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腐った世界で異世界生活(ライフ)  作者: たんぽぽ
第6章 微かな鈴の音
138/154

ザワザワ

お久しぶりです。

想定の4倍くらい長くなりました。


灰色に塗りつぶされた世界。フワフワとした、無重力を漂う様な感覚。

時折、壁の様に周囲をグルリと囲むガラスにヒビが入り、ボロボロと粉々に砕けていく。


――世界が壊れていく。


漂う俺は、崩壊していく世界をぼんやりと眺めていた。



そして。

最後には、何もなくなった。


すべてが、空っぽになった。



----------



「おはようございます、斎藤くん。」


靄のかかった視界。

頭がボーッとする。


……あれ、俺は一体?

……今、何をしていたっけ。



「おーい。大丈夫ですかー?」


目の前で何かが動く。……視界がボヤけてよく分からない。

ハッキリしない視界の中で、濃いピンクが揺れ動く。


……あれは確か。



「ミーリャ……か?」





----------



 <sideミーリャ>



「おはようございます、斎藤くん。」


もうすぐ朝ごはんの時間なのですが、今日は斎藤くんがなかなか起きてきませんでした。

何かを感じ取ったらしい『勘』に従い斎藤くんの部屋に来てみれば、斎藤くんは既に起きていました。しかし様子が変です。

一応ベッドの上で体を起こしてはいますが、声を掛けても微動だにしません。



「おーい。大丈夫ですかー?」


目の前で手を振ってみても反応はありません。正面を見据える瞳は虚ろです。


これはアレでしょうか?

またヒーくんとやらが彼の体を乗っ取っているのでしょう。最近は頻度も減ってきて、だいぶ落ち着いてはいるようですが。……まぁ、仕方のない事です。朝ごはんが冷めてしまうので斎藤くんの分は待ってもらえるよう、雛菊ちゃんに言ってきましょうかねぇ。


――と思いましたが。



「……ミーリャ、か?」



彼に背を向けた途端、背後から声を掛けられました。



「あら?斎藤くん、大丈夫なのですか?」


どうやら彼は、ヒーくんでは無さそうです。

――なら、どうして?


振り返り見た彼は、やはりまだボーッとしている様子。本当に大丈夫ですかねぇ?

ふと手元に視線を落とした彼は、自身の体の感覚を確かめるかの様に、手のひらを握ったり開いたりを繰り返しました。



「…………妙だ。」


ポツリと呟かれた言葉。

……確かに妙ですねぇ。


彼はいつもと違い、どこか異質です。彼の何かが消えてしまったような、大事な物が欠落してしまったような違和感。かつての斎藤くんでもヒーくんでもなく、どこか別人であるかの様な雰囲気。昨日とは明らかに、纏う空気が違います。



「……何か、……怖い夢でも見ましたか?」


「……さぁ?」


ですよね!違いますよね!

……何と言えば良いのでしょう?得体の知れない大切なナニカが、斎藤くんから欠落してしまった様に思います。その『ナニカ』を、……どう説明すれば良いのでしょうか。記憶……とも少し違いますし。強いて言うなら、魂の一部……でしょうか?



「……ヒーくん、帰っちゃったんだ。……残念。」


「ひゃ!?」


突如背後から聞こえた静かな呟きに、私は思わず飛び上がりました。見れば、いつの間にかララさんがいます。ビックリしました。



「ん?帰ったって……誰か居たのか?」


「……ん。溶け消えちゃってる。」


斎藤くんの言葉に答えるララさんは、悲しそうに目を細めました。いや、答えになっていませんよ?

……それにララさん。貴女、感情が存在したのですね。大発見です。



「それよりララさん。ヒーくんが帰ったという事は、もう斎藤くんの意識が乗っ取られる事は無いのですか?」


「は?俺の意識って、乗っ取られてたのか?……一体誰に。」

「……はて?」


二人の声が重なりました。

……ふむ。斎藤くんへの説明は、少し後回しにしましょうか。



「ララさん。ヒーくんはもう、斎藤くんの中には居ないという事で宜しいですか?」


「……うん。」


という事は、今後またこういう事が起こらないとは限りませんが、今のところしばらくは乗っ取られる心配は無さそうという事ですね。


「取り敢えず。斎藤くん、起きられますか?雛菊ちゃんの朝ご飯が待っています。……それに今日は、絶好のお出掛け日和ですよ!早く行きましょう!」





----------


<side 優馬>



――元研究所とやらに行くらしい。


ダルい。面倒臭い。



メンバーは7人。

雛菊と美代とミーリャとララ。それと、案内役の白衣の女と髪がオレンジのチャラ男。+俺。

緑の奴は『興味ねーわ。』と、辞退してやがった。羨ましい。俺も同様に興味は無いのだが、ミーリャ達3人に強引に連れ出された。


研究所までは1時間くらい歩かされた。

その間、俺がヒーくんとやらに乗っ取られていた話を延々と聞かされる。


――全く。何だよ、他人の身体で好き勝手しやがって。

確かに、最近の自分の記憶は所々穴がある。

部屋に居たと思えば、次の記憶では外に居て。……まるで、黒のマジックペンで塗り潰したかのように、間の記憶がポッカリ抜けている。

思い出そうとしても、欠片すら掴めない。同時に、とても妙な感覚が纏わり付く。


――不愉快だった。

考えても気分が悪くなるだけ。

俺はやがて、思考を放棄した。


----------





ようやく辿り着いた大きな建物。

敷地を囲う白く高い壁は、年月のせいか結構汚れて見える。

施設内には、中央に1つと角方向に4つの建物。上から見ると×の形。計5つの建物があるらしい。


今は一部改装され、資料館になっているだとか。

だが一般公開はされていない。貴族のサテ……なんとかって所が管理し、許可がないと見学出来ないらしい。



「楽しみですねー。ね、斎藤くん?」


「……んー。」


適当な返事を返しておく。

何せ、無理矢理連れて来られたんだからな。


「あら?反応がイマイチですね。私の『勘』が言うに、斎藤くんなら喜んでくれる筈だそうですよ?」


「じゃあ、その『勘』とやらが外れたんだろ。」


「私の『勘』が外れる事は、絶対にありません。」


「そうか。」



何だか面倒臭いから、適当に流しておいた。


----------



「ほぅほぅ。なるほど。凄いですねぇ。……うーん。しかしこれはもう少し、ここをこうした方が……。」


「いやいや。それは違いますぞ。ここがこうであるからこそ、この魔法は――として成り立つのであります。」


「なるほど。そちらを重視するのなら、確かにその方が良いかもしれません。しかしならば、ここはこうした方が良いのではないですか?それならば効率は落とさず――」


「むむっ。確かに。……ならばこれは、どう思う?吾はこれこれこう思うのだが……。」


「なるほど。しかしここは、逆にこちら側を利用するというのは――」



建物内部にある様々な貴重資料を前に、ミーリャと白衣の奴が何か熱く語り合ってるし。……ワケわからん。


この棟は魔法研究棟?だったか。紙の上で魔法の可能性を構築していくとかなんとか。

周囲には三角や四角、六角形等が線同士で繋がった図の資料がたくさん。魔法式と言い、何かの魔法を表しているらしい。……何か、化学の……構造式だっけか?それに似ている気がするが、……正直俺にはちんぷんかんぷん。




「よし、早速試すであります。ミーリャ殿、試射場へ行きますぞ。」


「えぇ!?一応ここは、貴重な歴史的建造物ですよ!これは、研究室へ戻ってからやるべきだと思うのですが……。」


「善は急げ。バレなきゃ大丈夫ですぞ。……きっと。」


「ひゃぁあ!?」



どうやら意味不明な議論は終わったらしい。楽しそうな白衣に引き摺られていくミーリャ。

……ようやく移動か。よし、行こう。


ちなみに、雛菊と美代とララとオレンジ髪は、いつの間にか居なくなっており、取り残されているのは俺だけだったりする。





----------



「……実践研究棟?」


渡り廊下の先、中央の建物の出入り口付近にある案内板にはそう書かれていた。

ミーリャ達は既に見失った。


「どこへ行ったのか。」


手がかりがないか、案内板を見る。



---


《実践研究棟》


4F 管理室、休憩室、備品室

3F 模擬実験室

2F 測定室

1F 試射場


---


「……上から行くか。」



3階→4階→2階→1階の順。

――ちなみに、渡り廊下のあるここは2階らしい。



3階。明かりの落とされた広い部屋には、何も無かった。次。


4階。手前の部屋には『的』やら何やらよく分からない物。

奥には二つの部屋。片方は部屋中にボタンやらディスプレイやらの機材。……管理室ってやつか?

もう片方の部屋では、奥にあるベッドでララが寝ていた。回収。

……カーテンの隙間から半分だけ見えていたベッドが変に膨らんでいるのが見え、不思議に思って覗いてみたその瞬間に、目を開いた彼女は一種のホラーだった。

次。


さっき見た3階は飛ばし、2階へ。


2階には、やはり違和感。

渡り廊下から入ってきた時にも感じた、妙な感覚が纏わり付く。



2階の部屋は、無機質なコンクリ部屋。奥に長細い部屋が幾つか。一番奥には、壁に描かれた大きな的があった。銃の練習とかしそうな場所だな。

……次。


下への階段を降りる度、纏わり付く違和感が強くなる。


1階には、雛菊と美代、オレンジ髪の3人が階段付近でうろちょろしていた。

どうやら、何か熱心に話しているらしい。

今はスルーし、1階の部屋へ。



「……むぅ。中々上手く行かないのであります。」


「あのさすがに、ここでやるのはやはり問題だと思うのですが……。」


乾いた土の地面。

透き通った緑の半球体をした結界が、中にいる二人を中心に広がっている。


俺が部屋に入ってきた事に気付いたらしい。ミーリャは俺を見て、途端に笑顔になる。



「あ、斎藤くん。今行きますよ!……ありがとうございました、スライムさん。」


ミーリャがそんな事を言った次の瞬間、緑の結界は消えその代わりに彼女の手元にはスライムが。



「もう終わりなのですか?吾はもう少し試行錯誤したいでありますよ?」


「まぁまぁ。今からもっと、興味深い事がありますから。」



「……何があるんだ?」


近付いてきたミーリャに俺は問う。

……何かさっきから、俺が彼女達を呼びに来たみたいになってないか?



「斎藤くんは何も考えず、取り敢えず行きましょう。」


「はぁ?」


「まぁまぁ、行きましょう。」


ミーリャに促されるまま、俺は今入ったばかりの部屋を出た。




----------


「鍵を持ってきましたよ。」


「「え?」」

「あ?」


背後に投げ掛けられたミーリャの言葉に、1階の階段付近を彷徨いていた3人が振り向く。



「斎藤くん、斎藤くん。もしこの建物の中に地下への階段があるとすれば、ここだと思いません?」


そう言って、ミーリャは2階へ続く階段がある、その隣を指差す。

その壁には、何の変鉄もない棚。鍵の掛けられたガラス越しには、幾つかの本が並べられているのが見える。


「まぁ……。そりゃ、下への階段があるならそこだろうけど……地下??」


「はい。地下です。」


よくできましたとばかりに笑顔を向けてくるミーリャはしかし、それ以上言葉を続けない。




「えぇっと。私達的には、この奥に何かあるのは分かるんだけど……。」


そう言う美代と雛菊は顔を見合わせ、困り顔で頷く。


「……押しても引いてもピクリとすら動かねぇ。」


美代の言葉を引き継ぐように言うオレンジ髪のチャラ男は、ビクともしないらしい棚を足の裏で蹴りつけた。



「という訳で。はい、どうぞ!斎藤くん。開けちゃってください。」



ドンと背中を押され、よろめいた俺は棚の前に立つ。


上下に分かれた棚。上下共、左右にスライド式の扉がついている。――あれだ。どっちかっていうと、学校の保健室や理科室にある棚っぽい。

上はガラスの扉で中は見えるが、下は不透明で中に何が入っているのかは見えない。


自然と俺は、その棚の左上の扉の取っ手に手を掛けていた。

そこだけ妙に部品のはまりが悪い。少し動かすだけでカタカタとずれ動き、下手に動かせば取れてしまいそうな気さえする。



だが俺は、この棚(とびら)の開け方を知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。


右斜め上48゜の角度へ7mm。真下へ真っ直ぐ3mm。次も真っ直ぐ右へ1cm。

取っ手という部品がカチリと嵌まった感触。カタカタと収まりの悪かった取っ手は、もう動かない。

そのまま右へスライドすれば、そのガラスの引き戸が開くわけではなくもっと大きな物――棚自体が、ガガガ……と音を立てて動いた。すると、隠されていた真っ暗な闇が姿を見せる。



「おぉ~。」

「……ほぉ?」

「なんと!」

「さすがですね、斎藤くん。」


いや、こいつらが褒める理由がよく分からんが。




「……知ってる。」


囁くような呟きが耳を掠めた。


「……待ってて。今行く。」


「雛菊ちゃん!?」


ボンヤリとした表情をした雛菊が、俺を押し退け闇の中へ消えていく。



「追いかけないと!」


『あ、私が見ておきますから大丈夫ですよー。』


どこからか現れた幽霊みたいな女性がそう短く言い、そして雛菊を追うように闇に消えた。




「あれは……?」


オレンジが不可解そうに呟く。



「ゴーストですぞ!本物のゴーストでしたぞ!吾はアンデットにも興味があるのでありますよ!」


「ケイシーさん、落ち着いてください。あれは雛菊ちゃんを守護する妖精ですよ。」


「なぬ!?妖精ですと!?……吾、余計に興味が湧き出てきましたぞ?解剖!奴を解剖するであります!」


「止めてください!(貴女が返り討ちに遭って)死んでしまいます!!」




「……【光源(ライト)】。」


騒がしい2人をサックリとスルーし、俺は闇の中から照らし出された階段を降りていく。






----------



「何か、埃っぽくね?」


「仕方ありませんよ。もう200年以上、誰も立ち入る事すらしていませんから。」


背後で会話が飛び交う。

ミーリャと……オレンジの声か?

――っていうか、なんで当然の様に俺の後を付いてきているんだ?



「そうか。……にしてもすごいな。お前ら、大発見だぞ?」


「未知の地下施設。我が研究者魂が疼くでありますよ。」


「……そうだと良いのですが。」


「何か心配な事でもあるのか?」



階段が終わる。




「……美代ちゃんはどう思います?この場所。」


「え?……あー、うーん。……寒気がする、かな。ピー子とピー太は怯えてるし。……あ、私の鳥達ね?」


「そうですか。……私も同様に、ここには不穏な物を感じます。」


「……お前、楽しみだとか言ってなかったか?」


さっきまでは楽しそうにしていた様な。――そう疑問に思った俺が、ミーリャに聞いた。



「『興味深いものがある』とは言いましたが、……確かに『楽しみ』というのも間違いはありません。……なぜって、とても有名な偉人が隠していた不穏なモノですよ?とても気になるじゃありませんか。」


……あぁ、うん。

なんか、質の悪いマスコミみたいな事を言うのな。



「それより斎藤くん、暗いです。明かりはどこですか?」


「あぁ。」


俺が壁にあるスイッチを起動すれば、廊下の所々に散らばる電灯がボンヤリとした光を点す。薄暗さは若干残るものの、周囲をキチンと確認出来るくらいにはなった。


「ありがとうございます、斎藤くん。さすがです。」


「……まぁ、うん。」


これは、一々褒めるような事なのか?知ってて当然の事じゃね?




「……なぁ。」


声を掛けられ、オレンジの奴がジッと俺を見ている事に気付く。



「お前、妙にこの場所に詳しくね?」


「……んあ?」


うーん。言われてみれば確かに。棚の取っ手の事といい、明かりのスイッチの場所といい何故か、俺はそれらを知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)、……が。


「……知らね。」


聞かれても分からない。

この場所に覚えはない。もちろん来た事すら無い。

ただ、体が勝手に動くだけで。


……俺(・)は何も知らない。



「まぁまぁ。取り敢えず、ここには何があるんでしょうねー?」


若干の棒読み口調で、ミーリャは近くの扉を開いた。


「なんだコレ……。」


中を覗いたオレンジが呻く。

室内には鉄格子。部屋の3分の2程を冷たいコンクリ床が占め、あちらとこちらを無機質なソレで隔てている。



「牢屋……であるか?」


「……確かここでは、魔物の研究もしてたよな?」


「いえ。魔物の研究は別の棟の筈ですよ。……それにあの、最奥にある金具が見えますかね?あのサイズから察するに、対象はヒトか、もしくはヒト型の何かかと。」


「もしや人体実験……ってか?」


オレンジの言葉に、妙な空気を帯びた沈黙が落ちる。




「……ん?」


不意に、背後へクイッと服が引っ張られた。


「……フワくんはこっち。」


「お前、居たのか。」


静かに付いてきていたらしいララに服を引っ張られながら、そっと部屋を出た俺はララの行かう方向へ大人しく付いて行った。




----------






「あれ、これ……。」


――何度も通った道。見知った道順。

幾度となく、このルートを歩いた。

だが俺は、ここに来た事はない……よな?


この施設へ来て、何度目かの既視感。

纏わり付く不快感。

……何で俺は知っている?


この光景には既視感がある。……だがそれだけ。

それ以上先は闇の中。

行き止まりの思考。



そして辿り着いた、最奥の部屋。

左右にある扉のうち、ララは右を開けた。――いや、そっちじゃなくね?まぁ良いか。


ララに続いて俺も中に入る。

中には三辺が鉄格子で囲われた、広い牢屋。中をしっかり観察出来るように三方向から中が見える、コの字型の通路がある部屋。



「……ヒーくんはここに居たんだね。」


ララは愛おしそうに、あちらとこちらを隔てる鉄格子をツゥと撫でる。

――ここが、あの子の居た場所。


「……そう。……うん。……心配しなくても、大丈夫だよ。……うん。……そう。…………分かった。」


牢屋の奥に誰かがいる様に、ララは言葉を交わす。



その間俺は、吸い寄せられるままに……。

牢屋部屋には二つの扉がある。一つは今入って来た出入口。もう一つは。



――あの子が怯えていた部屋。



部屋の中に入れば、そこには椅子が一つ。椅子の向く方向は上半分がガラス張り。

……ドラマでたまに見る、刑務所で囚人と家族らが面会する部屋っぽい。

ガラス越しに見えるあちら側の扉は。……ララが開けた右側の扉は牢屋部屋に繋がっていたが、左の扉を開ければこの部屋のガラスの向こう側に繋がっているのか。


たったこれだけの部屋。

何もない、空っぽの部屋。

それなのに。




――あの子は一体、何に怯えていた?




ここが面会場所なら、家族とか友人とかが会いに来ていたって事だろ?一体それの何処に怯える必要が。あぁ、もしや家族との仲が悪かったとかか?確か家族は……あれ?

……おい、ちょっと待て。







――あ(・)の(・)子(・)って、誰だ?






混乱する視界の端で何かが通り過ぎた気がして。

視線で追い掛けた俺は、自然と“ソレ”を掴んでいた。


『……お詫びだよ。』


そんなあの子の声が聞こえた気がして。

優しい若葉色の“ソレ”は掌の中で溶け消えた。



----------



バン!という大きな音で我に返った。


――あの子って、誰だ?

得体の知れない事に混乱し過ぎて、どうやらボーッとしていたらしい。



ガタッ、ガッシャンと、また大きな音。隣の牢屋部屋の方からか。

牢屋部屋に戻れば、そこには鉄格子に縋り付き、倒れ込む人影。


「雛菊?」


後ろ姿で顔は見えないが、それは確かに雛菊で。



「……彼女は最短距離を知らないから。」


呟かれたララの言葉。……最短距離って、ここへ来るまでの道のり……か?



「……うん。リアちゃんは、一つ一つ探してたみたい。そして、最後はここに辿り着いた。」


雛菊は、乱れた呼吸を整えながらそう言う。



「会えた。やっと弟くんに会えたの。……会えたんだけど。……でも悔しいの。こんな所に閉じ込められて、それに気付いてあげれなかった自分が許せないの。リアちゃんは。」


言葉尻に嗚咽が混じる。


「会えて嬉しいの。でも悔しいの。自分が許せないの。怖いの。胸がギューって、苦しいの。逃げたいの。どこか遠くに。……リアちゃんは弟くんと一緒に、何処かへ逃げたかった。」



「……貴女はここに居ない方がいい。」


ララの言葉が優しく響く。


「うん、分かるよ。分かっちゃうよ。……ここには憎悪が溢れてる。哀しみが、苦しみが、怨みが、恐怖が、衝動が、怒りが、そこら中を漂っている。……みんな、私とリアちゃんに訴え掛けてくるんだよ。取り付いて、体を乗っ取ろうとしてくるの。それに負けて、壊れそうになるの。……だから、リアちゃんは逃げたかった。弟くんを連れて、早く逃げ出したかった。」


クルンと振り返り、鉄格子を背にして凭れる雛菊は膨らんだ涙を拭う。



「……私達は、そういう体質なんだね。強い思いを持つ子に、乗っ取られやすい体質なんだね。」


「……<心片(パーズ)>、……言ってた。」


「うん。それ。」


雛菊がララに向かって微笑む。




「……リアちゃんはね、ここに来たの。ここで、弟くんと再会したの。弟くんをどうにか逃がしたくて、この鉄格子の入り口をバンバンしてたら、弟くんが鍵を壊してくれて。中に入って、抱き締めて。…………さぁ、逃げよう!って所で、リアちゃんの記憶は途切れてるの。……糸が切れたみたいにぷっつりと。」



雛菊はゆっくりと、何もない天井を見上げる。



「……何があったのかなぁ。」



雛菊の小さな呟きは、地下の冷たい空気に溶け消えた。
















----------






「そういや、窓が無かったな。」


「何ですか?いきなり。」


研究所からの帰り道。

周囲には葉の落ちた木々と、泥で少し汚れた雪。

そんな殺風景な小道を歩きながら、俺は唐突にそんな事を思った。



「いや。……あの地下の部屋さ、窓が一つも無かったなー、と。」


「そりゃそうでしょう。あそこは地下ですから、窓を開けたらすぐ土壁ですよ。窓なんて作っても、無意味でしかありません。」


「あー。なるほど、確かに。」



言われて見れば、確かにその通りだ。

――それより、なんで俺は窓の事なんて考えていたんだ?




「あぁ、そういえば雛菊ちゃん。一つ良いですか?」


「うん。なぁに?」



先を歩いていた雛菊が振り向き、歩くスピードを緩めると一番後ろを歩く俺らの隣に来る。


「確かリアちゃん……でしたよね?その子の本名は分かりますか?」


「うん。確か、『ヘリアーヌ・メアグ』だったと思うよ?」


「『ヤディン・メアグ』の娘さんですよね?詳しい資料がありました。13歳という若さで亡くなったと。」


――ゾワリと。

俺の中の不快なモノが蠢く。



「13歳……。えっと、死因は何だった……のかな。」


「やはり病死だそうですよ。幼い時から病弱だったとか。」


「え、いやでも、そんな事は…………あれ、あったかも?熱はよく出してたみたいだけど……でも。…………あ、弟君は?弟くんの事については何か無かったの、かな?あの、無事に逃げ出せたかとかどうとか。」


「弟……ですか?」


困惑した様な声。ミーリャが助けを求めるようにチラリと俺を見るが、俺は何も知らねぇぞ??



「あの、童話にもありましたよね?ヤディン・メアグさんの一(・)人(・)娘(・)は病弱だった、と。……現実もその通りで、彼に子供は娘一人しか居ません。つまり彼に息子は居ませんし、リアさんに弟は居ませんよ?」


「えっ。」


困惑したような声。沈黙した空気に俺らの足音だけが響く。




「ヘリアーヌさんは、不思議な方――悪く言えば頭のおかしい方だったようです。誰も居ない場所に話しかけていたり、見えない化け物に怯えたり、魔物が出たと嘘を吐いたり。」


淡々と、ミーリャは現実を突きつけていく。


「その弟くんとやらは、本当に存在したのですか?リアさんの妄言……とまでは言いませんが、他者には見えない存在だった可能性もありますよ。」


「ぅ……。」


雛菊は俯き、黙り込む。





『リアに弟は居ましたよ。』


凛とした声が、背後から響いた。

振り向けばそこには、白く半透明な幽霊がいた。

幽霊はとある樹木の前でしゃがみ、何かを見詰めている。


『リアに弟は居ました。何も知らない癖に、勝手な事を言わないでください。』


「……私が言ったのはあくまで、現在事実とされている事ですよ。彼女に弟がいたという痕跡は、今のところ何一つ見つかっていません。」


『……―――。』


幽霊が何かを呟くが、声は聞き取れない。



「……それより、その花は、ナンヘリア……ですか?」


幽霊の見つめる先、樹木の根元に咲く紫の花。



「ナンヘリアとは、スィーラという樹木の根本に多く見られますが、咲いている様子は滅多に見れません。開花条件が不明で、咲いたと思ったらすぐに萎んでしまうのだそうです。“ナンヘリアの蕾”という言葉がありまして、意味は『なかなか成果が出なくても精一杯上を向いていればいつか、とても素晴らしく輝かしい時間が来る』だとか。……確かに、とても綺麗な花ですねぇ。」


ミーリャは花を慈しむように目を細める。


「じゃあ『ナンヘリア』って、真っ直ぐって意味はあるの?」


「ありますよ。蕾は常に真っ直ぐ上を向いているそうですから。」


「そっかぁ~。」


それを聞いた雛菊はホッとした後、嬉しそうに笑った。



「“ナンヘリアのように、真っ直ぐな子に育って欲しい”そんな願いを込めて、『ヘリアーヌ』って名前にしたんだって。……不思議だなぁ。私は“麻のように真っ直ぐな子に育って欲しい”って。だから『麻』って字が入ってるんだって。」


「それは素敵ですねぇ。」


「偶然かな~?」


「必然かもしれません。」


さっきまでの空気はどこへやら。

和やかな風が漂う。



「なぁ、『麻』って真っ直ぐなのか?」


「『麻の中の蓬』って言葉、知りません?」


「知らん。」


そもそも、麻ってどんなだ?まぁ良いか。



キラキラと輝く紫の花よりも、俺はその周囲に咲く白い花の方が気になった。


「なぁ、その白い花。確か……。」


『ヒメナ草ですかー?』


フニャッとした幽霊の声。

あれ。さっきの凜とした雰囲気とは別人なんだが。



「ヒメナ草はどこにでも咲いている可愛らしい花ですよ。斎藤くん、何か気になったことでも?」


「え?いや……。……つーか今更なんだが、その幽霊何なんだ?」


『私は幽霊なんかじゃないですよぉー。植物をちょこーっと元気にするのが得意なだけの、しがない妖精でーすー。』


雛菊よりも背の高い、白い髪に白い服の……妖精?とやらは、俺にフニャリとした笑顔を向ける。



「あれ?地下のあの場所で、私が乗っ取られないように守ってくれてなかった?」


『気のせいですよ~。』


クルクルと回ってみせる妖精。雛菊は小首を傾げる。



「そういえば、名前は無いんですか?」


「名前?」


ミーリャに聞かれ、雛菊は反対の方向に、また首を傾げる。


『ありませんよ~。マミカが付けてくださいなー。』


「んー。じゃあ、……なんかヒメナ草に似てるから、ヒメナちゃんとか……どう、かな?」


『はぁい!今日から私はヒメナですよ~!』


「きゃあ!」


妖精は嬉しそうに雛菊の周りをクルリクルリと回り、ヒュンと後ろから抱きつく。


――あぁ、思い出した。




「なぁ、ミーリャ。この白い花ってさ――」


『その名前を言わないでください。偽者さん?』


――『ピュアデイジー』って名前じゃなかったか?




目の前を通り過ぎた風に、言葉が攫われる。

鼓膜を震わす低い声音。





「何ですか?斎藤くん。」


「……いや、何でも無い。」



雛菊と一緒にキャアキャアはしゃぐ妖精が、こちらに冷たい瞳を向けてきている気がして。


――俺は出所不明の知識をそっと閉じた。



「つか、早く帰らね?置いて行かれてるぞ。」


「あら。」



再び小道を進む俺らの背後で。

萎んだ紫の花が、上を向いていた。






----------



ようやく家に辿り付き、ダラダラとしていた頃。



「おい、大変だ!!」


緑の奴が、血相を変えて飛び込んでくる。



「どうしたんですか?スレイさん。」


静かに問うミーリャ。

何事かと向けられる視線の中、緑は言葉を発した。






「ニャルが倒れた。」


白髪くんの話はこれでおしまいです。

オレンジ君の妹の話は混ぜ込めなかった。

……でも、もの凄く頑張ったの。投稿ギリギリまで書いていたから、後半は若干雑に思うかも。



ちなみに、優馬くんの言っていた『あの子』とは、もちろんヒーくんです。


夢の中で、ヒーくんこと白髪くんと会話する前。

→白髪くんの事を、薄ボンヤリと夢っぽい感じで、存在の認識はしていた。


会話後。

→白髪くんの事は、記憶喪失状態。塔で会った事も忘れている。


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