前世の記憶を持つ話。
挿絵あり。(大きめ)
「……さて、時間は有限です。貴方の言う通り、先に本題の方を片付けてしまいましょうか。この通り、私はいつ倒れてもおかしくはありませんからね。ベラ、お願い出来る?」
「はい、しばしお待ちを。」
浅海さんに声を掛けられ、立ち上がったメイド服のベラさんはスッと部屋から出て行く。
「…………いつから。」
ポツリと呟かれた言葉は隣から。
「何かしら?熊木くん。」
「……。」
注目された声の主は、気まずそうにそっぽを向いたまま。
「ふふふ。私の体調ですか?……そうね。倒れたのは10年程前かしら?その数年前から体調は確かに悪かったのだけれど。」
「……!」
答えが返ってくるとは思わなかったのか。ポチの肩がビクリと震える。
「目が覚めた時、さすがの私も思いましたよ。このまま死ぬのかしら、と。なぜって、熊木くんに会えないまま死ぬのは絶対に嫌でしたから。」
浅海さんはクスクスと、控えめに笑う。
「でもこうして私は、未だにしぶとく生きながらえていますよ。本来なら、とっくにくたばっていても不思議はないのですけどね。」
「……。」
「……もしかしたら。……私がまだこの世に存在していられるのは、貴方に会う未来の為だったのかもしれません。私が死んでしまったら、貴方とこうして顔を合わせることすら出来ませんからね。」
ポチを見る浅海さんは、嬉しそうに目を細めている。
――あぁ、この人は。
ポチに会う為に。
もう一度、彼と再会する為に、ずっと待ってたんだ。
「熊木くん。あの子は、…ベラは結局嫁にも行かず、こうして動く事もままならなくなった私の世話をしてくれています。貴方はその意味が分かりますか?少しは態度を改めたらどうです?」
暫しの沈黙。そして。
「別に。……恨んでるわけじゃない。」
小さな呟きが、沈黙に吸い込まれた。
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「お待たせしました。」
「ありがとう、ベラ。それはそちらに。」
「はい。」
そう言って、戻って来たベラさんは私達の前に2枚の黒い板を差し出す。
「片方は美結さんの分。それは普通です。……もう片方は熊木くんの分。赤い線が入っている方ね。それは特殊な物です。予め無理を言って審査を通して頂きました。問題が起きた場合、全責任は私の元へ来ます。多少の揉め事くらいなら許しますが、この老体にあまり無理をさせないで貰えると有り難いわ。」
……確かに。私の前に差し出されたカードは全体が真っ黒なのに対し、ポチの前に差し出されたカードは、斜めに赤線の模様が入ってる。
「え。っていうか何コレ?」
「Fランクのギルドカードですよ。」
「あ、なるほど。」
そういえば、ギルドカード作るからって、外出したんだった。
カードを手に取れば、ヒンヤリとした冷たい感覚。ツルリとした黒い表面に自分の顔が鏡の様に映り込む。
「魔力を流せば、現在の自分のステータスが閲覧出来ますよ。」
……ふむ。
試して見れば、銀色の文字が浮かび上がる。それは、ギルドで見たのとたぶん同じ。
「でも、あれ?なんで浅海伯母さんが?普通、ギルドで手続きすると思うんだけど。」
「……熊木くん。貴方、審査に引っ掛かったでしょう?一体、どんな犯罪をしたのですか?」
浅海さんは私の質問に一つ頷くと、これが答えだと言う風にポチに問い掛ける。
そういえば、水晶が赤く光ると犯罪者なんだっけ。そしてポチが触った時、水晶は赤く光った。その事……かな。
「…………一応、まだ誰も殺してない。」
「あら?そうなの?……なら、なぜ水晶は赤く光ったのです?貴方の犯した罪が殺人でないなら、一体何です?性犯罪ですか?」
「……違ぇよ。熊木直弓と一緒にするな。」
呆れたような声でポチは吐き捨てる。
……え。熊木直弓って人、性犯罪しそうなタイプなワケ?
その人一応、ポチの前世なんだよね??……え?
「たぶん、あの水晶が反応したのは、……俺が前世持ちだからだ。」
ポチが苦々し気に呟く。
「やろうと思えば、反応させずに何事もなく突破する事も出来たんだけど、な。……失敗した。」
あぁ、確かにポチなら非正規なんて余裕だろうけど。……直前の動揺で失敗した結果、赤く光らせちゃったとか?
「あら?転生と鑑定水晶。二つは何か、関係があるのかしら?」
「……あるよ。大いにある。“記憶持ち”は確実に引っ掛かる。」
「興味あるわ。話してちょうだい。」
浅海さんの瞳がギラッと輝く。……あれ。意外と好奇心旺盛?
「……代わりに、俺からも頼みがあるんだが。」
「私に出来る事なら良いですよ。……それで?」
浅海さんが説明を促す。
「……まずは、水晶の方か。あの水晶が鑑定するのは魂の情報。本名や身体情報等。偽りはあり得ない。」
本当に聞く気なのかと、ポチは呆れた様に浅海さんを見る。
「えぇ。偽装は不可能だからこそ、それを元に発行するギルドカードは信頼性は高いわね。……続けて?」
「……水晶が測定する項目の中には『魂の穢れ具合』というものが存在する。他人を傷つければ、その分魂は穢れる。故意に人を殺めれば、死んだ相手の魂が穢れとなって、自分の魂にベッタリと張り付いてくる。
相手をきちんと弔えば多少薄まるが、遺体を捨て置き逃亡すればベッタリ張り付いたままだ。」
え。ナニソレ怖い。
「それが赤く光る仕組みかしら?」
「あぁ。とは言っても、穢れが少なければ無反応。
殺して放置した人数が数人程度なら赤くは光らず、だがギルド員がそれを関知出来る。ヒッソリと騎士団行き。
赤く光る奴となれば、かなり危ない奴。もしかしたら相手は殺人鬼かもね、って事になるんだがな。」
「それで?何故『転生者だから赤く光る。』と言えるのですか?」
「……正確には『転生』じゃなくて『自分じゃない別人の記憶を持っている事』な。この世界に生きる者は全て、死んだ後に魂は天国に行き、綺麗に浄化されてまた生まれる。そうやって廻ってる。……全人類が死んでは生まれ変わってんだから、『転生』だとこの世界に生きる全員が対象になるよ。」
ポチの淡々とした説明に、それでも浅海さんは興味深げに頷く。
「死んで天国に行けば、その魂はそこで綺麗に浄化される。その時、記憶も綺麗に消えるんだ。だから誰も、前世なんてものを覚えていない。
……でも熊木直弓の場合は違った。アイツは天国に行ってない。死んだ後もこの世を漂い、やがてまだ綺麗な俺とくっついた。俺の魂には『熊木直弓』という穢れが、ベッタリと張り付いてるだろうよ。……だから鑑定水晶は赤く反応するし、」
ポチが懐に手を入れ、何かを取り出す。
「……この子達は、契約主だった熊木直弓が死んでもまだ生きている。」
「まぁ。」
ポチが畳の上に置いたもの。それは二人の妖精。
片方は紅い瞳に桃色の癖毛の子。もう片方はオレンジ色のロングヘアで薄青色のワンピースを着ている。……えっと確か、塔でクソ虫と一緒にいた子達……だよね?何でここに……。
「……なぉなぉ、ご主人様……だったの?」
「貴方が私達に、妙に親しげだったのは、そういう訳でしたか。」
二人は畳の上にちょこんと立ち、不安げにポチを見つめる。
「……熊木くん。貴方が亡くなってから、この子達は姿を消してしまっていたのだけれど。」
「最近、たまたま拾った。」
二人の妖精には目もくれず、ポチは浅海さんの質問に答えた。
「ねぇ。私、知らなかったんだけど。何処に居たの?」
拾ったとしたら、美代達とはぐれた後にだろうけど、……それなら同じ家の中に居た……はず?鉢合わせてすらないけど。
「……君には関係無いからね。会わせる必要もないよ。」
「…………え?」
冷たい声が刺さり、一瞬息が出来なくなった。
だけどそんな私に構わず、淡々と会話は進む。
「……この子達をどうするか、それは俺がこれから決める。取り敢えず、この子達は生きていた。それだけだ。」
「そう。……それで?」
ポチは妖精二人を引っ掴み、多少乱暴に片付ける。
その様子にカザンが心配そうに『クゥン。』って鳴くけど、ちょっと待って。今、それを気にするどころじゃない。
「……話を戻そう。前世の記憶を持つ奴が、俺以外にもう一人いる。そいつの分のギルドカードを頼みたい。」
「良いですよ。その方が、危険な方で無いのなら。」
「……随分あっさりだな。」
「熊木くんの頼みですから。……それで、その方はどんな方なのでしょうか?」
「……名前は斎藤ユウマ。このミユちゃんと一緒に強制召喚されたうちの一人だ。」
……は?
よく分かんないまま、ゆっくりとグチャグチャになりかけていた感情が、
彼の言葉で一気に全部吹っ飛んだ。




