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2-28 しこりと想い

「では私達はここでの待機となります。奇襲班、追撃班の皆さん、よろしくお願いします」


 200名以上の冒険者たちがフランの声を背に移動を続ける。彼らは今回の作戦の要である2班だ。構成されている人員はDランク以上のベテランたちだ。もちろん一流と呼ばれるAランクを含むパーティーも何組か参加しているとのことだった。


 探索班の報告ではハーピーの住処は森の中の小さな湖付近であることのことだった。その湖を囲うように生えている大木に2000羽以上のハーピーが確認されている。まだ湖の近くには小さな洞窟もあり、そこを大きめな個体のハーピーが出入りしているのも発見している。おそらくその洞窟がハーピーのリーダー格が根城にしている場所ではないかと推測されている。


 これらのことは、ビルリアを出発する際にフランの口から聞かされたことだ。


 そして現在、防衛班である俺たちは街から目的地までの街道沿いの平野に拠点を築いている。拠点と言っても各パーティーごとに野営の準備をして、仮設救護テントなどを用意している程度だ。


 ここは目的地から徒歩で1時間ほどの場所にある。俺の予想通り、この防衛班は後方支援の性格が強く出ている。ビルリアにある複数の教会から回復魔法の使える人が同行しているし、大量のポーションも用意されている。また領主の私兵も参加している。


 そんな場所で俺は二日酔い気味の頭に鈍い痛みを感じていた。昨夜は夢のような体験の連続だったが、この世界で初めてハメを外して楽しめた。酒と女を出来たばかりの友人と楽しんだのだ。

 自分の単純さに苦笑いを浮かべながら、自分らのテントを組み立てていた。


 そして少し離れたところで、ミミは俺をジト目で見つめている。彼女はハクの背中をさすりながら周囲の冒険者へと視線を向けていた。その手には【火竜の息吹(ファイアブレス)】が握られている。


 今朝からずっとそんな感じで、俺に対して口を開こうとしない。朝帰りをした俺をミミは、冷たい目で出迎えてくれた。朝練のことや、昨夜のことなど特に触れることもなくずっと冷戦状態だ。

 だから俺も弁解も何もしていない。いくら俺のことを好きだと言動で示していても、ミミはまだまだ子供だ。それに付き合っているとか婚約者である訳でもない。夜遊びしたって怒られる筋合いは無いはずだ。


 まぁ、保護者としてミミを置いて夜通し遊んでいたことは褒められることでは無いと俺も思う。だからミミにはあの炎の出る指揮棒をプレゼントした。渡した瞬間は嬉しそうな顔をしていたが、瞬時に無表情になって会話の無いやりとりが続いて現在に至る。


<相棒。一言ぐらい謝っておいたらどうだい?>

(別に悪いことをしたわけじゃ無いんだ。何で俺が謝る必要があるんだ?)


 二日酔いの残る頭にそんなコーメーの声が響く。こいつはこの空気に耐えられず、早々に実体化を解いて退散している。逃げた奴の意見なんか聞くものか!




 そんなこんなで無事にテントを設置すると、少し離れたところから怒声が聞こえてきた。


「おい、そこは俺たちが使う場所だ。勝手に野営の準備をするな」

「何言ってんだ? テントを持ってもいないのに文句を言うな!」


「俺の仲間が持ってんだよ。いいからさっさとここから離れろ」

「……おい、俺にそんな指図するな。ハーピーの前にお前を血祭りにあげてやろうか?」


 どうやらちっちゃなことで揉めている輩がいるようだ。大方、今回の作戦に不満があるか、大規模戦闘の前で気でも立っているのだろう。

 これから夜通し、戦いに備えなければならないのに元気なことだ。


 そんな若人の方を見ると、俺と同年代くらいの冒険者たちが合わせて10人程がやんわやんわと騒いでいる。


 俺は少しでも体調を戻そうと思い、設置したばかりのテントへと潜り込んだ。そして毛布の中に包まると自然とまぶたが落ちていくのを感じた。





「クオンセル、居るんだろう? ちょっと起きてきな」

 俺の意識は外から聞こえるそんな声で覚醒した。どうやら本格的に眠ってしまっていたようだ。テントから太陽の光が入ってくるので、それほど長い間寝ていたわけじゃなさそうだ。


「誰だ? 俺を呼んでいるのは……。ん??」

 俺は瞼をこすりながらテントから出た。だがその瞬間目の前の光景に思考が停止した。


 先ほどまで少しの諍いはあったものの、静かな野営地だったそこは、黒焦げた地面が広がっている。どうやら消化作業は終わっているらしく、いくつかの地面からは煙が立ち昇っている。


 そんな光景に驚いていると、視界の隅に大きな影が映った。その影は何かを持った大柄な女性だった。

 そう、そこには困った顔でミミの首根っこを掴んでいるビビアンが居た。片手で摘まれているミミはバツの悪そうな顔をしているが、その頬は赤く腫れている。


「えと、何があったんですか??」

「この近くで若い奴らの小競り合いがあってね。そいつらをこの娘がのしちゃったんだよ。巡回中だった私がここに来た時には火の海みたいだったよ」


 ぅお! マジか?


「……それで、被害は??」

「被害者は無事だよ。多少は火傷を負ったりしているけど今夜の戦闘には支障は無いだろうね」


 それを聞いて安心した。傷害事件、ましてや殺人事件なんてことになってしまったらヴィンターに会わせる顔が無い。

 俺はミミを睨むが、本人はこちらを見向きもしない。渡した魔道具をすぐに活用してくれているようで俺は嬉しいよ…。


「それで今回の件で何か罰則やらなんやらは?」

「ん? 怪我人も居ないし、元々は若い奴らが原因らしいからね。一応危険な魔法を使用したことであたし流の落とし前は付けさせてもらった」

 そう言って左の頬を指差す。どうやらミミの顔の腫れは戦闘によるものでなく、ビビアンの折檻によるものらしい。


 詳しい話は本人から聞きな! ちゃんと躾るんだよ、と言い残してビビアンは立ち去っていった。


「まあ、まずはテントに入れ。……そう言えばハクは?」

 俺の声が聞こえたからなのか、テントの反対側からゆっくりと申し訳なさそうな顔をしたハクが現れた。こいつは、ミミのそばに居たのに何をしていたんだ? こいつからも話を聞く必要がある


「ハクも中に入れ。コーメー出てきてくれ」


 我がパーティーは狭いテントの中に集まることになった。






「んじゃあ何か? テントで休んでいる俺の為に静かにするよう注意しただけだって言いたいのか?」

「ワンワン!」


 俺はコーメーを介してハクから事情を聴いている。細かい情報が入ってこないがしょうがない。当事者はテントに入ってから口を一切開かないのだ。


「うるさいことを注意しに行って、なんでこの周りが火の海になるんだよ?」

「……クゥーン」


 ハクは何かを言いたそうにしているが、ミミに睨まれて情けない鳴き声をあげている。

 おい、仮にも神様だったんだから威厳を持てよ!


 何か言いたく無いことがあるようだが、こうも黙秘を続けられると対処のしようが無い。カツ丼でも用意するか? 

 思い沈黙がテントを包み、何も進展が無いまま時間だけが過ぎていく。コーメーと念話で打開策を検討しているが、良案が出てくる気配は無い。さて、どうしたものかと頭を悩ませているとテントの外から声がかけられた。


「クオンセル殿、宜しいですか?」

「あ、ああ…。ちょっと待ってくれ」


 俺は用件を聞かずにテントの外へと出た。

 決して居づらいから、逃げたわけじゃ無い。


「お休みのところ、申し訳ありません」

 そう言って深い礼をする男はなんと執事服だ。なぜここに執事が? 頭の上にはてなマークが浮かぶが、きっと領主の私兵について来た者だろう。まさか、領主や貴族がこの作戦に参加しているはず無いしな。

 そんなことを考えて執事を見る。


 どうやら狸の獣人のようで、目の周りには黒い隈が刻まれている。体型は少し肉がついているが、肥満では無い。姿勢も良く、無駄の無い立ち姿はどこかの武道の達人を思わせる。こげ茶の髪はなぜかソフトモヒカンに手入れをされていて、その顔には笑みが張り付いている。不快では無いのだが、どこか作り物のような印象を受ける。それに年齢が読めない、20代後半にも見えるし40代と言っても通じるような落ち着きを纏っている。



「実はこれからこの防衛班の主だった者たちで夕食をとることになっています。そこにクオンセル殿にもご参加いただきたいと思いまいりました」

 丁寧な言葉遣いと柔和な微笑みを崩さずに用件を伝えてくる。


「失礼ですが…、私のような若輩者がそのような場に呼ばれる理由が分かりません。何故でしょうか?」

「申し訳ありません。私には分かりかねます。ただこの班のリーダー直々に招待したいと言付かっています」


 俺は不審に思いながらも、ここで何かあるわけでも無いと判断する。出席してみよう。後は残る問題だが……。


「ちなみに、それは私1人ですか? 私にはパーティーを組んでいる者がいるのですが…」

「申し訳ないですが、此度はお一人でと聞いております」


 ふむ。

 どうしたものか。ミミをこの状況で置いておくか? コーメーとハクがいれば問題は無いだろうが……。でも現状ではテントにいても息が詰まり、無駄な時間が過ぎるだけだ。

 少し時間を置いた方がいいかもしれないな。


「分かりました。参加させていただきます。少々お待ちください」

 俺はテントに戻るとミミたちに事の経緯を伝える。コーメーには亜空間から好きな食べ物を夕食にするように伝えておく。だが、食べ物の話題にもミミは反応を示すことは無かった。

 少し後ろ髪をさされるような気分ではあったのだが、俺は執事に案内されて夕食の地へと向かう。



     ――――――



「さ、相棒はいったようだよ。そろそろ口をきいておくれよ」

 オイラは出来るだけ優しく、目の前で沈黙を守る少女に声をかける。普段の彼女からは考えられない態度だが、理由もなく暴れるような短慮の持ち主で無いことも知っている。


 頼りのハクも何故か怯えて、今回の件について口を閉ざしている。さて、どうしたもんかね。

 オイラはこのままではどうしようも無いと分かっていながら苦笑いしてしまう。こんなことで悩んでいる精霊は、おそらく世界で自分だけだと思う。人工精霊である自分は、他の精霊に比べて人間臭い自覚はある。それを不満に思うことは無いが、なんでオイラはこんな風に作られたのか? そんな風に考えた時期もあったものだ。


「……ひっぐ、………ふぐ。…………っつ………!! くぅ〜〜」


 すすり泣くような、溜め込んだ感情が漏れ出るような、そんな口ではせき止められなかったであろう音が聞こえてくる。


「……ごーめぇーぐん。あ、あたし……、あたしさぁ」


 こちらを向く彼女の顔には、悔しさなのか、悲しみなのか、寂しさなのか、精霊のオイラには到底理解出来ないほどの感情が見て取れる。

 瞳は涙で溢れて、鼻からも液体がだらだらと流れている。大きく歪めたその口から途切れ途切れに言葉が紡がれる。


「あだしぃ、ぐぅおんさんにぎらわれぢゃったかなぁ〜〜」


 少女の発した言葉の意味はオイラにも分かる。でも彼女の問いに答えられる想いも経験もオイラには無い。

 ミミにかける言葉を見つけられずに、オイラはただ困った顔をすることしか出来なかった。


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