閑話 ワンワン
「ねぇ。アンタの事大っ嫌い、だってさ。」
紺色の毛並みを持つ大きな犬と楽しそうに戯れる彼を横目に、私は何となく呟く。
「……そうだね。嫌われちゃったねぇ。」
しかし、彼から返って来た声はどこか淡々としてて、寂しさや悲しさなどの感情は微塵も感じない。
「…………嫌だな、とか思ったりしないの?」
「うーん?」
私の何気ない問いに、彼は考えるように上を見上げる。そして、静かな声音で言葉を発した。
「……僕はさ、彼女達が幸せなら、それで良いんだよ。それだけで満足だ。」
…………。
「それにしては、ミーリャちゃんを泣かせても平気なのね。」
遠くに見える、二つの人影。
踞るウサ耳ちゃんと、彼女の隣で彼女の背を擦る私の妹。
「親離れは大事だよ。……元々あの子は、一人で立てる子だからね。僕と一緒にいる方が毒だよ。」
……うーん。本当にそうなのかなー?
少なくとも、コイツと一緒にいるミーリャちゃんは楽しそうだったと思うけど。
……でも、まぁ。
私はミーリャちゃんの事を大して知らないし、実際はどうだったかなんて本人達にしか分からないかねー。
……あ、それより。
「ねぇ、前々から思ってたんだけど。アンタってさ、相手にとことん尽くすタイプだったりする?」
様々な手配然り、病み上がりのクセに無理して作った言語翻訳機能付きのコリア然り。
「んー。どうだろうねぇ?僕はただ、君達に償いたい一心だからさ。」
……へぇ。
「ねぇ、ちなみにさ。……アンタ、私達に何したの?『償いたい』とか思う程の出来事って、具体的に何?正直、私には心当たりが無いんだけど、一体何したワケ?」
「…………。」
むっすー!何で黙るのさーぁ?
少しイラついた。こうなったら、意地でも答えるのを待つ。
答えを貰えるまで諦めませーん!
私は頑なに、ジーッと彼を見つめる。そんな私の視線が気になるのか、チラッとこちらを見た彼。――今一瞬、目合ったよね!?オイコラ、逸らすなー!
しばらくの沈黙の後、観念したのか彼が呟く。
「……君達にとっては未来の話。でも、僕にとっては過去の話だから。知らなくて当然だよ。」
へぇ。
そういえばコイツ、未来から来たんだっけ。忘れてた。
「あ……。じゃあぶっちゃけさ、アンタが来たのって未来を変える為とかそうゆう系だったりする?」
「違うよ。」
即答された。
……何かに触れたかねぇ?
言葉の中に拒絶の様なモノを感じた様な。
「……確定していた未来を変える事が出来たなら、僕はここにいないよ。」
「うん?」
ちょっと何言ってんのか分からない。
……とりま、『未来はそう簡単に変えられるものじゃない。』って解釈でOK?
「てかさー、話は戻るんだけど。自分のすべてを差し出そうとする位の『償い』ってさ、もしや私達の未来ってばお先真っ暗?そんな風になるまで追い込んじゃったワケ?」
ヤダ怖い。
私達から見れば、持ち上げてから落とすんじゃん?アンタは悪魔か!
「…………お先真っ暗、かー。」
何かを考えるように、彼はポツリと呟く。
「え。マジなの?」
「あ、いや。……ミーリャもいるし、そんな事にはならないんじゃないかなー?」
あれ?何か、言い方がすごく憶測っぽい。
「ねぇ、未来を知ってるんだよね?」
「…………僕が裏切った後、君達がどうなったかなんて知らないよ。」
決まり悪いのか、彼は不貞腐れたように顔を背け、犬と遊び始める。
「ふぅん。」
私は、そんな彼をジッと眺める。
垂れた目。綺麗なレモン色の瞳。
紺色の綺麗な髪。先の方になるにつれ、色は銀へと変わっていく。
白い肌は、男とは思えないくらいプルプルで柔らかそう。
長くてスラリと細い指が、紺犬の背中を撫でていく。
――ねぇ。なんでコイツ、男なの?
肌綺麗だし、色白だし、滅茶苦茶羨ましいんだけど。
気を抜けば、すぐカサカサになる私の肌と交換して欲しい!
あー、もう。恨みを込めて、今度女装とかさせてみたい。絶対美代が喜ぶわ。
そんで、たっぷりと写真撮ってやる!
「……ねぇ。そんなにジーッと見ないでくれるかな?」
形の良い唇を軽く尖らせ、彼は不満げに呟く。
「良いじゃん、別に。減るものじゃないし?」
「…………。」
私の反撃には何も言ってこないけど、まだ『不満です!』って顔してる。
「ねー。言いたい事あるならハッキリ言えばー?……あ、ついでにさ。今は二人っきりなんだから、いっその事素に戻っちゃうのはどう?結構溜め込んでそうだしさー。」
途端、彼はピタリと動きを止めた。
「……え。何?」
時が止まったかのように、彼は1mmも動かない。
「あれ?生きてるよね!?」
声を掛けてみても、まるで彫刻にでもなったかのように、全く微動だにしない。
「おーい。うーごーけー!」
顔の前で手を振れば、彼はゆっくりと2回瞬きをした。
「あ、良かった。生きてた。」
「……あぁ。……うん。」
気の無い生返事。
撫でてた犬が煙になって消える。
「き、急に動かなくなるから、ビックリしたんだけど。」
なんかヤバイかも?地雷踏んだっぽい。
……久しぶりに、やらかしたかも。
よく考えずに思った事言っちゃうの、全然直ってないじゃん!
急に申し訳なくなってきて、私は彼に背を向けた。
「……相変わらず、サラッと本性見抜きやがって。」
背後から投げられる言葉。
声は同じ。しかし、彼にしては乱暴な口調。
「あぁ。確かに普段のは“素”じゃねーよ。けど偽ってるわけでもねぇ。俺的にはあっちの方がいいの。
本音とかクソ食らえ。俺の事なんてどーでも良いだろ。お前らには関係無い。勘繰るだけ時間の無駄だ。
つか、こっちはマジで調子狂うんだよ。イライラして仕方ない。ホント、余計な体力使わせるなよ。病み上がりなんだから勘弁してくれ。」
うへぇ。ギャップがスゴい……。
なんか、怒らせちゃいけない人を怒らせちゃった感が半端ない。
「……えぇと、ごめんなさい。」
恐る恐る振り向けば、彼は私に背を向けて座ってた。だから表情は全く見えない。
「……謝る必要は無いよ。僕が勝手にやったことだからね。君が、相手に対して本音を求める事くらい、分かってるから。……でもさ、今後はやらないよ?さっきので勘弁して欲しいかな。」
……も、申し訳御座いませんでしたぁー!!
ヤッバい。罪悪感が半端ないんだけど。
重苦しい沈黙。
しかし、私を気遣うようにそれを破ったのは彼の方。
「……ねぇ。」
「ひゃい!?」
あ、噛んだ。ヤバい。恥ずかしい。
けど、彼は気にも留めずに言葉を続ける。
「君は、ミーリャ達の所には行かないんだよね?」
確信があるような聞き方。
私はチラリと、走り回る二人を眺めた。
「……うん。アンタが良いなら、アンタに付いていく。」
理由なんて、私にもよく分からないけど。
……何となく、あそこには戻りたくなかった。
「そうか。」
彼の言葉はそれだけ。
……理由を聞いてこないんだね。ま、答えられないけどさ。
「……アンタは?ミーリャちゃんを侍らせに行かないの?」
「……侍らせている訳じゃないよ。」
うん?若干不機嫌っぽい口調かな。
「それにさっきも言った通り、ミーリャにとって僕は毒だからさ。」
「ふぅん。」
うーん?なんか少し、コイツの事が分かった気がする。
「ねぇ。アンタってさ、自己評価低いの?」
改めてこちらに向き直った彼に聞いてみた。
「そんな事無いよ。」
嘘では無いっぽいかな。
でも、事実でもない。『彼の中ではそれが真実』ってやつかね?
「じゃあ、……うーん?と。――アンタの命とミーリャちゃんの命。どっちが大事だと思う?」
「ミーリャだろ?」
当たり前の事みたいに即答。
「じゃあ、アンタと美代なら?」
「ミヨちゃん。」
「アンタと麻美花。」
「マミカちゃん。」
「アンタと私。」
「ミユちゃん。」
最後。
「アンタとクソ虫なら?」
「んー。……ユウマ君かなぁ?」
迷いつつ……って感じの答えかな。
……じゃ、質問のネタバレしよっか。
「ねぇアンタってさ、自己犠牲なタイプだよね?」
「…………。」
ムッとしたように、彼は黙りこむ。
「自分の事を軽んじてる。自分より他人優先。自分の事なんてどうでもいい。
だから『償い』とか言って全力で尽くすし、危ない目に遭わないようなサポートが半端ないし、もし私達にかすり傷一つでも付きそうなら、自分の命を捨ててでも庇いそうだし。」
自己犠牲の塊なんじゃないかなー?
「……ユウマ君を庇う気は無いよ。」
プィと不貞腐れた様にこっちを見ないまま、それでも彼は小さく反撃をしてきた。……他は全部当たりなのかね?
「でもクソ虫の命と比べたら、アンタの命の方が軽いと思うんでしょ?」
「…………。」
「ねぇ、アンタって『自分に生きる価値は無い。けど、今すぐ死ぬ価値もない。』とか思ってるんじゃないのー?自分の存在はゴミ以下、とか?」
「…………。」
……え。いや、今のは結構大袈裟に言ってみたんだけど!?なんで『図星です……。』って顔で不貞腐れてるの?マジでこう思ってたワケ?
「あ。ちなみにさ、自分の事を聞かれるのが嫌いだったりする?価値の無い情報。聞くだけ無駄な時間……とか?」
「…………当たり前だ。」
拗ねながらも肯定しちゃってるよ、この人!
「アンタがそんなにダークとか、意外だわー。」
「…………悪いかよ?」
「うん、悪い!すっごく絶望した!立ち直る為には、アンタの事を1から詳しく知らなきゃダメみたい。」
「教えねーからな!?」
ふふ。化けの皮がだんだん剥がれてきてるねー?っと。
「くしゅん!」
ムズってしたと思ったら、我慢する間もなくすぐに来た。……少し恥ずかしいんだけど!
「……冷えたかな?家に戻ろうか。」
そう言うと彼は立ち上がり、私たちの座っていた場所とは少し離れた位置に真っ暗い空間を開けた。
途端、その黒い空間から青白く光るモノがピュンと出てきて、彼の目の前で止まる。
「ユ、ユアンスさん!無理して魔力を使わないでくださいって、何度言ったら分かるのですか!呼んでくだされば開けましたのに!」
空間から飛び出してきたのはラミちゃん。血相変えてアワアワしてる。
「……ねぇ、なんで出てくるかな?出て来ないで欲しかったのに。」
対して彼がラミちゃんに向けるのは、威圧するような刺のある言葉。彼女に対しては素に近いんだね……。いいなぁ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!しかし、まだ完全に治った訳ではないのですよ!貴方はそれを分かっていますか?」
「……そっちこそ分かって無いだろ?すぐ近くにお前らを探しに来てる奴がいるんだけど。……それとも、やっと帰るの?」
「ははは早く中に入ってください、お願いしますぅぅぅ!!」
乱雑な彼の言葉に、慌てて周りを見渡したラミちゃんは、何かに気付くと必死に懇願し出した。
何があったワケ?
「早く早くお願いしますぅぅ!!」
聞こうにも聞けずに、私は促されるまま中に入った。
閉じる扉。安堵の息を吐くラミちゃん。
それを横目に、私は彼に声を掛ける。
「……ねぇ、ハチ。」
「……ミユちゃん。もしかしてその『ハチ』って、僕の事かな?」
「うん、忠犬のハチ。」
だって、とことん尽くすじゃん。
「……忠犬ほど、僕は立派じゃないよ。」
「じゃあ、……ポチ?」
猫はタマ、犬はポチってやつ。
「それなら別に構わないよ。」
「……えぇ!?」
素直に受け入れちゃったよ!?
……いや、でもさ。
「ポチって捨て犬っぽいと思うんだけど、それでも良いワケ?」
あれ。これって私の偏見かな?でも、多いよね!?
「良いんじゃないかな?……ミーリャに捨てられた分、君が優しくしてくれればベッタリ懐くだろうよ。」
「自己犠牲は小説の中だけで十分なんだけど。」
「…………。」
あ、拗ねた。
……ってあれ。コイツってこんなに分かり易かったっけ??
私、コイツの心は読んでないよ。そもそも読もうと思っても読めないし。
でも前までは、不可思議で不審者な印象だったはず!なんでだろ?
……まぁ、とりあえずさ。
「ねー、ポチー。体冷えた。小腹空いた。何か作ってー?」
ダークな捨て犬に、大好きな命令でもしとこうかね?




