ツタツタ
街の教会。
顔色悪く横たわる人々と、その間を慌ただしく駆け回る人達。
『ニャルが倒れた!』
そう緑の奴が駆け込んできたのは、研究所から帰ってきてしばらく経った頃。
落ち着きのない緑に案内され、ニュル?とかいう奴が運ばれたとかいう教会に、俺達は辿り着いた。
……ヌル?とかいう奴の他にも街の周辺に住む住民からは、多数の病人が出ているらしい。
症状にばらつきはあれど、大元の原因は同じ。集団感染的なものらしく、病人達は皆教会に集められているとか。
「あぁ、斎藤くん。これをあの赤い人へ届けてください。貴方はこれをあの方へ。代わりにあれを貰って来てください。貴女はこれをあの人の所へお願いします。それが終わったら、あの人からあれを回収してきてください。はい、貴方は……」
俺は、ミーリャに渡された物を指定された人の所へ届けに行く。
忙しそうにするミーリャは、急遽治療の為に集まった人達の全てを完全に指揮していた。
「はい、これ。」
「ありがとう、ナイスタイミングだよ。」
赤い人は受けとる前と変わらぬ速度でテキパキと動いていく。
――俺がちんたら歩く事も考慮に入れて、ミーリャは仕事を振り分けてるんだろうなぁ。
この空間にいる人間の、全ての歯車が正確に噛み合っている。
こんな緊急事態で、しかも急遽寄せ集めた烏合の集団。
教会に到着したばっかりの時は、てんやわんやのグダグダパニック状態。それをミーリャが整え、手の空いている者には指示を与え、やがてはミーリャを中心に効率良く回るようになった。
しかも適当に仕事を振り分けているように見えて、実はその人個人の能力をも考慮してその仕事を与えているらしい。その上、各々の小休憩まで見越しているのだから、正直すげぇとしか言いようがない。
「……んっ。……見つけた。」
のほほんと声が聞こえると同時、横から服をクイッと引っぱられた。見れば少々膨らんだ肩掛け鞄を身に付けるララが、そこにいた。
「……助手。」
それだけ告げると、ララは俺の服を摘まんだまま引っ張っていく。
特に逆らう気もない俺は、昼間と同じ様にまた大人しく付いていった。
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「……これとこれか?」
「ん。」
青色の瓶と緑色の瓶を、ララの前に置く。
頷くララは手元の器に、渡した瓶の中身を注ぎ入れ、混ぜ合わせる。
助手として連れてこられたのは、臨時で出来た治療場所。治療が出来るらしいララは、準備をしていた為に俺達より遅れて来たらしい。治療スタッフ一名追加って所か。
向かう途中で俺を発見し、ちょうど良いから助手に引っ張ってきたらしい。これもミーリャの想定内だったりしてな。……いや、無いか。流石に。適任なら他に良いやつがいるだろうしな。
俺が使い終わった瓶をケースの元の場所へ仕舞っている間に、ララは出来上がった飲み薬を『患者に薬を飲ませてくれる係』の人へ手渡し、次の患者の診察へと移っていく。
「……次はこれか。」
「ん。」
診断を終え、ララが物欲しそうにする黄色い瓶を俺は渡す。そして、それを混ぜるララ。
そんな風に、俺逹は黙々と作業をこなしていく。
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「つっかれましたぁ~。斎藤くん、癒してくださぁい。」
次々と運び込まれていた患者逹が途絶え、慌ただしさが完全に落ち着いた頃。
再会するなりミーリャは、俺に抱き付いてきた。
「うぉっとぉ??」
「あー、癒されますねぇ。不思議ですねぇ。」
「……何で俺?。」
周りには他にも、雛菊、美代、ララと緑の奴までいるだろ?その中で、何で俺?
「細かい事は気にしないでくださいませー。」
おどけた調子でそんな事いうミーリャは、あぁ確かに明るく振る舞う表面の裏側で、酷く疲れているのが見える。
つーか。スリスリするな、くすぐったい。
「もしやアレじゃね?……何つったか……なんちゃらンスとかいう行方不明の旦那が恋しいんじゃね?」
「――死ね。」
「ウボッ!?」
緑の奴の何気無い言葉が、ミーリャの琴線に触れたらしい。
直球な言葉と同時に、緑の奴の顔面目掛けて緑色のスライムが飛び付いた。
「んーんんーーんー!んんー!!」
「そのまま窒息すれば良いんじゃありません?スライムさん、殺っちゃってください。」
「……っ!はぁ!!死ぬわ、ボケ!!」
ミーリャのスライムを無理矢理引っぺがした緑の奴。
それをちらっと横目で見、小さく溜め息を吐いたミーリャはダレるように寄り掛かってきた。
……いきなり体重掛けてくんな、転ける。
「えぇっと、あの……。ミーリャちゃん、い、いる?」
おずおずと雛菊が差し出してきたのは……クッキー、か?
「ありがとうございます。でも今は、そんな気分じゃないので……。」
「んっ。」
雛菊の掌に乗っていたクッキーは、横からヒョイっと掻っ攫われた。
視線と滑らせれば、そこにはムグムグと口を動かすララがいる。
「……おいしい。」
「だよね、だよね!麻美ちゃんのクッキーって最高だよね!」
少しだけ嬉しそうに感想を呟くララに美代が反応する。
そんな二人を、雛菊は嬉しそうに眺めていた。
「それよりスレイさーん。なんでユアンスさんが私の旦那なんて事言ったんですか?正直に答えないと、痛い目見ますよー。」
ダルダルは継続中。俺に凭れたまま、ミーリャは間延びした口調で話す。
……いい加減、離れてくれねぇかな?何だかんだ、重いんだが。
「いや……えっと、その……。」
緑の奴――スレイって言ってたっけか?――は、狼狽えるように視線を空に彷徨わせる。
「……スレイさん?」
「はい!言います!言わせてくださいっ!」
ミーリャの威圧するような低い声に、スレイはピシッと敬礼した。
「『ユランス』……だったか?『っていう旦那さんが恋しいんだよ。』とララが言っていました。勘違いしてすみませんでした!!」
「……そうですか。」
優しい声音。スレイはホッと姿勢を崩す。
不意にミーリャはユラリと俺から離れ、自らの足で立った。
……うん、体が軽い。
そしてミーリャは左足を上げ、体を捻る。
「取り敢えず、八つ当たりさせてください、なっ!!」
「ぐへっ!?」
ベチョリと。
ミーリャが投げた緑色のスライムは、見事スレイの顔面に張り付いた。
「スライムさん、今度こそ頑張ってください。呼吸を止めるのは後回しで良いですから、今度は全身に纏わり付く様に水分量を多めにお願いします。……あ、服は溶かさないように注意してくださいね。野郎の裸体なんて誰得ですから。」
ミーリャの言葉が届いたらしい。
緑色のスライムは若干の光を帯び、テラテラと輝きだした。
とっくに日の沈んだ闇の中で、ネオンの様に光る物体を横目に、
そろーっと静かに、俺は家のある方向へ歩き出した。
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翌日の昼。
「斎藤くん、出掛けますよ!」
昼食の後、元気いっぱいのミーリャに言われて半ば強引に連れて行かれたのは、やけに閑静な建物。これが、この街の冒険者ギルドらしい。
「では、この水晶に触ってくださーい。」
ミーリャが手続きやらなんやらを終えた後。
水色の髪にオレンジの瞳の受付が、丸い球を俺に差し出す。
「ん。」
ヒヤリと冷たい温度が手のひらを冷やすと同時、ビリビリと痺れるような微弱な痛みを感じた。
「あっ。」
「えっ?」
赤く光る水晶。困惑するミーリャと受付。
「アウト……ですか?」
「アウトですねー。」
「犯罪歴は無いと思うんですけど?」
「そうですかー。でも規則なのでー。」
「まぁ。どうしましょう?」
「どうしましょー。」
首を傾げる二人。……仲良いな。
「わりと、急ぎなんですよねぇ。審査って1ヶ月くらいでしたっけ?」
「1ヶ月以上掛かりますねー。」
「困りました。」
「大変ですねー。」
二人仲良く『うーん。』と唸る姿は、全然大変そうじゃないんだが。
……つか若干、腕が辛くなって来てるんだが?
「あ!」
唐突に、受付が何かを思い付いたように、ポンと手を叩いた。
「あー。えっと確か、青い髪に黄色い瞳の男性に心当たりはありませんかー?」
「……?知り合いに一人居ますけど。その方がどうかしましたか?」
「その方のお名前をどうぞ。出来ればフルネームで!」
青い髪に黄色い瞳の男性?フルネーム?……誰か居たっけか。
「ユアンス・チ……じゃなくてえぇと、『パスカル』ですか?」
あぁ、なるほど。
ぶっちゃけ、ずっと顔見てないから覚えてねぇや。
「正解ですー。ではこちらをどうぞ。フィッスノー様からの……って、あ。もう離して貰って構いませんよ。」
「……あぁ。」
俺が水晶から手を離せば、放たれていた赤い光はスッと消え失せる。
「まだやってたんですね。気が付きませんでした。」
「私も、まだ続けていた事にビックリですよー。もしかして、真面目な方なのですか?」
「いぇいぇ、全然。どちらかと言うとこの通り、ボーッとした方ですよ。……それより、そちらは?」
「あぁ、これですか?はい、どうぞ。特例用のギルドカードです。」
そう言われ、受付の人に手渡されたのは黒色のカード。
所々、模様の様に赤く線が入っている。
「保証人はアサミ・フィッスノー様です。とはいえ、くれぐれも問題は起こさないようにお願いしますね?」
アサ……?ん?誰だそれ。
「えぇと……。その、アサミ・フィッスノー様が、予め根回しを?」
「そうなりますねー。でもさっき言っていた、パスカルさん経由かもしれませんよー。元々フィッスノー様はパスカルさんの保証人に立候補していましたから。」
「……あら?ユアンスさんもこの特例カードを?」
「あっ。」
ミーリャの質問に、受付はハッとした様な表情で口許を押さえ、周囲を見回す。誰にも聞かれていない事を確認したらしい。少しだけホッとしたように息を吐くと、元から人のいない室内にも関わらず、顔を近づける様にして声を潜めて話し出す。
「ここだけの話、私あの時初めて見たんですよー、赤くなる人。ほら、貴女が冒険者登録しに来た日、居たでしょう?赤く光った人。私、吃驚しちゃって。……予めフィッスノー様からの通達が無かったら、一体どうなっていたんでしょうねー。パニックですかねー?」
「えっ。……あの、つかぬ事をお伺いしますが、……もしやあの日、ユアンス・パスカルさんは私達の一つ前に居ました?」
「はい、そうですよー。冒険者登録、一日に2組かー。しかも連続なんて珍しいなーって思ったのを覚えています。……ってアレ?知り合いなんですよね?一緒に来たとかでは……なさそうでしたね。あ、もしかしてコレ、言っちゃダメだった感じですか!?」
「……いえ。貴重な情報ありがとうございました。」
ワタワタと急に慌て出す受付に、ミーリャは丁寧に頭を下げた。
……んー。何の話だ?まぁ、良いか。
「それより、手続きはこれで終了ですか?何か書いたりは……?」
「あ、少々お待ちを。」
そう言って受付が取り出したのは、一枚の紙。
「念の為、こちらに記入をお願いします。本来は審査書類として書いて貰うものらしいのですが、今回は特例中の特例でして……。」
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「不思議ですねぇ。」
帰り道。
ポロリと、ミーリャが呟いた。
「斎藤くん、斎藤くん。……何故です?」
「何がだ。」
「うーん……。」
そう言ったっきり、ミーリャは何かを思案するように黙り込んでしまう。
「あの、斎藤くん。」
「んー?」
「私、実は男なんです。」
「…………ふーん。」
意外だな。
声だって高いし、体だって細い。どう見たって女だろうに。
「相変わらず、反応薄いですねぇ。まぁ冗談なんですけど。」
「あっそう。」
内心、かなり吃驚していたんだが……。
なるほど、冗談か。
「……ハッ!?もしや胸ですか!?胸が無いから、私が男だと聞いても驚かなかったのですか?『なるほど、道理で胸が無いわけだ。』って内心思っていたんでしょう?思いましたよね!私こう見えて、少しくらいならあるんですから。そりゃ、服の上からじゃ全然分からないかもしれませんが。……でもちゃんと、ありますよ?少しくらいは脂肪が付いているんです。そのうち、ポヨンポヨンになる予定なんです。」
「ん?」
早口すぎて聞き取れなかった。何の話だ?
「はぁー。」
ミーリャは疲れたように溜め息を吐く。
「正直、ありがたいですね。その何事にも動じない姿勢は。」
何事かを呟いたミーリャは不意に俺の前に立ち、俺と向かい合う。
「私、悔しいんです!」
何が?と問う前に、ミーリャは言葉を続ける。
「あの日ユアンスさんが居たなんて、気付かなかったんです。それがなんか、無性に悔しいんです。」
俯いたミーリャの手のひらが、ギュッと握り込まれる。
「たぶんユアンスさんと一緒に、美結ちゃんも居たんだと思います。今思えば、その事に美代ちゃんは気付いてたみたいなんですよね……。……さすが、双子です。羨ましいです。……対して私は、もしユアンスさんと街中ですれ違ったとしても、全く気付けないと思います。その程度なんです。……それがとても悔しい。」
「ふーん。……で?」
いやだから、何の話だ?
『あの日』っていつだよ。さっぱり分からん。
「……先程の言葉、訂正します。もっと動じてください。私は慰めの言葉を要求します。」
「んー。まぁ、……頑張れ?」
「むっ。何故疑問系なのですか?」
――よし、面倒臭い。帰ろう。
「ちょっと、置いていかないでください。私が面倒くさい女なのは自覚がありますが、面倒臭いついでに聞きたい事があります。」
「んー。何だ?」
歩みは止めず、後ろから服を引っ張るミーリャをチラリとだけ見た。
……ぶっちゃけ俺は、早く帰りたい。
「昨日、どうやってララさんのアシスタントをしていたのですか?恐らく、分かるによるものだと思うのですが……。」
「……普通に拉致られただけだぞ?ララに。」
「あぁ、そうではなく。」
ミーリャが横から、俺の顔を覗き込みながら言う。
「どうしてララさんの欲しがる薬を、斎藤くんは正確に渡すことが出来たのかな?と思いまして。『あれを取って。これを取って。』と言葉を交わす事なく、まるで以心伝心の様に通じ合っていたじゃないですか。」
「……んー?なんとなく、か?」
そういや確かに、ララからは何も言われてなかったような。……何でだ?
「ふむふむ、あくまで無意識ですか。……ちなみに、ギルドカードにはなんて書いてありました?加護の欄に『分かる』とかありませんでしたか?」
「ギルドカード?」
俺はついさっき貰ったばかりのカードを取り出し、見せる。
「読めなくは無いが、文字化けしてるぞ?」
「ひゃ!?」
差し出したカードを、ミーリャは取り落とす。
「すみません。……部外者が触れると電流が流れる仕組みでしょうか?特例カードとはいえ、そんな仕様は無かったと思いますが……。」
「へぇ。」
ミーリャの落としたカードを拾う。……俺が触れても、別になんともないんだがな。
「あぁ、そうでした。文字化けしている時点でおかしいんでした。」
だそうだ。……正直よく分からん。
「そうでした、加護欄です。加護欄に、『分かる』という文字はありますか?」
「ん、そこは読めん。無理。つか、名前しか読めねぇ。その名前すらも、若干違うというか……。」
文字化けっていうより……どっちかって言うと誤字だろ、これ。
「もしかして『椎名優馬』と書かれているのでは?……それ、本当の名前が出るんですよ。私も危うく、正体がバレてリンチされてしまう所でした。」
「……そうか。」
いや、コイツの正体ってなんだソレ。妙に物騒な。
「……にしても、斎藤くんの『分かる』って何でしょうねー?心当たりありません?」
「いやだから、何の話だよ?」
無駄に長かった6章は一応終了です。
……妙に区切りが悪いから、そのうち文章を追加するかもしれませんが。
7章に入る前に閑話章があります。




