2-17 旅の道連れ
黒目黒髪の男は俺の視線に気づくと、にっこりと柔らかな笑みを浮かべる。先ほどまで対峙していた無表情野郎とは纏う空気が違うのを瞬時に理解した。
「やぁ、思ったよりも元気そうだね」
そして男はかけられた言葉に反応出来ずに固まっている俺に、手の平を振りながら笑顔で大丈夫? って心配そうに語りかけてくる。
「あんたは…」
「うん。君の想像通りだよ。本物のライアンだよ。正確にはその残留思念という感じかな?」
ライアンは俺の考えを見越して言葉を続ける。
「君には迷惑をかけてしまったね」
「いや、迷惑って言っても大したことじゃ無いさ。同じ元日本人だろ?」
気にするな、そんな意味を込めてウインクをする。ライアンはクスクスと笑うと右手差し出してきた。
「そうか、でも色々と感謝してるんだ。ありがとう」
「……どういたしまして」
俺は照れ臭くなりながらも握手に応じる。この空間のせいか、ライアンの手の感触は良く分からなかった。でも冷たさや不快感なんてモノは一切無かった。
「ところで、ここはどうなっているんだ? それに何であんたが居るんだ?」
俺は現状の、良くわからない状況について聞く。
「そうだね。あまり時間も無いからさっさと出ようか」
そう言って真面目な顔になる。淡々とその口から恐ろしい事実を語り始めた。
「ここはあの魔剣の作り出した精神世界。悪意に満ちた空間だよ。魔剣により集められた悪意渦巻く場所だよ。あ、ちなみに君はまだ死んじゃいないよ。ただ魔剣の思念を大量に受けてしまい、この空間に引き込まれてしまったのさ」
ほら、見てごらん。と言いながら彼の指差す方を見てみる。
そこには黒い何も無い空間が広がっていたが、目を凝らすと闇が更に深まっているような箇所をみつけた。そこはもぞもぞと蠢いているような、貪り絡み合っているような、そんな風に動いているように見える。
ただ、どこか嫌悪感を抱いてしまい無意識の内に一歩下がるように、身体が距離を置きたがっている。
「あれはその悪意の塊の中心だよ。今までの魔剣の所有者や殺された者たちの悪意の集合体さ」
「…戦っている時に少し感じたけど、あれはやばかった。自分を塗りつぶされるような、目に映る全てが憎く思えてきた」
「うん。だから君もこのままこの空間に留まっていると、あれに侵食されて同化してしまうところだったんだよ」
「いやいやいや、さらっと言ったけどそれかなりヤバい状態だったんだな。…戻れないのか?」
あんなただ世界を怨み、呪うような存在になるのはごめんだ。せっかくの異世界ライフをあんなのに囚われて終わりにはしたく無い。
「じゃあいくよ」
ライアンの声が聞こえると共に、身体が感じていた悪寒なら浮遊感やらが消える。そして重力を得たかのように身体が下に落ちていくのがわかる。
「ちょっ、いきなり…」
「これで大丈夫。現世に戻ったらコーメー達を宜しくね」
頭上から声をかけられたかと思うと、ライアンは遥か上空にいた。落ち行く方向にはまばゆいは光が見えてくる。あれが出口なんだろう。
「ーーっっって、あんたは⁈」
俺の声に何食わぬ顔で手を振りながら、ライアンは無言で応える。何であんな顔でこの空間に残れるのか。それも自分の身を呈して、俺だけ助けるようなそんな英雄的行動に苛立ちを覚える。
だが、その清々しいまでのその笑顔に毒気を抜かれてしまう。
「ありがとうライアン……」
俺は光の中に身が溶け込むような、そんな感覚にとらわれながら意識を手放しながら同郷の男に感謝をした。
――――――
「……ん、ん〜〜?」
「お、起きたのかい。相棒?」
俺は目は目を開けるとそこには見知った顔があった。
「コーメーか、何でここに?」
「ヴィンターが消えたから、戦いが終わったと思って迎えに来たんだよ」
コーメーは顎でミミの方へ俺の視線の向けさせる。
そこにはハクと戯れるミミの姿があった。笑顔で楽しそうだが、その目元は真っ赤で泣いた跡が見て取れる。別れはきちんと出来たのだろうか。空元気で無ければいいんだけどな。
「そっか。助かったよ。……それと、悪意に飲まれそうだった時も声かけてくれたろ? ありがとな」
「ふふん。オイラは契約精霊だからね。ご主人のピンチは見逃せないのさ!」
小憎たらしい笑顔でサムズアップするコーメーの頭を俺は撫でながら笑いかける。本当に、いい相棒を持っもんだよ。
俺のすぐ近くに転がる黒い剣は、中程からポッキリとその黒い刃が折れている。どうやらライアンの死体は灰になったのだろう。近くにその姿は見当たらない。
「そう言えば、ライアンに会ったぞ」
「何か言ってたかい?」
「うんにゃ、特別なことは何も。ただ最後まで笑顔だっさ」
「それはあいつらしいね」
手の下の表情は読めないが、満足した顔をしててほしいものだ。
「さて」
俺は立ち上がるとポキポキと関節を伸ばす。右手や肩の傷は治っている。きっとコーメーがやっといてくれたのだろう。俺は戯れている1人と1匹、そして1体の精霊に向けて話しかける。
「それじゃあ準備を整えて行きますか!」
俺の言葉に各々がそれぞれの反応を示す。
「ところで、目的地はどこなんですか?」
ミミが興味津々の様子で、その垂れ耳をピンと立てて聞いてくる。まだ見ぬ世界に胸を踊らせているようだ。
「ミスディア王国の辺境都市ビルリアだ」
魔の森と呼ばれる危険な地域に隣接されている都市。そこは強い魔物が溢れる森のことで、そこから都市を防衛するために国内を問わずに強き者が集まる都市。迷宮都市に並ぶこの世界でも有名な冒険者の集まる場所だ。
「ビルリアかぁ〜。知らないけど、楽しい場所だといいね」
「ワンワン!」
ミミの言葉に元気よくハクが応える。というか、やっぱりハクも来るのか。にしても、こうして見るとただの大型犬だな。
そう言えば森の外に森の外に繋いでおいた馬は生きているだろうか。ここにこんな長居をするつもりが無かったから置いてきたんだが…。しばらく歩くことになるのは嫌だな。
肩を落として歩き出す俺にどこからか声が聞こえてくる。
<僕も忘れないで欲しいね>
声のした方を振り向くが誰も居ない。空耳か?
ま、気にしてもしょうがないか。
俺は気にせず歩き出す。
そんなクオンセルの背後にこぶし大の黒煙が漂っていた。それはしばらく動き回っていると、身体に吸い込まれるようにして消えていった。それは誰にも気付かれることは無かった。
――――――
ここは魔法国家バスタリアの一角。人々が【武骨者たち】と呼ぶもの達が集う場所。その大きな建造物の一角にある道場のような空間に数人が集まっている。
「そろそろクオンセルは目的地のビルリアに着いたかね」
「急にー、どうしたんですかー。ウェンキッシュさーん」
巨大な斧を肩に掲げた強面の男が漏らした言葉に、無表情で独特の話し方をする女性が応える。そんな2人の周りには鎧姿の男達が死屍累々の様で転がっていた。だが彼らは誰一人として死んではいない。ただし、無事とも言えないが…。
「いや、そろそろあいつが出て行って3ヶ月だ。目的地の距離を考えるともう着いててもいい頃かと思ってな」
「んー、クオン君が出て行ってからまだ3ヶ月ですかー。10年くらいたってる気がしますー」
女性は倒れている男達を一箇所に集めるように、片手で持ち上げでは投げている。金属鎧を着た成人男性の重量は、決して女性の細腕で投げられるようなものでは無い。だが、やすやすと投げるその様子を意識がある者は、怪物でも見るような視線を送っている。
「それにしてもこいつ等はどこのどいつだ? 今時俺等に道場破りと称して乗り込んで来るのが居るとはな」
「でもー、ストレス解消にちょうど良いですよー」
「違いない」
強面の男はどこから取り出したのか、手にした酒瓶に口をつけると一気に喉に流し込んだ。
「それにー、クオン君はビルリアを目指しているんですから、到着したらアルから連絡がある筈ですよー」
「それもそうか。あいつも元気でやっていると良いんだがな」
男の言葉に、無表情だった女の顔が少し歪む。
「元気にきまってるじゃないですかー、あの阿保アルですよー? ニコニコしながら何食わぬ顔して働いてますよー」
「それもそうか。しっかし、エスは相変わらずアルのことが嫌いみたいだな」
ガハハハ、と豪快に笑いながら男は女を指差す。
「あーの阿保のことはどーうでもいいんですー。でもクオン君があいつに利用されたりするのはー嫌ですねー」
「その辺は大丈夫だろうさ。あいつ等はちょっと似ているところもあるしな」
「えー、クオン君はあんな阿保とは違いますよー」
「あー…。そうだな」
男は投げやりに返事をすると酒瓶に意識を戻した。女はまだアルの阿保と言いながら作業を続けている。
「ま、便りがないのは元気な証拠だな」
男はそう言いながら酒を腹に満たしながら、己の手を見つめる。どこから寂しそうな目をしていた。
「そんなことよりー、手伝ってくださいよー。なんでー、1人で片付けなくちゃいけないんですかー」
「悪い悪い、今やるよ」
そう言って男は骸のような男達へと歩き出す。そのさまはさも面倒臭い、と言わんばかりの重い足取りだった。
お読みいただいてありがとうございます。
二章の折り返しです。
思った以上に吸血鬼退治に分量を取られてしまいました。作者としては早く冒険者登録をさせたいと思っていますがなかなか上手くいきません。
今後もUnThikableを、宜しくお願い致します。




