1-7 気づき
俺はさっきまで居たキシリの言葉について考えていた。
「出来損ない?」
ただ言われた言葉を口にしてみる。俺は出来損ないだ。
「なぜ出来損ないなのか? 魔法が使えないからだ……」
この国では魔法が使えないと偉くなれない。だから貴族である我が家にいられないと俺は思った。両親もそのことで悩んでいた。
「…悩んでいた?」
なぜ悩んでいた? こんなガキのために何を悩むというんだ。この魔法が使えない出来損ないを……。
「いや、待て。……俺は『出来損ない』? そんな風に俺を呼んだ奴はいただろうか?」
俺の言葉に誰も返事はしない。ただいつものように静寂が広がるだけだが、俺はかまわずに言葉を口にする。
「……俺か。俺が自分でそう決め付けたんだ」
母たちを前に自分を出来損ないと呼んだ。俺を嫌っているあのマリアンですら俺を出来損ないとは言わなかった。まぁ失敗と揶揄してはいたが……。
両親はそんなことを言ってはいなかった。つまり卑屈になっていたのは俺自身だ。
「他に俺を出来損ないと呼んだのは師匠だけだな…。いや、あの言い方だとあえてそう呼んだんだろうな」
キシリは母からの手紙を読んでいた。きっと俺が自分のことを出来損ないと言っていることが書かれていたんだろう。
師匠からすれば、仮にも孫なんだ。好んでそんな呼び方をすることはないだろう。それにそんな卑屈な人間の顔など、さぞや陰険に映っただろう。
「ん…、待てよ。母上はどうなんだ? 自分のことを出来損ないと言う息子をどんな気持ちで見ていたんだろう」
俺は門で別れる時のミランダの顔を思い出す…。あれは別れを惜しむ母の顔というだけでは無かったのかもしれない。
あれは自分を出来損ないと言う自分の子供を哀れに思ったのか。そんな子供を祖母とはいえ他の人に任せることになってしまった自分への無力感か。
俺にはそれを推し量ることはことは出来ないが、きっと俺のせいで要らない心痛をミランダに与えてしまったんだろう。あの優しくて、身体の弱ってしまった母親を…。
「……俺は何をやっていたんだろう。何が立派な人間になるだ、もっとも大切にしなくちゃいけない親を悲しませている……」
不甲斐無い自分を誰かに罵ってほしい。
誰か俺を殴ってくれ!!
「……」
あぁぁぁ、そうか!!!
この部屋には、俺しか居ないんだ。
逃げ道は無いんだ。
誰も俺を叱ってはくれないし、許してはくれない。
この気持ちを受け入れるしかないんだ。
師匠は、こんな辛さを受け入れろと言っているのか?
凄いな。
これが修行なのか?
俺に必要なものなのか?
……………くそっ
…………………受けて立ってやる
………………………時間はあるんだ
……………………………自分と向き合うんだ
――― 【内省の間】に入って十三日後 ―――
「…ん、俺は寝てたのか?」
昨日は自分に対しての怒りやら、哀しみやら、負の感情が溜め込まれているのを感じた。とにかく目を背けないように、意識を外さないようにした。
そんな溢れてくる感情と闘いながら、現状を、自分を、見つめなおすことに時間を使った。
一眠りしたからだろうか。
今は感情に支配されるようなことはなかった。
ぐ~~~~。
気を失うまでは自分を消し去りたい、そんな気持ちで一杯だったのに…。
今は身体が空腹を訴えている。
「こんな時でも腹は減るんだな…」
身体は正直だ。
とにかく腹が膨れるまで、何もしたくない。
「食欲が満たされると、気持ちが楽になったな」
欲求も満たされ、精神が盛り返したのかもしれない、余裕が生まれたようだ。
人間の身体というのは、分かりやすく出来ているものだな。
「もう一度、きちんと考えてみよう…」
現時点で自分が出来ることは何だろうか?
ん~、でもこのアプローチの仕方では今までと同じだ。出発点を変えてみよう。
『現時点で自分がやりたいこと(出来る範囲のもの)』ではどうだろうか。
① まずはミランダに謝ろう。自分を出来損ないと卑下したことを、それで母親を悲しませたことを素直に伝えよう。
② 現時点の自分というものをもっと知ろう。今認識していることはまだまだ自分の一部分でしかない。
③ 自分の強さに関わることを、書き出していこう。そして何が出来るのか試してみよう。
この3つを起点にしていこう。
①については、現状どうしようもない。直接会うか手紙にするかは師匠に相談しよう。基本的には会いに行くのを前提にしたい。
②は早急に考えるべきだろう。まずは転生者としての強みだ。
・前世の知識がある。自然科学的なものはこの世界では発達していない。これは大きなアドバンテージだ。今は必要ないので、都度使えるものを考慮していこう。
・神の祝福の効能はなんなのだろうか? 確か病気になりにくくて、疲れも取れやすいんだっけか。それに勘がいいはずだ。何というかここじゃあ確かめにくいし…。説明も出来ないな。
・精神年齢が高い。前世も加えると30歳近い年齢だ。同年代よりも合理的に考えられるはずだ。逆にデメリットとして、すでに人格形成が出来てしまっていることか? 子供っぽく無い。
こんな感じだろうか。言葉や表現は工夫する必要があるが、ここから派生させて何かを形作ることもできるだろう。
③は実際に一つ一つ確かめてみよう。
まずは自分に出来損ないという烙印をした原因である魔法についてだ。
基本属性については、軒並み適正は無かった。これは何を意味しているんだろうか? レモニアから聞いた限り基本属性は自らの魔力と引き換えにそれぞれの自然現象を引き起こす。
つまり簡単に言えば、火・風・水・土を生み出す力だ。それから操るのは無属性魔法の領域が強い影響を受ける。
ん?
基本属性はまさに生み出す力だ、
ということは俺は生み出すことが出来ない。
逆に言えば生み出せないだけで、操れることは出来るということじゃないか?
ふむ。
これは何か糸口が見たんじゃないか?
例えば、相手の放ってきた魔法を逸らす、反射する、消滅させることが出来るんじゃないか??
相手が生み出したものなら他者の魔法に干渉できるかもしれない…、という可能性が出てくる。一人では出来そうも無いのでこの検証は部屋を出てから誰かの協力をえよう。
もう一つの可能性としては、干渉するのは魔法に限らないってことだ。現実にある物体に干渉することは出来ないだろうか?
この部屋にあるものは空気や壁・床のレンガだ。
床に手を触れてみる。
「穴を空けろ!」
……何も変化は起きない。とりあえず言葉にしたけどダメだ。
やり方を変えてみよう。
直径30cm程の穴をイメージしてみた。
……やっぱり駄目か?
「いや、待てよ?」
今度は意識して手から床へ魔力を流してみる。ゆっくりとだが、手に触れた床に自分の魔力が伝わっていることが分かった。
今度はいけるか?
今度も30cm程の穴をイメージして……
「穴を空けろ!」
ぅおっ。
イメージとは違うが、穴が出来た。
目の前の直径15cm程の穴に手を入れて確かめてみる…。
マジか? 俺って魔法使えるじゃん。
「…ッ、ィヨッシャーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
悩んでたのが馬鹿みたいだ…。夢にまで見た魔法は使おうとすれば、使えるんじゃないか!
何で試してこなかったのか? いや気づけなかったのか??
ん? もしかして、また俺の早とちりか? 短絡思考は絶賛活躍中のようだ。
いや、それでも家族の誰も知らなかったのか?? なぜこの発想は生まれなかったのか?? 一般的ではないのか??
分からん、分からんなぁ~…
よし、落ち着け。落ち着くんだ俺。
ここで浮かれて思考の甘い罠に捕まってはいけない。
まずは出来ることを確認しよう。
だって、イメージどおりの現象は起きていない。
この原因を探らないと魔法として実用レベルではない。
そもそも無属性の適正が高いはずなんだから魔力操作はきちんと出来ているはずだ。
何度か、色々と試してみた。
床だけではなく、壁にも穴を開けてみた。
手のひらを前に出して、空気に魔力を通してみたりした。
結果として分かったことがいくつかある。
・俺が魔力を流し込んだ分だけ、その物体は変化させられる。また魔力が少ない程に生じる現象はイメージとはかけ離れたものになる。逆に多くの魔力を注いでもある一定の効果は発揮するのだった。魔力の多寡は繰り返して感覚で覚えるしかなさそうだ。
・どんなに広範囲に魔力を送ろうとしても、自分を中心に2メートルくらいしか干渉できない。魔力量の関係なのか…。遠くに魔力を放つ手法が別にあるのか。分からないから師匠にでも聞いてみるか。
・魔力切れを起こすと、身体が気だるくなり睡魔に襲われる。無理して起きていると、しばらくして体調は元に戻る。魔力切れのたびに強制的に睡眠状態になるようなことは無いようだ。
・ここ数日で、自分の魔力量が増えた気がする。…気のせいかもしれない。ただ続けて魔法を使える時間が延びた気がする。
やばい。
楽しくなってきたぞ!
――― 【内省の間】に入って二十日後 ―――
無属性魔法の使い方について、方向性を変えてみた。
今まで体の外部に対して魔力で干渉していたのだが、それを身体の内部にしてみたのだ。つまり身体に魔力を循環するように全身にめぐらせてみたのだ。
魔力が血液を通って、身体の隅々まで通り抜けるようにイメージした。
右腕のみ、左足のみ、指先だけと言ったように末端部分に魔力を留めたりする事が出来るようになった。
試しに、両足に魔力を溜めた上体で垂直飛びをしてみた。ベタだが思い切り頭を天井にぶつけてしまう。さすがにめり込んで頭が抜けなくなることは無かったが…。
今度は拳に魔力を集中して、壁を叩いてみた。拳に痛みは無いが、壁に穴が空いたりはしなかった。魔力による破壊力は向上しないのか?
次は全身に魔力を通した状態で、壁を叩いてみた。今度は拳の大きさだけ壁に穴が空いたが、結構拳が痛かった。
と、いうことは…。
拳に大目の魔力を、全身には先ほどと同じ程度の魔力を通してみた。先ほどと同じ大きさの穴ができ、拳は先ほどよりも痛くなかった。
分かってきたことは、身体に魔力を循環させることにより、身体能力の向上がみられ、その多寡によって身体の強度が変わる、ということだ。
俺の主観だが、魔力操作は身体の中が最もやりやすく、身体から離れるほどにその精度が落ちている。また、身体以外のものは掌で直接触れたほうが魔力を通しやすかった。
それと、明らかに魔力の総量が増えた。魔力切れを起こす回数が減ったし、魔力を消費して生じる現象の回数が増えたのだ。
魔力の総量は変わらない、と俺は決め付けていたがどうやら違うようだ。
これは師匠にも確認してみよう。
とにかく俺は、転生して一番の充実した日々を過ごしている。
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