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「ごきげんよう、アディンゼル伯爵。僕はメイカさんの友人で、ユウと申します。命の危機に瀕している彼女に魔道具で助けを求められ、いささか強引な手段でしたがこの屋敷に立ち入らせていただきました。
さて、先ほどから聞いているとあなたとメイカさんの言い分はだいぶ食い違っているようですね。このままでは埒が明かないし、わざわざ貴重な時間を割いてまでここまでやって来た伯爵も大事なモノが戻らないとさぞお困りでしょう。
どうでしょう。実は僕がメイカさんに渡した連絡魔道具は録音機能がついていましてね。もしかしたら、犯人たちの声が入っているかもしれませんよ。良かったら一緒に聞いてみませんか」
「何だ、貴様はっ。それに魔道具で録音だとっ!? まさか、その女を使って以前から我が家のことを探っていたのかっ!?」
「まさか。魔道具が起動しなければ録音も動きませんよ。それに、そこの女性の命令で嫌がらせをしている使用人たちのせいでメイカさんは部屋から出ることもままならないと、彼女の世話を頼んだ母付きのメイドが証言しています。仮に起動しても伯爵家の使用人たちの嫌味ぐらいしか録音されていないでしょう。
とはいえ、もし録音があれば。アディンゼル伯爵家には伯爵の好意で住んでいる平民女性を妻と呼び、正式な契約を結んで結婚した貴族の妻をいびる躾の行き届いた使用人たちがいるという証拠にはなると思いますが」
カレンが「兄さん、メイさんが意地悪されるからって心配して母様に頼んで信頼できる子を送り込んだのよ」と耳打ちしてくる。あの親切なメイドはユウとカレンの家の人だったらしい、本当にありがたい。
ん? でも、アディンゼル伯爵家にメイドを送り込めるなんてユウさんたちはもしかして貴族、それも高位の家の人?
目が合うとユウはメイカににっこり笑いかけて魔道具を出すように言う。受け取ると今にも飛びかかって来そうな凶悪な顔をしたヘンドリックの目の前で挑発するようにゆらゆら動かした。
「それがどうした、アイリは私の最愛で、その誠実な人柄と働きぶりから使用人たちにも慕われているということだ。名ばかりの妻であるそこの女への態度に差が出ても仕方がないだろう」
「そうですね。今、アディンゼル伯爵と彼が先代に睨まれても手元に囲う平民女性との熱愛、そして結婚したきり一度も姿を現さない正妻の話は、社交界の好奇心旺盛な人々の関心を集めていますからね。
正妻のメイカさんが先ほどからあなたに言っているとおりの話を彼らにしたら。さぞ盛り上がるでしょうね?」
「……っ、貴様っ。まさか平民の分際でこの私を脅しているのかっ!? 私が温情をかけてやっているから無事でいるものの、騎士団に引き渡して拷問にかけることもできるのだぞ!?」
ヘンドリックの脅しにユウはこんな時だというのにふわりと笑った。
「そうしたければどうぞお好きに。でも、あなたはできない。だから、最愛の女性との結婚を宣言する大事な準備があるにも拘わらずわざわざこんなところに出向いて、さっきから無駄な時間を過ごしているのでしょう。
……そう、アイリーンさんとおっしゃいましたか。あなたもそう思うでしょう。なぜ伯爵はあなた方の人生で一番大事な日が控えているにも拘わらずわざわざ自らメイカさんを捕まえにこんなところにまで来て、延々としょうもない話をしているのだろうかと。さっさと捕まえて盗んだモノを取り返せばいいのに、と」
「そ、それは……。ヘンリーは優しいから、私たちの思い出の日に手荒なことをしたくなくて……」
ユウに微笑みを向けられたアイリーンは戸惑ったように目を泳がせる。ヘンドリックがアイリーンを庇って前に出るが、ユウはアイリーンがいるところをじっと見つめたまま穏やかに話し出す。
「仮にそうだとしても、なくしたモノの名前も特徴も言えないのは不自然ですね。まあ、僕は今までの話から見当がついていますが、どうやらその様子だとあなたは本当に知らないようだ。
夫が最愛の妻よりもただの盗人を優先したあげく、盗まれたモノの名前も教えてくれないとは。なんとも気の毒ですね」
「……何よっ。どこまでも私たちの邪魔をする盗人のくせにっ、もったいぶらないではっきり言いなさいよ!」
ユウの挑発にアイリーンは顔を真っ赤にして飛び出してくる。ヘンドリックは慌てて「やめるんだっ」と止めるが、アイリーンや一緒に来た使用人たちに不審の目を向けられて青ざめる。
ユウは彼らをゆったりと見回すと優雅に微笑んだ。
「アディンゼル伯爵、あなたが探しているのは紋章指輪ですね」
「え!? 紋章指輪!? 嘘でしょ!?」
まるで犯人を告げる探偵のようなユウの朗らかな声とは裏腹にヘンドリックの顔色がどす黒くなる。メイカも思わず小さく悲鳴を上げてしまった。カレンは察していたのか平然としているがマツバとナツメは顔をしかめる。
紋章指輪は家を興した際に国王陛下から授かる家紋が彫られた指輪だ。貴族家の当主が代々受け継ぐ当主の証で、いわば貴族家の象徴だ。ぞんざいな扱いをすることはもちろん、行方不明になったなどと知られればその当主と家の名誉は地に堕ちる。過去には爵位の降格や家のとり潰しなんてこともあったぐらいだ。
貴族ならば教育を始める際に最初に教わることだが、使用人たちは何も知らないのか戸惑った顔をしている。アイリーンだけは何かを察したのか青ざめた顔をして、立ち尽くすヘンドリックにしがみつく。
ユウは2人をひたりと見据えて容赦なく続ける。
「知らない方のために説明しますと、紋章指輪とは代々貴族家の当主に受け継がれる家紋が刻まれた指輪で、国王陛下からこの貴族家と当主が存在すると認められているという証です。一言でまとめると貴族家の命です。
普段から当主が厳重に管理するのはもちろんですが。それ以前に、貴族であれば誰でも”紋章指輪は国王陛下から貴族だと認められた証であり、何よりも大事に扱うこと”を叩きこまれます。
ですので、普段自分が暮らしている屋敷内から紋章指輪が盗まれたなどと知れ渡れば。その当主と一家、そんなずさんな当主を選んだ一族の名誉は地に堕ちます。ちなみに、当主は良くて貴族籍の剥奪と永久蟄居、悪くて国王陛下への償いとして密かに当主と一族の代表者たちが毒殺ですかね。
もちろん、盗んだ犯人も同罪です。むしろ、貴族家の名誉を汚したとしてよりむごい罰を与えられるかもしれませんね」
わ~、ユウさんがめちゃくちゃうれしそうに脅している。まあ、うちのちゃらんぽらんな父親もあれだけは自分と信頼する執事しか開けられない金庫に何重にも鍵をかけてしまっていたから。誰が盗んだにせよ、アディンゼル伯爵家の管理は相当いい加減なんだろうな。自業自得ってやつだね。
「ユウさんめちゃくちゃ楽しそうですね」
「ホントね~。この一ヶ月機嫌が悪かったからストレス発散かもね~」
「兄さん最近探偵ものにハマっているのよ。あのポーズもこっそり練習していたんじゃないかしら」
「……でも、犯人にとっては効果は抜群のようだ」
皆とこそこそ話しあっているとマツバが重々しくうなずく。彼の言葉通りアイリーンの顔色は真っ青だ。ユウはすかさず追いつめる。
「さて、もう一度言いますが紋章指輪のことは貴族ならば誰でも知っています。もちろんメイカさんも男爵令嬢としてその重要さを知っています。
それに何よりもメイカさんはアディンゼル伯爵と離婚を望み魔術誓約紙まで書いているのですから。そんな今すぐにでも捨てたい夫をどこまでも呼び寄せる呪いの品をわざわざ盗んで逃げるなんてありえません。そんなことをするぐらいならば、アディンゼル伯爵家の醜聞を使って脅した方がよっぽど簡単で効果的ですしね。
ただまあ、メイカさんは優しくて誠実な方ですからね。一年間、受けた恩を返すためにきっちり務めを果たすことを選んだのですよ」
ユウは悔し気に震えるヘンドリックをこき下ろすと、メイカに微笑んでアイリーンを冷ややかに見つめた。
「アイリーンさん。正妻のメイカさんが離婚されることを恨んでアディンゼル伯爵を脅すために伯爵家にとって大事な物を盗んで失踪したという計画が上手くいけば。一番メリットを得られるのは伯爵が結婚を望んで一応は周りに根回しているあなただ。
結婚に反対する先代伯爵たちの印象を良くするために、程よい頃合いにメイカさんの逃げた場所に心当たりがあるとでも言って紋章指輪を見つけたふりをすれば尚更です。
しかし、あなたもあなたに協力した使用人たちも紋章指輪の貴族にとっての重みを知らなかったのは致命的なミスでしたね。まあ、一番悪いのは誰でも盗めるようなずさんな管理をしていた伯爵ですが」
「……っ。大方、そこの女にそそのかされた使用人たちが手を出したんだろう!」
「ええ、そうですね。僕たちがメイカさんに会いに来たと言ったとたんにいきなり襲いかかってきましたし、犯人だと断定して良いでしょう。この魔道具の録音を試しに聞いてみるのも良いですが。これ以上は時間ももったいないですし、よろしければ自白をさせましょうか?」
「はいは~い! 私のこの特製”うるしポーション”を塗れば、あら不思議! どんな悪党でも涙を流しながら喜んで自白しま~す!! どうです、やりません? 今なら在庫余ってますよ?」
「ああ、好きにするがいい!! あれさえ返ってくればもういいっ」
ユウが軽蔑のまなざしをヘンドリックに向けカレンが嬉々として話にのっかると、彼はやけになったように叫んでアイリーンにちらりと目を向ける。
その無言の疑いを感じとったのか。それともメイカを陥れてまで結婚を望む夫に恥をかかせたことを悔いているのか。アイリーンはヘンドリックから目をそらしてユウをまっすぐ睨み返すと、まるで探偵に自白する犯人のようにずかずかと進み出た。
「……ええ、全部あなたの言う通りよ!! 私がそこに倒れている彼らを脅して結婚に邪魔な奥様とアディンゼル伯爵家が何よりも大事にしている紋章指輪を盗ませたの! そして、適当なタイミングで見つけたフリをして、みっともなくうろたえるヘンリーの両親たちに恩を売ってやるつもりだった!
そうよっ、全部私がやったのよ!! ふんっ、あの2人のまぬけ面を見られなかったのは残念だけれど。いつもヘンリーよりも偉い先代様とやらの威光を振りかざして威張り散らす連中のまぬけ顔を見られたのはスカッとしたわ!! ざまあみなさい!! あーはっはっはっ」




