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腐った世界で異世界生活(ライフ)  作者: たんぽぽ
第5章 呪われし魂の集う場所
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だってこれ、幻想だし。

情緒不安定ユアンス君。

【ユアンス side】




事の始まりは、何気ない一歩。今までと何ら変わりないその一歩が、彼をその空間に招き入れた。



木造廊下を歩いていた彼は、突如起こったグニャリとした感覚に足を止める。

水面が揺らめくように、体の中を波紋が広がる。


彼がよく知る感覚。空間を移動し別の場所へ行く時と同じ。

しかし普段より、揺らめきは強い。いつもよりも大きな力が働いていた。


波紋が落ち着いた頃、彼がようやく周りを見ればやはり景色は一変していた。


後ろを振り向いてみても、一緒にいたハズの彼女――美代はいない。

他人と一緒にいる事から解放された彼は少し安堵すると、真っ直ぐと前を見た。





----------



ただっ広い荒れ地で、彼は一人歩く。足元を覆う枯れ草が、歩く度に乾いた音を立てる。

彼の周りには一定の距離を置き、紫色をした濃い霧が禍々しく渦巻く。


しかし気味の悪い霧に目もくれず、彼は歩き続ける。

行き先の目的は無い。無限に広がるこの空間で、無意味に歩き回るのは体力の無駄である事も、彼は十分理解している。

なら、なぜ彼は歩みを止めないのか。――それは彼が今、一人だから。

一人なら、わざわざ道化を演じる必要はない。

他に誰もいない空間で彼は、溜め込んだ末に沸騰寸前の感情を落ち着けていく。

彼の顔からはいつもの優しげな笑みは抜け落ち、怖いくらいの無表情だった。




そうして、幾ばくか歩いた頃。


「あ、ユアンスさん!探しましたよ?」


禍々しい霧の中から声が聞こえ、誰かが飛び出してきた。


「……。」


紺のローブを着た見知った彼女、ミーリャ。それを彼は、一瞬で短刀を取りだすと無言で切り捨てた。

左胸から右腰に向かって剣筋が走る。真っ二つになったミーリャは驚いたように一瞬目を見開き、直後黒い煙となって消えた。


彼は幻影だった彼女の居た場所を、光の無い瞳で一瞥するとまた前を向いて歩き出す。






「お?パスカル君じゃん、久しぶり。浮かない顔してどうしたの?」


次に出てきたのは、黒い瞳に黒い短髪の活発系な若い女性。歳は20代頃だろうか?

彼を見つけると手を上げ、ニカッと笑った。


「あー。ちょっとばかし面倒な事になっててな。」


彼女の笑顔につられるように、彼の口元には微かに笑みが浮かぶ。

しかし、それに反して彼の体は彼女へ肉薄していた。


「……偽物でも、……相変わらずだよな。」


彼女を切り捨てた彼は苦笑いを浮かべる。

彼女の笑顔は、常に仏頂面だった彼でさえも笑顔にする。きっと彼は一生、彼女の笑顔には敵わない。

彼にもそれは、十分わかっていた。






「××だぁ!ねぇ、どこ行ってたの?僕、××と離れたくないよ!」


若葉色の髪にクリクリとした深緑色の大きな瞳。可愛い女の子みたいな顔立ちの男の子が、彼の懐に飛び込んでくる。

小学生くらいの小さな体を受け止める彼は、男の子を地面に下ろすと左手で頭を撫で、右手に持った短刀で首を掻き切る。


「悪ぃな。それは無理だ。」


少年は目に大粒の涙を浮かべると、黒い煙となって消えた。







再び彼が歩いていると、今度は彼の正面から誰かの人影が近づいて来ていた。

色素の薄い茶色の髪に深海のような青い瞳。彼に気付く彼女の瞳は、驚きで見開かれる。


「あれ、××?こんな所で何してたの?」


「そっちこそ、こんな所で何してんだろうなー?っと。」


懐かしい彼女でさえも、彼は一息で切り捨てる。


この空間に存在する生命は彼一人。その他の人影は全て幻影。

それを彼は分かっていて、だからこそ思いっきり短剣を振るう。


彼が昔に出会った知り合い達を容赦なく切り捨てていくのは、大切な人達の上っ面だけを模した『偽物』だからか。……それとも、今も荒れ狂う彼の心を更に掻き乱されないようにする為か。







「あ、××君。……また友達に意地悪したの?」


後ろから声が聞こえ、振り向き様に彼は短刀を振るう。

フワりと微笑む黒髪の彼女は、そのまま黒い煙になった。


「……俺に友達なんて、いるわけねーだろうが。相変わらず、頭の中お花畑だよな。」


毒づく彼は吐き捨てるように言うが、その顔はなぜか嬉しそうだった。







「……。」


次の女性は彼の左側に現れた。しかし彼を見ても何も言わず、複雑そうな困惑した顔のまま攻撃を受けて煙になる。


「……悪ぃ。」


切り捨てた彼も、そっぽを向いて嫌そうに呟くと、また歩き出した。






次に現れた女性は一瞬ビックリして彼を見ると、引きつった笑いを浮かべた。


「××君。……えぇと、元気だった?」


「自分は自殺したクセに、何言ってんだか。」


煙になって消えた彼女の場所をみながら、彼は嫌そうに顔を歪めていた。





「××様……。私を一人にしないでください……。」


白いローブを着た小さな女の子は俯いて、滅多に言わない我が儘を言う。


「……ごめん。」


偽物でなければ……きっと彼は、彼女の願いを聞いたのだろう。





「××君!」「××さん。」「××君?」「××?」


ピンク、黄土色、水色、黄緑。各々カラフルな髪色の女性4人が、彼の名前を呼びながら駆けてくる。

しかし、彼女達の声を聞いた瞬間。彼の表情は嫌なものでも見るように歪む。


「……失せろ。」


今までとは違い、彼は苛立ち混じりの殺気を放った。

彼女達に近づく事すら嫌だと言うように、彼は懐から取り出した4本の短剣を投げる。

短剣が胸へと突き刺さり、あっさりと黒い煙になって消えた彼女達。煙が掻き消えても尚、彼は彼女達のいた所を苦々し気に見つめていた。







「なぁ。」


「ッ!?」


後ろから男性の声が掛けられ、歩いていた彼の足はピタリと止まる。



「久しぶりだなぁ?餓鬼。」


キギガ……と、錆びついたロボットの様なぎこちない動作で後ろを振り向く彼に、男性は口の端を吊り上げる。

脂汗の浮いた小太りの男性。まさに豚。金色の短髪だが、毛先が白く色が抜けている。


「餓鬼、ちょっとそこ座れ。」


「え……。」


「いいから、座れ!」


命令口調が怒号へ変わる。



「……。」


怒鳴られても、彼は何も言わず命令に従う様子も見せない。

威圧してくる男性と向かい合ったまま、微動だにしない。



「お前、俺に逆らうのか?」


「ひっ……。」


ドスの聞いた低い声に、彼の喉からは微かな悲鳴が漏れる。

垂れた細い目は珍しく見開かれ、顔は恐怖に歪む。

握っていた短刀は、カランと音を立てて地面へ滑り落ちた。


「穀潰しの能無しが……。お前は、誰に食わせて貰ってるのか分かってねぇようだな?」


男性は一歩踏み出し、彼は辛うじて半歩下がる。

彼の中の暗く冷たい記憶が、骨身に刻まれた抗う事への恐怖を思い出させる。



「また痛い目見たいんだな?あン?足でも潰すか?それとも腕でも裂いてやろうか?」


相変わらずのニヤついた気持ち悪い笑み。

男性は、だんだんに彼に近づいていく。


「そういえばなぁ、――の野郎がまた、てめぇの不思議な目ん玉が欲しいんだとよ。1個や2個、くれてやってもいいよなぁ?てめぇの再生力がありゃ、目ん玉なんてすぐ生えてくらぁ。」


嘲笑を浮かべる男性は、彼の黄色い瞳へと手を伸ばす。

彼は動かない。恐怖で動けないまま。


そして――。



「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああー!!!」



男性の太い指が彼の眼球を抉り出そうと瞳に触れる数舜前。

叫ぶ勢いのまま、懐から出した新しい短刀を彼は振り抜く。

ニヤついた笑みを張り付けたまま、男性はアッサリと黒い煙になり姿を消した。


しかし彼は、そんな事に目もくれない。

溜まりに溜まった感情が、マグマのように一気に噴き出す。



「ふざけんじゃねぇよ!もう俺は、てめぇの玩具(どうぐ)じゃねぇんだ!!手だって足だって目ん玉だって、全部俺のものだ!てめぇみたいな害悪に渡す訳ねぇ!!

穀潰しだろうが能無しだろうが、勝手に言ってやがれ!俺の知らないうちに勝手に朽ちやがったクセに、今更父親面すんじゃねぇ!何、普通に寿命迎えて死んでんだよ!何で俺が復讐しに行くまでしぶとく生きてねぇんだよ!何、簡単に死んでんだよ!どうせなら、地獄の苦しみを味わいながら死ねよ!肉片残さず、生きたままじっくり切り刻んでやりたかったよ!千切って抉って裂いてかき混ぜてから、グチャグチャに潰してやりてぇよ!

少しは痛い目見てから逝けってんだ!!逃げやがって糞爺ぃぃぃ!!」


憎悪を込めた叫び。

どれだけの年月が経とうとも、彼は未だ心を縛る鎖に囚われたまま。

父親という檻から解き放たれても尚、彼は苦しみ続ける。



彼の叫びを取り込む紫色の霧は、静かに捌けていく。

霧の中からはもう、誰も出て来ない。


グッタリと、彼は地面に膝をつく。

ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返し、額の嫌な汗を拭った。


「クソったれ……!」



彼は一人、荒野で吐き捨てる。










十数分の後。


ふらつきながらもようやく立ち上がった彼は危なげな足取りで、いつの間にか地面に開いていた穴まで辿り着くと、死人の様な足取りで穴の中の階段を降りていった。







----------



【美結side】


部屋の外に出た瞬間。

グラリと地面が揺れた感じがして、私は思わず地面に膝を付く。

揺れは一瞬だったからすぐに収まったけど、私はその場から動けずにしばらく呆然としてた。


だってそこは、今まで居た場所とは何もかもが違っていたから。


私から5m位離れた場所で、分厚い霧が周りを囲む。

白でも黄色でもクリーム色とも違う、……『ミルク色』がピッタリ来る色の霧。

霧はとても濃くて、周りがどうなっているかなんてさっぱり分かんない。

まるで、“濃厚ミルクの霧”的な。美味しそうなのに、味無いけど。


地面は砂。塩の香りもする。

……何処か建物の外に転移だったりして?いや、まずこの世界に海は無かった気がするから違うか。

なら、また異世界?え。それ困る。



ザッ。ザッ。ザッ。



後ろから足音がする。

アイクを手に持ち警戒する私は、振り返ってそちらを睨む。

濃厚な霧の中。かなり近づかないと相手が誰だか見えない。


私は油断なく、目を光らせる。


そして霧の中から、彼女は姿を見せた。

活発そうなショートカットの髪型に、真っ黒く大きな瞳。


「久しぶりだね、みゆちゃん!」


「……。」



無邪気に笑って見せるのは、秋田雪。

私の友達だった(・)子。








----------



「あれれ?みゆちゃん。元気ないね。」


固まったままの私を見て、雪ちゃんは心配そうに小首を傾げる。


そんな雪ちゃんに、私は質問を投げ掛けた。



「……私の事、嫌いになったんじゃないの?」


最後に会った時。

雪ちゃんは私を睨んでた。何でか嫌われてた。



「……なんでそんなこと聞くの?私がみゆちゃんを嫌いになるハズ無いよ。」


だからその答えに、私は確信を持つ。

――これは偽物の雪ちゃんだ、と。


きっと、私が思う理想の世界でも見せているんじゃないかな?



「みーゆーちゃん?悩み事?」


クルンとした瞳を私に向け、雪ちゃんは困り顔。


「私で良かったら聞くよー?」


「……じゃあ、話してみよっかなー。」



心の声が聞こえない、偽物の雪ちゃんに。




----------



「正直さ、ワケわかんなくなってきたんだよね。」



浜辺に二人、並んで座る。


「何が?」


「うーん、何かが?……何だろ、こう。」


自分の中でも酷く曖昧な何か。




「……クソ虫の心の声が、聞こえなくなったんだよね。」


表の声と裏の声。二つしかなかったのに、再会した途端それがゼロになっていた。全く聞こえなくなった。


「そしたら何か、妙にイライラして……」


苛ついて、ワケわかんなくなって。


「……多分、アイツに酷い事言ってる。触れちゃダメな余計な場所に触れた。……私、どこまで進んでいいかわからない。どこまでなら触れても良いのか、全然わかんない。」


「……うん。」


雪ちゃんの相槌が、優しく響く。




「たぶん私、他人との距離感が分かんないのかも……。」


ふと、そんな事を思う。


前は、触らなければそれで良かった。

私が近付かなければ、誰も私に構わない。


でも今は、こんな私に手を差し出してくれる人がいる。

私も出来る限り、その手を取りたいと願う。


でも分からない。

どこまで近付いて良いの?

どこまでなら安全?



「難しいよね、距離感って。」


ポツリと呟く雪ちゃん。


「極寒の地で、ポツンと一つだけ燃え盛る焚き火。

 寒いから、暖を取ろうとその焚き火に近付くの。

 でも、近付き過ぎたらきっと熱い。直接触れれば燃えてしまう。

 だからゆっくり近付いて、暖かい場所を探すの。


 でも、人との関係ってそんな単純じゃない。どこが熱くてどこが寒くてどこが暖かいのか、判断するのは難しい。だから……」



言葉が切れる。

不思議に思って横を見れば、雪ちゃんは泣いてた。


「私は……ユキは、みゆちゃんに近付き過ぎちゃったの。火傷しちゃって、痛くて熱くて、嫌がって怖くなって逃げちゃった。」


「火傷?」


わかんない。何の事だろう。

――雪ちゃんに嫌われたのは、ある日突然。

学校に来た雪ちゃんに普通に『おはよー』って言ったら、シカトされたんだっけ。

前日には特に何もなくて、でも彼女の心の声は理由もなく嫌悪を告げていた。

『心を読むとか気持ち悪い。』って。



「ユキは本当は、みゆちゃんの事が大好き。でもユキは、みゆちゃんを大好きなんて言う資格がないの。」


「……そんな事ない。」


私はその小さな肩を引き寄せる。

――極寒の地で、一人凍える彼女を見た気がした。


「そんな事ない。」


もう一度繰り返す。

資格がないとかどうでも良い。


「雪ちゃんが私の事嫌いじゃないなら、それで良い。それだけで、良い。」


嫌われてないならそれでいい。救われる。


……心を読まれるのが嫌なら、離れてもらって構わない。

それで泣かれるより、ずっと良い……かも。


そこはきっと、心の声が聞こえてしまう私が悪い。



「……みゆちゃん、ありがとう。」


泣き笑いの雪ちゃんが顔を上げる。


周りでは、ミルク色の霧が薄れていく。




----------



「みゆちゃん、あそこから帰るといいよ。」



そう言って雪ちゃんが指差すのは、焦げ茶色のドア。壁にくっついてるでもなくて、どこにでも行けるドアみたいな感じ。



「うん、ありがと。」


私は立ち上がって歩き出す。雪ちゃんも後ろから着いてきた。


霧の消えた世界。

振り向けば、一面青い海。

海はどこまでも、どこまでも広がっている。


「……ねぇ、雪ちゃん。」


「うん?」


「私ここで、美夜に助けられた気がする。」


こんな場所に来たからか。それとも美夜への恨みを手放したからか。

ふと、忘れていた事を思い出した。



「こんな感じの海で。何でか溺れて、美代みたいな美夜に引き上げられたような、そんな気がする。」


でも美代じゃない。美代はあの時浜辺にいた。



「……美夜ちゃんは、とっても良い子だよ。ずっと美結ちゃんを見守ってる。大切に思ってる。」


「へぇ。」


……そんな風に見る人もいるんだ。

いや、違うかな?だって偽物だし。私が心の中で、そうであってほしいって願ってるのかなぁ?わかんないけど。



「じゃあ。」


「またね。」


青い海を背景に、雪ちゃんは笑う。



「現実世界で、本物の雪ちゃんと会いたいな。」


もう一度、ちゃんと話したい。

知るのは怖いけど、なんで嫌われちゃったのか、ちゃんと聞きたい。

本物の雪ちゃんの、本当の気持ちが知りたい。


そんなことを思いながら。

私は焦げ茶色の扉を潜(くぐ)った。


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