放課後の夕日
「ん……。」
「姉御?どうかしましたか?」
午後の授業が終わって帰る気満タンな私の足を止めたのは、妙にクリアに入り込んできた心の声。
――壊してやる。
私への憤怒・嫉妬が溢れている。
そういえば『彼』、授業終わった後も遅くまで残ってたね。遂に我慢の限界かな。
――早く帰りたかったのに。
「先、帰っていいよ。」
いつもの通りついてきているウィンハル君とカグヤちゃんを置いて、私は爪先を180°回転させて来た道を引き返した。
----------
午前の授業は4校時で、普通に新しい事を習う。
対して午後の授業は、苦手な事の特訓自習。
ある程度のラインに達していない技術を、習得するための時間。
突出した才能は要らない。
足並み揃えて、決められた枠からはみ出るな。
『みんなと同じ』でないと駄目。普通が一番。
突出した才能は、時に世界を大きく変える。
技術の発達は、昔の人にとっては怯えるべき事。――昔の事を繰り返さない為に。
だからこそ、必要以上の力・知識は要らない。
それに反する異常な力を持っている異世界人は異端だったり?
そして借り物ではあるものの、この異常な力を妬む人もいるわけで――
ガッシャーン!!
教室から聞こえてくる盛大な音。
わざと音を立て、私はガラリと扉を開ける。
「え?……あ!?その、これはですね……。」
部屋に入ってきた私に気付いた彼は、パニックに陥ってる。
まぁ、普段は気が小さくて大人しい子だもんね。身の丈に合わない大それた事をして、しかも本人にバレちゃったんだもん。冷や汗タラタラも当たり前。
床の上には、私の道具が入れていた籠ごと散乱。
そして乾燥中だった剣の型と中身の液体が床を汚していた。
“トンク”という名の液体を型に入れ、冷やし固めた武器は粗悪品だけど、一般に流通している武器と質は同等だったり。
もちろん高額な良武器には劣るが、初心者やお金のない中級者辺りには手頃な値段の武器らしい。
今作っているのは、刃先20cm程の細身の剣。
この形はもちろん一般的ではなく、型は無いから一から手作りした。――ま、<武魔術>があるから作るのは楽勝なんだけど。
たい焼きの鉄板みたいに、2枚の型を合わせて1つになる。
それが外れてバラバラになっているから、床には型に入っていたほぼ全ての“トンク”が流れ出し水溜まりを作っていた。
硬直したままの彼は放っておいて、床に溢れたトンクを集める。ほら、<水魔術>で水を浮かせてシャボン玉みたいな水の玉を作れるじゃん?あんな感じに。
変幻自在に形を変えられる<武魔術師>専用の武器、アイク。
それとほぼ同じ材料で作られたトンクは<武魔術師>なら、意のままに操ることが出来る。 いわば<水魔術師>の水みたいなもの。
だから私が溢れたトンクを、嵌め直した型にもう一度入れるのは簡単な事。
――な、ハズなんだけど。
驚いて見ている、ウィンハル君とカグヤちゃん(先に帰って良いって言ったのに)そして『彼』の3人曰く、この技術は凄腕鍛冶師くらいしか出来ないみたい。
つまりコレ、<武精霊>の数値が高くないと出来ない上級魔術なのね……。
――う、うん!チートなのは今更なんだから仕方無い! 私は片付けたら、さっさと帰るんだから!
サッサと開き直って、道具と乾燥待ちの型を籠を入れて、指定の棚に置く。
そして鞄を持って、動きの無い彼らの前を素通り。
教室の扉を開けて――
「姉御!犯人はこいつです!」
――うん。無理だった。
だよね。知ってた。
「貴方、名前は?」
品定めするように、カグヤちゃんが彼に尋ねる。
「あわゎゎ……!?」
完全にパニクってる。
カグヤちゃんは、クラスの中の女王様だもんね。
――仕方ないなぁ。
「ジェシラス君だよね?私は怒ってないんだから、少し落ち着けば?」
なんかもう帰らせてもらえそうにないので、鞄を置いて手近にあった椅子に座る。
「姉御!姉御!
悪い奴にはガツンと言わなきゃ駄目ですよ?じゃないと、もっと酷くなります!」
「え。アンタがそれ言うの?」
元いじめられっ子の癖に?
ウィンハル君は咄嗟にカグヤちゃんを横目でチラ見すると、シュンと項垂れた。
言い返せないって判断したっぽい。
「……ジェシラス。貴方、御姉様の物に何してらしたの?まさか、ワザとやったとか言わないわよねぇ。」
ちょっと、カグヤちゃん!!“御姉様”て!
こ、心の中ではそう呼んでたのは知ってたけどさ! ガチで恥ずいから、ホント止めて!?
ヤバい。頬っぺた熱い。
「「お、御姉様!?」」
は、反応しないでよ!そこのヘタレ男子二人組!! いや二人組っていったって、パートナー組んでる訳じゃないけどさ?
でも名前の文字数同じだし?小さい文字の場所も同じだし? 臆病なヘタレだし?同じ茶色の瞳だし?同じ性別だし! もう二人組でいいよね?
あー。もぅ、何言ってるんだろ、私。
私が照れてる間も、会話は続く。
「コホン。……ミユは私達より年上ですよ。別に御姉様とお呼びしても、何も問題ありませんわ。
それで?貴方はここで、何をしてらして?」
「あぅ、え、えぇと、じ、授業の居残りを……。えと、トンクが上手く作れなくて、作り直していたんです。そして道具を運んでいたら、た、棚にぶつかっちゃって……。」
「その程度で、それもミユの籠だけが、ピンポイントで落ちるかしら?」
「えぇと、それは……。」
ジェシラス君の視線がさ迷う。
――あぁ、もう。早く帰りたい。
「もぅ、事故って事でいいじゃん。変な形の剣が出来なくて良かったんだし。」
床に溢れた液って取れにくいしさ。下手したら、型ごと床にこびり付いてたかもしれないんだから。
「ミユ!それでも、貴女への嫌がらせという可能性もあるのですよ?貴女の能力は素晴らしいのですから、誰が妬んでもおかしくありません! 貴女を尊敬している私でさえ、少しくらい妬みはあるのですから。」
――あー、ハイハイ。心の底から尊敬しないでよ。借り物の力とはいえ、……照れる。
「でも私、嫌がらせには慣れてるし?」
結構されてたからなー。物隠されたり、机汚されたり。
但し、酷いものはサクッと避けさせていただきました。 服を汚されたりするのは流石にね……。
そういえば、いつの間にか嫌がらせ無くなってたような? ――きちんとお礼してたからかな?ネットリ、シットリと。……フフフ。
「だから、ジェシラス君も今回の事は気にしなくて良いからね。」
上達しないトンク作り。
気の迷いで、抑えていた妬みが爆発しちゃっただけ。
最近は無意識のうちに焦っていて、失敗ばっかりでストレスが溜まってたっぽい。
最初は失敗していた私が、コツを掴んだらあっという間に上達しちゃったんだもんね。アハハ……。
「す、すみませんでした!それと、ありがとうございます。」
気の迷いとはいえ、やっちゃったことへの謝罪と、許して貰えたことへの感謝。
ジェシラス君の内心もホッとしてる。
「じゃ、私は帰る。」
「ミユ。本当、そればっかりね……。」
カグヤちゃんに呆れられるけど、予定より時間食っちゃったんだもん。いいじゃん別に。
「それじゃあ、ジェシラス君。頑張ってねー!……あ。」
言い忘れる所だった。
「ジェシラス君、もっとたくさんかき混ぜれば上手くいくと思うよー。じゃあ、またね!」
攪拌が足りないと、材料が分離して固まらない。
焦る余り、材料がキチンと混ざってなかったんだよね。
元々、根気強くないみたいだからなー。ま、そこは気合いか……妬みパワーで?(笑)
----------
「わ。もう日が沈んでるし。」
窓から見える空は、すっかりオレンジ色に染まってる。
「綺麗ですねー。」
「そうですわね。」
そう言う二人の髪も、オレンジ色の光でキラキラと輝く。
――嫌じゃないかもしれない。
ずっと、学校からは早く帰りたかった。
学校という空間が、私にとって楽しい訳無いから。
一人静かで落ち着ける場所。そんな所なんて見つからなかった。 居場所なんて無かった。
だから授業が終われば、逃げるように学校を出ていた。 ――まっすぐ家に帰る訳でもないのに。
でも今は、好意を抱いてくれる子がいて、ここに居場所がちゃんとある。 ――好感情の耐性が無さすぎて、色々ヤバいけどさ。
友達は要らない。学校からは早く帰りたい。 ……けど。
こうやって誰かと一緒にいるのも、放課後に無駄な時間過ごすのも。
嫌いじゃないかもしれない。 かな? なんて。




