1-6 内省
この部屋に入って、初日の夜。
俺は何をするわけでもなく毛布に包まり、部屋の天井を眺めている。天井も壁も真っ白に塗られている。しかも何度も塗り替えられた痕がある。
きっとこの部屋は俺と同じような修行をするためのものなのだろう。いくらなんでも俺のためにわざわざ白く塗りなおしたのか? 例えば、白い塗料の裏には血塗られた壁が……。
なんてことはないか? 苦笑いしながら、自分の考えを否定する。
そんなことよりも、この課題の目的は何だ?? 本当に『現時点で自分が出来ること』を壁に書き出すだけなのか??
わざわざ部屋に閉じ込めなくても書き出すことは出来るはずだ。そもそも書き出すのに1カ月もの時間は必要ないだろう。数時間で終わりそうだ。それに俺を閉じ込めておく理由もよく分からない。うん、メリットが何一つ無いように思う。
俺を鍛えるのが嫌なら、追い出すなりすれば無駄に食費なんかはかからなくていいはずだ。
必ずこの修行には裏があるはずだ。それが分からない限り、ここでじっとしていても始まらない。まずは課題に取り組んでみよう。
とにかく色々と考えるんだ。
――― 【内省の間】に入って三日後 ―――
キシリにこの独房のような部屋へ入れられて、3日がたった。課題である『現時点で自分が出来ること』については書き始めてみたが、既に昨日の段階で筆が止まっている。
壁一面に、という指示ではあったがまだ4分の1も埋まっていないような状況だ。
始めた時こそ混乱もあったが、まずは書き始めてみようと思い、やってみたのだが3日たった現状では書けるものも無くなり手持ち無沙汰になってしまった。
困ったな…。やることが無くなってしまったよ。
――― 【内省の間】に入って一週間後 ―――
ぁあああぁぁぁ。やることが無い。何をすることもない。ただ死なないように食べて、排泄して…。己の存在意義を感じられなくなってきた。
こんな部屋で1ヶ月も過ごすなんて、まるで拷問だよ。
暗い感情が渦巻いてくる。
いくら叫ぼうが、喚こうが、暴れようが何も起きない。
そもそも、こんなことが修行なのだろうか? こんなことをして強くなれるのだろうか?
そんな疑問がずっと頭をよぎってくる。
くそっ。
これに何の意味があるんだ?
本当に俺を監禁するのが目的なのか??
いや何の意味があるんだ??
俺を精神的に追い詰めて楽しんでいるのか??
いや何の意味があるんだ??
現時点で自分が出来ることってなんだよ。
そうだ、何の意味があるんだ??
………。
いや考えるのはよそう。いくら考えても何も答えが出てこない。
でも何もすることがないこの俺は、本当に生きていると言えるのか??
この状態に何の意義も意味もないんだ。
――― 【内省の間】に入って二週間後 ―――
「おや、いい感じに出来上がっているようじゃないか?」
(誰だ? 俺に話しかけてくるのは? いやそんなことはどうでもいい。久しぶりの話し相手だ。俺の話を聞いて欲しい)
俺は声のするほうへ顔を向けて必死に俺の存在を訴えかけようとするが、口はパクパクと動くだけで音にならないものしか出てこない。
「なんだい、何か言いたことがあるんかね? 喋るんならしっかりと声に出しな」
「……な」
「聞こえないね? ここ何日も食事を摂らなくなっちまったようだね。水でもぶっかけてやるか…」
冷たい何かが顔面を強く打ち付けるのが分かる。
いくらかのそれは、俺の口に入り喉を潤してくれる。
「…クッ。カハカハッ! ……ゴホッ」
「これで少しは意識はハッキリとしたい? 喉にも水が入ってまともに声も出せるようになったんじゃないかい?」
あ~、意識が少ずつだが戻ってきたみたいだ。
なんというか夢の中にいたようだった。
思考がまとまらない。
目の前の女はキシリ、俺の師匠だ…。
祖母に当たる女性だ。
そして俺を閉じ込めた張本人だ。
俺は彼女をありったけの憎悪を込めて睨んだ。
「さて、と。なんだい、課題は全然出来ていないじゃないか? 4分の1くらいしか埋まってないじゃないか」
壁を見ながら、師匠はそんなことを言っている。
そうだった。
俺は修行中だった。
この白い部屋に閉じ込められて、意味の分からないことをやらされていた。
「……いったい、なんのために?」
「何のために?? 言ったじゃないか。あたしはアンタに修行をつけてやっているんだよ」
「……これのどこが……、修行なんですか??」
「どこが? だってアンタは強くなるんだろう? これはそのために必要なことなのさ。まあ、今のままの状態じゃあ強くなるどころか、精神に異常が出ちまうかもね」
そんな恐ろしいことを事も無げに師匠は口にする。
「こんな答えの出ない課題を出す意味は?? ハッキリ言ってこんなことは考える意味が無いと思います」
「……」
「それとも単純に俺が苦しんでいるのを楽しく見たいだけですか?」
「あたしにそんな趣味は無いよ。……アンタは意味が無いとやれないのかね? 意味の無いこと、理不尽なことはこの世界に沢山あふれている。アンタはそれらを考える意味が無い、答えが出ないものは放置する、とでも言うのかね」
「………良く分かりません」
「いいや、アンタは分かっているよ。この世は答えが出ないことばかりだ。それでも自分で答えを出すしかないんだよ。自分でだ。アンタはものを考えなさ過ぎる。強くなるためにはどうすればいいんだい? 意味も無く体を鍛えるのかい? 言われるままに型稽古でもするのかい?」
「………それが必要なことであれば―――」
「そうだ。必要なことであればやるべきだ。でも本当にそれらがアンタに必要なものなのかい? 自分のことも満足に考えられない、答えられない出来損ない君」
キシリは課題の壁を見ながら俺を見る。
「………」
俺は黙ってしまう。何も答えられないからだ。
「おいおい黙るんじゃないよ。黙っていても私は答えなんか言わないよ。それに私が言ってもそれは答えなんかじゃない」
そうだ。
途中から分かっていたのかもしれない。
何も考えずに修行という名の行動をすれば、勝手に強くなっていくものだと俺は考えていたんだ。
でもそれじゃあ駄目だ。と師匠は言っている。
「ま、折角ここに来たんだ。あと半月も時間があるんだ。色々と考えてありのままの自分を受け入れるんだね」
「…はい」
「…行き詰っているのは、本当だろうからヒントをやろう」
そう言いながら、師匠はドアに向かって歩き出した。
「アンタはなぜ『出来損ない』なんだい? そんなことは誰が言っているんだい、クオンセル??」
最後に師匠はそんなことを言って、部屋を出て行った。
後には俺の静かな呼吸音だけがこの場に残った。
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