03話 天地新進
光が再び脳に届く。目の前が鮮やかになっていく。
「あれ...俺何で...えっ?」
さっきまで確か鬱蒼とした山にいたはず。同じく辺りは暗いが空には大きな満月、そして無数の星が散りばめられている。
「綺麗だ...」
有り得ないほどの美しさ。気持ちいい風が仰向けになった体を撫でていく。目が暗さに慣れて周りが少しずつ見え始めた。草原のようだ。見える範囲では全て草原。
「あぁ、もうだめだ」
猛烈な疲労感が睡魔をよぶ。知らぬ間に晴輝は眠りについていた。
眩しい。誰か呼んでる。父さん、母さん、学校?自分のクラスだ。あれ、眩しくて何も見えない。何も...
ん?布団?見慣れない布団だ。横から誰かの視線を感じる?男の人...
「って誰!?どこだよここは!?」
その男、見た感じ30歳ぐらいで金の短い髪を立てている。そして少し髭が伸びていてワイルドという風貌だ。
「おー!起きたかー!良かった良かった!」
男は笑いながら近づいてくる。
「お目覚めは最悪ってところかな?」
確かに良くはない。その前に状況が分からない。洗濯機に入れられているような気分だ。
「まぁ混乱するのは分かるけどな。今日の朝にお前さんが俺の家の前で倒れているのを見つけたのさ」
なるほど、僅かに記憶に残っている。違和感に埋め尽くされて何が正しいのか判断できない心情にある。
「ってここどこですか?」
おどおどしながら尋ねる晴輝にごほんと咳払いする。
「そんなにかしこまらなくていいぞ?もちろんここはザルトだ、タリア平原のど真ん中だな。ところでどこから来たんだ?」
ザルト?どこの国だよ、てか何で言葉が通じるんだ?
「いや、日本ですけど、ザルトってどこですか?」
「ニホン?ザルトってどこって言われてもだな...」
彼の表情は急に険しくなる。
「ち、ちょっと待っとけ!」
「はぁ...」
男は本棚を漁り始めた。
何なんだ、夢じゃないし。一体どこなんだよ。
頬を抓ったがやっぱり痛かった。てかここ日本じゃないの?すぐに帰れるのかな。
「これは...大事だぞ...」
本を持ち真剣な顔で話しかけてきた。
「お前さんが来たのはここだろ?」
そう言い指を指したのは古ぼけた本に描かれた世界地図。見慣れたものだ。
「はい、ここに住んでますけど」
そういい晴輝は自分の家がある日本を指さす。
男はやはりか、と口から漏らし1つ大きく息を吐いた。
「いいか、落ち着いて聞けよ?今から言う事は全て真実だ」
言っている意味が全くわからないが真剣な眼差しを見てはい、と答えた。ゴクリと唾が喉を通る音がする。
「お前さんがいた世界はアルトと呼ばれている。そしてこの世界はザルト。全くの別世界。言わばお前さんはおとぎ話から飛び出てきたようなもんだ」
数秒の沈黙。外では鳥がチュンチュンと囀っている。
「俺は比較的それには詳しいつもりなんだが帰る手段は見当もつかない。それどころかアルトという世界があるという事でさえ半信半疑だったからな。他の連中は知りもしないさ」
だんだん脳に血液が戻り活動を再開させる。
それとともにその言葉の意味が腹に重くのしかかる。鼓動のリズムが躓いたように不規則になる。
「信じて...良いんですよね?」
「ああ、今話した事は真実だ」
「そうですか、はぁ、参ったな」
自分でも驚くほど冷静さを保っていた。痩せ我慢などではなく落ち着いていた。確かにこうなった以上は現実を受け止めないと始まらない。それが合理的に、効率的に生きる方法なのだが。男も少し驚いたような顔をしていた。
「そうだ、名前を教えてくれんか?俺の名前はアラン・サフォークだ」
「アランさんですか、俺の名前は佐野晴輝です」
「アランでいい。サノハルキか、参ったな。」
困ったような顔をしている。それにしてもアランさんは良い人だ、と何となく感じた。
「参ったって?どうして?」
「いいか?アルト、つまりお前がいた世界のことは話さない方がいい。その事を広めると命が危うくなるぞ」
命が危うい、この状況が恐ろしくなってきた。
「だが、サノハルキなんて名前はこの世界にでは目立ちすぎる。名前が、あっと、サノで名前がハルキが姓名でいいのか?」
困ったように頭を書きながら尋ねてきた。晴輝が名前です、と返す。
「ああ、そうだったか。だったらとりあえずハルキ...いや、ハル・サフォーク、とでも名乗っとけ」
「ありがとうございます。ハル、ですか」
「だから敬語はいいっての。あ、そう言えば」
何やらごそごそと棚をいじっている。
「これ、ハルのもんだろ?」
渡されたのは木刀。傷の付き方に見覚えがあった。確かに優が腰につけていた木刀だ。
「あの、もう1人見かけませんでした?」
「知らねぇなー。お前しか見てないな」
そうですか、と言いながら木刀を貰う。1つ大きな傷が付いている。これは自分がつけたものだなと思い出した。とするとやはり優の木刀とみて間違いはないだろう。
「取り敢えず仕事、手伝ってくれ。家と飯はしばらくここを使うといい。もう息子と思ってくれていいからな」
温かい、良い人だ。孤独だとか絶望だとかが少しずつ和らいで体が軽くなる。気づいた時にはすっかり信頼していた。
「本当にありがとうございます」
「敬語使うなっての」
笑いながら注意された。
「えっとじゃあ、これからよろしく」
「おう!俺が面倒見てやるから安心しろ」
がっはっはっといったような豪快な笑い方をした。
こうして訳が分からないまま新しい生活が始まった。




