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翌日、メイカは伯爵家から付いてきたメイドと一緒に郊外の別邸に移った。
先々代伯爵夫妻が引退後に過ごしていたという家は街に歩いて出かけられる。さらにラッキーなことに数少ない使用人たちも仕事をサボって遊び歩いているメイドも呼ばないと来ない。というか忘れられている。これなら堂々と出かけられそうだ。
念のためにお使いと称してメイドが本邸に遊びに行っている隙に、メイカは地味な服に着替えてこっそり抜け出してギルドに向かった。
ギルドは前世でいう市役所兼仕事の紹介所だ。
家でできる内職も扱っていて、家にいるころはルリと一緒に図書館に行くふりをして刺繍や代筆といった仕事を紹介してもらい、こつこつお金を貯めていた。彼女はメイカの結婚が決まった時に辞めて地方の実家に帰ったが元気にしているだろうか。帰りに手紙を書いて出そう。
カウンターに行くと運良くいつも仕事を紹介してくれていた職員のカレンがいた。結婚したはずのメイカがまたやって来たことに驚いたが、家名を伏せてやんわりと離婚に備えてお金が必要と事情を説明するとうなずく。
「それは大変でしたね。申し訳ないのですが、これまで頼んでいたお仕事は他の方に頼んでいて今は依頼がないんです。でも、ラッキーですよ。ちょうどメイカさんにお願いしたいお仕事があるんです」
にっこり笑ったカレンは求人の紙を差し出した。【あなたのお話を聞かせてください。従業員も募集中】とうたい文句らしきものがそっけなく書かれていて、下の方に”エン”という会社名と連絡先らしき住所が書かれている。これだけでは何だかよくわからない。
「失礼ですが、こちらのエン社はどのような事業を手がけているのですか?」
「ふふっ、そう思いますよね。こちらは私の兄が経営している出版社なんです。王都内のニュースや生活情報をまとめたムスビという雑誌を作っているんですよ。少し前から、読者の方々からお寄せいただいた体験談や面白いお話も載せ始めたんですが、これが想像以上に好評だそうで。忙しくなったので人を募集しているんです」
雑誌の名前には聞き覚えがある。毎日遊び歩いている妹いわく、平民向けの王都の流行りのお店やイベント情報、ライフハックなどを載せているらしい。
雑誌の体験談というと読者のお便りコーナー的なコラム的なものなのだろうか。いろんな人の話が聞けるし、タメになる話が載っていて面白いのよね。
「それは面白そうですね。どんなお話を載せているんですか?」
「そうですねえ。人気のものだと、今年でめでたく70歳の誕生日を迎えられたとある貴族夫人の健康と美容の秘訣や、とある名家で長年庭師を務めていた方が教えるガーデニングのコツ、あとは某グルメなお貴族様の元専属シェフさんのまかないレシピ集のようなものですね。どれもわかりやすいし勉強になるって人気なんですよ」
「何それめちゃくちゃ面白そう!!」
つい素で返事をしてしまうとカレンはくすくす笑う。
「そうそう、そういう風に共感してくれる方を求めているんですよ! メイカさんは字がとてもきれいですしセンスも良いですもの。ぜひその特技を活かして働いてみませんか? 兄はちょっと変わっているんですけれど、こんなに興味をもってくれるメイカさんが来てくれたら身内としてとっっってもうれしいですわ!」
「そ、そうなんですか。精いっぱいがんばりますので、お願いします!」
押しの強さにちょっぴり怖くなるも、少しでも早く働きたいし今まで良い仕事をまわしてくれていたカレンの紹介なのだから大丈夫だろう、たぶん。うなずくとカレンはにっこりと笑う。
「ふふふふふっ、ありがとうございますっ。じゃあ、兄に連絡しておきますね。
あ、そうそう。せっかくですし、メイカさんも何かお話を書いて持ち込んでみたらどうでしょう? うまくいけば追加ボーナスゲットですよっ」
「おおう、それはとても夢がありますね。でも、さっきカレンさんが話していたようなその道を極めた方々のようなすごいお話を書くというとちょっと……」
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ! さっきのものは書籍化したもので、いつもは読者の方が身近に感じられてくすっと笑えたり、ちょっとした勉強になるようなほのぼのしたお話を載せているんです。
例えば、商人の方が旅した時に書いた絵日記や、たくさんの動物たちと暮らしている方の生活ぶりのような少し変わった生活を送っている方の日常のお話とか。あとは、何かを始めたい方向けのちょっとしたアドバイスや基本の知識を連載するといったこともありますよ。
今、街中ではそういった話を読むと自分の知らない生活を知ることができて面白いし、自分だけで空いた時間に勉強できて良いって人気なんですよ」
「へええ、それは面白そうですね」
自分の日常生活や知識を書いたブログやエッセイ、豆知識コラムのようなものだろうか。文章は仕事の書類や趣味のSNSぐらいしか書いたことがないけれど、そこまで応援してもらえるとやってみたくなる。
「メイカさんならきっと良いお話ができますよ! がんばってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
張り切ったメイカは電話で訪問の約束をとりつけてくれたカレンにお礼を言ってギルドを後にした。
家に帰って友人のルリに手紙を書き上げてさっそくアイデアを考えるもどうにもまとまらず形にならない。
「う~ん、どういったものが良いんだろう?」
気分転換に図書館で借りたおすすめされた本を手に取る。
”旅の手記”は旅先の土地のことや体験したことをかわいらしいイラストと一緒に紹介していて行ってみたくなる。”私ともふもふな家族たちとの暮らし”はいろんな動物たちとのにぎやかな生活を感情豊かに書いていて、くすっと笑いながら基本的なお世話の仕方を学べる。
”カフェまねきねこの日々”は主人公が経営するカフェが舞台のほのぼのした物語で、店主がお客さんにすすめるコーヒーや紅茶、ハーブティーの種類やおいしいスイーツのレシピが学べる。
どれも面白くてついつい夢中で読んでしまうが、平凡な人生を送ってきたメイカにはこんなに面白い体験談はないし創作力もない。
「ううむ、どれも目のつけどころも文章もプロだわ……」
頭を抱えるとふと目に留まって借りた本が目に入る。
”かわいいあみぐるみの作り方”という手芸の本だった。初めて作る人向けに道具の揃え方から作り方までかわいいイラスト付きでわかりやすく書いてある。そういえば、あみぐるみは少し前にブームになって自分も製作キットを買って作ったんだった。
「あみぐるみかあ。そういえばまねきねこって名前があるんだし、私の他にも日本から転生した人がいて、あっちで流行っていたものを流行らせていたりして」
そういえば、実家にいた頃にルリと一緒に珍しい物を扱っていると評判のカフェに行ったことがある。分厚い生地に真っ黒なクリームを挟んだ魚の形をしたホットケーキのようなスイーツを食べて、お土産に人気だという紫陽花の絵が描かれたガラスでできた大きな鈴を買った。今考えるとあれはあんこがたっぷり詰まったたい焼きと風鈴だったのだろう。
あっちで流行っていたものの体験談ならなんとか書けそうだ。筋トレが趣味の友人に教わった簡単筋トレ&ダイエット法や手先の器用な同僚に教わった手ぬぐい包みはどうだろう。あと、母の自慢の漬けものレシピとか……。
方向性が決まるとアイデアが浮かんできた。急いでメモして絞る。
それからは毎日自室にこもってせっせと手を動かし何とか文章を完成させた。そして、約束の日。メイカは一番良い服を着て気合を入れて出かけた。




