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夢遥か~物理学など理解できないが、宇宙がどんなものなのかくらいは知っておきたい  作者: 鈴木樹蘭


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猿の惑星現象は起こり得るか?

速度による 時間と空間の短縮。それは、遥か彼方へまでも到達できる可能性を証明すると同時に、時間と空間とは何なのかと言う問いを投げかけてくる。

 ぼくらは時間と空間というものを知っている。

 空間は前後左右、そして、上下に広がり、人は物差しにより、そこに距離という目盛を想定することができる。


 時間は絶え間なく進み、人は時計なるもので、時間経過を正確に記述することができる。また、予測することもできる。


 時間とは川の流れのようなもので、逆行することはなく、覆水は盆に返ることはない。


 前置きはこのくらいにして、少々SFチックな未来の話を始めるとしよう。


 幾千の科学者の血の出るような苦労の末、遂に25光年先の星(織姫星)を目指し、宇宙船は飛び立った。

 「よーし、人類初の快挙を成し遂げるぞ!」

 「命をかけて、この任務を遂行しよう。」


 乗組員達は、大西洋を目指したコロンブスのような決意を胸に、心躍らせて地球を飛び立った。


挿絵(By みてみん)


 幾つもの難題や幾つもの失敗を乗り越えて来た科学者達が冷静な目で、予測通りに航行する宇宙船を見つめる。


 そして、最先端の技術を集約した宇宙船は、未知の宇宙空間に吸い込まれるように消えていった。


 宇宙空間に出た宇宙船は、どんどんと加速していく。

 「ガタガタガタ。」

 「グググググッ。」

 すさまじきGに耐える乗組員達。


 速度は上がり、遂には光速の96%にまで達した。


 すると、どうだろう。

 加速するに従って、宇宙船内の時間経過がどんどんと遅くなっていくように、地球では観測されていた。

 

 現在の理論によれば、速度が上がれば上がるほどに、時間経過は遅くなり、光速に達すれば、時間経過はゼロになることになっている。

 その理論に従い、時間経過が遅くなったのである。


 この時間経過の遅延は、あくまでも、宇宙船の外部、即ち地球から観測した結果として起こる現象である。


 もう少し、具体的に説明すると、

 もし、地球から見て、宇宙船が光速の96%(約28.8万km/秒)で進んでいるなら、地上で1秒経過しても、宇宙船では約0.28秒しか経過しない、という現象である。


 しかし、宇宙船の乗組員から見れば、時間経過が変わったようには見えない。いつもと変わらず、時間が進み、いつもと変わらずに一日が過ぎていく。


 なぜなら、宇宙船内部の時計も、乗組員の脈拍も全部遅くなってしまうのだから、わかりようがない。 もちろん、地球との通信などで、確認すれば、地球での時間経過との差異に気づくかもしれないが、内部ではわかりようがないということだ。


 光速の96%で巡航する宇宙船の内部は、凄まじい加速Gもなくなり、至って静かな空間となっていた。乗組員達はソファに座り、凄い速度で遠ざかる窓の外の地球を眺めながらくつろげるくらいの状態である。


 光速の96%で進む宇宙船(加速と減速に費やした時間などは無視する)であるなら、25光年先の織姫星に辿り着くのに、地球時間で、25光年/0.96=約26年かかることになる。

 ただし、宇宙船が織姫星に到着して、すぐに、知らせを送っても、地球に届くのは、そこから25年の後である。

 まあ、確認方法については置いておくとして、何しろ地球の時計で見れば、26年後に到着する計算である。


 この時、宇宙船の時計ではどうなるのだろう?

 26年×0.28=約7.28年。

 地球の1秒が宇宙船内では0.28秒であるなら、地球の26年は宇宙船内での約7.28年ということになる。


 「待ってください!」


 織姫星までの距離は、確か、25光年(光速で25年の距離だったはず?)。

 7.28年で到着するということは、光速を越えた?


 ここで、登場するのが、進行方向の距離は、速度によって縮むってやつだ。


 なんじゃそれって、思うかもしれないが、もう、常識は捨てるしかない。

 この縮小率は時間経過の遅れと同じ比率である。

 25光年の距離は、25光年×0.28=約7光年に縮む。

 従って、宇宙船の速度を計算すると、7光年/7.28年=約0.96光=光速の96% ということになる。

 これなら、光速を越えていないし、地球時間での速度とも一致する。

 そう、速度は変わらずに、時間と空間の方が変化するということなのだ。


 ここで、注目してほしいのは、地球での経過時間が26年なのに対し、宇宙船の乗組員の経過時間が7.28年であること。

 それは、25光年先の星に行くのに、乗組員は7.28年で行けるということを意味している。

 これは、かなり重要なことで、光速を越えなくても、それに近い速度が出せるなら、遥か彼方までも行けるという朗報である。


 帰りも同じことをして、地球に帰還したとすれば、地球の時間では、26年×2=52年の時間が経過し、宇宙船の乗組員の時計では、7.28年×2=14.56年しか経過しないこととなる。

 地球に住む人は52歳年齢が進むが、宇宙船の乗組員は14.56歳しか年齢が進まないという結果である。

 

 猿の惑星という古い映画ある。

 宇宙船で旅していると、トラブルが発生し、猿の惑星に着陸してしまうというお話だ。


 着陸したのは猿が支配している惑星だった。

 もう少し、詳しく言うと、高い知能を持つ猿が支配し、頭の悪い人間は動物のように扱われていた。

 主人公の男は、もちろん、人類としての高い知能を有していたが、猿達から見れば低能な人。まあ、酷い目に合ったり、苦労したりするわけである。

 そんなドラマの最後に、主人公が見たものは、埋没しかけた自由の女神像。


 そこは、遥か未来の地球だったというオチである。(ネタばれでごめんなさい。)


 先に記したように、もし、光速近くで運航できるのであれば、猿の惑星現象、浦島太郎現象は起こり得るということである。


 しかし、ここに大きな論理的な落とし穴がある。


 もし、速度によって、時間経過と空間(進行方向の距離)が短縮するなら、宇宙船から見れば、地球は凄い速度で遠ざかっており、宇宙船の時間経過に対して、地球の時間経過も遅くならなければいけなくなってしまう。


 これを双子のパラドックスというのだが、これに対する詳細な論理説明はかなり複雑なものとなってしまうので、割愛したい。興味のある方は、自分で調べていただければよいかと思う。

 概要だけ記述するなら、加速により時間の同時性が崩れるということが大きく影響しているようだ。


 前述のような例であるなら、加速した方の時間が遅れ、進行方向の距離が短縮するという理解でも十分かと思う。地球上にいる人は加速しておらず、宇宙船の方は明らかに加速している。これは、宇宙船に乗っている人が強力な加速Gを味わっているので明らかにわかる。

 少々不完全な説明かもしれないが、とりあえずは、こんなところで納得してほしい。


 イメージ的には、下記のようなものと理解している。

 

 地球を含む3次元の時空間を無理やり2次元平面(XY)にしたとして、その平面に対して、上方向と下方向、即ちZ軸方向に、無数の時空間の層が重なっているとしよう。


 加速する宇宙船は、地球を含む時空間平面から地下に潜っていく(時間と空間が異なる時空間に移動していく)というようなイメージである。加速をやめれば、同じ深さで進み、進行方向に加速すれば、更に深く潜っていく。減速すれば、浅いところに戻ってくるという感じである。

 深く潜れば潜るほどに、時間経過と距離が短縮するというモデルだと理解してほしい。

 要するに、Z軸方向は、時空間の歪具合を表す。


 地球を出発した宇宙船は加速を続け、深く潜っていく、そして、25光年先の織姫星に近づき、減速して、元の時空間に戻る。

 そして、逆方向に同じことをして、地球に戻って来た。


 こんな感じで理解すると良いのではないかと思う。


 地球での時間経過と火星での時間経過は同じではない。もちろん、太陽の表面も同じではない。同じ太陽系なので、大きな差はないが、微妙には異なり、同じ平面ではなくZ軸方向に僅かにずれているということになる。

(今までの話は、地球の表面を基準としているのは言うまでもない。)


 速度により、時間が遅れ、進行方向の距離が短縮する。

 重要なのは、時間の流れや、空間距離は、その地点の状況によって異なるわけで、一定ではないというところだ。


 ぼくらは、速度というものを考える時、距離と時間というものをイメージする。

 距離の軸(空間軸)と時間軸は独立した基軸であり、時間と進んだ距離の関係により速度が決まるという概念である。

 

 しかし、宇宙での概念だと、速度と重力により時間経過と空間距離は変化してしまう。しかも、時間と空間は独立したファクタではない。だから、X軸、Y軸に時間と空間を単純に当てはめることはできない。


 時間経過と空間距離が変動するものであるということは、ぼくらが観測した距離も時間も絶対的なものではないということである。宇宙に基準点などないので、全ては相対的な値として捉えるしかない。要するに、どこかに仮想的な基準点を設けて論じるしかないのだ。


 これは、とても重要な事で、もし、何らかの要因で、地球というか、銀河系自体の時間経過や空間距離が変化していてもわからないということである。

 少なくとも、確実に比較分析できる対象がなければ、変化してもわからないのだ。

 

 宇宙を測定する際、時間も空間距離も、地上を基準とした値である。この測定値を確定値とするためには、地上の時間と空間距離は普遍でなければならない。でも、その保証などありはしない。

 ぼくらの物差しの長さや、時計の進みが変化してしまう可能性がある以上、対象物が変化しなくても変化したように見えてしまう可能性があるということだ。


 だから、ある星雲まで距離が遠くなったとしても、本当に遠くなったのか、それとも、ぼくらの物差しが縮んだのか、区別することはできない。


 宇宙とは、そのようなとんでもない時空間なのだ。


 ぼくらは、いつしか、地平線の向こうを見ることができるかもしれない。

 時間と空間の収縮は、その可能性を示している。

 しかし、時間と空間の収縮が意味することは、それだけではない。

 ぼくらの存在する宇宙。

 その宇宙を形成する空間と時間という概念、そのものを揺るがすような事実なのだ。

 また、それは、この空間と時間が存在する原理を説明するものでもある。


 地平線の向こう側。

 そこにあるものは、一体何なのだろうか?

 答えは、もしかしたら、掌の中にあるかもしれないが、ぼくらは、それを探し求めなければいけないのだ。

 

 夢遥か。

 夢は永遠に終わらない。



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