3-8 Dランク昇格試験 無事終了?
閃光弾。
俺はパニックになった自分を落ち着かせようと、前世の記憶にあるものを思い出していた。映画とかで見たことのある、閃光と爆発音による殺傷能力の無い武器。人質をとった犯人や、部屋に籠城する敵を沈黙させるために使われる制圧用の武器。もちろん、この世界には存在しないものだ。
意識がハッキリとしていくうちに、自分が前屈みになり膝をついていることがわかる。目が灼けているような、チカチカと閃光が繰り返し頭の中で点滅しているような、瞼が閉じているのか開いているのか分からない。
見えない。
そんな状況で俺は、ひたすら蹲ることしかできなかった。
どれ程の時間が経ったのか、何かで手足を拘束されているような感覚を肌が伝えてくる。抵抗したいが、うまく体に力が入らない。
ゆっくりと、誰かが歩いてくるのがわかる。葉を、砂利を踏む音が複数近づいてくる。音が聞こえる事実に、前世の閃光弾とは別物であることを確信する。確かアレは爆音で軽度の聴覚障害を引き起こすものだったはずだ。
意外と冷静にそんなことを考えている自分に驚く。頭をフル回転させて、現状を確認する。
手を拘束されているという事、視覚を奪っている事などを踏まえると殺すのが目的ではないだろう。それにおそらく、この敵は人だ。友好的では無いが話は通じるかもしれない。
「話は通じるな? 何が目的でお前たちは何者だ?」
俺は腹の底から声を上げる。一歩間違えれば殺される可能性もあるかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。受け身に回ってはいけない。
「………」
「何だ? だんまりか? 俺たちは冒険者だ。ビルリアから来た」
俺はそう言って、亜空間からギルドカードを取り出して前に突き出す。
「これで確認してくれ。俺たちは昇格試験でここにきた。ギルドの職員もここにいる」
俺の手からカードが奪われると、数人の会話が聞こえる。押し殺すような声なので、ハッキリとは聞こえない。それに俺の知っている言語では無い。
この世界では言語が統一されている。だが、亜人の一部では亜人同士でしか通じない言語文化が残っていると聞いた事がある。
「なるほどな」
近くから声が聞こえる。シンのものだ。
「なんだ、気がついていたのか?」
俺はぶっきらぼうに答える。
「ああ、少し落ち着いてきた。だが目が見えない」
「俺もそうだ。それに手を縛られているから身動きが取れない」
俺は声のする方を向く。シンの姿を見る事は出来ないんだが…。
「逃げるにしても目が回復するまで無理だな」
「ああ、すぐに殺されるとは思わないが…。それよりさっきの"なるほど"ってなんだ?」
俺は気になっていた事を聞く。シンは何かに気づいたようだ。
「……クオンセル、相手の正体が分かったぞ」
「なんで分かるんだ?」
「チョット頭を使えば推測できるさ。ここは逢魔の森の近く、俺たちは何らかの特殊な魔法で無力化された、彼らは理解出来ない言語を使っている、それにまだ殺されていない。これらの事から考えられる彼らの正体は――」
「――■■■■」
シンの声は女性の声で遮られる事になる。どうやら誰かが来たようだ。場に緊張が走る。どうやら女性は立場が上なのだろう。何か指示を出しているようだ。
そして、誰かが近づいてくるのが分かる。軽めの足音が1つ聞こえる。
「おや、誰かと思えばあなたですか……」
先ほどの女のようだ。今度は何を言っているのか理解できる。だが、この声は……?
「ジッとしてなさい。すぐに直します」
女性はそう言って俺の顔に手を触れる。少しひんやりとした手が俺の瞼を覆うようして添えられたのが分かる。そして何か暖かいものが瞳に流れてくるのが分かる。回復魔法のようだ。
俺はこの感覚を知っている。確か1ヶ月ほど前の事だったはずだ。どうやら俺たちは助かったらしい。そんな絶対的な安心感がなぜが俺を包み込んでいるのが分かる。
「さぁ、目は治ったはずです。こっちを見てごらんなさい」
俺は言葉の通りに瞼を開ける。少しボヤけているが焦点が合っていないからだろう。目をこすりながら目の前の人物を見る。
薄い金髪に切れ長の目。透き通るような白い肌を持つ美女が目の前にいる。そしてその存在をこれでもかと主張している双丘と耳。その細長い耳をピクピクと動かしながらこちらを覗き込んでいる人物に俺は声をかける。
「ありがとうございます。でも事情を説明してくれるんですよね、……ギルドマスター?」
「ええ、もちろんです。ただ少し待っていて下さい。他の人も直してからです」
彼女はそう言って俺の前から移動し、今度はシンの治療を始めた。
エルフとはなにか?
この世界には様々な『人』が存在している。一般的なあまり特徴の無い普人族。彼らは最も人数が多く、この世界のマジョリティだ。個体差はあれど能力値的には平均的な存在だ。彼らは普人族以外の者を亜人と表現する。
そして次に多いのが獣人族。だが、彼らにはその形質や生態から様々な区別がある。犬、猫、鼠、牛、鳥、熊などがある。さらにその中からも細かく分類すること可能だ。様々な種との交配により遺伝的にどうなのかは分からないが、そう言った獣の容姿をその身に宿した存在を獣人と分類することが一般的である。
最後に妖精族。彼らは獣人よりも更に大雑把な分類のされ方をしている。彼らを妖精族とするには決まりがあり、人型である、言語を使う、一定水準の文化を持っていることが条件だ。
例えば、ゴブリンやオーク、それにハーピーなどは人型ではあるが言語や文化的に水準が低いので、亜人ではなく魔物に分類される。具体的に妖精族と呼ばれるのは、ドワーフ族、小人族、そしてエルフ族のみだ。他にも人型で言語を操る存在はいるが、彼らは妖精とされる。中には人に害なすものとして、ゴブリンのように魔物に分類されているものも存在している。
エルフとは人に分類されながらも、他の人との 交流を極端に嫌う種族のことだ。
何が言いたいのかというと、目の前にいるエルフたちのことだ。俺はビルリアのギルドマスターに会うまでエルフに出会ったことは無かった。理由は簡単で、エルフはあまり"人"それも普人族と関わることを良しとしない。そのほとんどがエルフのみで形成されたコミュニティーに引きこもっている。中にはギルマスのようにコミュニティーから出て、積極的に人と関わろうとする変わり者もいるようだ。
そのいくつかあるコミュニティーの1つが逢魔の森にあり、先ほどの襲撃犯の正体がそこに住まうエルフたちであった。エルフたちは精霊魔法が得意で、また人が得意とする基本属性とは別種の魔法を扱う。それはエルフという種にのみ使える魔法だそうだ。
それらを駆使して俺たちのことを捕らえたようだ。
「襲撃犯の正体は予想通りだった。でもなんで俺たちが攻撃を受けたんだ? 確か逢魔の森にある『カルアラレ』はビルリアと同盟を結んでいるんだろう?」
シンは俺たちを代表して疑問を口にする。
ギルマスにより全員が負傷から回復して、エルフを含み焚き火を囲むように座っている。だが、襲撃犯であったエルフたちの表情は硬く、あまり友好的では無かった。
「それにギルマスがそっち側に座っているのも良く分からない。教えてくれ」
シンの言葉にエルフたちの表情がキツく変化するが、ギルマスが微笑みながら口火を切る。
「まずは私がここにいる理由だが……、エルフの国カルアラレからギルドに依頼があってね。少し複雑だからエルフである私が直接調査をしていたのよ。エルフの戦士たちにも協力してもらってね」
そして後ろを振り向き、エルフたちを見てから言葉を続ける。
「彼は調査を手伝ってくれていた人たちの1部隊。渓谷付近に不審な人達がいたから拘束したと主張しているわ」
「不審ですか…。まぁ否定しけれないものではありますが。ただ随分と強引な手段を使うんですね?」
リーダーがそう口を挟む。彼からは顔にこそ出ていないが、怒りのオーラのようなものが感じられる。俺も気持ちはわかる。寝込みをいきなりあんな風に襲われたら文句の1つも言いたくなるものだ。
「でも彼らが言うには、先に攻撃してきたのはそっちだって言っているわよ? 近くに寄ったらいきなり風の魔法で攻撃されたと私は聞いているわ」
全員で、レイラを見る。彼女はアワアワと口を動かしながら反論する。
「え? だって敵だから攻撃しちゃえ、ってシンさんが言うから……」
「ん? 怪しければ罰する、じゃないけど。夜中に気配殺して近づいてきたんだから攻撃対象だろ?」
俺は黙ってシンの後ろに立つ。リーダーとも目配せをする。
「「てめーのせいか!」」
俺はリーダーと同時にシンに襲いかかって袋叩きにしてやった。
ある程度やって気が済んだので、治療をリースカに任せてエルフに向き合う。ちなみに彼は回復魔法をわざと弱めにかけているようだ。彼も怒っているようだ。まぁ、シンの判断はあながち間違いではないかもしれないが、結果として今回は最悪だ。
「エルフの皆さん。非礼を詫びたいと思います。行き違いはあったと思いますが、敵対するつもりもないです。それにそちらの事情については何も知りません。ここには昇格試験のために来ただけです」
「こちらも怪我をさせてしまって申し訳ない。むしろこちらこそ許してほしい」
リーダー格のエルフが笑みを浮かべて返事をしてくれた。きっと衝突の原因を作ったシンをボコしたのが効いたのだろう。うん。
「そう言って頂けるとこちらも助かります。…それと、話は変わりますが……。この森には私たち以外にもう1組来ているんです。そちらはどうなっているのでしょうか?」
「ああ、そちらには別の部隊が接触したようですが何も問題は起きなかったようですよ」
彼はそう言って傍に佇んでいる小さな光に顔を向ける。
「もしかして、それは精霊ですか?」
「ええ、彼らには情報伝達を協力してもらっています。この子が言うにはあちらいる少女が上手く対応してくれたようですね」
その少女はミミのことだろうな。まぁ無事なようで良かった。隣で一緒に聞いていたレイラも安心したようで、安堵の息をついている。
「では皆さん。問題は無くなったようなので試験を続けて下さい。リースカ、エルフの件は試験とは切り離して評価をして下さい。これはギルドマスターとしての命令です」
ギルマスの命令にリースカは黙って頷いた。
そのまま去ろうとするギルマスに俺は声をかける。
「ギルドマスター、これは興味本位なんですがエルフからの依頼ってなんですか?」
エルフたちからの依頼ってことは、それなりに重要度も高いだろう。だから答えは無いと思っていたが、彼女はあっさりと口を開く。
「エルフたちの大切なものが盗まれたんだよ。具体的に何かは言えないが、私もギルドに戻ったらそれなりの実力者たちに依頼を出すつもりだ」
そしてギルマスは意味深な笑みを俺に向けて、エルフの戦士たちを伴って夜の森へと消えていった。
そして翌朝。
日の出前に俺たちは崖のふちに潜むようにしてその時を待つ。このツキサシドリの習性に、日の出と共に狩りに出る、というものがある。親鳥の半数がこのタイミングで巣を留守にする。巣は崖の岩肌に点在している。それらは渓谷を形成する両側の崖にいくつもあって、俺たちは縄を使い崖をたどって卵を得るように動く。
この時に無防備になる背中を盾で守らないと、ツキサシドリの嘴で穴だらけになってしまうそうだ。俺とシンは崖上から縄を固定して、卵をとる彼らの命綱を死守する役目が与えられた。これならば盾がなくても良いんじゃないか? そんな疑問が浮かんだが、それは間違っていた。
崖の穴から何羽ものツキサシドリが、卵を取りに行ったものだけでなく、崖上の俺たちへと突っ込んできたのだ。体長は1m無いくらいで、ペンギンのような体躯にしっかりと羽がついている。イワトビペンギンのように頭に黄色の毛のようなものが生えている。そして嘴は50cmはありそうな、長く尖ったものだった。
俺は対策として考えていた土壁を無魔法で作り出す。厚さは1mだ。俺の周りを囲むように雪で作るカマクラをイメージして作った。確かトーチカとも言うのか? 壁は土を押し固めて十分な硬度を保つようにした。しばらくドドドドという音がしたが壁が崩れることはなかった。穴を開けて外を窺い見ると、壁に嘴が刺さって動けなくなっているツキサシドリを発見した。やはり、中々の貫通力を持っているようで、嘴はかなり深くまで刺さっている。その為か、一生懸命に嘴を抜こうともがいているが、1羽として抜けないようだ。
俺は少し離れたシンの様子を確認する。こいつは近くの大木に縄を結びつけて、なんと仁王立ちしていた。手には得物であるあの棒を持っている。
「キタキター!」
そして、叫びながら飛んでくるツキサシドリを棒で薙ぎはらっていく。あいつの対応策はただ正面から棒で撃ち落とす、というものだった。力技にも程があるな、そんな感じで呆れて見ていた。だが俺はその様に違和感を感じる。
シンはたった一振りで数羽のツキサシドリを屠っているのだ。棒の友好打撃範囲に納まっていないものも棒による攻撃を受けているように見えた。
「何かの魔法か? それとも魔道具の能力か?」
何かのカラクリがあるとは思うが、距離が離れているために良く分からない。俺は安全なトーチカの中から彼の舞う様な戦闘をじっと見ながら、他の仲間が戻ってくるのを待つのだった。
そして、日が落ちる前に俺たちは卵を手にしてビルリアに戻ってくることが出来た。ギルドの受付まで戻ると、ミミたちのパーティーも戻ってきていた。試験官からは、明日に結果発表を行うから明日の昼にギルド2階の部屋で待っているようにと指示が出た。俺たちはその場で解散して、飲みに行くもの、自分のチームに報告に行くもの、宿屋に帰るものなど各々でその場を去ることになった。俺はパーティーメンバーだった面々に挨拶をして、自分の宿屋へと戻ることにした。
宿屋では馴染みのメンツとアレコレと会話をしながら、シャワーを浴びてから早めの夕食をとった。俺が試験を受けたことを聞いたマスターが「お疲れさん」と言って、大きなステーキをサービスしてくれたことが嬉しかった。俺は食事に満足して部屋に戻る。
部屋の中には余計なものが無い。私物は全て亜空間に収納しているからだ。俺はベットに仰向けになるように背中からダイブした。少し硬い感触だが、清潔なシーツの匂いが安心感を与えてくる。このまま寝てしまうおうか、そんなことを考えていると頭に声が響いた。
<おーい、相棒! 今大丈夫かい?>
「ああ、問題無い。どうだ? 上手くいってるのか?」
俺は誰もいない部屋の中で声をあげる。
<久しぶりなんだから、何か他に無いのかい?>
「そんなことを言い合う仲でも無いだろう。それよりもどうなんだ? 目当てのものは手に入ったのか?」
俺は軽愚痴を言ってコーメに先を促す。
<とりあえず順調だね、やっぱりエルフの国カルアラレにあったよ。やっぱりエルフたちにも重要なものだったみたいだよ>
俺はコーメーの報告を聞いて、一気に脱力をした。良かった。ただそう思える。




