2-16 別れ
「ミミ、あのクオンセルという少年のことは好きか?」
俺の突拍子の無い質問に、娘は一瞬だけ固まったが、すぐに立ち直ると顔を真っ赤にして返事をする。
「いきなり、何を言ってんのよお父さん! あ、あたしがクオンさんのことを好きって……」
どうやら好きなようだ。否定しながらもまんざらでも無さそうな娘の姿を微笑ましく見てしまう。娘も人を好きになるような歳になったのだと、寂しくも嬉しい感情に満たされながら娘の頭を撫でる。
あとどれ位の間、娘といられるのか。あの小僧のことだ、きっとそう長い時間は掛からないだろう。不思議と彼が勝てないとは思えない自分がいる。まさか自分の半分も生きていない少年をそんな風に感じているとは、生前には考えもしないことだった。
そしてそんな未来のある若者に、少しばかりの嫉妬を覚えてしまう自分に苦笑いをしてしまう。自分には未来など無いというのに……。
「心残りばかりだな…」
「ん? お父さん何か言った??」
気づかないうちに言葉が漏れてしまったようだ。娘には聞き取れなかったようで安心する。
「いや、なんでもない」
「そっか、変なお父さん」
ミミはそう言いながらも俺に身を寄せてくる。吸血鬼と化したこの身体には温もりも無く、また感じることも出来ない。それでも寄り添うように座る。
「しばらくはあのクオンセルと共に生きることになるだろう。少し話したが、お前のことを悪いようにはしないと思う。それにお前のことも頼んでおいたから、俺の代わりに甘えてやれ」
「お父さんとクオンさんは違うよ。歳も違うし、姿も匂いも何もかも違うよ。でも、ありがう。心配してくれて」
「なに、自分の娘のことだ。当たり前だろう」
「んふふふ」
何が嬉しいのだろうか、幸せそうに尻尾を振りながら笑いかけてくる。
ミミのこんなすがたをは見るのはいつ以来だろうか。ここ数ヶ月は見た記憶が無かった。
そう言えば、こんなに互いの思ったことを話すのも初めてかもしれない。不思議なものだ。吸血鬼となった方が娘との会話がスムーズになるとは…。
「ふふふっ」
「なに、お父さん。変な笑い方して!」
俺は娘の頭を撫でながらその瞳を覗き込む。最後に伝えておく必要のある情報だ。
「コーメー殿。少し宜しいか?」
「うん? 父娘の時間はもういいのかい?」
少し離れたところで火の番をしている精霊に声をかける。焚き火の火を見つめながらただじっとしている小さな精霊は、俺の言葉に反応して驚いたように振り返る。
こちらと距離があるのは、きっと気を利かせてくれていたのだろう。どこか人間臭いこの精霊はクオンセルと契約しているそうだ。ならばきっと、話しておいた方がいいはずだ。
「ミミのことで話しておきたいことが……。しばらく行動を共にするならば知っておいて欲しい」
「ん。そうかい。だったら話しておくれよ」
トコトコと小さな足取りで近づいてくると、私たちの目の前には腰を下ろした。
「伝えたいことはミミの魔眼についてだ」
「魔眼? ミミは魔眼持ちでは無いはずだけど?」
「お父さん?」
俺の言葉にコーメー殿とミミも頭を傾げている。コーメー殿は単純に要領を得ないからだろう思案顔で、ミミについては少し陰のある表情になってしまっている。
本人は魔眼の素養が無いと思っているから、その反応は当然かもしれない。
「……コーメー殿は、我が一族に魔眼持ちが産まれやすいことはご存じか?」
「知識としては知っているよ。ただ実物を見ることは無かったけど」
「現在、村には魔眼持ちは村長と俺だけだったからな。ちなみに俺は【遠見】の魔眼を持っている。10キロ先まで視線が通ると言うものだが、視線の先に遮蔽物があるとその先を見ることが出来ない。このような森の中ではあまり意味の無い魔眼だった」
俺は自嘲するように語るが本当に思っていることだ。視線の通る平野などでは重宝される魔眼だが、我が一族の住む森ではあまり効果が期待できない。使う機会もかなり少なかった。
「村長のものは【熱感知】で世界を温度で見ることができるというものだった。アレは狩りなどでは重宝された。獲物が隠れていてと容易に見つけることが出来たからな」
やや嫉妬の混じった言葉になったが、致し方無いだろう。同じ狩人としてあの魔眼は羨望を受けるにふさわしい能力だったからだ。
「遠見と熱感知ね〜。どっちも十分に強力なものだと思うけど……。それで、ミミも魔眼を持っているっているのは本当かい? たったら魔眼の種類は?」
コーメー殿がフォローしながら質問を投げかけてくる。本当に人間臭い。相手のことをおもんばかったセリフを口にする精霊など滅多にいないだろう。
そんなことを考えているとミミが俺に覗き込むようにして身を乗り出してきた。本人からすれば、魔眼など身に覚えの無いことだから当然の行動かもしれない。俺はその姿にどこか可愛らしさを感じて、微笑むように言葉を発した。
「何の魔眼かは分からない。これは発現するまで誰にも特定することは出来ないものだからだ」
「だったらなぜミミが魔眼持ちだと?」
ミミも隣でコクコクと頷いている。
「単純な話だ。瞳の色が違う。本来は我が一族の瞳は黄色になるものだ。だが私は青色、村長は赤みがかった橙色だった。そしてミミは…」
「紅色だね」
俺はミミに向き直ると肯定するように大きく首を縦にふる。ミミは嬉しそうに、鏡になりそうなものを探しているが、こんな森の中にそんなものは無い。可愛い仕草だったので思わずコーメー殿と共に笑ってしまった。
「だから、ミミは魔眼持ちである可能性は高い。まだ発現はしていないが、そう遠く無いうちにその片鱗が現れるはずだ」
「そっか、……なら気をつけないとだね」
俺の言いたいことをコーメー殿は理解してくれたようだ。この世界に魔眼持ちはそれほど多くは無いが、その存在はそれほど希少では無い。ただその魔眼の種類にもよるので何とも言えないが、その能力が有用であることは間違い無い。権力者がその力を欲しがり、拉致することなども珍しく無い。
つまり、ミミにも危険が及ぶ可能性が高いのだ。出来ることならば秘密にしておく必要があるものなのだ。
だがあえてコーメー殿に教えたのは、ミミをそういった脅威から守って貰いたいからだ。
「重ね重ねお願いする。ミミのことを頼む」
「オイラと相棒に任せなよ。それにハクもいるさ」
小さな精霊はそう言うと、笑顔で親指を立てて右の拳を上げている。きっと彼らに任せれば問題無いだろう。
俺は満足した気持ちになり小さく頷くと、再び娘との会話に戻る。
「自分を見失うな、相棒」
ふとコーメー殿からそんな言葉が聞こえてきたのは、少ししてからのことだった。コーメー殿は封印の墓の方へ視線を向けて何かを呟いたかと思うと、こちらへと視線を向けてくる。
「二人ともそろそろ時間になるよ」
コーメー殿の声に、ミミはビクッと肩を震わせる。その言葉の意味することを理解したのだろう。さりげなく私の手を強く握りしめていた。
「そうか」
「……お父さん」
「そんな顔をするな。語り合う時間を貰えただけでも幸運なんだから」
俺は本心からそう思っている。クオンセルの小僧とコーメー殿には感謝してもしきれない。
「コーメー殿、ありがとうございました」
「気にしないでよ。こっちが好きにやってることだよ」
立ち上がって頭をさげる俺に、そんな軽い感じで返してくる。
「クオンセルに伝えてくれ。ミミに手を出したら呪うぞ、と。……ただミミから行く分には構わないと」
「分かったよ。伝えておく」
苦笑いしながら了承してくれた精霊にもう一度頭を下げて、今度は娘へと向き直る。
その顔はいささか不安が見て取れるが、しっかりとした顔つきだった。知らないうちに、強くなってしまったものだ。俺は最後にそんなことを考える。
「先に逝く」
「うん。お母さんによろしく」
そう言って互いを抱きしめる。体温を感じないはずのこの身にどこか温かいものを感じる。安心できる暖かさだ。
「お父さん、私、頑張って生きるよ。だから心配しないで」
「……ああ、分かった」
俺はミミを抱く腕に力を加える。だが、段々とその力が弱まってくることが分かる。そして自分の身体からサラサラと砂のようなものが出てくる。いや、自分が灰になっているのだ。痛みは無いし、悲壮感も無い。
ただ満ち足りた想いだけが自分を包み込む。
「ミミ……」
最後に口にした言葉は音になることは無かったが、伝えられたと思う。俺は視界がぼやけていくのを眺めながら意識が無くなるまで娘を抱きしめ続けた。
――――――
ここは暗い。
ここは寒い。
ここは聞こえない。
ここは匂わない。
ここは触れない。
真っ暗な空間の中で俺は気づくと、ふわふわと漂うような感覚で満たされていることを感じた。
何がどうなってんだっけ?
確かあのバカ剣を叩き折ったことは覚えてる。
ちょっと無理したという自覚はある。いや、そうでもしなくちゃやられていただろう。
ん? そう言えば俺の右手は?
ふと、風穴が空いているはずの右手を見てみる。そこには手の平を縦に大きな刺し穴が空いていることが確認できる。
痛くは無いな。
何故か痛みを感じない。だがグッパツと動かしてみると、かなり違和感のある動きをする。それに加えて剣先が刺さっていた右肩のせいなのか、右腕が肩より上に上がらない。
うん。神経とかヤバイかも……。
イヤイヤ! 落ち着いてないでグインのじっ様のポーションを使わなくちゃ!
良く分からないがボーッとする頭を小突きながら治療をしようと亜空間からポーションを取り出そうとする
ん? 亜空間が開かない?
いつものように、コーメーの能力を借りて亜空間を開こうとしたが全く手ごたえが無い。こんなことは初めてだな。そもそも自分の魔力も感じない。
なんか感覚自体もおかしいな、どういう状況だ?
俺は必死で考えるがイマイチいい答えが浮かばない。もしかして死んだのか?
確か魔剣を折った時に、魔剣から黒い煙が大量に出てきて俺を覆うように囲んでたよな。
もしかして、あの悪意に囚われちゃったとかなのかな? ヤバいピンチだ! とにかく良く無い状況だったことは分かるから、現状を打破しないと!!
どうやって抜け出そう、と頭を捻っていると目の前に何かが現れた。暗闇から滲み出るようにぼんやりとした輪郭が段々とはっきりしてきた。
そう暗闇から現れたのは、黒目黒髪のあいつだった。




