2-11 代わって…
「小僧、クオンセルとかいったか?」
「ああそうだ。何か用か?」
俺は話しかけてきたヴィンターを見る。父娘の抱擁から、約一時間ほどした現在。親子2人の空間で話し合っていたデレデレの父が、急にまじめな顔でこちらに来た。そんなことだから俺は思わず身構えてしまった。
「…話しておきたいことがいくつかあるだけだ。そう身構えないでくれ」
「そうか。また嫁にはやらんと言って、襲いかかってくるかと思った」
「ふふふ、まぁその話は一旦置いておこう」
「一旦も何も俺にそのつもりはないぞ!」
ヴィンターは俺の言葉に鷹揚にうなずくと、先を続けた。
「まずはミミのことだ。助けてくれてありがとう」
「あ~、そのことか。助けたのはたまたまだった。それほど感謝されるほどでもないさ」
口ではこんなことを言っているが、結構嬉しかったのは内緒だ。立派な人間になってきたと思えてニヤけるのを必死で抑えた。
「いや助けてくれたことには変わりないさ。それで、ひとつお願いがあるんだ」
「…出来ることならやりますよ?」
感謝されて気持よかったので即答した。
「そうか、ありがたい。ではミミの面倒を見てくれ。安全に生活できるようにしばらく同行してくれ。可能であれば、どこかの町や村で仕事が得られるように手伝ってほしい」
「……はい?」
「ミミから聞いたが、君は冒険者になろうとしているのだろう? だったら依頼にしてもいい。報酬はこの弓の魔道具、【フメントの弓】を渡そう。どうせ私には必要のないものだ」
「いや、とは言ってもだな……。そもそも必要ないってのは?」
「それは勿論……」
「クオンさん!」
何か、聞き流せないこと口走ったヴィンターを問い詰めようとするとミミが話掛けてきた。その顔は明るくて、何かに閃いたのだろうか。目が爛々と輝いている。
「ねぇ、クオンさん。お父さんにも手伝ってもらおうよ」
「…手伝うって何をだ??」
「そりゃあ、あの悪い神官たちを倒すのをだよ。 守神様は操られているんでしょ? お父さんに手伝ってもらえれば百人力だよ」
ミミは嬉しそうに話している。ヴィンターはそれをただ聞いている。特に何をするわけでもない、肯定も否定もしない。反応すらしていない。
「そうだ! ブランツさんにもお願いしようよ。冒険者を目指してたくらいだからきっと手伝ってくれるよ」
「………」
話を振られたブランツは、一瞬だけ驚いた表情を作るがすぐに苦笑いを浮かべてヴィンターを見る。
ヴィンターは、目を閉じるとゆっくりとうなずいた。そしてミミのことを無視して再び俺へと向き直る。
「クオンセル、再度お願いしたい。ミミのことを頼む。一生面倒を見ろとまで言わない。嫁にやるようで嫌だしな。だが、せめて成人するまでは保護者となって見守ってくれないか?」
「それはヴィンター、あんたの代わりにということでいいのか?」
「そうだ」
この場の空気が固まるのがわかる。
俺は嫌な質問をしたのかもしれない。でもヴィンターは既にブランツとともに決めていたようだった。今後のことを…。ミミのことを、そして自分のことを。
話しかけて来たときから、ミミの面倒を俺にお願いするつもりだったのだろう。きっとこの頑固オヤジはこの意見を曲げるつもりはないだろう。…難儀なものだ。
「理由を聞いてもいいか?」
「簡単なことだ。俺もブランツも吸血鬼だ。化け物なんだよ。それに主様の命令は絶対でな。ともに戦うなど出来るわけがない」
「じゃあどうする? 森のどこかでひっそりと暮らすのか? だったらミミも一緒に居られるだろう」
「それは出来ない。ミミは生者で俺らは不死者だ。不死者なんてものは自然の摂理に反している。消えるべきなんだ」
「死ぬってことか?」
「馬鹿な事を言うな。既に死んでいる。終わるだけさ」
不死者ジョークを炸裂させて、俺にウィンクをしてくる。……らしくない、らしくないぞヴィンター。ほら、そっちの方で怒りの空気があふれそうだ。
「何を言っているのお父さん!」
「ミミ、あのな…」
「クオンさんは黙っててください!」
「はい」
だめだ。怖い。今のミミにはちょっと逆らえない…。
「お父さんは何でそんな風に勝手に決めてしまうの? あたしにだって話してくれても…」
「結局は変わらんだろう。俺は意見を曲げるつもりはない」
「…そんなことは。分かっているけど。あたしが言いたいのは…」
違うな……。
ミミが怒っているのはそこじゃない。ヴィンターが意見を曲げないことはきっと分かっていたはずだ。その決断の正当性も理解できているだろう。でもそれは理解しているだけで納得はしていない。
人は頭では理解していても、理解とは別の行動をとることが多い。理由は簡単だ。感情として納得できないからだ。やりたくないからだ。
ミミはきっと話をしたかっただけなんだろうな。共に過ごす短い時間を大切にしたかったんだろう。甘えたがりなんだ。まぁ11才なんだから当たり前か…。いや思春期だから逆に離れるか? お父さんの服と一緒に洗わないで! とか言い始める年齢かな。いや、それは前世の場合か。
それはさておき。
「ヴィンター」
「なんだクオンセル。依頼を受けてくれるのか?」
「ああ、受けよう。ただし条件がある」
「…応えられるものなら善処しよう」
俺はミミの方へ視線を向けると、できるだけ柔らかい笑顔で言ってやる。
「俺はこれから今回の騒動の根源を断ちに行くから、お前はそのままミミといろ。事が済んだら戻ってくる」
「……は?」
「だからしばらく娘と過ごしていろ。ミミもそれでいいな?」
「―――はいっ」
ミミは極上の笑顔で返してくれた。ヴィンターは少し複雑そうだ。せいぜいミミに甘えられるがいいさ。
「コーメーは何かあった時のために残しておくな。ハクは…」
「ワンワン!!!」
ハクは強い意志のこもった瞳でこちらを見る。俺にはハクの言葉はわからないけど、今ならコーメーに訳してもらわなくても理解できる。だってこれから向かう先には、こいつの兄弟がいるはずなんだから…。
「分かっているよ。お前は一緒に行こう」
「ワァン!!」
勢いよく振られる尻尾は気合の表れなんだろうか? 千切れてしまいそうなほどだ。
「じゃあ、行ってくるよ。留守番を頼んだ」
――――――
「で、なんでお前まで付いて来たんだ?」
「へっ、そんなのはお前に用があるからに決まってんだろうが!」
「だから、何でだ? 理由を聞きたいだ。お前らは主様の命令は絶対遵守なんだろ?? 一緒に戦っている際中に後ろからグサリ、ってのは嫌なんだよ」
俺のすぐ後ろに当たり前のように続く吸血鬼へと声を掛ける。その隻腕の吸血鬼は悪びれもせずに悪態をつく。なんなんだろうか、こいつは。
「カハハハハ。お前はあんなにつえーのに、とんだ小心者なんだな」
「強さと慎重さは別物だろ。それに俺はそこまで強くない」
俺は自分の強さはそれ程高いものでは無いと思っている。【武骨者たち】のメンバーには結局勝つことの出来なかった人間が結構な数いたのだ。自分自身強くなった自覚はあったが、物語の主人公みたいなデタラメな強さでは無い。ましてや基本属性の適性の無さが、自分の実力を高く評価できない理由だ。
ただし、それは比べる相手が悪いのかもしれない。【武骨者たち】はこの世界でも上位の戦闘力を持つものが多く集まっているはずだし、物語の主人公はみんなはチートを持っていたりする。
吸血鬼となった人間を圧倒出来る者は、世界クラスの規模で見ても上位の存在な気がする。十分に誇っていいのかもしれない。
「ガキのくせに難しいことを考えるんだな。いや、もしろそう考えるのが一流なのか? まぁいいさ。用事を済まさせてもらおう。……俺を殺してくれ」
「……それは構わないが、何でこのタイミングなんだ??」
「さっきこの村についての話を聞いたろ? 俺はこの村が嫌いだった。変化の無い日常に嫌気をさしていた。だから外の世界に憧れた。でも外へ飛び出す根性や実行力は無かった。でもよ、吸血鬼になって色々と勘違いして、いざ外の世界へ! って考えていたらお前にボコボコにされた」
どこか自嘲するような笑みを浮かべて、プランツは話を続ける。
「ようは、器じゃ無かったのかもしんねぇ。人だろうと吸血鬼だろうと、俺は外の世界で大事を成すような存在じゃ無いんだろうさ。だからさ、潔く化け物は夢を託して死のうと思ったのさ」
「夢を託す?」
「そうさ! ガキのお前に世界を見てきてもらいたい。俺の代わりに、……なんて偉そうなことは言わない。ただお前に便乗したいんだ。俺を倒したやつは外の世界でこんなにすごいことをした! って自慢できるようにな」
「…死んじまってるのに。誰に自慢するんだか」
俺のツッコミに、ちげーねぇ。と軽く笑いながら答えるプランツは既に覚悟をきめているようだった。色々思うところがあるんだが、今は本人が望むようにしてあげるのが一番な気がした。
俺の前には夢破れて悔恨に支配された存在はおらず、自分のことをありのまま受け入れることが出来た実直な青年の姿があった。
「……痛くしないでくれよ」
「生娘じゃあるまいし。わかった。一瞬だ」
俺は人の悪い笑みを浮かべると、そのまま胸の魔石へと腕を突き刺す。
俺はライアンの墓へと歩を進めた。後ろには風によって巻き上げられた灰が天高く舞い上がっていく。




