追いついて、肩を掴んだけど、子供は俺に気付いていないのか、虚な目を音の方角に向けたまま。
ぱしっ!
「ちょい、待てって」
俺の手を有り得ないくらい強い力で振り払って、子供はまた歩き出してしまう。
持ち上げようとしても凄い力で抵抗され、引き摺ろうとしても歯が立たず、子供の歩みを止められない。人を呼ぼうにも、どれだけ騒いでも誰も出て来ない。
「ついてくしかないのか……?」
止まない音色に誘われる子供が、街を出て森へ入っていく。
「ば、化け物出たらどうしよ……」
俺一人じゃろくに戦えないぞ。やっぱアオイ連れてくるんだった……。こういう時、チョージがいれば起きてくれただろうに、奴は欲望に忠実なので街についてまで野郎と過ごすとか有り得ないのだった。
街よりもさらに冷えた空気の、霧立ち込める森を進む。月明かりも僅かしかないので、ほぼ真っ暗。
逸れたら俺がやばいので、子供と手を繋いで歩いている。
不思議と、子供は道がわかっているかのように、草木に阻まれずにしっかりとした足取りで進み続けている。手を繋いでいるおかげで、俺も危なげなく進めている。
どれくらい歩いただろうか。
森のかなり深くまで入り込んでしまった気がする。まっすぐというよりは、木を避けたりしながら歩いていたので、もはやどっちが街だったかはわからない。まあ、マップを見れば帰れるだろうと踏んでいるが。
「え――――――」
さらにしばらく歩いた時、ふいに、森が開けた。
そこには泉があり、中央にガゼボのような屋根付きの建物があり、そこに何かがいた。
フルートのような横笛を構えて、メロディを奏でていることから、音の主はアレなのだろうけど……。
「何だあれ……黒い……ぷるぷるしてる……」
明らかに人間ではないソレが、子供の姿を見つけると、まるで歓喜に震えるようにぷるるんと身体を震わせて、光った。
「まぶしっ!?」
次に目を開いた時、そこは、森の中ではなかった。
「は?」
まるでサーカス劇場のような、テントの中にいて、俺たちは観客席に座らされていた。
観客は子供ばかり。間違いなく、行方不明になった子供達だろう。
「わぁ!! サーカスだ!!」
宿屋の子供が声を上げた。意識を取り戻したのかと思えば、違うらしい。視線は舞台に釘付けになっており、俺の手に気付いてないらしい。
「ねぇ、お家に帰らなくて良いの?」
「わぁー! すごーい!」
「お父さん心配してるよ?」
「早く始まらないかなー!」
ダメだ。全く聞いてない。反対側の子供にも話しかけて見たけど、同じ反応。
Drrrrrrrrrr……
照明が落ち、ドラムロールが鳴り響く。
パッとスポットライトが当てられたところには、黒い丸い影がいた。
それは触手のように二本の腕を生やし、観客席に向かって手を振っている。
子供達の歓声が大きくなる。
明るくなった会場で、黒い影は様々な生き物を生み出した。全て黒いが、動物達のようで、鹿や兎、虎なんかが、会場を駆け回る。
大玉やビンで芸を披露する動物達。
火の輪くぐりをするライオン。
所々で起きる小さな花火は、よく見たら水で出来ていた。
終始キラキラとしていて、黒い影が奏でる音楽に合わせて動物達が踊る様は、大人の俺でも魅入ってしまう程。
フィナーレは、たくさんの動物達が楽器を吹きながら空中パレードを行い、その隙間を埋めるように水で出来た花火のシャワーが降り注いでいた。
光、音、愛らしさ。
惜しみない拍手が送られた。
「――――――すっげぇ……!」
もちろん俺も一番でかい音で拍手していた。
バツン! と照明が落ちた。
しばらくして、ゆっくりとライトが付けられた時、周りの子供達が全員眠っていた。
「は……え?」
物がなくなったステージの中央に、黒い影が残されている。
俺は黒い影に近付いた。
今なら話が出来るのでは。こんなに人間臭い芸を披露するのだし、もしかしたら話が通じるんじゃ……。
「素敵なショーをありがとう」
俺が話しかけると、黒い影は驚いたように跳ねた。
「ねぇ、俺の言葉、わかる?」
黒い影はぷるぷると震える。
これはどっちなんだ。
「さっきの、君の魔法なの? 綺麗だったよ。それから音楽も。楽器が弾けるモンスターなんて初めて会ったよ」
ぷるぷるがぶるぶるになってきた。小刻みに激しく揺れ始めている。
伝わってるのか? これ。
「音楽が好きなの? 良かったら、俺の音楽も聴いてくれない?」
俺はアコギを構える。音楽は言語を超えるコミュニケーションとか言うし、異種族だろうが魔物だろうが音楽の力で会話できるんじゃね?
「♪〜〜〜」
『カンパネラ』のアコギバージョン。
まずは優しめにね。
黒い影は、曲が始まるとピタッと震えが止まって、じっと曲を聴いていた。
「♪〜……ご清聴ありがとうございました」
ぽよんぽよんと黒い影が跳ねた。これはわかるぞ、嬉しそうだ。喜んでもらえて俺も嬉しい。
すると、黒い影が自身の体を一部変化させてアコギを作り出したではないか。
「え!?」
♪♪〜
「!?」
俺がさっき引いた曲だ。しかも歌まで再現してる。生歌かと思うほど、精度が高い。
「録音できるってこと……?」
一曲弾き終わると、嬉しそうにぽよぽよ跳ねて、今度は適当にジャンジャカ鳴らし始めた。
「お前最高だな! コード教えるよ!」
それから、黒い影相手にギターのコードを教えて、楽しくセッションして、俺がエレキに持ち替えて、持ち曲歌ったりして夜を明かした。
黒い影は、人の演奏を再現することができるようだが、それだけではなく、黒い影自身で考えて音楽を奏でることもできるらしい。
彼もまた、演奏者なのだろう。
最後はエレキとヴァイオリンのセッションをしたりして、楽しくて。楽しくて。
「――――――俺何しにここに来たんだっけ?」
当初の目的は、すっかり忘れていた。




