氷の火山
宇宙空間。
少なくとも、ぼくらにとって、宇宙空間はとてつもなく広いものだ。
生まれてから死ぬまで、ずっと地上だけを見て暮らすのも悪いことではない。
でも、空の向こうに何かがあるならば、そこに手を伸ばしてみるのも悪くはないだろう。
嘗て、地球を飛び立った探査船は、太陽系の外まで到達している。少年のような心で、その軌跡を追うのも一興ではないかと思う。
地球→火星→木星→土星→天王星。
今回は、更に、その先にある星の話である。
第8惑星海王星の衛星であるトリトン。
地表は超極寒の世界。
凍てつく世界では、窒素すら凍り付いている。
空にはブルーに光る海王星の姿が見える。
そのバックは、黒い空。
太陽は果てしなく遠い。
どこまでも続く氷の大地、そこには、もちろん、誰もいない。
風は吹いているが、大気は薄く、ほとんど感じることもない。
ただ、一面に広がる氷でできた荒野のみである。
静寂と沈黙の世界は、一見、死の世界を連想させる。
しかし・・・・。
動くはずもない氷が動き始め、分厚い氷に割れ目が走ったかと思うと、次の瞬間、水蒸気のような噴煙が氷の礫をまき散らしながら、空高く吹き上がっていった。
まるで、火山が爆発したような噴煙と、バラバラと降り注ぐ砕氷。
その光景こそが、この衛星の営みであり、星が生きている証拠でもある。
地球と太陽の距離の約1.5倍の軌道を火星は公転している。
その外側を周回する木星と太陽の距離は、地球と太陽の約5倍、火星と比べても3倍以上離れている。
その木星の遥か彼方、蒼き輝きを放つ、第8惑星 海王星。
太陽からの距離は、地球の30倍。光でも4時間あまり要する距離である。
公転周期は約165年であるが、公転速度は地球よりも速い。
直径は地球の約4倍、体積は約60倍、質量は約17倍の堂々たる星である。
先に記したエウロパよりも、ずっと太陽から離れており、表面温度は約-200℃という超低温である。
太陽光も僅か。
公転軌道も果てしないほどに長く、無に近い空間に浮かぶ孤高の惑星と言って良いだろう。その名の通り、王たる名に相応しい惑星である。
海の王、ギリシャ神話ではポセイドン。
海王星の先にも、冥王星などの準惑星は存在しているが、太陽系の惑星としては最果てに位置するのが海王星である。
その海王星を周回する衛星がトリトンである。
ギリシャ神話では、ポセイドンの息子ということになっている。
月より少し小さなトリトンの表面は、当然のように冷たく約-230℃と、これも超低温だ。
しかし、だいぶ前に、ボイジャーというアメリカの探査船が近づいた際に、8000m上空まで吹き上がる噴煙が確認されている。
表層は分厚い氷に覆われているはずなのに、それを突き破って吹き上がる噴煙である。本当に、宇宙というのは壮大であり、何が起こるか、わからない。
「いやあ、見てみたい。」
この氷の火山と言われるメカニズムは、表層の凍り付いた窒素を透過した太陽光が地下を温めることにより、凍り付いた内部の窒素が溶けて、更には気化することにより、内圧力が高まり、氷の割れ目から吹き上がるという現象らしい。
太陽系の星でも極寒中の極寒と言えるトリトンの表層で、誰にも見られることもなく、このような活動が繰り返されているのだ。
おそらく、何千万年というオーダで続いているのであろう。
この無為とも思える脈動に対し、何のために、などという問いは野暮というもの。
太陽系の最果てで、衛星トリトンは、確かに生きている。
そして、人類は、その営みを目撃した。
この脈動が、何に繋がるのかは知れないが、とても引き付けられるものがある。
億なる活動が無駄となっても、ひとつの前進があればいい。宇宙とは、そういうものであり、そういう論理の結果、地球も生成されたのである。
おそらく、人類だって同じなのだ。
幾億の無駄の中から、未来につながる何かが生まれる。
ひとつひとつの意味など問う必要などない。
ひとつひとつ、全てのものが均等に尊いものなのだ。
地上で争い、先を競って金を稼ぐ奴らにはわからないだろう。
人間の欲望が、どこに向かうのかは知らないが、そんな地上の出来事などとは関係なしに、宇宙は動き続けている。
何かに向かって、ずっと動き続けている。
人なるものは、それに抗うことはできない。
このトリトンという衛星には、もうひとつ興味深い点がある。
太陽系の中では珍しく、トリトンは海王星の自転とは逆方向に公転している。
もし、海王星の周回軌道上で形成された衛星であるなら、海王星の自転と同じ方向に公転するはずである。
太陽の自転方向と、太陽系の全惑星の公転方向が同じであるように、そうなっていなければ説明ができない。
トリトンは海王星の軌道上で生成された衛星ではなく、近い軌道を周回していた準惑星が、海王星の重力に掴まってしまったものと考えられる。
また、トリトンは次第に海王星に近づいており、いずれは海王星に取り込まれてしまう可能性が高い。
海王星の重力に抗い公転し続けているトリトンではあるが、海王星の重力の方が強いのである。
このまま行けば、トリトンは海王星に近づいて、いずれ、海王星の重力で砕け散ってしまうことになるだろう。
愚かな人とは違い、宇宙は原理に従い淡々と活動するものである。正義などというものに囚われることもなければ、救いの手を差し伸べてくれることもない。
時には容赦のない天災を齎すものである。
それが、宇宙の原理というものなのだ。
もし、同じように月が地球に近づき砕け散った場合、月は消滅してしまうだろう。でも、地球の方もただでは済まないはずだ。
砕けた破片の一部は、小さな衛星や石となり地球を周回するするかもしれないが、当然、地球に落下するものも多数あるに違いない。
月の直径は3500km近くもあるのだから、直径100km級の破片が落ちてきても不思議ではない。そうなれば、地球史上最大の災害となり、おそらく、生命体のほとんどは死滅するだろう。
壊れるほうだけではなく、壊す方も甚大な被害を受けるということだ。
もし、トリトンが崩壊しても、海王星が壊れることはない。でも、惑星としての様相が変化する可能性は十分にある。そのようにして、宇宙は少しずつ、時にはダイナミックに変わっていくものなのだ。
しかし、今は、地球もトリトンも平和な時である。
衛星トリトンの表層に立てば、青く美しい海王星が見えるはずである。
穏やかな時、それは太陽がくれた安寧である。
しかし、それは永遠に続くものではない。
時の流れと共に、全ては変わっていく。
生と死の蓄積が、大いなる変化を生み、壮大なるドラマが生まれる。
宇宙に作られしものであるなら、それに従うしかない。
今は、氷の衛星トリトンに立ち、沈黙する青く美しい海王星を眺める夢でも見るのが良いだろう。
このひと時、この景色、この時間、それは、今しかないのだから・・・。




