余裕がなくなる話。
1年以上更新ないってのはちょっとアレだったので、生存報告がてらの更新。
一段落着くとこまで書いたら連投する予定が……。時が過ぎるのは早いですねぇ。それとも、未来にタイムスリップでもしたかな。
まぁ、気長に待っててください。
「……あっ。」
キッチンから聞こえてきた、鈍い音と小さな呟き。
「大丈夫ですか!?」
血相を変えてラミちゃんが様子を見に走って行く。
その後ろを大して急ぐでも無く、食べ終わった食器を持った私とクロくんが続いた。
「大丈夫。何の問題もないよ。」
私達がキッチンに入った時。
ちょうどポチは、右手で床に落ちていた包丁を拾い上げた所だった。
「ちょっと!また怪我してるじゃないですか。早く治療を……ルミー!」
「あ、大丈夫だよ。もう治したから。」
慌ててそう言う彼の左手は、真っ赤な鮮血に染まってる。
「来たですよ?」
「戻って良いよ。」
「はーい。」
ポチの言葉を素直に聞くルミちゃん……。え、良いの?それで。普通、無意味に呼び出されたらイラってしない??
「手を滑らせて落とした拍子に、ほんの少し掠っちゃっただけだから。心配しなくても大丈夫だよ。」
血に濡れた手のひらを水で洗うと、未だに疑ったままのラミちゃんに確認させる様に、ポチは手のひらを広げて見せる。
「確かに、傷はありませんが……。」
そういうラミちゃんは、未だに曇り顔。
「ねぇ。かすっただけで、あんな血塗れになる?自分でザックリ切ってみた、……とかじゃないの?」
何でかポチに冷たいクロくんは迫力のある半目で、ポチを睨む。
「僕に自傷癖は無いよ。」
「どうだろ。」
反抗期の少年の様にそう言い捨て、クロくんは素っ気なくプイッとそっぽを向いた。
「まぁまぁ。……ユアンスさん、本当に大丈夫ですか?気を付けてください。」
「分かってるよ。」
決まり悪そうに、お皿拭きを再開するポチ。私はそれを横目で見る。
「……うん?ミユちゃん、どうかした?何か僕に言いたい事でもある?」
「別に。……ごちそうさま。」
お皿を置いた私はスッとポチから視線を外し、何でもないようにキッチンを出る。
――内心で、少しの違和感を抱えながら。
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サナカルア国からミュウボア国を経由し、バードリ国へと入った。
目指したのはバードリ国の端。サナカルア国の国境付近にある、田舎中の田舎村。
そしてその村からも幾ばくか離れた森の中に、その小さな小屋はヒッソリと建っていた。
「ここがアネンの目的地?。」
「……かな?」
少し古ぼけた、小さな家。
壁は少しくすんでいるけど、割と綺麗っぽい。
「ねぇ、70年以上……っていうかそれよりも前から建ってる家なんだよね?それにしては何か綺麗過ぎじゃない?」
「…………。」
家の扉のすぐ前で突っ立ったままのポチに問い掛けてみるけど、反応がない。
「物の劣化を遅らせる結界が掛けられてるね。たぶん、長期間保存しておきたい物でもあったんでしょ。それよりさ――」
クロくんはニヤリと笑い、意味あり気な視線をポチに向ける。
「――アネンって幽霊とか苦手なタイプかな?手が震えて鍵穴に鍵、差し込めてないね。意外とビビりなんだ?」
浅海さんから貰った鍵。――確かに手間取っているみたいだけど。
……あ、そっか。クロくんは、ここに来た目的を知らないんだっけか。――じゃあ、ポチの前世の話も知らない感じかな。
ここに来た目的――この小さな家は『熊木直弓』の住んでいた家で。
――そして、彼が殺された場所らしい。
この家には、大切な私物が置いてある。それは、持っていればきっと、未来で役に立つから。
そう、浅海さんが言っていた。
だから、この場所に来た。
感情全部を呑み込んで。
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なんか殺風景。
ようやく鍵が開いて中に入った時、第一にそんな事を思った。
入ってすぐ、リビングの様な開けた場所。正面には奥の部屋の方へ続く廊下。右奥には木造のテーブルがポツンと。その更に奥にはキッチンみたいなスペースがある。
備え付けられた棚は空っぽ。中身が無い。
窓のカーテンは閉めきられて薄暗い。
明かりは、出入口の扉から射し込んでくる太陽光だけ。
空気が籠ってる。
この場所は古い時間のまま、時が止まってしまっているように感じて。
「ふふっ。」
ポチが小さく笑う。
「どうかした?」
「ううん、何も。」
首を振るポチの口元には、それでも嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
――二人だけしかいない空間。
『……僕、入るの止めとく。周り散策してるから、終わったら呼んで。』――そう言って、クロくんは入って来なかった。
怪しげな空気に怯えたのか。……もしくは邪悪なモノでもあったりして?
使い魔のカザンは怯えてる。
クロくんは入るのを避けた。
――やっぱ何かあるのかな、ココ。
そんな中。彼だけは、何だか楽しそうで。
「不思議なんだ……。」
独り言のように呟くポチは、カツカツと家の中へ歩いていく。
「……懐かしいとは少し違うけど。」
彼は壁際に近寄ると、黒い壁をつぅと撫でた。
愛おしそうに。優しく。ゆっくりと。
「……夢を見るんだ。……熊木直弓として殺される夢。……鮮血に染まるその夢を、たまに。」
――鮮血。……血、か。
黒く染まった壁の模様。もやもやと、躍動的な煙のような模様をしていたけれど。
上の方、天井に近い壁紙は、確かに白いような黄色いような。――確実に、黒色ではない。
――ここで彼は死んだって事、……なのかな。黒い模様は血痕?
「……映画とかドラマとか。それを撮影した場所に観光しに来たような。……あぁ。ここがあそこなんだ、って。」
――でもなんかさっきから、言い方が他人事みたいで。
「前世の自宅なんじゃないの?」
思わず口を出せば、彼は一瞬キョトンとしたような顔で私を見て、そして優しく笑った。
「勘違いしてるんだよね、みんな。……俺は『熊木直弓』じゃない。確かに彼の記憶は持ってるし、彼を演じる事は出来る。……でも、俺は俺だよ。他の誰でもないんだよねぇ。」
何でもないようにサラリと言った彼は壁際から離れ、家の中を散策し始める。
奥の部屋の扉を開けたり閉めたり。
でもなんか。
――『俺は俺。』その言葉はどこか、自分に言い聞かせているように私には聞こえて。
彼から感じる強烈な違和感に、私はその場に立ち尽くしたまま。
でも違和感はそれだけじゃ無いと思う。なんか……この場所の空気も。
得体の知れない何かに、私は少しだけ身が竦む。
「……でもやっぱり、『懐かしい』が一番しっくり来るんだよね。不思議だけど。」
奥の部屋は見終わったらしい。戻ってきたポチは、首を傾げる。
「他の部屋は何とも思わないんだ。そりゃ、『熊木直弓』としては懐かしいと思うけど、僕としては全く。……だけどこの部屋だけは“懐かしい”。僕は初めて来た筈なのに、おかしな事だけどね。」
「ふーん。」
……よく、分からない。
「ねぇ。そういえば、それは?」
「これの事?たぶんこれが、あの人の言っていた『私物』なんだろうね。」
家に入った時から気にはなっていた。
部屋の奥のテーブルの上。
黒い布と白い布が畳んで置いてある。
近付いていったポチは、黒い布を手に取った。
「……あぁ、そっか。」
ポチが開いた黒い布には2本の……短剣?片方は蒼く、もう片方は漆黒。なんか、何処か禍々しさを秘めてる感じ。
「ふふっ。確かに必要だね、これは。……ミユちゃん。“その時”まで、君が持っていて?よろしくね。」
「はぁ?」
意味深な事を言う彼は、包み直した黒い布を私に押し付け、自分は白い布を目の前に広げてた。
「……あぁ、これ。」
黒い包みは鞄に入れ、私も彼の手元を見る。
……純白と言って良いくらいに真っ白で、小さな服。ローブ?それも子供用かな?
切なそうに目を細めるポチを横目で見て、ふと思い出した。
確か――。
「ティアちゃん、だっけ?」
「……そうだね。」
パーティメンバーの中には、ティアっていう幼い少女がいたらしい。その子は熊木直弓に対して、異常に懐いたとか。突発的に奴隷商を壊した際に出会った奴隷の子で、パーティメンバーの中では可愛い可愛い愛娘的存在だったとか。
「これも僕のせい……、なんだよね。」
「『ナオ様がいない世界で生きてる意味なんてありません。』……だっけ?」
「…………さすがにそれは、言わないでくれるかな?ダメージが結構来るんだけど。」
「そうだろうと思ってた。」
――ナオ様、今行きます。
熊木直弓の遺体を前にそう言い残し、幼い少女は自ら剣を取り自害したらしい。
「でもそれ、滅茶苦茶愛されてるって事なんじゃないの?」
普通だったら、即追い掛けたりはしないと思うな。
取り敢えず悲しんで、時間を掛けて理解して、結果寂しくなって追い掛けるものじゃない?
遺体見て、『よし死のう』なんて……。しかもまだ6歳だったって話だし。
「生きてたら、もうすっかりお婆ちゃんだよ。……そんな未来さえ、僕は奪ったんだよねぇ。」
…………ま、まぁ。確かにそうかもしれないけど、さ。
「……ねぇ、なんでそうやってさ、全部自分が悪いって思うの?何も悪い事して無いじゃん。」
殺されたアンタは被害者じゃん?自ら死にに行った訳じゃないし。
殺されちゃったのだって、逆恨みだったって話だし。
起きちゃった事は仕方ないけど、でも全然アンタのせいじゃないじゃん。
「……うーん。悪い事、かぁ。」
不意に動き始めた彼は、その小さなローブを手早く畳み、私に押し付ける。――それはまるで、これ以上綺麗なものを穢さないようにしている様に思えて。
「僕、実はね、たくさんの人の人生を壊して来たんだよ?」
不意にこっちを見たポチはもの凄く笑顔で。
「ねぇ、知ってる?一人の人間を壊せば、その周囲の人間の人生も連鎖的に壊れちゃうんだよ。」
ニコニコと。
優しい声で楽しそうに。
でも何処か、泣きそうな声で。
「何千人、何万人。……僕は一体、どれだけの人間の人生を壊したんだろうね?」
グルグル、グルグルと。
私から視線を外した彼は、円を描く様に部屋の中を歩き始めた。
「老若男女、幼い子供達も巻き込んだよ。壊したくて壊した訳ではないけれど、結果的に壊すのはいつも僕なんだ。」
楽しそうに歩き続ける。
でも彼が回る度に、私の心の奥底からはムクムクと苛立ちが膨れていく。
「たくさんの人を壊した。自ら手を下したわけじゃ無いけれど、それは僕が殺し立っていっても良いんじゃないかな。つまり僕は殺人鬼かな?……わぁ。極悪人だぁ。」
嬉しそうな声を上げる彼は、私に微笑む。――でもそれはまるで、作り笑顔のようで。
眉を顰める私に彼はツーンとふて腐れたように、そっぽを向いて。……それでも言葉は続ける。
「もしかしたら僕は、あまり他人と関わらない方が良いのかもしれないね。意図せず壊してしまうんだから。それならミユちゃんも、僕にはあまり関わらない方が――――」
そこでピタリと、彼の足は止まる。
「……あ、ごめん。君達の人生は、既に壊していたね。――異世界なんかに強制召喚している時点で、君たちの将来は既に壊れていたね、あはは。……僕とした事が、今更気付くなんて。ごめん。本当にごめんね。」
不意に。
――キレた。
咄嗟に私は、彼の後ろでユラユラ揺れるフカフカとしたソレを掴む。
「っあ……ッ!!」
「ねぇ。さっきから、グチグチ、グチグチ、ウザいんだけど。っていうか私は、別にこっちの世界に来た事はこれっぽっちも後悔してない。むしろ、息苦しい場所から助けて貰って、感謝してるくらいなんだけど?――勝手に、壊したなんて言わないでくれる?」
私の人生は壊れてる、なんて。そんな事、自分じゃない他の人になんて言われたくない。
“壊された”なんて、自分が感じる事でしょ?今の所私は、“壊された”なんて思ってない。
「……ごめん。」
私に尻尾を掴まれて膝から崩れ落ちた彼は、踞ったまま身動き一つしない。
聞こえるのは、独り言を呟くような小さな声だけ。
「なんか、テンションがハイになってた。」
「……うん。」
私はそっと、彼の尻尾から手を離す。
やっぱり弱点なんだなって、改めて思った。
「……早く帰ろうか。」
「うん?」
ピクリとも動かないまま、呟かれた彼の言葉に私は首を捻る。
「……ここは何故だか懐かしくってね。……僕が僕じゃなくなる。」
ようやく顔を上げた彼は、疲れたように優しく微笑んだ。……でも。
――何だろう、これ。
鉄塊が錆び、そこから砂の様にサラサラと崩れ落ちてしまうような。
指で軽く突いただけで倒壊してしまいそうな、古くて苔の蔓延ったボロ小屋みたいな。
今にも壊れそうな程、危うく、脆く。
――彼の笑顔はそんな風に、とても儚い様に見えて。
「怖いの?」
自然と、そんな事を聞いていた。
「何が?」
「この場所。……刺されたんでしょ?」
「そんな事無いよ。」
そう言って、彼は首を横に振る。
「……ホントに?」
「ひッ!!?」
ソッと尻尾の毛に軽く触れてみれば、引っくり返った悲鳴と共にポチは大きく飛び退いた。
「し、尻尾は駄目って言ったよね!?」
「嫌なら、ホントの事言えばー?」
悲鳴じみた訴えに、私は知らんぷりを返す。
でも内心、やり過ぎたかなぁ?なんて、そんな事を思って。
「……そうだな。」
数刻の沈黙の後、彼はポツリと呟いた。
「……もう一度殺されたいとは思わないなぁ。」
乾いた様に笑う彼は、やっぱりどこか脆く儚い様に感じて。
――妙な感情が思考の隅をかき乱す。
「……じゃあ、痛いの?刺されるのって。」
何故か私はほとんど無意識に、そんな分かりきった様な事を聞いていて。
「そりゃあ痛いでしょう?痛いけど。……でも、それがどうでも良くなるくらい、――」
その言葉は、埃っぽい室内に重く響く。
「――心が痛かった。」
……あぁ。聞かなきゃ良かった。
そんな後悔に襲われる。
私は何を言ってるんだろう。何、聞いてんだろう。
ポロリと聞いてしまった事だけど、意地でも口をつぐんどけば良かった、と。
だってこんな質問、誰だって嫌でしょう。嫌じゃない訳無いじゃん。思い出したくもないでしょう。
ホント、何してんだろ。私。
「ねぇ、ミユちゃん。ちょっと、立たせてくれない?」
ハッと顔を開ければ、此方に伸ばされた彼の手のひら。
「……なんか、体に力が入らなくなっちゃって。」
『アハハ。』と照れたように笑う彼に対し、呆れた風に近付く私。
小刻みに震える彼のその手を、私は引っ張り上げる。
『助かったよ。』なんて言う彼の顔を見れないまま。
私が尻尾を触った事で、額や首筋にビッシリと浮かんだ脂汗からも、私は目を逸らしていた。




