04話 迷い星
まだ頭がよく回らない。回るわけが無い。幼児が見知らぬ街に置いてけぼりにされたように晴輝もまたひどく混乱していた。
この世界、つまりザルトではもう夜が来ていた。どうしてこうなったのか、自分はどうなるのか、全く分からないが必死に現状を理解しようとしている。
3畳ほどの独立した部屋。アランの家の1室である。本などが散乱しており、ベットが肩身狭そうに置いてある。そこに月明かりが差し込む。いかにも即興で場所を確保した、といった具合だ。ハルは今日1日がかりで彼からザルトの基本的な知識を教わっていた。
自分が今いる大陸、ここでは人間が栄えている。話を聞いていくと学校で習った中世ヨーロッパ辺りの暮らしや文化を連想させた。だかそれとは決定的な違いがいくつかあった。
1つは「魔法」が存在する事。魔法使いがいると聞いてテンションが少し上がったのはここだけの話だ。方法は特別な紙に複雑な陣を書き込み、呪文をゴニョゴニョと詠唱するらしい。ただし誰でも出来る訳ではなく要は感覚、だそうだ。ちなみにアランは魔法なんか使えないと苦笑いしていた。しかし町の知り合いに魔法使いがいるから連れていってやる、と言っていた。少し楽しみである。
また、その頃のヨーロッパ文化のように海の向こう側は全く分からない、未知である。今は探索隊などを派遣し、その向こう側を探っている。しかし 帰ってくる探索隊はほぼいない。現在の船の技術では難破や転覆事故などが起こるのでそのような結果になるそうだ。
『悪魔がいたんだ』と、数少ない生きて帰ってきた探索隊はまず初めにこう報告した。その言葉は大陸中に行き届き、震撼させた。だが詳細などは今もほとんど分かっていない。
「おーい、入るぞ」
ガチャ、と乱暴にドアが開きアランが入ってきた。
「そう言えば渡し忘れてたもんがあったんだ」
「ん?なにかな?」
ほれ、と差し出したのはつばの長い、青い帽子だった。自分でも動揺が隠せずにいるのがよく分かった。
一瞬であの時の光景が脳に映る。暗い森、見え隠れする月。親友、そして帽子。あの時の自分たちをこの世界に導いた、強引に連れてきた帽子だ。
「これもお前の横に落ちてたんだよ。まぁ、似合わない事はないんじゃないか?」
苦笑を混じえながら言ってくるアランの言葉を慌てて否定する。
「違うって、これ俺のじゃないんだよ」
「あれ、そうなのか。じゃあ誰のだよ?」
キョトンとした、そんな顔で質問してきた。
その質問には上手く返せなかった。確かにあの時に拾った帽子。もちろん自分のものではない。でも持っていないといけない気がする。うまくは言えないが宿命のような、そんなものを感じた。
「まあいいや、とりあえずハルが持っとけ。それと、明日は早いからそろそろ寝ろよ?」
じゃあ、お休み、と自分の胸元にそれを投げてドアの向こう側に消えた。部屋には晴輝と帽子が残された。
「はぁ、そろそろ寝るか」
ポツリと呟く。本当にアランのことを親父のように思っている。何でこんなに信頼しているんだろと我ながら不思議に思う。
とりあえず明日に備えて寝よう。そう思い帽子を置いて毛布を被る。
この世界に来て早くも1日がたった。生きていくために世話になってばかりだ。いつかアランには恩返ししないとな。
そうして佐野晴輝は、ハル・サフォークの意識は溶けるように夢に落ちていった。
外ではほんの少し欠けた月が銀色に輝いていた。その周りにある雲は月明かりで照らされて白っぽくなる。空に散りばめられた星たちはみな自由に光っていた。そこに流れ星が尾をひいて地平線に吸い込まれていく。
そんな夜がもう少し続く。
二日目、彼は平原を歩いていた。タリア平原、大陸の南に位置する。見渡す限り草原で地面はなだらかに波をうっている。そしてちょろちょろと小川が南の方に流れる。この平原の南は海、北は山である。なぜだか分からないがその光景に少し懐かしさのようなものを感じさせた。
そして彼ら、ハルとアランは東の方に歩いていた。この先には大都市、ムルクベルがある。この大陸の流通のほぼ全てが経由する。とても栄えているそうだ。ちなみに反対側の西にはずっと行くと砂漠があると聞いた。
二人ともシャツの上に黒っぽいロングコートのようなものを着ている。ハルのものはアランから貰った。このコートは少し息苦しく感じるが防具として着ている。凍結、燃焼に耐性のある生地を使っており、刃物なども通さず、クッション性もあるそうだ。
「ちょっと...休憩...」
肩で息をしながらハルは崩れるように座り込んだ。しょうがない、といった感じでアランは立ち止まる。
「アラン...疲れないの?」
地面に刺すと多分自分の胸辺りまでの長さがある、そんな大剣を背中に背負い更に大きなカバンも右手に下げている。
「そりゃあ職業柄タフじゃないとな!ハルもこうなるんだよ」
ふむ、恐ろしい男だ。大きな剣もカバンももちろん発泡スチロールなんかで出来ている訳ではない。しかしそうであるかのように軽々と持ち上げるから恐ろしい。
「もう大丈夫、先行こうか」
無理すんなよ、と言ってきた。しかし歩かないといけないのだ。
そんな物騒な武器を持つのには勿論理由がある。魔物、人類の敵がいるのだ。あるものは火を吐き出し、あるものは毒物を体内で作る。鋭利な牙。凶暴な性格。人の命を奪うものもいるそうだ。そいつ達を倒すのが首都、ムルクベルの政府が作ったムルクベル討伐隊。そして個人や集まりが作った討伐ギルドなるものもいくつかある。
前を歩く大きな背中。彼はムルクベル討伐軍三番隊隊長という肩書きを剣と一緒に背負っている。戦闘のプロ、世間一般に言うエリートだ。まだ戦っている姿は見た事がないがきっと凄いのだろう。そうハルは期待していた。
そんな事を血液と一緒に頭に巡らせながら、ひたすら東に歩いた。




