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31話 ベーコン

 

 ◇



「ベーコン」


 それは、アオイの起き抜けの一言だった。


「え? 何? 食いたいの?」

「ベーコン」


 アオイが寝起きのチョージの肩をがっしりと掴んだ。


「痛いぞ……。そういえば、加工肉は買わなかったな。豚に似ていると噂のオーク肉の塊はかなり買い込んだが」


 オークというのは、二足歩行の豚の魔物である。めちゃくちゃ巨体で、アオイが三人分くらいの大きさ……伝わるかな、とにかくデカいのだ。

 その肉は豚肉より上質と言われるほど美味しいらしい。脂が甘いとか、肉が柔らかいとかで。

 オーク自体は、ちょっと説明したくないくらい人間にとってガチの害獣らしく、見つけ次第狩り尽くされるが、肉はとっても人気。常に市場にある物でもないので割高だが、何せ財力があったので一頭分は買ってしまった。

 これにはアオイもニッコリだ。


 さて、そんなオーク肉を前に、アオイがチョージの肩を掴んで揺さぶっている。


「わかった、道具を作るから、待て……!」


 いつものアオイのお強請りである。

 …………実力行使とも言う。南無。


 青い顔でチョージが燻製用の鍋と、燻製チップを出せば、アオイが一瞬にして奪い取っていき、ウキウキと燻製の準備を始めた。


「燻製って、俺は作り方知らないけど、時間かかるやつじゃね?」

「……そうだな。今日は移動できないだろう……」


 馬車を動かすのもアオイなので、アオイが動かなければ俺たちも動けないのだ。


 ということで、この日は移動なし。のんびり過ごすことに。


「まあ、川もあるし釣りでもするか。良いフレーズが浮かぶかもしれないしな」

「んー、俺は練習しようかな。発声練習もまだだし」


 それぞれ自由に過ごす。

 アオイが燻製してるところを眺めながら、日課の発声練習をする。


「♪♪♪♪〜」


 アオイがまな板の上に出していたオーク肉に塩を塗り込んでから、アイテムボックスに仕舞い込み、何やら操作していた。


 しばらく唸りながら操作をした後、再びオーク肉の塊をまな板の上に取り出す。


 ただ、さっき出ていた肉塊より、若干見た目が違うような?


「別の部位にしたの?」


 気になりすぎて尋ねて見る。

 アオイはふるふると首を振って、


「塩漬け、合成、できた」

「マジ? 漬物が一瞬でできちゃうってこと?」

「ウム」


 アイテムボックス、べ、便利〜〜っ!

 俺は作り方をよく知らないけど、ベーコン作りにはまず豚肉を塩漬けするんだとか。


「塩抜き」


 木のボウルに水を入れて、そこに塩漬けしたオーク肉を放り込んだ。

 それを再びアイテムボックスに仕舞い込んで操作して、再び取り出せばあら不思議。


 数時間かかる塩抜きが一瞬で済みましたとさ。


 ……時短すぎる。三分クッキングかな?


「燻製も合成できちゃうんじゃね?」

「それは、ダメだった」

「そうなんだ?」


 合成できる、できないの区別は分からないけど、アオイが普通に燻製したそうだしいっか。


 燻製機に燻製チップを並べて、指先に小さい火をつけるアオイ。器用なことするなぁ。

 チップが焦げてきて、煙が上がってくる。

 オーク肉を並べて吊るして蓋を閉じれば、あとは放置だ。


 アオイが用意したオーク肉の塊はいくつか種類があって、塩だけで合成したもの、香草を入れて合成したもの、わざと塩抜きしないでおいたものがあった。

 ハーブ風味のベーコンかぁ……美味しそうだ。

 塩抜きしなかったベーコンは、料理で塩を振る代わりに入れるらしい。スープにもパスタにも使えるんだと、珍しく饒舌なアオイが教えてくれた。


 燻製の良い香りが辺りに立ち込める。

 化け物が蔓延る道中でこんなことして良いのかと思うけど、今のところその気配は無い。

 アオイが暇つぶしにピアノでも弾き出さなければ問題無さそうだ。


「待ってる間何するんだ?」

「調理器具、作る」

「合成で?」

「ウム」


 アオイは切り株にどかっと座って、薄いパネルをぽちぽちと操作する。

 ボウルとかザルとかオタマとか、料理に使いそうな道具が次々共用アイテムボックスに作られていく。

 そうだよね、ちゃんと料理できるなら道具も欲しいよね。てかアオイは合成のレシピちゃんと出るんだね。俺は出て来ないよ?


「うーん、じゃあ俺はギターの手入れでもしようかな」


 釣りに興味が無いし、あんまり磨いてなかった愛用ギターの手入れでもしますか。


 それからしばらく、ギターを磨き、たまにかき鳴らして練習して、アオイから「ウム」か「ウーム」で指導されつつ過ごすこと数時間。


「――――――できた」


 徐にアオイが燻製機を空け、中の肉を取り出した。

 燻製の木の香りが立ち込める。最高に食欲を唆る香りだ!


「おー! すげー! できてる」

「できたか。魚も釣れたぞ」

「ウム」


 匂いに釣られたのかチョージも釣りから戻って来た。そこそこ大きめの魚を三匹引っ提げてる。

 コイツ、釣りも上手いのかよ……チョージも大概センスが良いよな。


 その魚はアオイが流れるように調理してソテーになりました。やばい文明的な飯!


「配信開始」


 チョージが勝手に配信を始めた。そして何も喋らない。


「あー、えっとまた飯配信でーす! 今日はアオイが手作りベーコン作ってくれましたぁ。あとチョージが魚を釣って来て、それをアオイが調理したよ。俺? ギターの練習してました……はい、俺は雑魚です……」

「適材適所だろ」

「うわっ、チョージに慰められた!? 明日は雨か!?」

「慰めてねえんだわ、貶してんだわ」

「酷ぇ!?」


 そんなこんなで飯は最高に美味かったです。アオイが幸せそうで何より。




 ◇




「……?」


 近くの街に着くと、余所者の登場に警戒の混じった視線を多く向けられた。アオイもチョージもそういう視線は一歳気にしない男たちなので、気にせず馬車を宿屋に着ける。


「一泊三人。部屋は空いてるか?」

「いらっしゃい。空いてるよ。しかしアンタらどこから来たんだい? 見ない格好してるし、冒険者って感じもしないし」

「あ?」


 不躾な詮索にチョージがキレた声を出す。


「うわ、やめろチョージ! あーすんません。俺たちは、なんていうか、旅の演奏家? ってやつです。王都に行く途中なんすよ」

「あぁ、演奏家なのか! それにしては楽器も見当たらないけど……」


 俺が割り込んで、警戒心が緩ぐかと思ったが、まだ訝しんでいる。

 やっぱり、街の雰囲気が変だ。


「あはは、馬車に積んでますから。それにしてもなんだか街の雰囲気が尖ってますね?」


 何の気無しに聞いてみれば、今度は店主の表情が固まった。


「……そうだな……あんたら若そうだし、一応忠告しておくよ。今夜は日が暮れたら外に出ない方がいい」

「外に?」

「何故だ?」


 チョージの低い声が響いた時、「ぱぱー」と店の奥から子供が駆けてきた。子供はしっかりと店主の腰に抱きついて、甘えたように顔を埋める。


「こら、お客さんがいる時は大人しくしてなさいって言っただろうが」

「でもー」

「でもじゃ無い。いいからあっちで大人しくしてなさい」

「もう飽きたよー、お外出たいよー」


 ぐずり出す子供。店主が「すみません」と言いつつ、一度子供を抱き抱えて奥に下り、子供を置いてきたのか、すぐに戻って来た。


「すみませんね。はい、これが部屋の鍵です。三階の奥の部屋になります」

「子供が外で遊べない何かがあるってことか?」

「それは……」


 店主はしばし悩んだが、やがて意を決したように、チョージと俺に耳を近付けるように手招きする。


 店主がこっそりと言うことには。


「最近、夜中に子供が居なくなるんだ。誰かが家に入った形跡もなく、靴を履いて、自ら出て行っているらしい。そして帰って来ない」


 チョージと顔を見合わせる。


「ハーメルンかよ」


 うん、俺も思った。

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