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アイリーンはヘンドリックが自慢するだけあって美しい女性だった。が、挨拶に行くとじろりとにらまれ「もう来ないでいいから」と害虫のように追い払われ、それ以来会っていない。
一応は頼まれたアイリーンの世話がなければやることはないし、出歩くとメイドたちに嫌がらせをされるため、メイカは与えられた屋敷の隅の客室にこもって大人しく過ごすことにした。
幸いにも、世話係のメイドの1人がこっそり手助けしてくれるおかげで引きこもっていても快適に過ごせる。時々、ヘンドリックがふらりと訪ねてきて延々とのろけ話を聞かせてきてうっとうしい以外は静かだ。これはこれで執筆に集中できて良いかも、ずっとは嫌だけれど。
そんなある日、カレンからなぜか実家の名前で手紙が届いた。中には、エン社の皆からの心配する手紙と何かあったときには使うようにと叩くと起動する連絡魔道具が入っていた。
「皆ありがとう……。よし、この時間を使って良い文章をたっくさん書き上げて帰るぞっ。そうだわ、せっかくだからこの伯爵様とアイリーンさんの大恋愛もネタにしちゃおう。フィクションだって言ってぼかせばわからないものねっ」
皆の手紙と魔道具をいつも持ち歩いている大事な物入れ巾着にしまうと、メイカはせっせと憂さ晴らしをかねて嫌々聞かされたのろけ話を書きだした。
そんなこんなであっという間に時が経ち、アイリーンと先代伯爵たちの顔合わせの日の前日になった。
ヘンドリックと使用人たちは朝からアイリーンの支度にかかりきりらしく、いつもはちくちく嫌味を言ってくるメイドたちもいない。久しぶりにのびのびと過ごしていると乱暴なノックの音がした。
「はいはい、どうぞ。……うっ!?」
どうせ機嫌の悪いメイドだろうとドアを開けるとふいに太い腕に抱きかかえられ、鼻に変な匂いがするハンカチを押しあてられる。必死に手足をばたつかせるも意識が薄れていく。
――そうだ、魔道具!
抵抗するふりをして必死に連絡魔道具が入った巾着を叩く。誰かにSOSが伝わっていることを願っているうちに意識が途切れた。
目を覚ますと手足を縛られて床に寝かされていた。天井近くに小さな窓があるだけの薄暗い室内には木箱がたくさん置いてあり、埃っぽい。倉庫なのだろうか、まったく見たことがない場所だ。しばらく気配を探るもどうやら誰もいないみたいだ。
「誰もいないみたいね……。そうだ、魔道具は!?」
幸いにもポケットに巾着が残っていた。何とか取り出すと連絡用魔道具は起動していた。一応は助けを求められてほっとすると不安がこみ上げてくる。
「ここ、どこなんだろう。というか、これって誘拐よね? 伯爵家の人がやったのかな……」
不安を紛らわせるために呟いた独り言にぞっとする。伯爵家にはアイリーンを奥様と呼び、メイカを邪魔者扱いしてくる人たちが大勢いたけれど。中にはこうして命を狙ってくるほど恨みを持っていた人がいたのだろうか。
落ち込むと縛られた手足のじくじくした痛みが強くなり、冷たい床のせいで身体も冷えてくる。生まれて初めて暴力を振るわれた恐怖と心細さで泣きたくなってくる。
「うう、怖いよ。誰か助けて……」
「はい、お待たせしてすみません。助けに来ました」
「おわあっ!? ……ってユウさん!? どこからどうやっていつから来ていたんですか!?」
「今、そこのドアをこじ開けて入って来ました。場所は魔道具の探知機能ですぐに分かりました。カレンとマツバが見張りの悪党一味を捕まえましたから、もう大丈夫ですよ」
「皆、助けてくれてありがとうございます! でも、ユウさんこんな時でも冷静すぎませんか!?」
「メイちゃん、大丈夫!? ユウさんっ、お喋りは後にして早く縄をほどいてください!!」
驚きのあまりめちゃくちゃな言葉遣いになってしまったが、いつもどおり親切丁寧だが若干空気の読めないユウにどっと気が抜ける。駆けつけたナツメに叱り飛ばされてユウは慌ててナイフで縄を切る。幸い、若干しびれてはいるものの手も足も問題なく動く。
「大丈夫? 痛いところとかない~?」
「大丈夫ですっ。できたら早くここを出たいです!!」
「そうですね、話は移動しながらにしましょう。メイカさんもお疲れでしょうし、よかったら僕の背中におぶさってください」
「じゃあ、私は外の様子見てくるわ~」とナツメが駆け出していくと、ユウは「さあ、どうぞ」としゃがんで背中を向ける。ちょっと恥ずかしいがお言葉に甘えておぶさるとしっかりとした動きで運んでくれる。
ユウに事情を説明しながら外に出ると見慣れた庭の景色が広がっていた。
「あれ? ここ、アディンゼル伯爵の別邸だっ!?」
「そうですね。屋敷内で妻をさらって別邸に閉じ込めるとは、何ともお粗末な犯行です。おそらくは暴走した使用人たちが敬愛する当主と結婚を望む平民女性のために夫人のメイカさんを排除しようとしたのでしょうが。
この一件は僕たちがしっかりと証拠をとってありますからね。良い機会ですし、このことを使ってアディンゼル伯爵と離婚したらどうでしょう?」
「そ、そうですね。……。って、ユウさん! 私のこと知っていたんですか!?」
どことなく冷気を漂わせるユウがちょっぴり怖くなるも自分の正体を知られていたことに驚く。ユウは前を向いたまま笑みを含んだ声で答える。
「ええ、カレンから『ろくでもない家族から独り立ちするためにがんばっている、とてもがんばりやのご令嬢がいる』と良く話を聞いていましたから。エンで働くと言ってくれた時にはうれしかったですよ」
「そうだったんですね……。私、ユウさんたちに助けられてばかりですね。ありがとうございます」
「それは僕もですよ。メイカさんが『ルリさんと一緒にいつかまたこんな素敵なお店に来たい』とねこのてを褒めてくれた時からずっと。メイカさんは僕にとって大事な仲間です。アディンゼル伯爵に別れを告げて一緒にエンに帰りましょう」
「……はいっ。帰りますっ」
いつかユウが話していた「またねこのてに来てほしい人」が自分だったことに驚き、大事な仲間と呼んでくれたことに目頭が熱くなる。ユウはこくりとうなずくと顔をくしゃくしゃにしたメイカに気づかないフリをして運んでくれた。
庭に着くとカレンを中心にして地面に複数の男たちが倒れていて、ナツメとマツバがぎちぎちに縛り上げている。特に修道院で手芸を教えているマツバの縛り方はめちゃくちゃ凝っていて、見ているだけで痛そうだ。
無口なマツバは目が合うとぐっと親指を立てて無事を喜んでくれ、カレンとナツメはにこにこと手を振る。
「あ、メイさんっ。怖い思いさせた犯人たちはきっちりお仕置きしておいたから安心してね! おかげで新型ポーションの実験になったし一石二鳥ね、やったわ!!」
「いくら悪党とはいえあの一度で一生トラウマになる悪夢のポーションで拷問するなんてやりすぎですよ。見つかる前に帰りますよ」
「失礼ねっ! 今回の”にんにくマシマシラーメンポーション”はたまたま失敗しただけで次はうまくいくわよ!!」
「そういうのをフラグ、つまり大失敗を引き起こす確率を大幅に上げる呪いの言葉だそうですよ」
ぶうぶう文句を言うカレンにユウが冷ややかに言い返す。兄妹仲良く言い合いながら門に向かうと、突然険しい顔をした男たちが駆け込んできた。牽制されて立ち止まると護衛をかき分けてアイリーンを連れたヘンドリックが現れた。メイカを見つけると憤怒の形相になる。
「貴様っ!! この一年間、男爵家を支援してやった恩を仇で返すとはとんだ女狐めっ!! そこの仲間ともども痛い目に遭いたくなければさっさと盗んだモノを返せ!!」




