なんかここ、かなり厄介だし。
【美結、美代、+α side】
「あぅ……。」
後ろでズズッと音がして、何度目かの小さな悲鳴。
「大丈夫?……む。」
美代を振り返ると同時、私の足首には細い蔦が絡み付く。
さっきから、ずっとこう。
代わり映えしない洞窟の景色。その中で、しつこい程に発動する罠。――といっても今の所、足首に絡み付く蔦と、片足の膝くらいまで埋まる小さな落とし穴の2種類しかないんだけどさ。
私は少々苛つきながらその場にしゃがみ、足首に絡み付いたその細い蔦を小さなナイフで切る。
見れば美代も、自力で穴から自身の片足を引っこ抜いている。その小さな落とし穴は、泥沼に片足だけ嵌まったような物だから自力で脱出出来るし、致死性は皆無。
ただ一番厄介なのは、いつ来るか分からないこと。
発動の切っ掛けとなるスイッチ等は、今の所見つけられていない。何もない所から急に来る。
まぁホントは、スイッチなんて無いかもしれないけどさ。
でも必然的に、一々足を止めざるを得ない。
イライラしても仕方ないでしょう?5歩くらい歩く度に罠が出現するんだから。
対して、美代は見た感じ普通。苛立っている様子はない。
淡々と埋まった足を引っこ抜く。
「……そういえば、美代が怒った所って見たこと無いかも?」
「うん?私だって、怒るときは怒るよ?……あ、まぁ。こんな事じゃ、怒らないけどさ。」
なんてこと無いように1歩踏み出した美代の足に、シュルルと蔦が絡み付く。
「アハハ。なんか、私達を足止めしてるみたいだよね。」
しゃがんで蔦をハサミで切りながら、美代は楽し気に笑う。
「全く。何で平気なのか、ホント疑問。……あー、もうー!」
私が前に踏み出した足は、地面にズボッと埋まった。
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「さて、どうしよっか。」
「やっぱり気合いかな?」
苛立たしい洞窟を抜けると、目の前には広く丸い空洞。崖の様な壁面は上下に伸び、天井も地面も真っ暗で見えない。
向こう岸には小さな洞穴があり、こちらとあちらの間にはボロボロに朽ちかけた吊り橋が渡してある。
「高所恐怖症だっけ?」
「ぅ……。」
見るからに、美代の顔は強張っている。
「手でも繋ぐ?」
「う、ん。」
……半分冗談だったんだけどな。でも、まあいっか。
私が前で、美代が後ろ。
一歩一歩進んでいく。
「ぅぅ……。」
一歩一歩が遅い美代。
繋いだ手には力が入り、一歩を踏み出すごとに彼女は目を瞑る。
吊り橋の下は真っ暗で何も見えない。
「こういうのって大抵、下はゴミ貯めで生ゴミがクッションになって助かったりするよね?」
「ぅ……それは、嫌、かも。」
美代の足が止まる。
余計に怖がらせちゃったっぽい?
「……ま、まぁ、落ちるなら前にいる私だろうしさ、大丈夫だよ。」
「それも嫌!」
目をギュッと瞑った美代は小さく、しかしハッキリとした声で告げる。
「……遠くに行かないで。いなくならないで。」
「えぇと、……美代?」
「美結姉、ちょっと目を離したら、どこか知らない遠くへ消えちゃいそう……。美結姉がいなくなったら私、不安でおかしくなると思う。 だから、だから……、いなくなっちゃうのは嫌!」
握られた手に込められた力。
やっぱり不思議になる。何で私なんだろう?って。
嫌われ者の私より、美夜に付いた方が得なのに。
何で私なんかを、こんなに好いてくれるんだろ?
「……うん、まぁとりあえず、妨害の無いうちに渡りきろうよ。」
誤魔化すように、私は前を向く。
一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。
やがて私の足はしっかりとした地面を踏んだ。
私は後ろを振り返り、美代は最後の1歩を踏み出す。
バキッ。
美代が体重を掛けた方の足元から嫌な音がした。
そして、それからはあっという間。
美代の体重を支えていた板は粉々に砕け、暗闇へと吸い込まれる。
同時に美代の体も、重力に従って落ちていく。
繋いでいた手は、呆気ない程にスルリとほどけた。
突然の出来事に、脳の理解が追い付かない。
「美代!」
叫んだ時には、時すでに遅し。
美代の姿は闇へと消えていた。
頭の中が真っ白になり、恐怖に体が震える。
――下に行くには?
真っ先に思い浮かんだのはそれ。
ロープとか、梯子とか、そんな便利なものは持ってない。
この目の前の、おんぼろ吊り橋を使おうにもそれは現実的じゃない。そもそもすぐ千切れそう。
魔術が使えないと、ホント何も出来ないじゃん!
「美結ちゃん……?」
後ろで声がした。
振り返れば、そこにいたのはミーリャちゃん。
「そこで何を……いえ、誰が落ちたのです?」
「美代が落ちた!ねぇ、どうしたら下に行ける?」
こんな高さから落ちたら死ぬだろうけど、でももしかしたら下は、硬い地面じゃないかもしれない。
何かがクッションになって、生きてるかもしれない。
生きてるって信じたい。
「……美代ちゃんは生きてますよ。」
「な、何で分かるの!いい加減な事、言わないで!!」
「……生きています。わ、私の根拠の無い勘ですが、……絶対に当たるんです。信じてください。」
俯き、震える声でそう告げるミーリャちゃん。
その様子に私は、自分がかなり焦っていたことを悟る。
「……八つ当たりしてごめん。」
「あぅ……。あ、ああ謝らなくても良いですよ。し、心配になって当たり前ですし、そそそれに、私は謝られる資格など無いですし……。」
手を頭にやり、“子ウサギ”のように体を縮めて怯えた様子のミーリャちゃん。……うん。半分ウサギだったよね、そういえば。
「私、今ニンジン持ってないんだよなぁ。」
「……ひぇ?あ、ぅ……、わ、私は、ニンジンで釣られるような、軽い女じゃありません!ど、どれだけたくさんのニンジンをプレゼントされたって、貴女のものにはなりませんよ!」
そう言って、潤む瞳で私を睨み、自身の体を抱いて私から一歩身を引くミーリャちゃん。……うん、和むわぁ。
「またまたぁ。箱いっぱいのニンジンあげるからさぁ?」
「……ニンジン?箱いっぱい!!」
「あんな男の所より、アタシの方に来た方がたくさんのニンジン、食べさせてあげるよ?」
「……あ。そ、それは少し考えさせてください。ユアンスさんとニンジンなら、私はユアンスさんを選びますし。」
ありゃ。急に素に戻っちゃった。
でもノリ良いね、うん。
「あ、そんで、美代が生きてるって信じて良いの?」
「……はい。私の勘は、絶対に外れません!美代ちゃんは無傷で、進んでいけば直に会えるらしいです。だから、大丈夫です。」
不可思議ユアンスのくっつき虫が言うなら、きっとそうなんだろうね。
「じゃ、心配しなくて良いの?」
「は、はい。」
「……なら進もっか。」
美代の事は心配だけど、今は何も出来ない。
――私なんか居なくても、きっと大丈夫だから。
「……ふ、二人っきりです……か。」
背を向けた後ろで、ミーリャちゃんの小さな呟きが聞こえた。
「ゆ、ユアンスさんがいなくても私、が、がががんばります。」
その小さな声は、微かに震えていた。




