2-18 女の子連れは…
「クオンさん、戻りました!」
「おーう、お帰り。どうだった?」
「えへへへ」
笑いながらミミは俺に捕えてきた獲物を見せてきた。今回のは野兎が4羽だった。ミミはその可愛らしい犬耳をピコピコとさせながら頭をこちらに差し出してきた。最近やるようになった「褒めて! 頭撫でて!」のアピールだ。
「ク、クゥ~~……」
俺は注文通りに頭をなでてやると、喉を鳴らすようにして気持良さそうな顔でニヤけている。まだまだ11歳という幼さが保護欲をそそるというか…、純粋な好意を寄せられることに対してか、むず痒い感覚におちいる。抱きしめてイイ子イイ子してあげたくなるが、なけなしの理性で抑える。
墓守の森を出発してから2週間ほどが経過しているが、日に日にミミとの距離が近づいている、というか詰められている?ような印象を受ける。決してやましい気持にはならないのだが、必要以上に距離を埋めたくないというのが本心だったりする。ヴィンターとの約束もあるので、ある程度は共に暮らすがそれは永遠ではない。俺は冒険者として生計を立てる根なし草のような人生を送るはずだ。極端にいえば、気づけば魔物に殺されている、なんていう未来はありうるのだ。そんな生活の男に縛られるような人生はミミには送って欲しくないと思っている。
だからそんなに好意を持たれたくは無かった。というかある程度は距離を置いていたいというのが本音だ。
でもあの垂れ気味の犬耳がピコピコ動き、すがるような視線を送られてしまうとどうしても言動が甘くなってしまう。
俺も好んで嫌われようとは思わないのでどうしようもないかもしれない。
「ワンワンワン!」
俺がそんなことで悩んでいると、ハクが元気良く吠えた!
その眼は「僕も頑張ったんだ! 褒めてよ」よ訴えている。
「ハクも頑張ったのか。よしよし」
俺はハクの頭をゴシゴシとなでてやる。こいつは少し乱暴に撫でられるのが好きみたいで、恍惚とした表情になっている。しまいには腹を見せて服従のポーズまで決めてくる。俺は苦笑いをするとその温かいお腹を撫でてやる。
つくづくおもうが、こいつは本当にただの犬にしか見えない。この姿を見れば、ライアンの墓を800年にわたり守護し、本来は3メートルを越える巨体を持つガルムという妖精でAランク相当の強さを持つとは誰も思わないだろう。どっからどう見ても愛玩犬だ。
「わぅ?」
俺が物思いにふけって、手が止まっていることに気づくと「もう終わり?」というような視線を送ってくる。
―――くっ。
ミミとは違う可愛らしさに心がえぐられるような思いだ。ただミミとは違い、その好意に楽に応えられるのはありがたい。俺は両手を使ってハクをかわいがってやった。
「クオンさん、ずるいです。あたしもお願いします!」
隣でミミが抗議してくるが完全に聞こえないふりをしてスルーする。というか、俺の両手が止まらない。ハクめ、恐ろしい奴だ!
「よし、それじゃあ夕飯にするか」
おれはそう言って下処理をした野兎の肉を金属製の串に刺して焼く。いい感じに焼けてくると塩を振ってミミとコーメーに渡す。本当ならもっときちんと調理したいのだが、材料と器具がない。コーメーと二人旅の食事は全て亜空間に保存してある出来合いのものばかりだった。亜空間に保存すると時間の経過がなく、腐ることはない。しかも温かいものは熱を持ったまま食べられるので、いつでも温かい料理が食べられる。
それではなぜ獲物をとって食しているかというと、ミミのためだ。
2週間前のことだ。ミミは森を出ると「あたしも戦えるようになりたい」と言い出した。俺としても護身レベルのものは享受しようと思っていたし、旅のノウハウも教えるつもりだった。だから食料となる獲物の取り方や、食材になる植物の選別なども並行して教えている。その一環としてハクをお供に狩りをさせているのだ。
それ以外にも野営の仕方や馬の世話なども一緒にやりながら教えている。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ。
五十六さんではないけれど、前世の経験からも人に教えるには、率先して自分が行動する方がいいと思っている。人に教わるのに、本人が出来ないと説得力が出ない。でも俺が思ったよりもミミの学習意欲は高かった。いや、俺が見誤っていた。
「ではクオンさん。食べ終わったら早速はじめましょう!」
「…うん。わかったよ」
俺はミミの言葉に生返事で応える。
俺としては、ミミには一人旅が出来る程度の訓練で十分だと思っていた。だが本人は「戦えるようになりたい」そうだ。
つまり逃げることを前提の護身術では無く、敵を打ち倒す力が欲しいと言うのだ。そして始まった稽古という名の乱取り組手だ。ミミを強くする為に暇があれば組み手をやっているのだ。
なぜ組手なのか?
これは持論になるんだが、俺は実践に勝る訓練は無いと思っている。
例えば山籠りして精神を鍛える。
素振りを何千何万回と繰り返す。
決められた定石の型を体に叩き込む。
これらは無駄だ! とまでは言わないが、それほど重点を置く必要はないと思っている。理由はここが異世界で常に死と隣り合っている旅をしているからだ。
つまり前世などの戦闘を行う場面が少なく、その戦闘手段が限られているような『競技』や『試合』とは前提条件が違うのだ。
自分が強くなるまで敵は待ってはくれない。
達人になるまで敵とは戦わないのか?
答えは否である。
強くなる方法としてはさっき言ったような反復練習は確かに効果的だ。ただ強くなるのに時間はかけられない。まずは戦う術を持たないといけないのだ。
そうなると実践に最も近い『組手』から学ぶことが一番手っとり早いと俺は思っている。
事実、【育成道場】では毎日のように組み手を行っていた。……もしかするとキシリやエスペランサの趣味だったかもしれないが…。ハハハハ。
結論を言えば、相手を倒すために何をするか、どうすればいいか、常に考えながら試行錯誤していく必要があるのだ。そのために必要なら武器を使えばいいし、上手く扱うために反復練習をするのは間違いではないと思う。
さて、そんなことを考えながら野兎を食べ終わると、ミミは既に準備運動をしている最中だった。
「今日こそ倒しますからねー」
「はいはい。怪我しない程度に頑張ってくれよ」
「ミミー、頑張っておくれよ」
「ワンワーン!」
コーメーとハクからの声援を受けて、ミミはますますやる気を出しているようだ。何が楽しいんだか……。
女の子なんだから血生臭いことから離れて欲しいと思ってしまうのは変だろうか?
「行きます!」
「おーっと」
ミミは掛け声とともに俺の眼前へと詰めてくる。獣人としての身体能力なのか、とても11歳の女の子な出せるスピードではない。思い切りの良さとバネのように全身を使って拳を繰り出してくる。
俺の顔面への拳による連打を、上半身のみを使って躱してゆく。
「そんな馬鹿正直に攻撃しても当たらないよ?」
「くっ」
俺は余裕を持って躱していく。
そして当たらない苛立ちからか、段々と大振りになってくるその挙動を見逃さない。大きく伸びた突きの手首を掴むと、そのまま一本背負の要領でミミを投げ飛ばす。
地面に叩きつけないように空中へと投げ飛ばしたことでミミの体が宙を舞う。ミミはその小さな体を意図的にヒネるように抱え込んで、回転しながら無傷で着地する。
着地と同時に俺へと突撃しようと身を沈めるが、眼前に俺の姿はない。
「敵から目を離すな!」
俺はミミの背後から脳天へのチョップを繰り出す。
「キャッ!」
俺の攻撃に涙目になりながら、ミミは俺を恨めしそうに見上げる。
「クオンさん、速過ぎます。全然ついていけないですよ」
俺はミミの抗議に対して、俺は宥めるように言い聞かせる。
「俺はそんなに速く動いてないぞ? ただ最低限の動きで攻撃を躱して、投げ飛ばしたのと同時に背後に回っただけだ」
「そんな当たり前のように言わないで下さい」
「実際にそうしただけなんだがな。後はミミの視線や重心の移動を見て動きを予測したぐらいか」
「そんなの簡単に出来ないですよ」
俺の言葉に半ば呆れながらミミは噛み付いてくる。そんなことを言ったって、今話したことは事実でしかない。
「……いきなり出来るようになるとは思ってないよ。ただミミの攻撃は直線的だし素直すぎる。もっと工夫しない」
「……。工夫ってなんですか?」
「それは自分で考えなさい。これでも色々とヒントは出しているつもりだよ」
そんなやり取りを繰り返して、再び組手を繰り返す。
回数を重ねることでミミは汗まみれとなり、段々と疲労してらいるのが見て取れる。だが獣人のスペックの高さからか、スピードに大きな変化は無い。動き方も変化が乏しくて単調だが…。
「ワン!」
そんな時、ハクが吠えた。
俺は視線と意識をハクに向ける。ハクは茂みへと視線を、向けて動かない。おそらく魔物が近づいてきたのかな?
Aランククラスの能力を持つハクの索敵能力は素晴らしく、この旅で随分と助けられている。
俺はハクの視線の先へと目を向ける。ずんぐりとしたシルエットが3つ見える。あれは…
「オークですね」
「ミミは知ってるのか?」
隣で少し緊張気味にミミが魔物の正体を言い当てる。身長は180センチ程だろうか、大きく突き出たお腹を重そうにこちらへと走ってくる。肌の色はピンクで体毛は少ない。顔は豚のようでその口からは猪のような牙が2本生えている。
手には簡素な槍や剣を持っていて、ボロボロの皮鎧を着込んでいる。どこからか拾ってきたのか、人間を殺して奪ったのか、魔物なのに武具を装備する位に頭は良い。
「あたしの村にもたまに出てきました。大体はお父さんたちが撃退してくれましたが、怪我人が出ることもよくありました」
「あいつらは動きが鈍い割に、力もあるし集団で攻撃してくるからな。あと、意外と頭良いし」
俺は姿を隠さずに近づいてくるオークを見てふと疑問に思う。
「伏兵がいるな」
「え? クオンさん、何か言いましたか?」
俺はミミの質問には答えずに、ハクの元へと近づいてゆく。
「ハク、あの3匹以外にもオークはいるか?」
「ワフ!」
ハクは俺の言葉に頷いて肯定すると、反対方向にある林の方へと視線を向けた。
「そうか、じゃあ林の方は任せてもいいか?」
「ワン!」
俺の頼みに「任せて!」と言わんばかりに元気よく返事をする。
「ミミはコーメーの近くで俺の戦闘を見ておけ」
俺は返事を聞かずに陽動役の3体のオークへと走り出す。ハクも俺が動き出すと同時に巨大化して林へと消えてゆく。
俺は槍を持ったオークへと正面から突っ込む。オークは驚きながらも俺へと槍を突き出してくる。
俺は目算で槍の間合いのギリギリで突進を止める。槍の穂先は俺の10センチ程前で止まった。そのまま槍を掴んで軽く弾くようにして間合いに入る。
オークは弾かれた槍を力任せに、俺を薙ぎ払うように攻撃してくる。狙い通りの軌跡をたどる攻撃をしゃがむことによって躱す。そしてがら空きになった胴体へと拳をめり込ませる。
【魔力掌】で体内へと魔力を送ることも忘れない。
そしてそのまま長剣をもった一匹へとゆっくりとあるくスピードで迫る。
そんな俺に対して、オークは正面から長剣を大きく振りかぶって突進してくる。その巨体を脂肪を揺らしながら走る姿は、はっきり言って見苦しい。なんかブヒブヒ言ってるし…。
俺はオークによって振り下ろされた長剣を半身になって躱す。
そして長剣の柄を蹴り上げて吹き飛ばす。唖然として頭上に舞い上がった長剣を見上げるオークにアッパーをくらわせて沈める。
残った1匹は手にした長剣をワナワナと震わせながら、ブギャブギャと何かを叫んでいる。きっと罵るような罵詈雑言を浴びせてきているのだろうが、言葉が理解できないので俺には伝わらない。
落ちてきた長剣を受け止めると騒いでいるオークへと投げる。投げた長剣は吸い込まれるようにオークの顔面へと突き刺さる。
「さて、運ぶか」
俺は殺した二匹のオークをその場で【炎竜の息吹】を使って焼く。骨も残さずに消し済みにしておく。アンデットになったり、血の匂いでほかの魔物が来るのを防ぐためだ。
ちなみにこの魔道具は吸血鬼のミールが持っていたものだ。指揮棒のようなこの魔道具は、魔力を込めると炎を噴き出す、という単純だが強力な魔道具だ。火属性の適性のない俺にとっては重宝するものだ。
俺は気を失っているオークを一匹担ぐとミミたちの下へもどる。っつーか臭いぞオーク…。
「ハクもお疲れ! 倒したオークは食っていいからな。食べきれない分は持ってきてくれ。焼くからな」
「ワオーン」
おれの言葉に機嫌を良くしたのか、元気良くほえると林へと走って行った。
「さて、それじゃあミミにはこのオークを倒してもらおう」
困惑気味のミミを無視して亜空間からダガーを取り出す。ちなみにいつぞやの盗賊から奪ったものだ。
「ここ2週間の組手で十分に動けるようになったからな。そのダガーを振り回す体力もついただろう。存分にやってくれ」
「ちょ、クオンさん?」
そんなことは出来ないとばかりに顔で俺に訴えてくる。
俺は大げさにため息をつくと、ミミを諭すように語る
「強くなりたいんだろう? オークは単体でDランクの上位の魔物だ。だが俺から受けたダメージで万全じゃないし、武器も取り上げている。今のミミでも十分に倒せると思っている」
「でも……」
「これが出来ないなら、強くなることは諦めることだ」
「―――っ!!」
俺の冷たく言い放った言葉に身を震わせると、ミミは黙ってダガーを受け取る。
「ちなみにミミの体格に合わせてダガーを渡したが、オークは皮下脂肪が厚いから中々刃が通らないぞ。切りつける場所を考えて攻撃しろ」
俺の言葉に恨めしそうな視線を向けてくるが無視だ、スルーだ。そして気絶していたオークに水をぶっかけて起こす。同時に距離をとって声を上げる。
「ラウンドワーン」
俺はレフリーよろしく声をはりあげると、ミミがオークへと肉薄する。
え?
少女には過酷すぎるって?
とんでもない、ちゃんと安全マージンは取ってある。それにコーメーも何も言わずに見守っているじゃないか。




