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2-12 感染したもの

 それはいつのことだったか。

 気がつけばいつも一緒にいたような気がする。いや違うのかな、生まれた時からそれは隣にいた。


 腹が減ったら獲物を捕えるために協力した。

 眠くなったら一緒に丸くなって眠った。

 ムカつけば互いに噛みついたり、引っ掻いたり、体当たりしたりした。

 仲直りするときは鼻をこすり合わせた。そうすると不思議と落ち着くから、さみしくなったり、心細くなったりしたらよくやっていた。


 いつもいつまでも、共にいる存在だと思っていた。

 自分たちには上下関係はなかったけど、喧嘩ではいつも自分が勝っていたので、自分が兄として振る舞うようになった。弟はやんちゃで、甘えん坊で、目を離すとすぐにいなくなったりした。

 弟のせいで、自分たちでは到底勝てそうにない強者たちの巣に迷い込んだ時は、本気で怒った。自分たちはまだ幼く弱いのだから、勝手をしないようにきつく言って聞かせた。基本的には素直な弟は言う通りに行動するようになった。


 それから永い時がたって、自分たちの巣の周りに敵はいなくなった。自分たちの牙と爪で敵対した者を苦もなく屠ることが出来た頃、弟とともに強くまた賢くなったことを自覚した。



 それからしばらくして、自分たちが産まれた魔窟から旅発つときがきた。飛び出すきっかけになったのは一人の男だった。頼りなさそうな外見で、タレ目が印象的で笑うと寄る皺が美しかった。ちいさな精霊を連れたその男は、外見とは裏腹に芯の強い頑固な性格だった。


 なぜ一緒に付いて行こうと思ったのか。よく覚えてはいなかったけれど、一緒に食べた御飯がおいしかったのを今でも覚えている。決して御飯に釣られた訳ではない、そんなことは無い筈だ。

 自分と兄弟に、それぞれ名前をくれた時はうれしかった。

 それに彼に撫でられるのも好きだった。

 暖かくて柔らかい手が触れる度に、その手からやさしい気持ちが自分の体にしみわたるようだった。


 でもそんな素晴らしい日々は一瞬だった。

 その男は変わってしまった。

 血を求めるようになった。

 

 その優しかったタレ気味の瞳は、いつしか深いくまを残し、輝きが消えていった。

 その優しかった手は、節々がひび割れてかさついていた。

 その穏かな言葉を紡ぐ唇からは、呪詛のような恨み事ばかりが漏れ出るようになった。


 でも時々、思い出したように昔のように優しい表情をすることがあった。でもその後は決まって声を出さずに泣いていた。何を言っているかは分らなかったけれど、誰かの名前を繰り返し呼んでいたような気がする。

 そんな時は、兄弟と二人で寄り添うようにして甘えさせてあげた。

 ありがとうね、そんな感謝の言葉とともに優しく抱きしめてくれた。以前のように温かい気持ちになったので自分もうれしかった。



 ――――――そんな男が死んだ。





 自分から命を絶つと言って、魔剣を手にとっていた。


 男が死のうとする時に 弟はずっと反対しながら裾を噛んで抵抗していた。男のことを本当に好きだったからだろう、決して離れまいと牙を食いこませていた。あんなに頑なに動こうとしない弟を見たのは初めてだった。

 自分も男のことは大好きだったから、すごく悲しかった。本当に悲しくて、辛くて、寂しかった。でも男は弟以上に頑固だったのを知っていたので、いくら引き留めようとしてもダメだと気づいていた。ちいさな精霊もいつもは五月蠅いくらいに騒いでいるのに、口を真一文字にして黙って下を向いていたくらいだ。

 きっと男が死ぬことを止めることは無いと知っていたのだと思う。


 男は弟をあやしながら、困ったような顔をしている。

 そして自分たちに言い聞かせるように、遺言をのこした。

 

 自分が集めて使っていた、強力な魔道具(マジックアイテム)を封印したいこと。

 その為に自分たちにこの地を守って欲しいこと。

 ちいさな精霊が認めた新たな持ち主が現れるまでは、誰も封印の中に入れないこと。

 男自身はこの封印の地を最後の場所に死ぬこと。

 

 最後に、自分のわがままに付き合わせてしまってすまない、と悲しげに笑って男は自らその命を絶った。




 ちいさな精霊は男が死ぬいつの間にか、その姿をと消していた。

 残った弟と自分は、男に言われたとおりに封印が施された魔道具たちを隠すように、結界を張ってその地を守ることにした。


 いつしか自分たちが守る墓の周りに人が集まるようになった。彼らは犬の獣人で誰かの命令でこの地を守る使命をおびていた。最初は邪魔でしようが無かった彼らは何年、何十年、何百年と死んでは生まれてを繰り返して、自分たちと寄り添うように暮すようになった。

 気づけば毎日のように御飯をくれるようになっていて、弟はすっかり気を許してしまった。彼らは自分たちのことを【守神様】と呼び讃えてくれた。

 また永い年月が過ぎて行って自分も彼らに気を許すようになった。……決して御飯に目が眩んだわけではない。


 彼らとともに暮らすようになって、いくつか気づいたことがある。


 彼らの一部には特殊な能力を会得した者が出てくることがある。俗に魔眼と言われるもので、様々なものがあるようだ。未来を見ることができる眼、魔力を見ることができる眼、遠くのものを見ることができる眼、モノの価値を見出す眼、他にもいくつもの種類があるようで、彼らの種族は遺伝的に何らかの魔眼が発現することがあるようだ。

 そしてその素養があるものが自分たちの世話をする役目を負うことが習わしとなっていった。

 

 また彼らがこの墓を守ろうとする理由が、真実とは違うものになっていることに気付いた。伝聞による齟齬が生じたのか、誰かが作為的に違いを生み出したのかは分からなかった。だがこの墓を、封印を守ろうとしているのだけは変わらない事実なので深く考えないようにしていた。


 そうしてこの地を守るようになって数百年がたった。


 ある日、招かれざる客が来た。


 今までもその類は何度か来たことがあったが、弟と共に撃退してきた。自分たちは強かった。強靭な身体に鋭い牙と爪を持ち、敵を圧倒してきた。どこそこのなんとか流剣術を会得した者、多彩な魔法を駆使して戦う者、奇怪な武器を扱う者、数にものを言わせてやってくる者、様々な敵が来たがただの一度も敗北は無かった。


 だが、その時は違った。


 確か神官服というものだった気がする。白を基調にした刺繍の入った服を着た二人組だった。昔に同種の格好をした者たちを返り討ちにしたことがあったから、今回もさして気負うことも無く戦いに臨んだ。慢心などは無かった。


 でも自分たちは敗北した。


 見たことも無い魔道具に、弟が吹き飛ばされる。聞いたことも無い魔法が自分の体を蝕んでいく。


 自分を圧倒するその力に、自らの死を感じる頃には弟は戦うことが困難な状態になっていた。幸いなことに瀕死のダメージで動けない、という状態では無かったが、それも、時間の問題だった。


 自分に残る力を使って広範囲へと衝撃を放つ。土煙を上げたそれを使用して、弟を逃した。弟は渋ってはいたが結界は自分たちが死ぬと消えてしまう。どちらか一方がいれば消えることは無い、だからお前は生き残れ、と言い聞かせた。弟が離れていくのを感じながら自分は倒れた。

 薄れゆく意識の中、襲撃してきた二人組が話していた。予定とは違う、計画の遂行が優先だ、新たな実験で得た魔法を使う、など幾ばくかのやり取りを聞いたのを最後に自分は少しだけ満足することが出来た。どうやら襲撃者の狙い通りにことが進んでいないようだ。

 それだけが溜飲を下げてくれた。


 あの男との約束をなんとか守ることは出来たようだ。

 弟に後は任せてしまうことになるが、きっと大丈夫だろう。自分とは違い柔軟な行動が取れるのだから、今回も上手く凌いでくれるだろう。

 そうして自分は意識を完全に失った。






 ふと、気がついて目を開けた。

 そこは見慣れた景色で思わず驚いた。

 あの男の墓の近くだったからだ。

 

 だが、それらに思考が向かう前に違和感に気付いた。


 足が動かない。見ると、前足は二本とも折れ曲がっていた。痛みは感じないがあの強靭な足だったものが、あらぬ方向に折れ曲がっているのに怒りを覚えた。だがよく見ると自分の記憶している足よりも幾分か禍々しい形をしている。爪には自分の者では無いであろう血肉が付いていた。


 頭も違和感を感じる。何かが刺さっているかのような、異物感がある。それに少し重い。


 首は動くようで、辺りを見回すと目の前に見知ったものがいた。


 純白の毛並みを血で赤く染めた犬。自分と毛の色だけが異なる存在。襲撃者との一戦で逃がした弟だった。


 どうやら無事に逃げ切れたようだ。だが、怪我が治っていないようだ。あれからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、それ程長い時は過ぎていないのだろうか?

 疑問に思っていると、弟の隣にいた男が近づいてきた。

 男は全身を緑のマントで隠していた。ただ怪我をしているのだろう、どこかぎこちない歩き方だ。


「ごめんなクロ。こうするしか無かったんだ」


 その男は昔どこかで見たような、悲しげで優しい笑顔を自分に向けてそう言った。



長くなってしまったので、二つに分けました。

後半部は今夜にでも修正をして投稿したいと思います。


お読みいただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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