2-22 食いしん坊(娘)、万歳!
俺は例のごとく、毎朝の日課である型稽古をして宿屋の裏にある広場で行っている。俺以外にも素振りなどをしている人が数人いる。おそらく同じ宿に泊まっている冒険者たちだろう。各々の武器を手に取り思い思いの動きをしている。その中にはかなり出来る人物もいた。特に双剣を操る普人族の男性だ。高価そうだが年季の入った革鎧に、長髪を後ろで1本にまとめている。その動きは型というよりも舞を踊っているようで思わず見惚れてしまった。俺の視線に気付いたのか、こちらを見て薄く笑みを浮かべるとその場を立ち去ってしまった。
それ以外には年齢的に俺と同じか少し下の年代が固まって木刀で斬り合っていたり、おそらくドワーフだと思われる髭面の男が熱心にハンマーを振り回していたりする。
そんな彼らを脇見しながら、淡々と自分の訓練を続けていると朝の1番鐘が鳴り響いた。その鐘の音を聞いて広場にいた半分以上の人がこの場を離れていく。
ちなみに1番鐘というのはこの街の朝6時を伝える鐘のことだ。それ以降2時間おきに夕方の6時まで7回の鐘がなる。この世界にも時計はあるのだが高価なもので、一般には普及していない。上位ランクの冒険者か、王侯貴族でも所持している人間の方が少ないそうだ。なので、一般人はこの1番から7番の鐘の音で時間を把握する生活を送っている。
おそらく、鐘の音ともに立ち去った面々はこれから仕事にでも行くのだろう。そんなことを考えていると宿屋からミミが出てきた。そんな彼女は俺に気付くと物凄い速さで近づいて来た。
「ズルいです。クオンさん。私に隠れて訓練しているなんて‼︎」
なぜかえらい剣幕で怒られてしまった。別に隠れて訓練していたわけじゃないんだけどな…。
「これは日課の早朝訓練だ。黙っていたのはミミがあまり朝に強くないって知っていたからさ」
「確かにあたしは朝起きるのが苦手ですけど…。でも訓練のことを教えてくれても良いじゃないですか‼︎」
旅の途中で知ったことだが、ミミは朝に弱い。野営で仮眠をとったりするのは別だが、俺よりも早くに起きたことはない。寝坊助ではないのだが早起きは苦手のようだ。
「悪かったよ。これからはミミも一緒にやろう。ただし早く起きれるかどうかは自己責任だ。わざわざ部屋まで起こしに行ったりはしないぞ」
「…分かりました。それじゃあ明日からお願いします」
そしてうつむき気味に「だったら一緒に寝てれば起こしてくれるかも……」とか言っているのが聞こえてきたが無視だ! 反応したらやぶ蛇になりそうだ。俺はしれっと離れて型の続きを再開した。
それから馬小屋でハクと一通り戯れるとミミと供に朝食をとる為に移動する。この宿屋の宿代には朝食も含まれていて1泊1人8000ゴルだ。ビルリアでも貴族が泊まるほどでは無いが、格式の高い宿屋だと昨夜フィットの店の女性に教えてもらった。【金の皿】という店名でベテラン冒険者クラスのある程度金に余裕がある人間が活用するらしい。
そのためビルリアでも高めの値段設定だがベットはそれなりに柔らかいし、共用だがシャワーも付いている。個室のシャワールームが4つあり、なんとお湯を出すための魔道具まで設置されている。お湯を出すために魔石を個人で設置する必要があるが、1回につきFランク相当の魔石で足りるので俺は気にせずに活用するつもりだ。
シャーを浴びて汗を流してから、ミミに遅れて宿屋の一階にある食堂へと着く。ミミは律儀に俺が来るのを待っていたようだ。
2人で食堂の親父からトレーに乗った朝飯を受け取る。今朝のメニューは野菜のスープと黒パン、それにベーコンのような燻された肉だ。そして極めつけはヨーグルトだった。甘みは無いが、シンガットというパイナップルに似た味のオレンジ色の実が入っている。果物の甘みと酸味は俺の舌を喜ばしてくれた。
「これ、初めて食べたんですけど美味しいですね。お代わりを貰ってきます!」
ミミも喜んでくれているようだ。だがおかわりに行くって…、もうすっかり食いしん坊キャラだ。昨夜の屋台巡りもスゴかった。
「あの肉串を食べましょう! 全種類下さい」
「肉ばかりではいけません。あっちの野菜スープも買いましょう」
「え? ビルリア名物の揚げパン頂きましょう!」
「この浅漬けは酸味がたまりませんね! もう一つお願いします‼︎」
「え? あれはミスカの実ですよ! ちょっとクオンさん! 買い溜めしましょう‼︎ ほら早く亜空間出して下さい」
「あの肉はまだ食べたこと無いですね! おじさん、これとそれとあれを下さい」
………etc.
こんな感じで普通に食堂で普通に食べた方が安かっと思われる夕食だった。まぁ楽しかったし、楽しんでくれたようだから別にいいか。
ただいよいよもって軍資金が少なくなってきた。本格的に冒険者として稼がないと宿無しの浮浪者のようになってしまう。
高ランクの冒険者はその経済力においても破格の存在である。巷では小国の国家予算に相当する資産を持っていると噂されている。中堅でも体力の衰えた晩年には商売を始めたり、田舎で家を買って気ままに暮らしたり、と現代日本人のセカンドライフのようだがそんな暮らしが出来るほどに貯金ができるらしい。だが、駆け出しや低ランクの者たちはその日暮らしの生活だそうだ。冒険者全体の7割がそんな低ランクのまま引退するか、死ぬか、犯罪に手を染めて奴隷となるか、といった現状らしい。
これらはウェンキッシュから聞いた話なので少し盛られている可能性もあるが、現実と大きな違いは
無いように思う。
そんな感じで考え事をしてるとミミがボウルでヨーグルトのお代わりを持ってくるところだった。
いや、お代わりって量じゃないだろう! そもそも代金はどうなってんだ?? 基本的にはミミにはお金を持たせてはいない。現状として持たせる必要性を感じてないからだ。
俺は先ほどトレーを受け取った食堂のカウンターを見る。そこには羊だろうか、モコモコの髪に捻れた2本の角が生えた大柄な獣人の男がいた。エプロン姿から想像するにここのシェフだろうか?
羊男は俺の視線に気づくと右手でサムズアップをしてウインクまでしてきた。俺は席についたミミへと話しかける。
「そのお代わりはどうしたんだ? 料金は?」
「なんかあのオジさんがタダでくれました『そんなに美味しそうに食べてくれるのは嬉しい限りだ、余った分を全部持っていけ!』 って笑いながらくれました。
どうやらミミの食いっぷりに気を良くしてくれたようだ。こんな小さな女の子があれだけ喜んで食べるのを見ると優しくしたくなる気持ちは、まぁ分からないでもない。
ん?
こんな一流と呼べるような宿屋のシェフが獣人なのか? 見たところ奴隷でもなさそうだ。ここまでミスディオ王国内での獣人への差別を目の当たりにしてきたが、ここは違うのだろうか。そう言えば、ここに来る前に泊まったコム村でも獣人を差別するような雰囲気は無かった。この辺りは事情が違うのだろうか。あとでフィットさんにでも聞いてみるか。
俺は羊男へと再び視線を向けると立ち上がって礼をした。すると羊男は笑いながら手をヒラヒラさせてカウンターから厨房の奥へと消えていった。
後できちんと礼をしよう。
俺は心のメモ帳にそのことを書き加えておいた。
「そういえばクオンさん。今日はどのような予定ですか? 確か冒険者ギルドで冒険者登録をするですよね?」
「ああそのつもりだ。だが先にフィットの所へ行こうと思う。話に聞くと早朝のギルドは込み合っているらしいからな。それにいくつかフィットには聞いておきたいことが出来た」
「分かりました。では食べたらすぐにフィットさんのところに向かいますか?」
「いやそんなに朝早くに行っても迷惑だろう。3番鐘がなる頃に向かえばいいだろう。それまでさっきの広場で組手だ。食ってばかりでは太るからな」
「そんな! あたしは太っていません。成長期なだけです‼︎」
俺の皮肉に顔を真っ赤にしたミミが頬を膨らませて抗議してくる。その仕草が可愛かったので思わず笑ってしまった。
「もう、そんな風に笑って誤魔化さないで下さい! ……分かりました。組手で私が太っていないことを理解して差し上げます」
そう言うと、急に目が据わった状態でヨーグルトをかき込み、食器を片付けるとそのまま広場へと向かってしまった。どうやらヤル気を出させてしまったらしい。
その後の組手ではミミのあまりの気迫に尻込みをして、防御に徹するようになってしまった。その上、いいのを1発貰ってしまい悶絶してしまうザマだった。
うん。今後は太る系のネタは使わないようにしよう。
「いやぁー、昨日はすいませんでした。急な会議を商工会で行う必要がありまして…。いやはや面目ないです」
「いえいえ、私たちも昨夜は疲れていたので逆に良かったかもしれません。それにこちらの店員さんに紹介頂いた【金の皿】は中々に良い宿屋でした。感謝しています」
「それは良かったです。あそこにはシャイダーをはじめ食材や雑貨などを卸しているんですよ。気に入っていただいて幸いです」
そんなやり取りをしていると、秘書だろうか。女性がお盆に飲み物を乗せて入って来た。飲み物は当然のごとくシャイダーだ。だが中に果実が入っている。これは……。
「シンガットの実が入ってる」
今まで借りてきた猫?のように、いや犬か。じっと黙っていたミミが破顔してそう叫んだ。
「ミミさんはシンガットがお好きなんですか?」
「はい、今朝もこの実が入ったヨーグルトというものを食べました。美味しかったです」
そう言ってコップに入ったシャイダーに口をつける。俺も同様にシンガット入りのシャイダーを口に含む。どうやら身をすり潰して甘さを加えて、食感を楽しむために大きめにカットしたシンガットを入れているようだ。シュワシュワと口の中で弾ける炭酸を楽しむ。ミミはそんな俺の横で早速お代わりを催促している。こら、そんなにはしたないことするな! 保護者の俺が恥ずかしいだろう。
だが俺の心配をよそにフィットは、さっきの女性に大きめの瓶に入れて追加のシャイダーを持ってくるように指示する。笑顔なので気分を害してはいないようだ。
「すいません。まだ子供でして、みっともないところを………」
「いえいえ、我が村の特産を美味しそうに飲んでくれて嬉しい限りですよ。逆にクオンさんもお若いんですから、そんなに肩苦しくなさらずにいて結構ですよ」
確かに成人したとはいえ、15歳はこの商人からすれば子供扱いか。でもアレと同じに思われるのは癪に触る。ーー俺の隣ではシャイダーを注いで泡が吹き出るのを楽しそうに見ているミミがいる。いや、こぼすなよ。汚れるだろう。
「ありがとうございます。ただ別に無理はしていません。慣れてくれば砕けてくるでしょう。その辺は追々でお願いします」
「追々ですか。分かりました。………それにしても無事でビルリアにお越しになっていて安心しました」
フィットはそう言うと少し悩ましげに俯いた。
「これでも多少は腕に覚えがありますからね。途中ハーピーの集団と遭遇しましたが、ご覧の通り怪我一つしていません」
「え? ハーピーの集団と遭遇したんですか?? よく無事でしたね?」
フィットは随分と驚いている。ハーピーは確かに集団になるとランクが上がる。確か50羽もいればCランクに入るはずだ。200羽以上の数となると、ランクと言うよりも局地的な天災のような扱いになるらしい。ちなみに単体の討伐ランクはギリギリDランクに入るそうだ。空中の機動力が評価されているそうで、これらはムースンから聞いたことだ。
「確かに厄介でしたが、50羽ほどでしたので………。このように火だるまにしました」
「っうお!?」
亜空間から焼け焦げたハーピーを取り出すとフィットは驚き椅子からずり落ちそうになっていた。
そしてそのままハーピーを眺めると、うーん、と言って動かなくなってしまった。
ちょっとしたサプライズのつもりで死体を出したのだが、怒らせてしまったのだろうか。フィットはこちらを見向きもせずに唸り続けている。
「クオンさん、ハーピーはギルドに報告はされましたか?」
「いえ、私は直接報告していません。ですがこのような経緯でして………」
どうやら彼は怒ってはいないようだ。俺はポロスたちを助けたことを話した。特に口止めをされていなかったので問題は無いだろう。それに聞きたいことにも関連してくるので話しておきたかったのも事実だ。俺の説明にフィットは真面目な顔で耳を傾けてくれる。
ちなみにミミは隣で2本目の瓶のお代わりを催促していた。
――――――
「ふぅ〜。どうやらハーピーの件は事実のようですね…」
あまり豪華とは言えない普通の部屋に数人の男女の姿がある。先ほどのため息はその中のひとり、薄い金髪をなびかせて、尖った耳をもつ美女のものだ。その姿は見惚れるほどに美しく、まさに妖艶と言えるものだったが、この場にいる男性陣はその色気のある所作に動揺を見せることは無かった。むしろ真剣な表情で手にした資料に目を通している。
「うむ。うちの愚息と護衛騎士も襲われている。幸いなことに旅のものの助力を受けてそれらの全滅に成功したそうだ。ムースン、詳しく話せ」
身なりの良い服装の男性が話し始める。年の頃は40前だろうか。これからさらに男としての魅力に磨きがかかる年齢だろう。その体に余分な脂肪は無く、鍛えられたものなのか、筋肉質な印象を受ける。そして、その姿からは十分にカリスマ性のようなものをその身から発せられている。それは服や容姿では無く、内面からにじみ出ているよオーラのようなものだった。
そんな彼にムースンと呼ばれた青色の短髪が目を引く美しい女騎士が立ち上がり言葉を紡ぐ。
「はい、申し上げます。ポロス様は私を含めた騎士6名でコム村へと街道を通り向かっておりました。ビルリアから1日半の地点で、ハーピーの集団に遭遇しそのまま戦闘になりました。数は50羽程でした。その数の多さに騎士数名が倒れ、さらに運の悪いことに数匹のオークがその場に現れて三つ巴の戦いとなりました」
ハーピーの数にその場の何人かが反応し、オークも加わるとその場の空気が固まった。しかし、そんな空気を物ともせずにムースンはその言葉を続ける。
「まさに敵の数に八方塞がりの状態でした。ポロス様だけでも脱出を、そう考えていたところに救援が来たのです。彼らによりハーピーともにオークは全滅。しかし、騎士2名が犠牲になりました、以上です」
「いやはや、ハーピー50羽を相手にして2名の犠牲とはまだマシだったのでしょう。犠牲になった2名の騎士に冥福を…」
そう言って祈りを捧げるのは神官服を着た初老の男性だ。
「ハーピー50羽……。儂が聞いている別口の目撃証言では200羽をゆうに超えているとのことじゃった。どうやら他にもハーピーがいる可能性が高いですな。4年前の大量発生と状況が酷似しておる」
でっぷりと出た腹を、少し装飾過多な服で包んでいる年老いた男が新たな情報を口にする。太ってはいるがその膨れた顔にある瞳は、鋭い光を放っていて独特な空気を出している。
「このような状態なので、私は私の領民や土地を守るために緊急依頼を出したいと思う。宜しいか?」
先ほどのカリスマ性を如何なく発揮して、男が金髪の女性へと声をかける。先ほどまでため息をつき、ウンザリとした表情だったその女性は姿勢を正して口を開く。
「分かりました。私の権限を使い緊急依頼を受諾し、すぐに対応します。おそらく調査隊を派遣しハーピーの住処を見つけ次第、相応の数の冒険者による殲滅作戦となるでしょう。皆様には、いくつかの場面でご協力いただくと思いますのでよろしくお願いします」
その場にいる全員が女性の言葉に大きく頷く。
金髪の女性は考えを巡らせる。
ことは深刻になる可能性がある。4年前のハーピーの大量発生では近隣の村が一つ潰れた。ハーピーの数は2000を超えていた。早期に対応出来たためにビルリアにその大群が押し寄せる前に処理することが出来ていた。
そもそもこのビルリア近辺にはハーピーの住処は無い。領地を西に馬で一週間ほど離れた閉鎖された鉱山に、大きめの巣が確認されているぐらいだ。
だからハーピーの出現にはどうしても注意が必要になってくる。何らかの理由で何処からか、ハーピーが移動してきたことが推測される。おそらくその原因はあまり良く無いことであるのは確かだ。だが情報が少ない現状では確かめようも無く、目先の問題を片付ける必要があった。
女性の言葉を皮切りにこれからの方針が決まり、それぞれが今後の自分の役割を考え出していた。そんな時に会話に加わっていなかった1人の男性が静かに口を開いた。
「そのポロス様を助けた者たちは何者ですか?」
その場にいた全員が動きを止めて、ムースンの方へと顔を向ける。思い返せばその情報が抜けていた。どの冒険者がこの地の次期領主を救ったのか、興味が無いわけが無い。
「…ある程度しか分かっていません。クオンセルと名乗る普人族の少年とミミという犬の獣人でした。冒険者になりに来たと言っていましたね。年の頃は少年の方が成人しているかいないかというところです」
この言葉に、その場にいた全員が目を見張る。50羽ものハーピーをまだ子供とも言えるような2人組の少年少女が全滅させたのだ。しかも冒険者になろうとしている、いわば素人だ。十分に異常な出来事であることが分かる。ハーピーの脅威とは別のところで部屋に変な空気が満ちていく。そして、その空気を感じたからなのか、ムースンが言葉を続けた。
「詳細は分かりませんが、少年のマントには赤字で『円に縦の三本線』が刻まれていました」
そのセリフに何人かの眉がピクリと動く。
「私の知る限りではそのシンボルは、一つの事実を表します。彼は魔法国家バスタリアにある【育成道場】の出身者かと思われます」
ムースンが淡々と告げた事実に、その場にいた一握りの人物はその口元を三日月の形に変形させていた。
こうしてビルリアでの早朝から始まった権力者たちによる会合はその幕を降ろしたのだ。
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ブクマ一件の増減に一喜一憂する作者からのお願いでした!




