08話 知識の生き様
ランプの灯火の下、本を読んでいた。
歴史書、この世界の軌跡を記録した本だ。
「何読んでるの?」
ルナールの家はそろそろ昼を迎える。家の作り上あまり日差しは入ってこず相変わらずランプが柔らかく部屋を灯している。そんな部屋に山積みにされた本。ハルは朝食の後からずっとソファでそれを読み漁っていた。そして今は古く重たいこの本だ。
「歴史書だよ、アルトの」
知識をつけなくてはいけない、それはまず初めにしなくてはいけない事と考えた。元の世界に帰るにしろここで生きていくにしろ知識は必ず必要になるのだ。
「魔法の時といい記憶するのは得意なのかしら?」
「まあどちらかと言うとそうかも」
本から顔を上げる。目の前には黒いローブを纏ったルナールが立っていた。
このローブは仕事用、作業着らしい。丈夫な生地、沢山のポケット。たしかに作業するには効率が良さそうだ。
「気に入ったのがあるなら貸してあげるから」
ありがと、と少し顔を緩め再び本に目を落とす。
唐突にコンコンとドアから乾いた音が鳴った。それに反応してルナールが出た。
えっと、さっきはどこまで読んだっけ、と文字を辿る。ああ、あった。
「おらハル!元気か!」
ビクッと体が大きくゆれた。あれ?見失った....
むっとした顔で声の方を向いた。目線の先では石像のようなごついオッサンが騒いでいる。
「あ、アラン、」
「あ、アラン、じゃねえよ」
どうしたんだコイツはとでも言いたげな目で見てくる。
「ハルはお勉強中だよ、邪魔するなら帰った」
「そうだそうだ、話があるんだ」
ルナールの話は全く聞いていなさそうだ。話を無視された彼女は明らかに不服そうな顔をして天井を見つめている。まだ本を読みたいけど先に聞こうか、そう思い何?と話の内容を尋ねた。
「とっておきのプレゼントを用意したんだよ!ははは、ありがたく思えよ!」
なんだ、話がつかめない。訳の分からないまま彼から手のひらに乗るぐらいの紙袋を渡された。中に何やら小さくて硬いものが入っている。
「これ、開けていいの?」
「もちろんだ、さあ、早く!」
テンション高いなぁ。急かしてくるなら早く開けてしまおう。
少しの面倒さと期待を胸に袋の口に付いている紐を緩める。
その中には1つの金属の光沢を帯びた鍵が入っていた。
「ん?なにこれ、何の鍵?」
くくく、とアランが笑いを堪えている。一体なんなんだ。横ではそのやりとりをボーッとしながらルナールが見ていた。
「よし、ハル!散歩にでも行こうか!」
「な、何、急に?」
「ほら、ルナールもついて来いよ」
「え?私も?」
混乱している二人をよそに興奮しているアランは玄関を乱暴に開ける。そして早く、と子供のように急かす。気がつけば家の外に出ていた。散歩と言っておきながら思い切り走った。ジョギング、と言っても言葉が足らないいほどに。息も絶えだえ、路地を5分ほどいった先にそれはあった。
着いたぞ、ここだ、と指を指している。この辺りは両脇に建物がびっしりと並んでいる。3、4階建ての多分レンガ製だろうか、それが肩身狭そうに整列しているのだ。
その中のひとつに指先を向けていた。
「で、この建物がどうかした?」
肩で息をしているルナールは問いかける。
その言葉を鈍感か、と切り捨てた。
「えっ、アラン、さっきの鍵って、まさか、」
同じく肩を大きく揺らして空気を吸いながら尋ねた。
「おうおう、じゃあ試してみろよ!」
相変わらず笑顔を絶やさない彼は大きな手で背中を叩いてきた。まさか...本当に?
緊張と興奮と疲労で震える手で鍵を握り鍵穴に標準を合わせる。
――カチャッ
「え」
「うわ」
...本当に、開きやがった...
「まぁこういう事だ。屋根と壁がないと何かと不便だろうと思ってな」
「でも高かったんじゃない?」
狭そうなところではあるがやはり、家を買うなんてそんなポンポン出来るものではないだろう。
「そうよ、いきなりどうしたの」
「金ならある程度はあったさ、職業上たんまり貰えるもんでな。血のつながった子供は居らんがそういうもんだろ」
「大層な考え方ね」
嫌味を言いつつも感心しているようだ。
「でもこれ、一人で使うには大きすぎない?」
ハルはそんな疑問をぶつけてみた。
「もちろん一人で使わせはしないぞ、なんせ高かったんだからな」
やっぱりそうだったか。話しながら中に入る。木製で本棚が並び机が置かれている素朴な内装を見回しながら、ではどういう意図で使うのか、という問いをすると次のように返ってきた。
この建物は4階建てだ。4階はハルの部屋でいい。3階は空けててくれ。2階と1階は事務所って感じか。
その答えを聞き、更に疑問が深まった。
「ちょっと、事務所ってあんた、商売でもする気なの?」
疑問に思っていた事を丁度ルナールが言った。
空けておく部屋や事務所があるのが理解出来なかった。それにアランはニヤリとしながら口を開き答える。
「その通りだ、俺はギルドを作ろうと思う。ある程度は俺がやるがゆくゆくはハルに任せるぞ。もちろんルナも入れよな」
「ギルド...」
いつか話に聞いたことがあったか。魔物との戦いから素材調達までする、言わばなんでも屋。少し胡散臭いと思ったがこの世界ではなかなか需要があるらしい。
「ちょっと!なんでいきなり私も入らないといけないのよ!」
ルナールは個人で依頼をこなしている。フリーの雇われ屋というわけだ。今まで自由にやっていたのにいきなり強制されればやはり怒るのは必然的だろう。
ふと見るとアランの顔が変わっていた。いつもの雰囲気とは正反対の真剣な顔だ。
「頼む、こればかりは俺だけではどうにもならん。今、根から信頼出来るのはお前しか居ないんだ」
そんな少ない言葉には色々な気持ちが詰まっている様に思えた。
ルナールの強ばっていた顔が柔らかくなっていく。そしてやれやれといった感じにため息をこぼした。
「全く、勝手ね」
「ありがとな」
ええ、と頷いた。
この二人は幼なじみって聞いたけどやっぱり仲が良いんだな。
「それで、ハルだ」
「え?うん」
話が自分に飛んできた。慌てて返事をする。
「前から考えてたんだが、やっぱりハルはどっか学院に行くか」
「学院って?」
見知らぬ単語の場所に行けと言われて少しうろたえる。
「あれだよ、なんていうの?学校出た後に専門的な事を習いに行くところだな」
それについて詳しく話を聞いた。大体の子供が6歳になると学校に行く。そこで10年間しっかりとした人となる様に教育される。そこを卒業したあとは親の仕事を手伝う者も入れば更に学びを深くする者もいる。その学びを深くする場所が学院というわけだ。
「で、ハルは何がしたいよ、経営学から戦闘学までなんでもあるぞ」
「そうなんだ、ちょっと考えさせてくれないかな?」
「ああいいぞ、出来るだけ速い方が良いが慎重に考えないといけないしな」
今は急に進んだ話を整理したかった。何処に向かっているのか分からなかった。
自分はこれからどうなるんだろ、アランが出ていったドアを眺めながら考えた。




