氷底に広がる海
木星の第二衛星エウロパは表層の氷の下に広大な海を持つという。
果たして、そこには生命なるものが存在しているのだろうか?
生命。
水中に湧き出る炭素化合物が集まり、生命なるものが生まれる。
偶然に頼るのであれば、その確率は極めて低いだろう。
しかし、宇宙は広大である。
揺れ動く海の中では、日夜、数えきれないほどの化学反応が生じている。
それは、奇跡なのか?
それとも、必然なのか?
そこは、凍てつく氷の世界。
地球から、太陽系の外郭へと向かえば、冷たく暗い空間に変貌していく。
木星第二衛星エウロパ。
今回は、この衛星に立ち寄ってみたいと思う。
ほとんど大気のないマイナス150℃以下の氷の世界。
南極など足元にも及ばないような極寒の地は、生命の存在自体を拒絶しているかのようにも見える。
凍てついた荒地から暗い空を見上げれば、巨大な木星(直径が月の約22倍)が見える。
その向こうには、闇の中に輝く小さな太陽と第一衛星イオの姿もある。
時間と共に、太陽とイオは動いていくが、木星は動くこともなく、常に、巨大な姿を晒している。
この極寒の地では、当然の如く、地表に生命などいない。
とても、静かな世界である。
しかし、この星は生きている。
数日単位でゆっくりと、地表の氷は揺れ動く。
何もない氷の世界。
脈動も循環もなさそうな沈黙の世界。
でも、凍てつく大地は動くのだ。
そして、ある日、突然、割れ目が走る。
氷が割れ、谷が生じ、再び、せり上がり、表面の氷は姿を変えていく。
火星と木星の間には、スノーライン(雪限界)というものがある。
太陽から遠く離れてしまえば、当然、太陽光による熱も少なくなり、水は液体ではなく氷になる。
スノーラインというのは、惑星が完成する以前の太陽系において、ここより外側では、水は氷になってしまうという限界点である。
地球のひとつ外側を周回する火星までが、このスノーラインの内側にあり、岩石を主成分とする岩石型の惑星である。
そのひとつ外側にある太陽系最大の惑星が木星。
スノーラインの外側では、水が氷になるだけでなく、メタンやアンモニアも固体化するため、惑星を生成する固体材料が豊富にある。それが故に、地球などの岩石型惑星よりも質量の大きな核が形成され、強い重力により周囲にある大量の水素やヘリウムガスを取り込むことができるようになる。
スノーラインの内側だと、核を構成する材料は岩石や金属しかなく、宇宙では少量の物質であるために、木星のような大きな惑星は生成されにくいという理屈である。
即ち、スノーラインの外側では、地球とは全く違ったタイプの惑星ができるということである。
木星はゼウスまたはジュピターとも呼ばれている。全知全能の神様の名である。
そのゼウスの恋人が、イオ、エウロパ、ガニメデだ。
木星の一番近くを回る衛星がイオ、次がエウロパ、そして、三つ目が太陽系最大の衛星がガニメデだ。
(極小さな衛星は除く)
イオは巫女だったそうだが、ゼウスに愛されたために、ゼウスの妻ヘラの嫉妬を買い、酷い目に合った女性である。
ヘラのつかわした虻に追い回され、世界中を放浪した挙句、最後はエジプトでゼウスの子供を産む。
第一衛星イオは、木星の強力な重力と、外側を回るエウロパとガニメデの重力により、歪み。その歪みによる発熱(潮汐加熱)によって、多数の火山を持つ星である。
木星のあたりは、いわば氷の世界。当然、イオの表面も氷で覆われているのだが、その分厚い氷を突き破り、火を噴く火山が存在する。
太陽系の星の中でも、最も活発な火山を有する衛星である。
想像するだけで壮絶な世界である。
更には、強烈な放射線に晒され、木星の重力干渉によって磁場も激しく乱れているような場所らしく、生命体が存在する可能性はかなり薄そうである。
まるで、イオの壮絶な人生を物語るような過酷な世界である。
第二衛星のエウロパ。
エウロパはフェニキアの王女で、ゼウスに愛されて、クレタ島で子供を産むことになる。なぜ、クレタ島に連れて行ったかと言えば、妻のヘラに見つからないようにするためである。
イオのようにならないようにと考慮したのかもしれないが、ゼウスとは、なかなかの女好きのヘタレ男である。
木星には、100個以上の衛星が発見されているが、大きな衛星はイオ、エウロパ、ガニメデとカリストの4個である。地球に対する月のようなもので、大きさも月とそうは変わらない。
4つの衛星は、常に同じ面を木星に向けている(潮汐固定)。月が地球に同一面を向けているのと同じ現象である。
潮汐固定というのは、惑星の重力が強く、自転が公転に固定されてしまっている状態である。木星に支配されているというイメージだろうか。
分厚い氷で覆われた衛星エウロパであるが、最も興味深いのは、その氷の遥か下である。
氷の下には、海があると言われている。
潮汐加熱により温められ、氷が解けてできた巨大な地下の海。
そこは、凍てつく表層とは、まるで別世界のはずである。
闇に閉ざされた地下深くに存在する広大な海、そこには何が隠されているのだろう?
カリスト以外の3つの衛星が木星を公転する周期は起動共鳴している。
エウロパが木星の周りを1周する間に、イオは2周する。ガニメデが1周する間に、エウロパは2周(イオは4周)する。三つの衛星は、1:2:4の比率で規則正しく公転しているのだ。
要するに、決まったリズムでお互いに近づくことにより、少しだけ揺れ動き、公転軌道が真円から僅かにずれる。
この僅かな揺れが、エウロパの内部を歪ませるエネルギーを生み出し、大きな潮汐加熱が生じるという仕掛けである。(イオも同様)
そして、表面の分厚い氷を割る程のエネルギーとなり、内部の氷が解けて海ができる。
さてさて、説明はこのくらいにして、いよいよ氷の下の海に行ってみよう。
氷を突き破り、何万メートルも下った先に、海がある。太陽光も届かない深海のように暗い海である。
この地底にある海は、エウロパ全体に広がっているようで、深さも地球の海よりも深いらしい。
エウロパ自体は月程度の小さな星であるが、海の体積は地球をも凌駕しているに違いない。
そこに、炭素はあるのだろうか?
酸素はあるのだろうか?
エウロパの重力では、気体化した炭素や酸素は保持できないだろうが、低温度のため液体化、もしくは固体化した分子であれば取り込めるはずである。
そういったものが海の中にあるという確証はないが、あっても不思議ではない。
生命が存在する可能性は十分にある。
エウロパの地下は発熱しており、海中の水温はかなり安定しているはずである。
地表のような氷の世界ではない。
海底から、栄養分が湧き出て、水中を浮遊している可能性もあるだろう。
それを糧として生きるもの。
未だ、エウロパの海を見た者はいない。だから、地底の海の存在も生命の存在も確定することはできない。
でも、きっと、氷の衛星の深くには海があり、そこには、生命なるものがいるのではないかと思う。
いるとすれば、地球ではお目にかかれないような不思議な生き物がいるはずである。少なくとも、奇妙な微生物くらいはいそうな気がする。
昔の人々は、夜空を見上げて星を見ても、それがいかなるものなのかを知る術はなかった。
400年余り前に、ガリレオがエウロパを発見した時でも、その表層の状態すら知ることはできなかった。ましてや、地下の海など想像もできなかったであろう。
でも、今は違う。
人類は一歩一歩、未知の世界を明らかにしてきている。
その恩恵を受け、ぼくらはエウロパの海を想像することができる。単なる空想ではなく、仮説レベルでの想像である。
いつしか、エウロパの海に探査機が入り、映像を送ってくれることを期待したい。
初の地球外生命体を見ることができるのは、何百年後になるだろうか?たぶん、それまで生きてはいられないだろうが、それでも探してほしい。
このように、太陽系の中でさえも、地球外生命が存在する可能性がある。
エウロパの他にも、木星の衛星であるガニメデや土星の衛星であるエンケラドゥス、可能性は薄いが、同じく土星の衛星であるタイタン、海王星の衛星トリトン、それから火星などである。
このことから、生命体ということであれば、地球以外の星に存在しないと考える方が不自然である。
ぼくらがいる銀河系だけでも、太陽系のような惑星群が1000億以上あり、宇宙には銀河系のようなものが、1000億(たぶん、あまり正確ではない)あると言われている。
であるなら、生命がいない確率など、ほぼないだろう。
その中に、人類と同じような、もしくは、人類以上の知的生命体がいたとしても不思議ではない。
ただ、それを検証できてはいないので、確定はできない。
過酷な環境にさらされ、氷を突き破る火山を有するイオ。
氷の下に、広大な海を有するエウロパ。
太陽が齎してくれた秩序ある世界は、ぼくらの想像を遥かに超越する営みを今日も続けている。
太陽系の中だけでも、まだまだ、未知でいっぱいである。
夢遥か。
ぼくらの探求は、まだ、始まったばかりなのだ。
急がず、焦らず、着実に、進んでいけばいい。
真実を求めて・・・。




