闇は深いんだけど!
【美結、ミーリャ、+α side】
「ひぃぅ!」
後ろで上がる、小さな可愛い悲鳴。
「……うわ!」
軽くほっこりしていた私は冷たい指を頬に感じて、短い悲鳴と共に頬に触れる空気を払う。
だけどそこには、何もない。
「全く、心臓に悪いよ……。」
ほんのりと白い光に照らされた霧掛かったような通路。 さっきからオバケ屋敷のごとく、霊的なドッキリ仕掛けが多い。
「はぅ、ぅぅぅ……!」
また、遠くなった距離を確認して、私は足を止める。
後ろを振り返れば、ビクビクと怯えながらも一歩一歩頑張って前へ進むミーリャちゃん。
そんな様子の彼女に、私はふと思った事を聞いてみた。
「ねぇもしかして、オバケ怖かったりする?」
「あぅ……。は、はい……。怪談話とかは本当に無理ですっ。」
そう言うミーリャちゃんは足を止め、縮こまってしまう。
「……ある日の事、彼はいつもの通り」
「やめてくださいー!」
軽く怖い話しようとしたら止められた。
うん、やっぱり可愛い。つい苛めたくなっちゃうよね。
「ごめん、ごめん。つい、面白くて。」
「うぅぅ……。」
俯くミーリャちゃんに、やり過ぎたかなぁ?と私は少し反省する。
「ほら、手ぇ貸して?繋いでたら、少しは安心でしょ?」
そう言って私はミーリャちゃんに手を差し出す。
しかし彼女は私の手を見てビクリと震えると、半歩後ろに下がった。
「あ、ぁぅ……。ごめん、なさい……。」
無意識に怪訝そうな顔にでもなっていたのか。
私の顔をチラリと見て、ミーリャちゃんは怯えたようにすぐ謝ってきた。
私は差し出した手を下げ、彼女に聞く。
「私が怖い?」
彼女の心は読めないけど、それくらいは分かる。
彼女は私に怯えている。私を怖がっている。
「あぅ……、はい……。」
彼女は、戸惑いながらも私の質問を肯定した。
「そっか。」
「……えと、……あの。」
「いいよ。嫌われるのは慣れてるし。」
「……ダウトです。」
笑って見せる私に、ミーリャちゃんは静かに告げてくる。
「慣れてるからと言っても、“平気”って訳じゃないですよね……。」
「……。」
図星。嫌われるのが平気な人間なんて、いないでしょ。
「……で、でも、そうじゃなくて。」
何かを言い掛けるミーリャちゃんの、その声は震えてる。
「……わ、私が怖いのは、美結ちゃんじゃないんです。“美結ちゃんに嫌われる事”が怖いんです! そ、そこは勘違いしないで欲しいです……。そんな勘違い、悲しいです。」
水色の瞳を潤ませながらも、彼女は私を真っ直ぐに見る。
「うん、そっか……。」
こっちの世界に来てから、面と向かって好意を向けられる事が多い気がする。
それが少し怖い。いつか、向けられるその好意が殺意に変わりそうで。
最初から嫌われるよりも、好かれていた人から嫌われる方がよっぽど応える。
だから少し、距離を置く。
嫌われる覚悟が出来るまで。
「……じゃあ、オバケと私に嫌われるのだったら、どっちが怖い?」
「嫌われる方が怖いです!」
即答された。
「そっか。……ま、余程の事がない限り、私は基本ウェルカムだから大丈夫だよ。」
いい加減、止めていた足を前へ進める。
しかし、しばらく歩いたところで他に足音が聞こえない事に気付いた。
「ミーリャちゃん?」
戻ってみたらミーリャちゃんは俯き、突っ立っていた。
「ほらほら、さっさと行くよー。」
少し迷ったけど、彼女の右手を掴んで引っ張る。
左手は胸の辺りを押さえてた。
ハッとしたようにミーリャちゃんは顔を上げる。けど、私に引っ張られるがまま。
チラリと横目で彼女を見た私は納得する。
「それ、ペンダントか何か?」
首もとで微かに光る銀の鎖。それの先は服に隠れてる。
胸を押さえてるのも、ペンダントを触ってるんだろね。親の形見とか?
「……あ、これですか?」
そう言って歩みを緩めると、首元から鎖を引くミーリャちゃん。手は繋いだままで、少しやりにくそうだった。
「ユアンスさんが作ってくれた物なんです。」
そう言って見せてくれたのは、ピンク色に光る石。
触ろうとしたら指先に静電気が走って、慌てて指を引っ込めた。
「ぁぅ……。あの……。」
「バチッて来たぁ。」
「無理矢理他者に盗られないように、防衛機能が……。」
「ふぅん。」
ユアンスって、摩訶不思議魔道具がよく出てくるよね。
「……あの、盗らないでくださいね?これ無くなったら私、美結ちゃんを傷付けてしまいますから。」
「それもしかして、私の読心術をレジストしたりしてる?」
「え……。あ、はい。ごめんなさい。」
そう言うミーリャちゃんは消え入りそうな声になり、俯く。
「そんなに、心の中で私の暴言吐いてるんだぁー!」
「違います!」
ふざけたら、怒りの込もった瞳が向けられた。
「ごめん。」
「ぅぅ……。」
気まずくなって、また歩みを再開させる。でも手は繋いだまま。ミーリャちゃんが強く握っている。
「ひゃん!」
ミーリャちゃんが隣で、ビクッと飛び跳ねた。
「ふふふ……。」
「ぅぅ……。」
可愛い反応のミーリャちゃんに笑みを漏らせば、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
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進んだ先には紺色の扉。
「ちょっと待ってください。」
私がノブに手を掛けると、横からミーリャちゃんのストップがかかる。
「何?」
「……えぇと、その、……この部屋は危険です。」
告げるミーリャちゃんは、真剣な眼差しで扉を見る。
「それって、絶対に当たる勘ってやつ?」
「はい。」
「じゃあ戻るの?でも道は他に無いじゃん?」
「いいえ。……走り抜けるしかないかと。」
「うん、分かった。」
ミーリャちゃんの勘は必ず当たるみたいだし。
彼女が危険と言う部屋を前に、私の体にも緊張が走る。
「じゃ、開けるよ?」
「……呑まれないでください。」
微かに聞こえたミーリャちゃんの呟きを脳が理解する前に、私の思考は停止した。
扉を開いたそこは、部屋全体上下左右全ての壁から水晶が生えていた。たくさんの水晶は、鏡の様に私を映す。
鏡に比べて水晶は面がたくさんある分、映る私もたくさんいる。あらゆる方向にたくさんの自分がいる。
その中の一人と、私は目が合った。映る『私』はニヤリと笑い、閉じていた唇が開く。
『知らないフリをしているだけ。』
スルリと入り込み、触れられたくない心の中の闇を突つく。
無意識にその言葉を拒絶する。頬が火照り、思考が途切れる。
辛うじて僅かに残った、冷静な部分が理解した。
これは心の奥底の闇を引っ張り出す。
前に行かなきゃいけない。
でも、足は動かない。
『本当は愛されているんだよ。』
――違う!
『悲劇のヒロインぶってるの?』
――うるさいよ!
「美結ちゃん!」
ミーリャちゃんに手を引かれ、私の足がようやく動く。
そのまま、私達は走る。
『私、本当は愛されていたんだよ。』
気持ち悪い声を背に、私達は扉を抜けた。
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「ハァ、ハァ。」
ミーリャちゃんと私。出てきた扉に凭れて呼吸を整える。
「ぅぅ……。グサッと来てゴリッとしましたぁ~。 スコップで砂掘るみたいですぅ。ごっそり持っていかれましたぁ。」
私より平気そうだったミーリャちゃんは、今は半泣き。
私も何か、ドッと疲れが出てきた。何も考えたくない。
「今日は良い天気ですー。」
「……ん?」
「うぅぅ……。気分転換に世間話をしてみようとか考えちゃって、ごめんなさい……。」
体操座りでメソメソし出す、ミーリャちゃん。
私は何も言えない。思考が一部、ショートしてる。
「……私あの部屋で、存在の全否定されました。『何故、平気な顔してのうのうと生きているのですか?』とか『私の存在は害悪です。周りを不幸にします。』とか『肉片残らずグチャグチャのミンチになって死ねば良いのです。』……とか。」
「…………。」
「でもあの部屋は、自分が心の奥底にしまってある本音を見せる部屋みたいなんです。……つまり、私は私を全否定してるんです。」
彼女の体が微かに震えてるように見えて、私はミーリャちゃんを抱き枕代わりにする。
「えぇ、そうです。私は私の全部が嫌いです。私は私を全否定してますよ。『生きていてごめんなさい』なのは、私の方ですから……。」
――彼女はやっぱり、微かに震えてた。
「反論なんて、出来ないです……。……ぅぅ。」
「……私も、」
呟く私は、止めていた思考を動かし出す。
「私も、反論出来ないや。」
考えたくないけど、ここまで突き付けられたら逃げれない。
「私は、『本当は愛されていた。』」
抱き枕が心地良い。あったかい。
「ずっと、母親からの愛情は“全部美夜に取られてる”って思ってた。 ……けど違う。母親は、ちゃんと私も愛そうとしてくれてた。」
知ってた。
私は母親にとって、イラナイ子じゃない。大切な娘。
愛そうとしてくれてた。けど、上手く出来なかっただけ。
ただ素直に愛す事が出来なかった。 愛情よりも、嫌悪が先に飛び出てしまうから。
母親の姉も私達と同じ、気持ち悪い能力を持っていたから。
母親の姉はそれを使い、親や周辺に上手く取り入った。
能力の事を知っていたのは母親だけ。
親の愛情は全て姉へ行き、母親は姉を恨み、嫌悪した。
その姉と私を、母親は重ねてしまう。
顔が似ているわけじゃない。私の何気ない仕草が、母親に憎悪を思い出させてしまう。
娘を愛せない自分に苛立って、母親はそこから目を逸らす。
私と母親の距離は、次第に開いた。
愛するが故。
……全部知ってた。全部分かってた。
でも、知らないふりしてた。
『足りない』から。
『美夜はズルい』って思っちゃう。
ちゃんと“私を”見て欲しかった。
目を逸らさないで欲しかった。
『私』は『私』だから。
『悲劇のヒロイン』ぶってるのかもしれない。
でも、もっと愛して欲しかったんだってば!
「ずっと、美夜に嫉妬してた。『アンタだけズルい』って。 そうやって、私が勝手に敵視して突っ掛かれば、美夜も私の事が嫌になるよね。嫌いになって当然だよ。悪口言われて当たり前。」
背中を擦ってくれる手が心地良い。
「……私に美夜を、恨む資格なんて無いよね。」
私の呟きに反応したように、じんわりと暖かな手がピタリと止まった。
「……美夜ちゃんは、恨まれるべき存在ですよ。」
「え?」
憎悪のこもった声が、私の鼓膜を打つ。
「あの子は最低な子です。人間の屑です。恨まれて当然ですよ。」
「……美夜の事、知ってるの?」
「まぁ……。私も一応、地球から来た日本人ですから。」
驚きの答え。でもその言葉には、それ以上聞かれるのを拒絶するようなものが感じられた。
「……でも私はさ、もう美夜を恨むの止めようかなぁー、って。どーせもう会わないんだし。」
恨み続けるのは疲れるって言うしさ?自覚無いけど。
「そう、ですか……。」
呟く様に言うミーリャちゃんの声は固く、冷たくてゾッとするような何かを感じた。




