2-20 救出
前話「2-19 救出」を10/12に間違えて投稿していました。
新たに増筆してサブタイトルも「2-19 シャイダー」と変更しております。
前話をお読みになって「なんか短ぇ!」と、思った方がいれば修正した前話をもう一度お読みいただけると幸いです。
まだ日が出て来る前。鳥も鳴き出す前に俺は目を覚ます。簡単な身支度を整えると、日課である早朝の訓練の為に宿屋の裏側へと向かう。身支度といっても荷物のほとんどは亜空間に収納されているので、肌着を変えて桶に入っている水で顔を洗う程度だ。
まだ暗い屋内を足を忍ばせて出ると、冷たい空気が顔を刺す。その冷えた空気を肺いっぱいに吸い込むと眠気は消えて頭が冴えてくる。
以前に素振りや型稽古を蔑ろにするようなことを言ったかもしれないが、今からやることはまさにそれだ。俺は決して素振りや型稽古をしないわけじゃない。
前世では部活でバスケを中高とやっていた。それなりに強豪校で青春を過ごした。バスケ漬けの青春なのでピンク色の潤いなどは全く無かったが…。
当時は毎日のように足はこびの練習をしていた。ボールを受けて、着地とともにディフェンスを抜き去る為にあらゆる身体操作が必要だっだ。つま先の向き、上半身の入れ方、体重移動の為の膝の使い方、何十何百と繰り返して体に覚えさせる。
バスケ程攻守の入れ替えが激しいスポーツはない。よく一瞬の判断が勝負を決めた、なんてことを聞くがバスケの場合は一瞬の動作で決まる。無意識レベルの動きだ。それにフェイントの為の視線や顔の向きや表情も大事な要素だ。あの狭いコートの中ではそんなやり取りが所狭しと行われている。
別にバスケの話をしたいわけじゃないのでここまでにするが、俺が言いたいのはその一瞬の駆け引きには無意識レベルで動く身体操作が必要だ。実際に気付いたらディフェンスを抜き去っていた、なんてことは集中していると何度か体験したことがあった。
この世界で命のやり取りをする際はもっとシビアだ。高レベルの敵と相対すれば、所作一つがそのまま死につながってしまう。一瞬の判断では無く、脊髄反射レベルで対応しなくてはいけない場面も多々出てくるはずなのだ。
そうならないように素振りを型稽古を身体に、いや細胞一つ一つに刻み込むことが必要だと俺は思っている。だからこその日課のこの訓練だ。
まずはエスペランサに習った体術の型を繰り返す。前半は中国拳法のように舞う様な動きが主体だ。後半は後の先、カウンターを叩き込むように敵をイメージしながらゆっくりと丁寧な動きにする。ちなみに後半の型は俺のオリジナルな部分が多い。
次は斧だ。ウェンキッシュに習おうとしたが「斧は力一杯叩き込むのが奥義で、ちまちました技は必要ない」と言って、あしらわれた。だからウェンキッシュの戦いをトースするように斧を振るう。上から下への振り下ろし、左右それぞれへの横薙ぎ、逆手に持ち替えての振り上げなど様々な体勢から斬撃を繰り返す。
他には剣と槍も行う。剣も槍もキシリから習った軍隊式の基本の型を行う。槍はほとんどオリジナルだ。上下左右と斜めを含めた八方向へと向かう払い、そしてひたすら突きの素振りを繰り返す。どちらも主武器では無いし、きちんとした師の下で学んでいないので嗜み程度のものだ。
一通りの訓練を2時間ほどで終える。ちなみに魔法の訓練は夜にやるようにしている。魔力を使い尽くして意識が薄れても大丈夫なようにするためだ。
俺は井戸へで体を火照った体を洗い流すと気を落ち着かせる。そのまま宿には戻らずに馬小屋へと向かう。馬小屋には数頭の馬とハクがいる。
「おはようハク。よく眠れたか?」
「ワン!」
藁の上で寝そべっていたハクは俺の声に顔を上げて元気に返事をする。そして近づく俺へと突進してくる。小型化しているので受け止めるのも楽だ。ハクを地面へと降ろしてあやすように撫でる。
この瞬間、俺は朝の訓練での疲れは吹き飛んだ。相変わらずこの愛玩動物は、俺の心と体を癒してくれる。しばらくそのままハクの毛並みと肉球を楽しんだ。そしてお礼に亜空間から朝食の肉を与える。昨日ミミの訓練相手を務めてくれたオーク君だ。美味しそうに食べるハクをそのままに、近くにいた馬にも餌を与える。この旅では結局この馬一頭で事足りている。荷物も無いし、体の小さいミミと俺の2人で騎乗しても大丈夫な馬力のある馬だ。軽くブラッシングをしてやり、俺は宿へと戻りシャイダーを飲もうと心に決めた。
――――――
コム村を出て2日。俺たちはビルリアへの旅路の最中にあった。コム村を出るときに、シャイダーを大量に購入することができた。フィットの親父さんは気のいい職人さん風の人で、交渉も楽だった。フィットの手紙の効力も大きいだろうが、無くなったらまた買いに来る、シャイダーの宣伝をすると伝えたらたいそう喜んでくれた。亜空間に収納する時はかなり驚いていたが、変に詮索はしてこなかったのも好印象だ。ちなみに、フィットは俺が訓練している間に出発していたらしい。
だが、シャイダーという予想外の出費に俺の懐も寂しくなってきていた。いつぞやの盗賊から奪った金は1割ほどしか残っていない。それでも大銀貨数枚分はあるので生活に困ることはない。ただビルリアでは早く冒険者として稼がなくていけない、という思いは強くなった。
そんなこんなで順調な旅はハクの唸り声で一変した。
俺たちの乗る馬を先導するように歩いていたハクが立ち止まり前方を睨みつけているのだ。
「ハク、どうしたんだい?」
異常を感じたのだろう。コーメーが実体化してハクへと駆け寄る。そしていくつかのやり取りを終えてこちらを振り返る。
「相棒、どうやらこの道の先で戦闘があるみたいだ。おそらく人が魔物に襲われている。それもかなりの数みたいだ。どうする?」
ハクから聞いたであろう内容をコーメーが教えてくれる。魔物の襲撃か、辺境の街道であれば珍しくも無いんだろう。それよりもどうするかだな。面倒ごとを避けて街道から外れるか、助けに行くか……。
「この道の先ってことは、もしかしたらフィットさん達かもな。護衛に冒険者を雇っていたから自力でなんとかなると思うけど…。少し心配だから確認に行くか?」
「いいんじゃ無いかな? ハクが言うにはそんなに強い魔物でも無いみたいだから危険でも無いし」
「じゃあ決まりだ。ちょっと速めに移動しよう。ミミはしっかりと掴まっててくれ」
「はい、クオンさん」
そう言って了承したミミは何故か俺に背中を預けてきた。俺の前に騎乗しているので普通は馬にしがみつく様にするハズなんだが。
「ミミ?」
「はい、しっかりくっついています」
わざとか天然か、大した問題でも無いので苦笑いしながら馬を走らせる。さて、どんな状況なんだか。
しばらく走ると魔物の叫び声が聞こえてくる。そして血の匂いが風にのって届いた。ミミは少しだけ体を硬直させている。
俺は近くの林にミミと馬、それに護衛としてハクを残して近づいていく。元々渡してあったダガーとは別に【フメントの弓】を渡しておく。鉄の矢を生み出す魔道具なので、相応に力が必要な武器だ。しかしミミは身体強化の魔法を覚え、父のヴィンター程ではないがこの弓を使いこなし始めていた。
ハクにくれぐれも敵に近付き過ぎて狙われない様に指示して二手に別れる。
コーメーと2人で林を利用しながら問題の場所へと向かう。
襲われている場所まで200メートルほど離れた場所に着く。そこには豪華な馬車を鳥の様な魔物が囲んでいるのが見えた。よく見るとただの鳥じゃなくて人型の魔物のだっだ。手足には羽毛がビッシリと生えていて、その先にはするどい鉤爪が見て取れる。胴体部には羽毛はなく、鳥肌だろうか? 日に焼けた色黒い地肌は日に焼けた様な褐色でブツブツしている様に見える。頭部は人に近いが瞳は真っ赤だった。それに全体を観察すると全員女?だった。いや、この場合はメスか?
「ハーピーだね」
「…初めて見るな。危険なのか?」
「一体の脅威はさほどでもないけど、集団だと厄介だね。空を飛べるから立体的な攻撃をしてくるし、それなりに知恵も回るよ」
「この辺はこんなのがウヨウヨしてるのか? さすが辺境というか、物騒だな。………ん??」
現状分析をしていると俺たちとは反対方向の林からオークが数体現れた。血の匂いに誘われて来たのだろうか。ブーブー言いながら場所へと突っ込んでいく。途中、ハーピーに襲撃を受けているところを見ると魔物同士共闘するわけでないみたいだ。少しだけ安心したが、場が混乱するのは目に見えていた。
「襲われてるのは…、どうやら貴族みたいだね。あの豪華な馬車と護衛が金属鎧の騎士だ。良かったね、フィットさんじゃないよ」
「そうだな。だがどうするかな。貴族となると面倒になる可能性があるな」
別に助けるのを渋る訳ではないが、貴族とはあまり縁を持ちたくないのが正直な気持ちだ。利用したりされたりってのは避けたいものだ。
「でも助けないって選択肢は無いんでしょ? だったら早く助けに行こうよ」
人側は明らかに劣勢だった。6人いる護衛の騎士の半分は地に伏している。それに残った3人も空中を飛び回るハーピーに翻弄されている様だ。隊長格であろう女騎士だけは何匹かハーピーを斬り伏せている。
「そうだな、犠牲者が多くなる前に行くか」
「マズイよ、相棒!」
コーメーの指差す先には、ハーピーの囲いを抜けたオークが2匹馬車へと走り出していた。あのままでは、騎士の隙間をぬって馬車にたどり着いてしまう。女騎士もそれに気づいたのか、叫びながら馬車との間に割って入ろうとしているがハーピーに阻まれてしまう。
あ、まずい
俺は林から出るが間に合いそうにない。
斧を振りかぶったオークが馬車に迫る。このままでは馬車に乗る人物はオークに殺されてしまうだろう。だがそのオークの頭に鉄の矢が突き刺さる。オークはその巨体を地面に横たえる。即死だろう。近くにいたもう一体のオークも鉄の矢で眉間を射抜かれて倒れた。
そして矢の放たれたであろう方角へハーピーたちの注意が向く。俺もそちらに視線を向けるとミミが弓を構えていた。
「あんの馬鹿! 狙われてんじゃねーか‼︎‼︎」
俺は亜空間から【三日月の斧】を取り出すと空中に固まっているハーピーめがけて投げ込む。数体のハーピーに傷を与えながら手元に戻った斧を握ると魔力を発しながら叫ぶ。
「鶏ガラ女ども! こっちに来やがれ‼︎‼︎」
俺の言葉を理解してはいないだろうが、数体の同胞をやられた怒りからなのか、残りの半分以上がこちらへと視線を向けてくる。
「ピィイイイイ!」
リーダーらしき少し大きめのハーピーが甲高い声を上げるとハーピーが俺へと群がってきた。
俺は亜空間に斧をしまうと、身体強化を施して馬車へと突っ込む。数体のハーピーに接触される。それぞれ触れた瞬間に魔力を流し込んで戦闘不能に追い込む。鉤爪に注意すれば然程の脅威はない様だ。
俺は馬車までたどり着くと亜空間からある魔道具取り出すと声をはりあげる。
「死にたくなければ、伏せるんだ!」
目の前に飛び込んできたハーピーの胸へと、取り出した【火竜の息吹】を突き刺すと魔力を込める。
指揮棒の様な魔道具の先端、ハーピーに突き刺さった部分が熱を帯びる。肉の焼ける様な音と匂いがするとそのハーピーは火だるまと化して、火柱とともに吹き飛んだ。指揮棒から放たれた炎は30メートル近くになり、その延長線上のハーピーを焼き付けしていく。
俺はその炎を維持したまま矛先を周囲の魔物へと向けていく。炎は多くのハーピーらを火だるまに変えて地面へと落としてゆく。
周辺には肉の焼ける異臭が立ち込めると何体かのハーピーを残して、この場から生きる魔物は消え失せた。生き残ったハーピーに次々と鉄の矢が生えてゆく。ミミさん、いい仕事しますねぇ。
俺は伏せていた女騎士へと声をかける。
「ほとんどの魔物は焼け死んだ様です。…大丈夫ですか?」
「………協力感謝します。助けていただきありがとうございます」
女騎士はさっと立ち上がると深い礼を返してきた。青色の短髪でキリッとした目鼻立ちは、十分に
美人と言える。歳は20代半ばぐらいだろうか、キリッとした立ち姿は思わず見とれてしまいそうだ。
「いえ、偶々ですよ。ですが犠牲者も出てしまいました。残念なことです」
「いえ、騎士として主君をその命を懸けて守ったのです。彼らも本望でしょう」
「ムースン! どうなったのだ? 助かったのなら報告をしろ‼︎‼︎」
幼げな声が馬車から響く。どうやら貴族様がお呼びのようだ。
「む、少々失礼します」
「どうぞお気になさらずに」
ムースンと呼ばれた女騎士は足早に馬車へと駆けてゆく。残された俺は周りに散らばる魔物の死体を亜空間に回収していく。周囲の焼き鳥のような匂いにげんなりしながら、その原因を排除していく。
すると、黒焦げのしたいから1匹のオークがヨロヨロと立ち上がる。どうやらハーピーの陰で炎をやり過ごしたようだ。
俺はトドメを刺そうと近づくと後ろから声が響いた。
「ぅあーー、まだ生きているのがおるではないか!」
俺はその声を背にしながら、懐に飛び込むとオークに【魔力掌】で内臓をかき混ぜる。生き残ったオークは小さく呻くと、その命を終わらせた。
オークを担ぎながら、声のした方を振り向く。そこには女騎士に抱きつくように隠れている少年がいた。随分と良い身なりをしているので貴族だとわかる。金髪碧眼の少し線の細い美少年だった。
「お、お前。良くやった。その汚らしい魔物を置いてこちらへと来い」




