灰色の曇り空
『彼らの偉大な力を利用しようとする民は、神の怒りに触れてしまった。その粛清として、神は我らから彼らを取り上げるだろう。』
前々から、そんな噂が流れていた。
さらに、彼女達本人も『そうなるかもしれない。』と不安がっている様、という噂もあり、噂の信憑性は増していた。
そんな中の、あの出来事。
小さな爆発の最中、彼らは姿を消した。
人々は『噂は誠だった』と神に祈り、懺悔し、必死に許しを乞うた。
そんな中、とある説が持ち上がる。
『ワールの民が私利私欲の為に、彼らを連れ去ったのでは?』と。
なぜなら、ワームの民と噂されていた2人も、一緒に姿を消しているから。
小さな爆発も人為的な可能性が高く、一部の熱狂的な神信仰者は『ワームの民の仕業だ!』『ワールの民は神へ罪を擦り付け、神を侮辱した!』などと騒いでいる。
――でも私にはそんな事、関係無いかな。
少しだけ、淀んだ空気の空間。
ガラス越しに空を見上げるも、分厚い灰色の雲が青い空を隠す。
……2ヶ月。
たった2ヶ月しかいなかったのに、ポッカリと開いた穴は大きいらしい。
少々ぎこちないながら、軽く談笑しつつ昼食を取る彼女達。
なんでか、彼女達の笑顔が泣き顔に見えてくる。
2ヶ月前と何も変わらないハズなのに、何かが変わってしまったらしい。
「サナちゃん!一緒にご飯食べよう?」
「…………。」
私は何も言わず、その場を離れる。
「え?……わ!待ってよ!サナちゃん。」
彼女は一瞬呆けるが、教室を出た私を慌てて追いかけてくる。
逃げる私。それを追う彼女。
逃げ続ける内に、自然と屋上にまで来てしまった。
私は観念して、後ろを振り返る。
「おひ、る、ご、はん、……いっ、しょに、た、べよ、う?」
ゼィゼィと息を切らし、それでも私に笑顔を向ける彼女。
地面にしゃがみこみ、髪は乱れ服も少しヨレている。
「…………なんで私なんかの為に、そんなに必死になるの?」
気付けば、自然と彼女に問い掛けていた。
「エヘヘ。」
質問が何であれ、聞いてくれたことが嬉しかったのか、彼女は嬉しそうに笑う。
でもそれが、私にとっては少し苛立たしい。
「……私は死神だよ?私の近くにいると、みんな不幸になるんだよ? 貴女も不幸になるんだよ?わかってるの?!」
叫ぶ私に、彼女は微笑みを返す。
「アハハ……。ちょっと待ってね。……ハァ、ハァ。……サナちゃん、歩くの早いんだもん。疲れちゃうよ。」
そう言って、息を整える彼女。
「ふぅ。……えっとね、サナちゃん。」
彼女は少しヨロつきながら立ち上がる。そして一歩、また一歩と私に近づき――
――不意に私を抱き締めた。
「私の不幸はサナちゃんの不幸だよ。私の幸せはサナちゃんの幸せだよ。サナちゃんが幸せじゃないなら、私も幸せじゃないよ。サナちゃんが悲しいなら、私も悲しくなるんだよ。」
彼女の激しい心臓音が、私にまで伝わる。
きっと貧弱な体力ながら、必死に追いかけて来てくれたんだろう、と。
「……でも、私は死神なんだよ。……私が。……私が、お父さんとお母さんを殺したんだよ。」
震える手で、彼女を引き剥がす。
私のせいで、両親は死んだ。……私が殺したんだ。
「あれは、サナちゃんが悪いんじゃないでしょう?あれは不幸な事故だったんだから。」
「……でも私がいなければ、神官様の魔法でお父さんとお母さんは治ったんだよ? 私が精霊を乱して魔法を使えなくしたから、お父さんとお母さんは死んじゃったんだよ?」
小さい頃、家が火事で燃えた。
私は両親に守って貰った為に無傷。
しかし、両親は軽くない怪我を負って助け出された。
普通なら治癒魔法で治る程度の傷。しかし、私のせいで魔法は乱れ、治療が出来ないまま両親は死んだ。
私がいなければ、火が大きくならない内に消す事が出来たはず。
私がいなければ、ちゃんと両親を治療出来たはず。
「……私が殺したも同然なんだよ!!」
「サナちゃん……。」
いつの間にか溢れていた頬に伝う雫を、彼女が袖で優しくぬぐってくれる。
私は恥ずかしくなって、彼女に背を向けた。
「……私に憑いてる精霊が、意地悪な笑みを浮かべて他の精霊達に嫌がらせするの。まるで、物語の魔王サマみたいに。他の精霊達は私の精霊にいじめられるのが嫌で、逃げるの。だから私の近くにいると、魔術や魔法が乱れて使えなくなる。」
両親の治療をしようとしてくれた神官様の精霊にだって、私の精霊は変顔をして相手をバカにし、彼女が無視して魔法を使おうとすれば、その魔法を散らす。
散々邪魔され、バカにされた神官様の精霊はひたすらに泣きじゃくっていた。
「……サナちゃん。」
「……今だって、アナタの精霊にちょっかい出してるんだよ?精霊、困り顔だよ? 私には、止めることが出来ないの!だから、私から離れてよ!!」
一度溢れた雫が止まらない。
泣いているのを隠したくって、私はしゃがみこむ。
そこへ暖かい手が触れ、背中を擦る。
「……ねぇ、サナちゃん。E組の臨時先生やってた人知ってる?」
「え?ワールの民だって噂の?」
優しい声音。脈略の無い話に、思わず隣に座り込んでいる彼女を見る。
「サナちゃんが噂を知ってるのかー。意外だな。」
「……酷い。」
「ごめんごめん。 それでね、その人が私に教えてくれたんだー。」
「……何を?」
空を向いていた赤い瞳が、急に私を優しく見つめる。
「サナちゃんが世界を好きになれば、サナちゃんの精霊も周りに優しくなるんだって。」
「世界を……好きに?」
「サナちゃんが世界を憎んでいるから、精霊は攻撃的になる。精霊はサナちゃんの事を大事に思ってるから、サナちゃんが傷付かないように守ろうとしている、って。」
「……うん、そうかもなー。」
世界が嫌い。世界が憎い。
『そうかもしれない』って、ストンと納得できる。
小さな頃。生まれつきの目のせいで、周りの子供には苛められ、大人には気味悪がられた。
何で私だけ?って。悪い事なんて何もしてないのに!って。
そして周りを……世界を憎んでいたかもしれない。
「世界を好きに……かー。難しいなー。」
太陽を隠し分厚く重なる雲のような灰色のこの世界を、私は好きになれる自信はない。
「それならさ、サナちゃん!」
弾んだ声を響かせる彼女。
「ユウマ君は好きなの?」
「へ?」
キラキラと、彼女は期待に満ちた視線を向けて来る。
「サナちゃん、隙あればユウマ君にベッタリだったじゃん。……ね、ね?いつから好きなの?どこがいいの?彼氏がいなくなって、寂しくなぁい?」
乙女な顔だった。この子も恋バナとか興味あったんだ。
いつもホワワンってしてるから意外かも。
「彼とは何も無いよ。好きって訳じゃないし。」
「自らを死神と言い、他人には近づかないあのサナちゃんが、理由も無く彼に近づくなどあり得ない!!サナちゃんはユウマ君に恋したに違いない!!……って、みんな言ってるよー?」
「……何それ。」
「だって、ユウマ君と話してる時、サナちゃん楽しそうに笑ってるもーん。私にはいっつもムスーってしてるのにー。」
唇を尖らせる彼女。……そういえば時々、私を笑わせようとしてくれるっけ?本人が意図してるかどうかは分からないけど。
「……彼の周りにさ、朱い精霊達がたくさんいるんだ、いっつも。」
健気な彼女に、何だか話してみたくなった。
「精霊達はさ、いっつも彼に言うんだよ。『裏切り者!』って。」
「へぇ。」
「声は聞こえてないハズなのに、“気持ち”っていうか“雰囲気”は感じてたのかなぁ?……なんか、気が滅入ってるみたいだったから。」
――他人を寄せ付けない。
そこに、自分と同じものを感じたのかもしれない。
「だから、その朱い精霊達を私が散らしてあげたくなった。ただそれだけ。」
彼の火魔術が上手くいかなかったのはきっと、朱い精霊達に裏切り者扱いされていたから。
精霊達に嫌われるって、よっぽどの事をしたんだろうなー。
「……そういえばワームの民って人も、精霊達に嫌われてたよ。それも全属性。……凄かったな。あの人が通る度に、ササーッと精霊達が逃げて行くんだもん。」
「プフフッ。」
「ん?何笑ってるの?」
彼女が、堪えきれないって感じに笑ってる。そんなに変な話かな?
「だって面白いもんー。サナちゃんには、私達と違う世界が見えているんだね。不思議だなぁ。」
今度は優しい笑みを浮かべる彼女。表情がクルクル変わる。
「よし。それじゃ、ご飯食べよう!お腹もペコペコだしね。」
そう言って、お弁当の包みを取り出す彼女。
「ほら、サナちゃんの分ー。」
「……要らないのに。」
「せっかくお母さんにお願いして作って貰ったんだから、我が儘言わずに食べなさい!」
「……無駄な事、しなくていいのに。――に迷惑じゃん。」
ただでさえ、家の無くなった私を引き取って養ってくれてるのに。
お昼を我慢することくらい、出来るのに……。
「家族には、ちゃんと迷惑かけなさい!サナちゃんは私の大切な家族なの!」
ぎゅっと抱き締めてくる彼女。
その暖かさに、少しだけ嬉しくなる。
「アレナ……。」
「……サナちゃん。」
力を込めていた腕を緩め、顔を上げるアレナ。
「私の事は名前じゃなくて、『お姉ちゃん』って呼んでよ!」
「……え?」
「いつも言ってるじゃん。『アレナ』じゃなくて『お姉ちゃん』って呼んで欲しいの!」
「…………。」
私はアレナからお弁当をかっさらうと、包みを開く。
色とりどりのおかずが、綺麗に詰められている。
「いただきます。」
「……むぅー。」
膨れるアレナも、お弁当を開く。
彼女が末っ子だからって、誕生日が4ヶ月しか違わない私を妹にするには無理があると思う。
それでも。
「……ありがとう、お姉ちゃん。」
小さく、呟いてみた。
2ヶ月。
たった2ヶ月の間に、私の何かが変わってしまったのかもしれない。
――彼がいないから。
私が、教室の彼女たちの笑顔が今にも泣きそうに見えたのは、私が勝手にそう見ていただけなのかも知れない。
彼がいないから、教室の空気があんなにも淀んで感じたのかもしれない。
私の知らない所で、私は彼のいない事を悲しんでいたのかもしれない。
分厚い雲の隙間から、眩しい太陽がチラリと顔を覗かせる。
暖かく眩しい太陽。しかしすぐにその姿は雲の中に搔き消えた。
灰色の世界は、今日もどんよりとした曇り空。
― 回想 ―
美結 「ウィンハル君はこういう軽い剣の方が扱いやすいと思うよ。」
そう言って、かつて授業で作っていた剣を差し出す彼女。
トンクから作り出した粗悪品だけど。
― 回想終了 ―
ウィンハル 「姉御ぉ……。」(もらった剣を見つめ、うるうると瞳に涙を浮かべる。)
カグヤ 「全く。アンタはいつまでウジウジしてるのよ!」(ツンと、上を向いて泣いてないフリ&涙乾かし中。)
ジェシラス 「ご恩は一生忘れません。姉御!」
他大勢男子 「姉御ぉー。(うるうる)」




