2-33 どんと構えろ
俺は指揮棒のような細い棒切れを眼前に構える。向かってくるハーピーの先頭との距離が3mを切ったところで、その棒切れから炎が噴き出した。高温の炎は赤ではなく白に近い色をしている。
この周辺は月明かりで十分な明るさはあったが、この炎により昼と見紛うほどに周囲が照らされている。
そして30mにも及ぶ火柱は多くのハーピーを飲み込み、さらに放射状に広がっていく。
この【火竜の息吹】という魔道具、実は使い所が難しい。使用者の魔力量で温度に差は出るが、炎量を調節することができない。気を抜くと、使用者の魔力をギリギリまで取り込み続けるじゃじゃ馬だ。
焚き火などで火をつける時には本当に少量の魔力を流す。高い無魔法の力が必要になる。ちなみに、日中にミミにこの魔道具を渡したが、事件を起こしたので没収しておいた。まぁそのおかげで、今現在有効に使い、戦闘を有利に進めることが出来るので結果オーライだ。後でミミには返しておこう。
火力のせいでオーバーキル気味ではあるが、この際だからしょうがない。素材やら魔石は残らないものとして考えよう。
次々に火ダルマとなりハーピーたちが地面に落下していく。空にいたハーピーの半分ほどを迎撃したところで、墜落したハーピーの火が燃え上がり周囲を火の海と化していた。
「今だ! ハーピーを各個撃破して確実に仕留めろ!」
アンガストが俺の炎で優勢になった戦場に指示を出した。敵味方関係なく、炎に見惚れていた者たちはその声に反応して行動を再開する。
アンガストはこちらを見て手招きしてくる。
何か指示でもあるのだろうか? 俺は無魔法で周囲の炎を消しながら彼の元へと向かう。ハクには別行動で好きにハーピーを狩っていいと指示を出しておいた。その巨体で飛び上がると、1度に数羽のハーピーをその牙や爪で撃ち落としている。そんなハクにビビって逃げようとしている冒険者が視界の端に入ってきたが無視だ無視。
「おい、遅いじゃねぇか。それに、あんな魔法が使えるなら前もって言っておいてくれ」
「冒険者が簡単に手の内を明かすわけ無いだろう? ただ遅れたことについては詫びを入れよう、色々あったんだ」
あの炎は魔法では無く、魔道具の力だが黙っておいた。わざわざ説明するのも面倒だし、冒険者が他人に手の内を明かさないのも事実だからだ。色々突っ込まれたく無い。
「……まぁ細かいことはいい。それよりも、まだ魔力は残っているのか? 可能ならば炎にビビって逃げ出そうとするハーピーを焼いて欲しいんだが」
「魔力的には可能だけど、これはコントロールがほとんど出来ないんだ。誰かがとばっちりを受けても知らないぞ」
「……分かった。だか出来るだけ被害が出ないように頼む」
「善処するよ」
俺は頷き返すと、戦場から離れようとするハーピーの集団を見つけは焼き殺すという役目を続けることになった。
情勢が傾いたおかげだろう。冒険者たちにも余裕が生まれたようで、その後は大きな被害が出ることもなく、事態は収束していった。
「クオンセル、あんた良いところで出てくるじゃ無いか! どこかでタイミングを見計らって隠れてたんじゃ無いだろうね?」
「そんなわけ無いでしょ。変な言いがかりは止めてくれ!」
俺は戦後処理とでも言うのだろうか、自分で作り上げた炎を消すために戦場跡を動き回っていた。そんな俺にビビアンが空気も読めずにそんなことを言ってくる。
なぜ空気が読めないかだって? そりゃあ戦場跡にはハーピーの死体以外に冒険者の遺体も転がっているからだ。亡くなった冒険者のパーティーがビビアンの発言を聞いたらどうなるか。俺が戦うのが遅れたから仲間が死んだ、とか言ってくるかもしれないじゃないか。
俺はそんなことを考えて、見知らぬ遺体を眺める。
「…あんたの考えていることは分かるが、それはアンタが気にすることじゃない。冒険者にも矜持があるんだ。死ぬことの覚悟のない奴なんかいないし、戦って死ぬのは自己責任だ。死んだほうが悪いんだ」
テンションの低い俺を見て、ビビアンがそんなことを言ってくるくる。慰めてくれているのだろうか? 彼女のこういう所が、周りから慕われている所以なんだろうな。そんなことを感じた。
「それよりも、良いのかい? 素材や魔石の所有権を放棄して」
俺は戦闘が終了してすぐに、自分が倒したハーピーの所有権を放棄した。基本的には魔物は倒した人物の総取りになる。今回のような大規模戦闘でもそのルールは変わらない。
よって、俺が放棄した大量のハーピーの焼死体は早い者勝ちで他の冒険者が焼け残った魔石やら素材を好きに剥いでいる。まぁ大半が黒コゲで魔石すら残っていない可能性が高いが……。
「だって黒こげなんで素材はほぼ全滅だし、魔石も取れるか怪しいのがほとんどだからな。作業量と成果を考えると、面倒なだけさ」
「それでもそれなりの額になるとは思うけどねぇ……。あ、そんなことよりもアンガストが呼んでたよ。火の始末がついたら来てくれってさ」
そーゆー言伝は先に言えよ! 俺は口に出さずにそうツッコむと頷いて了解したと伝える。
火の後始末が済んで、アンガストの下へと向かう。彼がいる天幕に入る。そこには見知らぬ数人の人物と、夕食を共にしたこの防衛班の主だった面子が揃っていた。それに、なぜかギルドで見かけたことのある職員も居る。
「おう、やっと来たか。まぁ座れ」
俺はアンガストに促されて近くの椅子に腰をかけた。天幕の中を見回すと、空気が張り詰めているのを感じた。
「とりあえず、先に礼を言おう。お前のおかげで助かった。ありがとう」
「いや、俺は依頼をこなしただけだ。それに俺は遅れてしまったからな。むしろ謝罪する側だ」
俺はそのまま頭を下げた。
その行動が予想外だっようで天幕の中が少しざわついた。
「………自覚はあるようだな。…はっきり言うが、お前の行動を問題視している者が居るんだ。彼らへの説明のためにも遅れた理由を教えてくれ」
何だ取り調べか? 視界の隅で何人かの顔がいやらしく笑うのが見える。……理由は分からんが、俺に難癖つけたい奴がいるのか? ならただいびられるのも癪だな。
「もっと直接的な表現でも構わないさ。『敵前逃亡』扱いでもされるのか? それともわざと遅れて来て、被害を出したとか思われてるんだろう?」
俺の言葉に反応したのは見覚えの無い者たちだった。まぁ彼らからクレームが来たんだろうな。
「まぁいいや。説明するぞ。うちのパーティの1人が森に入っていた。それを探すために俺も森に入ったが、タイミングが悪いことにオークの集団に囲まれた。そんで、少し戦闘になったんだが、なんとなうまく逃げることができた。パーティとも合流できたのでこの野営地に戻った。それが経緯だ」
俺は反論される前に証拠を突き出した。数体のオークとその上位種の骸だ。
「なっ?」
「おい!」
「嘘だろ?」
天幕の中で驚きの声がいくつか漏れる。俺は真っ直ぐにアンガストを見る。彼はオークの骸の中に上位種が含まれているのを確認すると、一瞬だが顔をしかめた。何だ? 変な反応だな。
「ちなみに、倒せたのはごく一部だ。その場にいたオークは100体はくだらないと思う。それに上位種も確認している」
俺は淡々と事実を告げる。アンガストならば俺の言いたいことも分かってくれるだろう。
「分かった。クオンセルの言っていることを信じよう。この場は一旦解散とする。各自自分の仕事に戻ってくれ。あ〜、アルバートさんとビビアン、それにクオンセルもちょっと残ってくれ」
さっさとこの場から消えようとしていたのに、呼び止められてしまう。そんな俺を憎々しげに睨んでくる男たちが去っていくのを見ると、思わず溜息が漏れてしまった。
「クオンセル。このオークどもはどの辺りにいたんだ?」
「ここからハーピーの根城へ向かう途中の森の中だ」
「……なるほどな。報告の通りだとすると、そいつらが今回の作戦の失敗要因だな」
「……だが、オークの数はもっと多いはずだ。おそらくクオンセルが戦ったのは別働隊じゃないか?」
アンガスト達から嫌な単語が出てくる。あのオークが原因で作戦が失敗? しかもまだまだオークは沢山いるって?
「すまん。出来れば俺にも分かるように話をしてくれ」
アンガストから聞いたのは奇襲・追撃班の状況だった。伝令の話だと、ハーピーへ奇襲をかけてから数分後に大量のオークによる奇襲を逆に受けたということだった。作戦失敗の合図はこのタイミングで打ち上げられたらしい。
そして現在も冒険者・ハーピー・オークの三つ巴の戦いが行われているらしい。防衛班が戦ったのはその場から逃げてきたハーピーの集団、俺が戦ったオークらは奇襲した奴らの別働隊ではないか、というのが最も有力な推測だ。
「なんでまたオークが割り込んできたんだ?」
「推測でしか無いが、ハーピーとの縄張り争いじゃないか? ハーピーが急激に増えたか、大移動でこの地へと来たかは不明だ。だが、その煽りを受けてオークらが住みかを追われたり、餌が減ったりしたんじゃないか?」
なるほどね。俺の質問にアンガストが出した答えが有力なように思う。タイミングが悪いというか、運が無いというか……。いや、もしかしたら今日の冒険者の動きを見て奇襲作戦に便乗しようとしたと仮定すると、随分と賢いオークがいることになる。先ほど戦ったオークジェネラルの指揮は見事だったので、あながち間違いでは無いのかもしれない。
「ですが、原因究明よりも手を打つほうが良いのでは? またハーピーが逃げてくる可能性もあります。それに奇襲・追撃班の状況も気になります」
執事がそんなことを言う。さすが執事だ、と思わせる的確な進言をしてきた。さっきの戦闘を見た感じだと相当の手練れだと俺は思っている。
この世界の執事はみんなあんな感じなのか? それとも彼自身が凄いのか? バスタリアにいた時に見た執事も優秀だったけど彼ほどでは無かった。そうなると、やはり後者だろう。
そんなことを思いながら彼を見る。確かアルバートとか呼ばれていたっけか? そもそも誰に仕える執事なのだろうか? ………ん?
「んなっ!?」
「どうしたクオンセル? 急に気持ち悪い声をあげて」
「いや、なんでも無いさ。それよりもどうするんだ? しつ…、アルバートさんの言う通り行動を何かしら起こしたほうがいいと俺も思うんだが」
「だが、防衛班としての役割があるからな。全体として動くことは出来ない。様子を探るために人を送るにしても、少数になっちまうだろうな」
アルバートのこととりあえず置いておこう。意識してもしょうがない。うん。とりあえずこの作戦が終わってからだな。
「では私とクオンセル殿だけで様子を探ってまいりましょう。実力的にも問題無いでしょう」
「「「ええ〜〜〜?」」」
驚いたのは俺だけじゃ無いみたいで、3人でハモってしまった。
「アルバートさん、珍しくやる気満々だね」
「いえいえ、少し動きたくなっただけですよ」
「でもな、クオンセルとアルバートさんはさっきの戦いでも戦場の中核をなしていた。それが2人も同時に抜けるとなると……」
アンガストは俺とアルバートの2人が抜けることに難色を示す。確かに俺とアルバートが抜けると防衛班の戦力ダウンは免れないだろう。でも……。
「戦力ダウンについては問題無いと思います。時間的にですが、おそらく先ほどの規模の集団はもうここには来ません。残った戦力でも対応可能かと思います。それにあの大きな白犬さんも残していけば問題無いのでは?」
「なぜ来ないと分かるんですか?」
「勘ですよ」
はぁ? 何言ってんだこの執事は? それで通る話じゃ無いだろう。
確かに俺も同規模の無いだろうな、とは思っていた。でも勘でしか無い。俺もなんとなく山場は越えたと思っている。
でもこの防衛班を預かるアンガストがそんな理由で納得するわけが無い。
「………アルバートさんが言うのならな」
「アルバートさんの勘は信用出来るね」
うそー………。
「では行ってまいります」
「………行ってきます」
俺はアルバートと共にアンガストらの見送りを受けて、森へと走り出す。先陣はアルバートで結構なスピードで走っている。
ついさっき、アルバートのことは置いておこうと決めたのに、まさかの2人での行動だ。あまり関わりたくは無かったけど、キシリからの指示だったからな。素直に従っておく必要があるな。どこかで話しかけよう。確かめなくちゃいけないしな。
俺が決意を新たに、気持ちを前向きにしようと頑張っていると声がかかる。
「そろそろ森につきます。不安ですか? 兄弟子の前だからって緊張することは無いですよ」
ニッコリと、笑って俺へと振り返るアルバート。
「それにあなたはもっと毅然とした態度でいるようにしなさい。英雄キシリ、我らの師匠の孫なのですから」
そんなことを言ってくる執事の黒い手袋には、見知ったシンボルが刻まれていた。




