2-10 父と娘と…
俺の手から放たれた二本の手斧は、風を切りながらブランツの体へと吸い込まれていった。
肉しか切れない肉切り包丁では、手斧をはじくことも受け止めることも出来っこない。俺の手斧は片方は顔面へ、もう片方は胸へとそのまま命中するかと思われた。だが、手斧がブランツに触れることは無かった。
「またあんたか。邪魔されるのは二回目だな」
俺は手斧をはじいた二本の矢が飛んできた方向へと視線を向ける。内心では手斧をはじく、その矢の威力に驚いていたが放った相手が相手なので、あまり気にしないことにした。
俺の呼びかけに対して、姿を見せるのも前回同様だった。だが今回違うのは、ミミがこの場にいるということ。そう、ヴィンターとミミとの父娘の対面である。
「お父さん」
「………」
娘の呼びかけに父は応えない。
「ねえ、お父さんだよね?」
「………」
「返事をしてよ、お父さん!」
「………」
「お父さんの馬鹿!」
「………」
どうやら反応しないヴィンターに、ミミはご立腹だ。もう今にも飛びかかりそうだ。このまま父娘の血みどろの戦いに発展するのは避けたいので、俺が一歩前に出る。ミミの前に立ちはだかるようにして、進み出た俺をヴィンターは鋭く見つめる。
「小僧、お前の名は?」
「おいおい、娘を無視して俺に話しかけるなよ」
「お前の名は何だ??」
「……ちっ。クオンセルだ」
俺の軽口にも反応せずに、用件だけを言ってくる。やりにくいったらない。このどっからどうみても狩人然とした格好、醸し出す仕事人オーラ、コミュニケーションをまともにとれる自信がない。
俺はそれらの雰囲気に負けて、名を伝える。
「よし、俺と闘え」
「……それは俺の望むところだけどさ。その前に娘と話をしてやれよ」
「そんなことはいい。とにかく戦え」
「ほんっと、あんたみたいなのは融通が利かないみたいいだな。だったら御所望通りに戦ってやるよ。それで身動きできなくした状態で、ミミの前に引きずって行って謝らせてやる」
俺は、決意を新たにして戦う意思を見せる。宣言通りにこの堅物をミミの前で土下座でもさせてやる。きっとミミを無視するのは、吸血鬼になった自分に父としての資格は無い、とか思っているんだろう。さほど的外れでは無いはずだ。素直に感動の再会をすればいいものを! しょうがない。俺が父娘の仲を取り持ってやることにしよう。
ヴィンターとの戦闘が始まって30分程が経過した。俺は木を背にして、ヴィンターが放つ多くの弓を防ぎながら後悔の念にかられている。
「どうしたクオンセル! それで終わりか!? そんな軟弱者にはうちのミミを嫁にはやらんぞ!」
怒号と共に、大木に突き刺さる矢の数が倍増したように思う。一本一本に魔力が通されているので、かなりの威力だ。そろそろこの木も折れてしまうことだろう。
少し離れたところではミミが、手で顔を覆い隠して泣いている。その隣でコーメーはなんとも言えない顔で、背中をさすってあげていた。
俺はため息をついて、周りを見渡す。もうこの近くには矢を防ぐための木は一本も生えていない。全てヴィンターの矢でなぎ倒されている。俺はそんな状況から逃避するように先ほどのヴィンターの言葉を反芻してみる。
「ミミを嫁にしたいのなら、俺を倒してからにしろ!」
戦闘開始直後にこんな台詞を吐いたヴィンターにあっけにとられてしまい、俺は完全に後手に回ってしまった。雨のように降り注ぐ矢をなんとか凌ぐ。矢には全て魔力が通っている。一発でも当たれば致命傷だろう。そのままなし崩し的に戦闘が始まった。
「うちの娘に手を出す奴は殺す!」
「ヴィンターのおっさん、何か勘違いしてるから‼︎‼︎‼︎」
俺は叫びながらも、俺は遮蔽物になる木の密集地帯に逃げ込むとミミに向かって声をかける。
「ミミ! ヴィンターは何か勘違いしている。正気に戻させてくれ!」
だが、本人は両手を頬に当てて顔を真っ赤に染めながらイヤンイヤンをしている。
「そんな、あたしはまだ11歳で結婚なんて考えてなかったし。確かに助けてくれた時は王子様みたいで、かっこよくて強くて憧れちゃったけど。それに最初はちゃんとお付き合いをしたいと思っていたし…。って、まるであたしがクオンさんのことを好きみたいじゃない! イヤン‼︎ 恥ずかしいわ。でもどうせなら子供は3人は欲しいし……」
よく聞こえないが、自分の世界に入ってしまわれたようだ。しょうがない、直接誤解を解くしかない。
「ヴィンターさん! 聞いてくれ! 俺は別に結婚したいとか思ってないから。ミミに対してもそういった好意も持っていない」
「…なに?」
どうやら成功したか? 矢も飛んでこなくなったぞ?? ここで畳み掛けるしかない!
「だいたいまだ子供なのに何を言ってんだ! 女性としての魅力もまだでしょ」
いつの間にか、ミミは意識が戻ってきたようで俺の方を見ている。ただ俺を見る目は涙目だ。ん? なんだそのリアクションは??
「おい」
そして気付くと目の前にヴィンターがいる。肩がワナワナと震えている。
「それはミミに魅力が無いってことか? つーか、泣いてんじゃん! あの子泣いてんじゃん‼︎‼︎‼︎ まさか弄んだのか? うちの子を弄んだんですか??」
ダメだ。
話が通じない。
ヴィンターはさらにブルブルと震えるように立ち尽くしている。彼の背中には湯気のようなものが出ていて、奥の景色が歪んで見える。
あ、これはヤバい。本能的に危険を感じた。
ダッシュだ! ダッシュでここから離れよう。
その瞬間、再び矢による脅威に晒されたのが現在である。
頼みの綱のミミは泣いているし、コーメーはそんなミミをあやしている。むしろさっきまで死闘を繰り広げていたブランツまでミミに何かを訴えるように必死になっていた。
なんなんだ、この状況は??
俺は天を仰いで、逃げ惑うしか無かった。
「すまなかったな」
ヴィンターの口から謝罪の言葉が出てきたので、ひと段落することができた。
俺が説得を諦めて一時間、やっと矢の雨がやんだのだ。一体何本の矢を持っていたのかと、疑問に思っていたのだが魔道具だったらしい。弓を構えて魔力を通すと鉄製の矢が生み出されるという、これまた凄い性能の武器だった。矢は魔力が続く限り無限に生み出せるが、一時間経つと自然と消えてしまうと、いうものだったらしい。
だから魔力切れになったタイミングで、ヴィンターは攻撃手段を失ったので俺は何とか捕らえることが出来た。そのまま落ち着くのを待って、ヴィンターの勘違いを正して言われた言葉がさっきの「すまなかった」だ。俺らの周りには、ミミやブランツも来ていた。
「いや、もういいんだよ。終わったことだから、気にするな」
「感謝する」
「それで、まだ戦うかい?」
「戦わん」
どうやら戦意も無くなってくれたようだ。だけど、会話が続かないな。言葉のキャッチボールを軽快に行えない。
俺は困ってミミに顔を向けると、彼女は俺の意図を理解してくれたのか、首を振って返してきた。どうやら生前から口数が少なく、今のようなやりとりが日常だったようだ。
「ヴィンターさん、せっかくミミと会えたんだ。少しくらい話をしたらどうだい?」
「………」
ブランツはすっかり狂気は引っ込んだのか、随分と理性的な言葉をかけている。元々二人は比較的仲が良かったようだ。今もミミとヴィンターにある隔たりのようなものを無くそうとしてくれている。
ブランツは正常な状態だと結構常識人なのかもしれない。
「ほら、何を気にしてるんだか分からないけど、意地を張ってもしょうがない…」
「そんなことは分かっている」
「あんたがそんな態度を取り続けるなら、吸血鬼としてこいつ等を殺すぜ! 主様から侵入者を殺せと命令されているんだからな」
「ああ」
「ちっ! らしくなさすぎるぜヴィンターさん! 何にビビってんだ。さっさとしろよ」
ブランツはしびれを切らしたのか、ヴィンターをミミの前へと押し出す。たたらを踏んでミミの前に立つヴィンターは気難しそうな顔を、更に眉間へとシワを寄せている。沈黙がその場を支配した。
「お父さん。あのね、会えて良かった」
沈黙を破ったのはミミからで、その両目に涙を浮かべて父へと近づく。
「……俺は化け物だ」
そのまま抱きつこうとするミミを手で制して、ヴィンターは絞り出すようにして声を出した。
「まともに人として生活することは出来ない吸血鬼だ。お前の目の前にいるのは、確かに姿や記憶はそのままだが、別の存在だ」
スラスラ喋れるじゃねーか!って、心の中で突っ込んでしまった。だがどうやらヴィンターは自身を吸血鬼として受け止めている。生者としてのミミとの距離感がつかめないようだ。だから避けていたんだろう。
だから父として接することをしないのだ。
寂しい気がするが、ヴィンターが選んだ選択なのだからしょうがない。少しでも会話が出来て良かったと思うべきだろう。
さて、これからどうするべきか、俺は思案しているとミミが動いた。
―――バチン‼︎
ビンタだ。
ミミがヴィンターの頬を叩いた。
「お父さんのバカ! 何を難しく考えているの?? 確かにお父さんは人じゃ無くなったかもしれない。でも変わらずお父さんはお父さんだよ。さっきの話口調も、無愛想な表情も前と何も変わらない。あたしのことを心配してクオンさんに喧嘩を売ってしまうくらい、あたしのことを今でも大切に大切に思ってくれている」
ミミの目と鼻からはとめどなく液体が流れている。
「それなのに、それなのに。何であたしを避けるの? あたしはあたしだし、お父さんはお父さんで何も変わらないよ」
しまいに、ミミは嗚咽の混じった声をあげて泣き出してしまった。
村で唯一の生き残りの彼女は、ここまでたくさんの恐怖を、困難を乗り越えてきた。俺の前では決して弱音を吐かなかったけど、年相応に不安でたまらなかったはずだ。それらの感情が止まらなくなったんだろう。幼児のように周囲を気にすることなく、大声をあげて泣いている。
「すまない。大変だったね……」
そんな彼女をヴィンターは優しく抱き寄せる。その姿は狩人のような緊張もなく、吸血鬼のような体温を感じさせない冷たさもない。ただ娘のことを大切に想っている父の姿があるだけだった。




