強者には逆らえない話。
場が凍りつき、緊張が走る。
浅海さんからは、肉食獣みたいな威圧を感じるし、メイドさんはピリピリとした緊張を放つ。
――にしても。
うーん。クマキ?なんかどこかで聞いた事ある気がするんだけど?
私が戸惑ってる間に、ポチは動いてた。
「申し遅れました。私、ユアンス・パスカルと申します。失礼ながら、誰か別人と勘違いしていらっしゃるのではないですか?」
胸に手を起き、軽く頭を下げるポチ。なんか紳士っぽい。
「勘違い……ですか?」
「えぇ。私は貴女様と顔を会わせた事すらありません。よって人違い、もしくは何かの手違いではありませんか?」
「……そう。」
浅海さんは思案気に顔を伏せる。
「『朝焼けのシロツメ草』……この言葉に心当たりはありますか?」
「ありません。」
眉一つ動かさず、ポチはキッパリと即答した。……えぇっと確かそれって、ギルドの受付嬢さんに聞かれたヤツだよね?……いやいや貴方、ギルドじゃガッツリ反応してたじゃん?違うの?
「そうですか。」
悲しみの籠った言葉が落ちる。
「……貴方はあくまで、別人と言い張るのですか。」
「言い張るも何も、名も知らぬ別人ですから。」
「……私の勘違い、ですか。」
「勘違いだと思います。」
暫しの沈黙。
視線を落とし畳の方を見つめるポチと、そんな彼を真っ直ぐに射抜く浅海さん。二人の視線は合わない。
「いいえ。」
息が詰まりそうな程ピリピリした空気を切り裂き、浅海さんはハッキリと告げる。
「私の勘違いでない事は、貴方が一番よく分かっているでしょう?誤魔化しても無駄です。言いましたよね?私の能力は『運命が分かる』だと。……私は予め分かっていたのですよ?熊木直弓の魂を持つ貴方が今日、ここに来ることを。……確かに今世で貴方は、私と会ったことは無いかもしれません。しかし、前世ならどうでしょう。私と共に未知の世界へ連れてこられ、共に苦難を乗り越え励まし合った事さえも忘れてしまいましたか?」
「…………っ!」
顔を上げたポチ。ようやく浅海さんと視線が合う。
真っ直ぐに彼を見つめる浅海さんの力強い瞳が、今は酷く傷ついて見えた。
「もう一度聞きます。貴方は私を、忘れてしまいましたか?」
「…………。」
数秒見つめ合った後、耐えきれなくなったらしい、ポチはプィッとそっぽを向いた。
どうやら、決着は着いた……のかな。
ポチは否定はしないけど肯定もしない。ただ単に彼女達から逃れるかの様に、身を一歩退ける。
「……あの、本当にナオユミくんですか?」
私と同じ結論を出したらしい。
今まで静かに話を聞いているだけだったメイドさんが、震える声でポチに問い掛けた。
「……。」
ポチは何も言わない。
浅見さんだけじゃなく、メイドさんの方すら見ようとしない。
それでも、メイドさんは必死に言葉をぶつける。
「……あ、あの、貴方がナオユミくんなのだとしたら、私は貴方に謝らなくちゃいけません!私、ずっとずっと、ナオユミくんに謝りたかったんです。お墓に対してなんかじゃなくて、ちゃんと直接謝りたかった。一度でいいからもう一度会って、ちゃんと謝りたかった。だからあの――」
「黙ってもらえますか?ベリーヌさん。」
「…………え?」
「謝罪は不要です。」
またもや耐えられなくなったのか。
冷淡な声が彼女の謝罪を押し潰す。
皆が戸惑う空気の中。
「……だから。」
ポチはそっぽを向いたまま、小さく呟いた。
「……だから来たくなかったんだよ、こんな場所。」
淡々とした乾いた声が、静かに響いた。
――スッと、目の端で何かが動いた気がして。
そっちを見て、ふと気付いた。行儀良く太ももに乗せられた彼の手のひらは、しっかりと自身の着ているローブの裾を握ってた。……さっき何かが動いた気がしたのは、より強くローブを握って布の端が動いた、って事なのかね?
「『朝焼けのシロツメ草』ちゃんと覚えていますよ。……貴方と見た絶景、忘れる訳がありません。」
「そう。」
浅海さんは嬉しそうに、小さく笑む。
……えっと。じゃあ、やっぱり?
「……確かに、フィッスノー奥様の言う通り、俺は『熊木直弓』の記憶を持っています。だから日本に理解があるし、俺の生まれはシュム国ではありませんが、シュム国の存在は知っていました。勿論、フィッスノー奥様の事も覚えてますし、ベリーヌさんが俺にした事も覚えています。」
うん?メイドさんがポチにした事?何だろ。
「あっ。だからそれは、その……。」
「大丈夫です。自業自得ですから。形だけの謝罪は不要です。……今更、無理して媚売る必要は無いですよ。フィッスノー奥様の話が終われば俺はすぐに貴女の前から姿を消し、二度と現れないと誓いますので。」
「っ……!?」
ポチがサラリと吐いた言葉に、メイドさんはショックを隠せないでいるっぽい。
何なんかねー?この若干誤解がある感じ。
ポチはポチで、さっきから言葉遣い変だし。
ってかポチとメイドさん、二人の関係って何だろ。何かの敵?
……心を読めば簡単に分かるんだろうけど、正直、メイドさんの心の声は読みたくない。なんか、ポチに対する後悔が津波になって押し寄せて来て、それに思いっきり押し潰されそうな気配がしてて怖い。
「熊木くん、一つ訂正して良いかしら?」
「……何でしょう?」
ポチは少し躊躇い、渋々と言った感じに続きを促す。
「私の事は『牧田』と呼んでくださいと言った筈ですよ。」
えっ、そこなの!?
何かもっと、指摘すべき点がある気がする。浅海さんなら、微妙に食い違ってそうな二人を何とか出来そうなのに。
「それと熊木くん。その、他人行儀な口調を止めてくださいね。無理は結構です。」
バッサリと言い切る浅海さん。
……あぁ、やっぱ無理してるんだ。口調だけじゃなくて、きっとそれ以外も。
「……無理はしていません。そんな事より、いい加減本題に移って貰えませんか?わざわざ俺らを呼び付けた理由を教えてください。」
「嫌よ。」
感情の無い声で問うポチを、浅海さんはピシャリと切り捨てる。
「無理をするなら、嘗ての貴方の口調に近付ける方向で無理をしなさい。でないと、いつまでも私は貴方をこの場所に引き留めますよ。」
「…………無茶苦茶です。」
静かに呟かれた言葉が、自然と空気に溶け消える。
「無茶も何も、私は貴方と再会出来るこの日をずっと待ち望んでいました。貴方が亡くなってから63年です。63年間、私は待っていました。ずっと待っていました。正直、待たせ過ぎです。ならば、貴方に対し少しくらい無茶を言っても良いと思いませんか?」
「……一体、俺に何を期待しているのですか?――じゃなくて、……何を期待してるんだ?」
「別に、何も期待していません。ただ単に、ある日突然この世から消えてしまった貴方と、またこうして再会出来た事を喜ばしく思うだけです。」
「……。」
一方は嬉しそうに微笑み、対するもう一方は不機嫌そうにそっぽを向いた。
割と最初の頃、転生タグ付けてたのは『ユアンス君が転生者だから』っていうのが理由だったり?
ちなみに、これを機に『熊木直弓』という名前を調べてみたのですが……。
出てきたのは、女の子の名前『直弓』でした。
……熊木くん、女の子じゃないからね?(涙目)




