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過去日

「ねぇ、何してるの?」



広い庭の隅。建物が影を作り、彼を包んでいる。



「ねぇ、何してるの?」



凛とした鈴のような声で、彼女はもう一度問いかけた。

冷たいコンクリートの壁に体重を預けているまだ幼い少年は、しつこい彼女を億劫そうに見上げる。

目の合った彼女は、肩の少し上あたりで切り揃えられている髪を揺らして顔を上げた少年に笑いかける。



「ねぇ、名前は?――名前は何て言うの?」



彼女がそう聞くと、彼はいつも通りにまた俯いてしまう。

しかし彼女はめげない。



「ジャジャーン!」



口頭で効果音を付け、『それ』を見せびらかす彼女。

つられて、思わず彼は顔を上げてしまう。



「教えてくれないと、これあげなーい。」



彼女の手のひらには、コンビニ等で普通に買えそうな一口サイズの飴玉。それを彼女は、悪戯っぽく見せびらかす。

しかし、見せびらかされた方の少年はまた、興味を失ったように俯いてしまう。



「えぇ~?要らないの?飴ちゃん要らないの?……ガーン。」



彼女の大袈裟な位の反応に、彼はまたチラリと視線を上げてしまう。

それは、彼にとって大きな間違い。



「もー。悪い子はお姉ちゃんがお仕置きだぁー。」



もらった!とばかりに、彼女は彼の頬をムニッと摘まみ、縦や横に引っ張る。



「ほらほら~。言いなさいよー。」


「……ヒ、タイ、ヒタイ。」


「へへ。お仕置きはまだまだ~。」



ようやく反応を見せる彼に、彼女は嬉しくなる。



「君の名前は何だぁ?教えないと止めないよ~?」



少年は痛みから早く解放されたいと、必死で自分の名前を告げる。



「……××……ヒュウ、マ。」


「××ユウマ君かぁ。うん、言い名前だね!」



ようやく頬の痛みから解放され、しゃがんだ彼は赤くなっている頬を擦る。



「はい、ユウマ君。」



彼女は約束通り、先程の飴玉を差し出した。

しかし彼は頬に手を当てたまま、ピクリとも動こうとしない。



「ユウマ君~。美味しい美味しい飴ちゃんだよ~?ユウマ君~。」


「……あの、人が――――名前な、んて、嫌だ。」


「うん?お母さんからつけてもらった名前が、君は嫌いなの~?」



彼女の問いかけに、彼はコクリと頷く。



「……あの人、は、僕を…………捨て、た。」


「へぇー。」



彼女は今までの大人のように『可哀想』とは言わなかった。

だからだろうか?それにより、彼の心を押さえていた“何か”が外れる。



「僕が悪い子だからかな?僕が悪い事したから、お母さんは……。

 僕が良い子になったら、お母さんはまた帰ってくる?帰ってくるよね?ねぇ、ねぇ?」



急に顔を上げた彼は、ジッと話を聞いている彼女にすがり付く。

彼は今まで、誰にもこの事を尋ねたことはない。自分を捨てた母親なんて大っ嫌いなのだ。――――それでも。



「僕が良い子になればお母さんは、帰ってくるんだよね?僕が悪い子だから、お母さんは遠くに行っちゃったんだよね?僕が悪い子だから、お母さんは僕を置いてっちゃったんだよね?僕もう、いい子にするから!だから、だから!お母さんのところに!」





「――君のお母さんは帰ってこないよ。」



暴れる少年を押さえつけるかのように、凛とした声が重く響く。

さっきまで晴れていた青い空には灰色の分厚い雲がかかり、今にもどしゃ降りの雨が振りだしそう。



「嫌だ……。嘘だ、嘘! 僕が良い子になれば、お母さんは帰ってくるんだ!良い子になるから!もう悪いことしないから!だから、だから!!」



雨が、ザァーーーと勢い良く降りだす。


建物の屋根が傘となって濡れない少年と、ちょうど屋根がなくなった場所にいる少女。

大量の雨粒が彼女を濡らし、頬には雨水が伝う。それはまるで、彼女が泣いている様。


大雨の中、ずぶ濡れの彼女の声が静かに響く。





「――君は。」



雨と涙で頬の濡れた彼女は笑う。



「君は、本当はお母さんが、大好きなんだね?」




















雨音が一層強まる。



大雨の中、既にびしょ濡れの少女に抱きしめられた幼い少年は、母親に捨てられて以来初めて泣いた。











----------




雨露に濡れた黄色い花が天を見上げる。

上を向き、たくさんの光を浴びる為。雨に濡れた葉を乾かす為。

空へ真っ直ぐに顔を上げる。



ヒマワリ。



そんな素敵な花が、夏の庭を埋め尽くす場所。 ヒマワリ園。


“児童相談所”兼“孤児院”であるこの場所は、『どんなに辛いことがあっても、ヒマワリのようにいつでも顔を上げて生きていこう!』がモットー。


ここから、親を失った子供が周りの大人たちに温かく見守られながら送り出される。

どんなに辛いことがあっても前を向いて歩いて行けるよう、願って。




しかし、ここ出身のとある少年の中にこの温かい記憶はない。

彼は『母親に捨てられた』という事実を否定する為に、その記憶ごと心の中の『底なし沼』に葬り去った。

そこは、地下牢のように冷たく暗い場所。いくら温かくても、彼が無意識に目を背けている為に、彼が思い出すことはない。



――だが彼が、この事実に向き合わざるを得なくなるのは、もう少し先の話。















----------




お店にとって初めてのお客さんである、白髪の老人の帰っていった後。



「あれ……。」



何気なくポケットに突っ込んだ手に、いつも入れてる覚えのないものが触れる。

取り出してみると、それは水鉄砲だった。以前、『一般認識悪者集団』とやらに荷物を届けに行った時、ユアンスに渡されたやつだ。



「私はそれ、あの日の帰る時にヒマそうにしてた子達にあげたんだけどさ……」



気付いたらしい、美結が俺の方を見て呟く。



「その子達、二人いたんだよねー。あんたは先に帰っちゃったから知らないだろうけど。…………それってさ、帰りにあの子達に会うって分かってて、私達に水鉄砲渡したの?」



言葉の最後の方、美結はユアンスへと視線を向けていた。



「……さぁね?」



楽しそうに笑うユアンスに、美結は不機嫌そうにそっぽを向いた。


優馬君は捨て子さんです!(今まで言ったっけ?言ってないよね!)

彼もイラナイ子……。

しかし彼のイラナイ子認定は、もっと根強く?複雑?です!(書いて楽しい!←こういう系を書くのが好きな作者♪)

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