卑屈なもの。
【ミーリャ、ユアンス、+α side】
「……生きていて、ごめん、なさい。」
弱々しい声で卑屈な事を呟く彼は、未だその瞳を閉じたまま。どうやら悪い夢でも見ている様子で、酷くうなされています。
起こそうとも思いましたが、いくら揺すっても起きません。なので今は、手を握るくらいしかできません。
手を握っているのも、私が握っていたいという我が儘な行動でしかないのです。
いつも余裕そうなユアンスさんがうなされているのを見ていると、なんだか不安になってくるのです。得体の知れない恐怖に負けそうです。
今起きているのは私一人です。私の使い魔となったスライムさんはここの環境が苦手だそうで、私の中で寝てしまいました。どうやら、ここは大気中の精霊が少ない様なのです。
私の勘は静かに告げています。“ここには何かがある”と。
でも、何かまでは分かりません。力が衰えてしまった私の能力は根拠のない『ただの勘』程度なのです。
ふと私は、空を見上げました。
森の中。来たる春に備えて葉を落とした木々の隙間から、分厚い雲がかかり始めた空が見えます。
どうやら一雨来る様子。
私は慌てて、鞄の中を引っ掻き回します。目当ての物はすぐに見つかり、私はそれを使用して周囲に結界を展開しました。
雨避けです。
ユアンスさんが起きない今、ここを動く訳にはいかないのです。
私が使用したのは『コリア』と呼ばれる、使い捨ての魔具です。
魔力貯蔵石『カタン』の中に回路を組み込み、その属性を持っていなくても魔術を発動出来るのです。使用する魔力もスイッチを入れる分の少量で良いですし、何より大気中の精霊がいなくても発動出来るのです。
元は、崩壊した旧国の技術で今では禁忌のようですが、『いざという時、便利だから。』というユアンスさんの自作です。
空間魔術を用い、中に閉じ込める目的で作り出した異空間には、空気中から精霊を取り除き内部では魔術を使えなくする物もあるようです。ファンタジックな世界では『魔術封結界』と言われるようなものでしょうか?
『コリア』は、そんな場所に閉じ込められた場合の対抗策になるそうです。
そしてここの森も、まさに魔術封結界の如く精霊がいないのです。――いえ、完全に居ないわけではなく、濃度が薄いだけなのですが。
「……ごめん、なさい。……やめ――」
うわわ。急な寝言にビックリしました。……ど、どんな夢を見ているのでしょうか?
……ぅぅぅ。嫌です。ユアンスさんの心の闇なんて、知りたくないです。
おまけに雨も降ってきましたし、孤独感が倍増です。
――一人ぼっちは怖いのです。
私は、ユアンスさんの手をギュッと握りしめました。
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「……ッ!!」
どれくらいの時間が経ったのでしょうか?
いつの間にか降っていた雨は止んでいます。
「ハァ、ハァ……。」
飛び起きたユアンスさんは、荒く息を吐きます。汗もびっしょりの様です。
「あ、あの……!」
「ちょっと、ごめん。」
私が握っていた手をユアンスさんは素っ気なく振りほどき、結界の外へと出て行ってしまいます。
――握られていたのが、嫌……だったのでしょうか?
そう考えたら、怖くて体が震えます。
ユアンスさんがいなくなったら、きっと私は壊れる事が出来るでしょう。――あれ?ヤバイです、これ。私って完全に、ユアンスさんに依存しているじゃないですか!?
うー、駄目です。依存は駄目です。良くないです。
……と、取り敢えず、心配ですしユアンスさんを追い掛けます!
――け、けけ決して、現実逃避ではありませんよ!
ユアンスさんは、そう遠くない場所にいました。
木の幹に手を付き低い姿勢で、彼は地面へと吐いていました。
私の体は意図せぬまま自然とユアンスさんへ近付き、彼の背中へ手が伸びます。
私はユアンスさんの背中を擦りながら、ボンヤリと思い出していました。
実は、ユアンスさんが吐いているのを見るのは、これが初めてではないのです。私は朝に何度か、洗面所で吐いているユアンスさんに居合わせたことがあるのです。
ですが、朝が苦手な私は、睡魔&眠気兄弟と戦争中の為に気に止める事も出来ず、今ようやく思い出したのです。
そして、根拠の無い仮説が私の脳裏に姿を見せます。――これまでにも何度か、“悪夢にうなされ飛び起きては、洗面所で吐いていた”のではないでしょうか?
……いえいえ。今回がそうだからと言って、これまでのモノもそうと決めつけるのは良くないです!!
私は慌てて、脳裏の仮説を掻き消しました。
――わかっています。認めたくないだけです。美化して作り上げた私のユアンスさんを、壊したくないだけなのです。
私は弱いです。ユアンスさんという支えがなくなれば、倒れて粉々に壊れる自信があります。
ユアンスさんにだって、後ろ暗い部分はあるでしょう。人間は皆そうです。
……ですが今だけは、理想と違うユアンスさんから目を逸らさせてください。
私は強くないのです。
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どうやら落ち着いたらしい、ユアンスさんと結界の所へ戻ってきました。
――あ、吐瀉物はきちんとユアンスさん自作魔具『コリア』を使って片付けましたよ。やはり、そのままというのは良くないですから。
「えぇと、ミーリャ。……ごめんね?」
私の顔色を伺うようなユアンスさんの視線から、私はプイッと顔を逸らします。
「何も怒っていませんので、謝られる意味が分かりません。」
水分の抜けきった野菜のようにしなしなしたユアンスさんなんて、私は知りません。――別顔のユアンスさんを見るのが怖いだけです。怒っていません。
「いや、完全に怒ってるよね!?」
「あなたの勘違いです。」
「……何しちゃったかなぁ。」
困り顔のユアンスさんにふと違和感を感じ、私は改めて彼を見ました。
ちゃんと見れば、彼の頭からは耳が生え、ズボンからは尻尾が飛び出しています。
耳も尻尾も根本は白く、先の方は髪と同じ紺色です。
そしてさっきから、耳はグルグル尻尾はピコピコ忙しなく動いています。
……まるで私にアピールしているみたいで、触りたくてウズウズしてきました。
「触らせてください。」
我慢出来なくなりました。
すごい綺麗な毛並みです。紺銀に輝く尻尾が、私を呼んでいます。フサフサと私を誘うように揺れているのです。抵抗せず誘われてあげようではありませんか!
「嫌だよ。」
心底嫌そうにそっぽを向き、ローブを羽織りフードを被ってしまうユアンスさん。
愛しの尻尾は隠されてしまいました。無念。
「で、ミーリャは付いてくるの?……危ないけど。」
そう言って、ユアンスさんは遠くに見える真っ黒い建物へと視線を向けます。
あれがユアンスさんが行きたがっていた『チャジアの塔』ですか。
「もちろん、行きますよ。私はどこまでも付いていきますもん。」
「……地獄の果てまでも?」
悪戯な質問です。
正直私は、そこまで付いていく気はありませんが――
「私はきっと、地獄に落ちた方が良いタイプの人間です。ならそこで、ユアンスさんが一緒にいてくれるのなら心強いです。」
そもそも、ユアンスさんが地獄に落ちる事自体、許しませんけど。
「……もぅ。ミーリャはちゃんと、天国に行かないとダメだよ?」
そう言ってユアンスさんは、困り顔で私の頭を撫でます。
ユアンスさんは優しいです。私の事情を知っていて、その上で軽蔑しません。
私はやっぱり、一人で地獄に落ちるべきですよね。ユアンスさんを道連れにしてはいけません。
私はコッソリ、決意を新たにしました。
「じゃあミーリャ、行こうか?」
ユアンスさんに促され、私達2人は天高く伸びる塔へ向かって歩き出しました。
しかし、後になって思うのです。
塔へと踏み出したこの一歩こそが、彼らが狂い出す初めの一歩だったのでは?と。




