愛を拗らせて暴走する話。
彼は現在、人化しています。
「おい、お前!」
声を掛けると同時、奴は立ち止まり、振り返る。……まるで、俺が声を掛ける事を知っていたみたいだった。
「あぁ。こんにちは、闇の妖精さん。」
そう言って、奴は不気味に笑った。
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「用事はコレの事だよね?」
笑顔のまま奴は懐に手を入れると、そこから何か白いものを取り出した。
遠目だけど、俺にはハッキリと分かった。ルミだ!あれは確かにルミだ。生きているルミだ。ルミが動いている!相変わらず可愛い。10年経った今でも、天使の様な愛らしさは健在だ。
だが俺は喜ぶと同時に、ルミを見た途端ゾッとした。
取り出されたルミは、とても苦しそうだった。可愛らしい顔を歪め、不快を露にしている。きっと奴はルミが逃げ出さないように、力強くルミを握っているに違いない。痛いだろう。どれだけ苦しいか。奴はルミの儚さを知らないのか?あんなに力強く握ったら、か弱いルミはすぐに潰れて死んでしまう。早く助けなくては!
「おい、テメェ!今すぐルミを離せ!」
「嫌だね。」
「なっ!」
嫌、だと?奴には、苦しんでいるルミの姿が見えないのか?
それでもお前は人間か?苦しそうなルミを見て、それでも笑っていられるお前は、もしや悪魔か?
そんな悪魔は笑顔のまま、ツカツかと俺に近寄ってきた。
その不気味さに、俺は思わず、一歩後退ってしまう。
「はい。」
「は?」
悪魔は遠慮なく俺に近寄り俺の手を掴むと、何かを手渡した。
俺の手の中で、小さな生き物が身動きをする。
「ルミ?」
それは小さくて愛らしいルミだった。
10年間俺が求め続けた、生身のルミだった。
一度は諦め、しかし今、あっさりとルミは戻ってきた。
これは夢か?――頬を摘まむ。痛い!現実か?現実であってほしい。夢なら覚めるな!
「あんな場所で手を離したら、この子は地面へ向かって落っこちてしまうよ?そんな事、誰も望んじゃいない。……コレはきちんと返したよ。じゃあ僕はこれで。」
クルリと背を向け、彼はこの場から去っていく。
……そうだ、お礼を言わなくちゃ。お礼を――
「ヤダです!」
懐かしい声。ずっと追い求めた、幻の呼び声。
それが今、奴の足を止めさせた。あぁ、やはりルミは天使だ。
でも何故?なぜアイツの足を止めさせる?
「ルミ?」
「行っちゃヤダです!」
「あっ……!」
ようやく見つけたのに。
ようやく手に入れたのに。
ようやく掴んだのに。
愛しの人が今、俺の掌から飛び立つ。
純白の光を煌めかせ、空中を舞うルミ。着地に失敗し、落ちそうになりながらも『うー……しょ!なのですっ。』と可愛らしくよじ登った。
可愛い。クソ可愛い。可愛過ぎて世界が輝く。
やっぱりルミは、最上位の名に相応しい、最強の光の精だ。光を見失って以来、暗く沈んでしまった僕の心まで、眩しいほど明るく照らしてくれる。
そんなルミが。ルミが!
今ルミは何処にいる?
あぁ、奴の腕だ。奴の腕から落ちそうになりながらも、必死にしがみついている。
「テメェ。……ルミに何を吹き込みやがった?」
あんなにも優しく純粋なルミが、俺を置いてあんな卑劣で薄汚くて邪悪で、なんかもう性犯罪の十や二十、軽くヤってそうな顔で禍々しいオーラをビンビンに放つアイツを選ぶわけがないだろ?アイツは可愛くて純粋で可愛くて可愛いルミに、何か良からぬ事を吹き込んだに違いない。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。ルミも、彼の所へ戻ったらどう?」
「ヤダです!カルとは絶対離れないですっ!!」
カル?ルミは今、奴の事を『カル』と呼んだのか?
「カルって。……ルミ、ご主人様はもう死んでるんだよ?」
「でも、カルはカルって呼ばせてくれたです!それだけでいいです!!」
あぁ、あぁ。確かに俺らの亡くなったご主人様の愛称は『カル』だ。だがご主人様は、俺らに『カル』と呼ばせてはくれなかった。せめてルミだけはと頼んでも、それを良しとしなかった。
「ルミ。ソイツはご主人様じゃない。偽物だ!名前は『カル』かもしれねぇけど、でも偽物なんだよ!」
そもそもご主人様は亡くなった。生きている訳がない!
それに、奴の魔力はご主人様とは違う。明らかに別人だ。
……まぁ、少しだけ、ほんの少しだけ似ているから、きっと可愛い可愛いルミは間違えてしまったんだろう。
だが元はと言えば、ルミを騙したアイツが悪い訳で。
「……お前。どうやったって、ルミを解放する気は無いんだな。」
「早く故郷へ帰れって、常日頃から言っているんだけどねぇ?まぁ、反論した所で無駄なのかな。君は、好きな娘の事になると話を聞かなくなるみたいだからねぇ。」
「……そうか、わかった。あくまでルミの洗脳を解く気は無いと。……なら、力ずくで取り返す!【潰れろ!】」
最初から全力だ。ルミが帰ってくるなら、相手が死んでも構わない。殺す気で行く。
幸いにも、奴は戦闘が得意ではないのだろう。魔法への適正も高くない。一瞬で終わる。――そう思っていた。
「ダメですっ!」
ギィンと嫌な音が響き、俺の魔法が相殺された。ぶつけられたのは光の魔法だ。
見れば、奴と俺の間にはルミがいた。奴を庇うように、ルミは小さな腕を精一杯に広げている。可愛い。
「そんなのしたら、カルが死んじゃうですよ!カルは弱いのです!すぐに怪我しちゃうのです!だからやめてなのですっ!!」
可愛い可愛いルミが、薄汚いアイツを庇っている?あり得ない。奴はきっと、何かしら細工をしてルミを騙しているんだろう。可愛い可愛いルミを弄ぶ悪魔が!
「ルミ、目を醒ませよ!お前はソイツに騙されてんだ!」
【沈め】
「ヤーダーでーすーぅ!!」
【切り刻め!】
ルミの背後で魔法を発現させる。ルミが気付く前に、あの悪魔は始末してやる。
ジャキーンと鈍い音が鳴り響き、漆黒の刃が奴を貫いた。予め奴の足は沈めておいた。その場から逃げるどころか動く事すら出来ず、奴はアッサリと命を散らせた。
「あっ!?あーあぁぁぁあ!!!シャドーの大バカですぅぅぅ!!」
嫌な音に振り返ったルミは、奴の死体に近付いていく。
そしてぽろぽろと、ルミの瞳からは涙がこぼれ出す。
悪魔から解放された事が嬉しいのだろう。雫は後から後から、ルミのプニプニした頬を伝い地面へと落ちていく。
「……大丈夫だよ。もう安心していい。君を泣かす悪魔は、もうこの世から消えたんだ。これからは、僕が君を守るよ。だからほら、こちらへおいで。ルミ。」
「ヤダですぅ!!」
差し出した手が振り払われる。
「シャドーなんて、大っっっ嫌いですぅぅー!!」
「ぐっ!」
嫌い、か。……フフ。まぁ良い。ルミを悪魔から守れるなら、少しくらい嫌われたって。
「カルぅー!!死んじゃ嫌ですぅぅ!!!」
「ルミ、おいで。帰ろう?」
「ヤダです!絶対にヤダですぅ!帰らないでーすー!!」
……嫌?……ルミは嫌だと言ったのか?俺達の所へ帰るのを?
「シャドーなんか嫌いです!大っ嫌いです!嫌いです!嫌いです!嫌いですぅ!!」
嫌い?……え?……ルミに、……嫌われた?
…………あぁ、完全に嫌われたんだ。
なら僕の人生は終わりだ。絶望だ。死のう。ルミに嫌われた人生に、価値なんてこれっぽっちも無い。
特大魔法でも使えば、魔力枯渇で逝けるだろうか。妖精は魔力が枯渇すれば消える。死体は残らない。
……僕は妖精で良かったかもしれない。
ルミに嫌われたなんて恥だ。僕という存在が恥だ。死んで尚、死体という己の存在によって僕の恥を周囲に晒し続けるなんて、僕はごめんだ。
「よし、死のう。最後の最後でルミに会えた。僕はそれだけで幸せだ。……さようなら、ルミ。――あべし!」
「この、変態がぁ!!」
特大魔法を唱えようとした瞬間、僕の脳天には衝撃が走った。
「しばらく会わないうちにシャドウくん、貴方ルミ馬鹿が拗れてるじゃないですか!貴方の大事なルミを、よりにもよって自分の手で泣かせるなんて。……最低ですよ。」
泣きそうな、それでいて優しい言葉。
青空を背景に彼女は、引っくり返った僕を見下ろしてた。
「お久しぶりです、シャドウくん。お忘れですか?ラミアです。まぁ?ルミさえ居ればそれで幸せな貴方ですから、私の様なゴミクズなんてどうでも良い存在だとは思いますけどね?」
「べ、べべ別にお前の事を忘れてた訳じゃねーけど……っ!?」
視線を固定させたまま、体を起こす。
白い髪、水色の瞳。
仁王立ちするラミの、そのすぐ後ろには。
「……テメェ。」
「ふぇぇ?カル?」
ニコニコ笑う悪魔がいた。
「シャドウくん。こちら、ユアンスさんです。私達の恩人なので、手出しをすればルミに嫌われますよ。」
「カルぅ♪」
「……っ!何で生きてやがる。」
俺の魔法は、ちゃんと奴を貫いたはず。現に今もあそこで、鮮血を撒き散らしているじゃないか!
「あれは映像です。私が作りました。」
「エイゾウ?」
「動く絵画です。つまりは幻影です。」
へぇ。あんなすごい魔法を……。
「……お前、何が何でもルミを返さない気なんだな?卑怯な手まで使って。」
ラミの後ろの悪魔を睨みながら、俺は問う。
「そうだねぇ。いい加減鬱陶しくなってくる頃だからさ、君が引き取ってくれたりしないかな。」
「ヤダですー。カルといるですー。ずっと一緒なのですー。」
「私も、あんな魔法ごときで殺される貴方を放ってはおけませんので。」
「……え、いや。アレ映像だよ?」
ベタベタと奴に貼り付くルミと、嘗ては見れなかったラミの笑顔。
どうやら二人は、奴に懐いているらしい。
――それを見て僕は、少し冷静になる。
「…………ねぇ。君の事、これからは『アネン』って呼ぶから。」
「どうしたんだい?急に。」
アネンが不思議そうに聞いてくる。
「ルミがアネンに着いていくなら、僕も一緒に着いていく。」
アネンの行き先なんて知らない。けど僕は、ルミと一緒に居れるならそれだけで良い。
ルミがアネンと一緒に居たいって言うのだから仕方ない。僕も着いて行くしかないじゃないか。
「……よりによって『アネン』なんて。もしかして嫌がらせかな?」
「そんなの当たり前。」
ルミが奴を、死んだご主人様の代わりにするのなら。
僕も奴を、ご主人様の代わりにする。
『カルサンス・アネン』という人間の代わりに。
「……じゃあ僕は君を、クロくんと呼ぼうかな。……全く、誰だろうね?『シャドウ』なんて呼びにくい名前を君に付けたのは。闇属性だから『シャドウ』なんて、安直過ぎるよ。」
「あ?テメェ、ルミを人質にしたからって、あんまり調子こいてんじゃねぇぞ?うちのご主人様を侮辱してんじゃねぇ。……ルミ、この悪魔から離れろ。今からこいつをズタズタに切り裂いてやる。」
「ルミ。」
ラミがルミに何か囁く。
そしてすぐにルミは、アネンを庇うように前に立った。
「ルミ、そこを退いてくれ。」
「シャドー。……やめて欲しいですよ?」
ルミがニコッと、天使の笑みを向けてきた。可愛い。滅茶苦茶可愛い。
つられて、僕の頬もヘニャリと緩む。
「怒っちゃ、嫌です。」
小首を傾げ、上目遣いで見上げてくるルミが可愛い。クソ可愛い。可愛い過ぎる。マジ天使。
「ルミの頼みなら仕方ない。命拾いしたね、アネン。」
「……僕のも一応、嫌がらせなんだけどなぁ。」
「何せ、シャドウくんですからねぇ。」
アネンとラミがなんか言ってるけど、全部無視。
僕の耳は、ルミの可愛く愛らしい声を聞く為だけにあるんだから!
「にしても。……また増えるのかぁ。」
「良いじゃないですか、もう一人くらい。……それにこれだけいれば、トランプし放題ですよ。」
「え?トランプです?する!するですっ!ねぇ、ねぇ、シャドー。トランプいっぱいしたいです!ね?たっくさん遊んで欲しいです!」
「うん、もちろん。」
トランプが何かは分からないけど、ルミがとびっきりの笑顔を向けてくれる、それだけで
僕は幸せだな。
シャドウ 「そういえば君、昔はもっと卑屈じゃなかった?」
ラミア 「あの人とずっと一緒に居れば、そりゃ卑屈な性格も矯正されますって。……ふふっ。」




