2-7 Known
「ミール様、どのようにして侵入者のところへと行くのですか?」
「…心配いらないよ。さっき聞いた話によると、その侵入者は吸血鬼にビビってないんだろう? それでも夜である時間帯に動きまわることは無いはずだ。それに人間とは違い、我々はこの時間帯が本領だ。ほら、感覚を研ぎ澄ませてみろよ。色々と感じるだろう?」
コリルは言われたとおりに集中すると、五感が強化されていくのがわかる。月はあまり出ていないが、目に映るのは昼と変わらない景色だった。耳を澄ませば虫の足音さえ聞き取ることが出来た。
「す、すごい…」
「だろ? これが人類を超越した俺たちの本来の力さ」
ミールは得意げに語ると鼻をひくつかせる。
「生者のにおいを感じるな。あっちの方角にその侵入者はいるんじゃないか?」
言いながら歩き出すと、彼はこれから起こることに胸を弾ませた。主から貰った魔道具を手に持つと、頼もしい魔力を感じる。これから始まる殺戮を思うと笑わずにはいられない。
彼が吸血鬼となったのは村がほぼ全滅してからだった。そのため、まだ人をその手に掛けたことがない。己の力を試したくて、出来損ないを何体か屠ってはみたものの反応のないそれに満足することはなかった。
「童貞を捨てなくちゃな……」
すぐ後ろを歩くコリルにはミールの呟きは聞こえたが、特に反応することは無かった。むしろ仕えるべき相手の為にどうすればいいのか、と考えを巡らすのだった。
ミールが抱える嗜虐心は、もともとの気質なのか、種としての本能なのか? どちらであるかは誰にも分からない。
――――――
俺とコーメーは、吸血鬼と遭遇した後すぐに、ミミたちの待つ休憩所へと戻った。その道中で、吸血鬼たちから得た情報をまとめていた。
そこで、話題に上ったのはクロとヴィンターという男についてだ。クロについては理由は分からないが、吸血鬼を率いる立場にあるようだ。吸血鬼化した村人がいるので【感染する悪意】の能力を使っているのは分かる。だが、神官たちが関わっているはずなので、俺たちは親玉はそいつらだと思っていた。だが、吸血鬼はクロに従っているような印象を受けたのだ。どこか違和感に悩まされてしまうが、クロが敵として立ち塞がることは間違いが無さそうだった。
それよりも、頭を抱えてしまうのはヴィンターの存在だ。俺の勘でしかなかったが、おそらくミミの父親だと推測できる。
この事実は扱いが難しい。
単純にだがミミに伝えるか否かでコーメーと意見が割れたからだ。
ヴィンターは人間の時の記憶を持っていて、意思を持っている。ミミにとっては父親であるが、化け物なのだ。魔物として討伐される対象になってしまっている。
だが、俺としてはミミにヴィンターの事を教えて、彼女と共に生きて欲しいと思っている。
なぜなら、ミミには心の支えが必要だからだ。村人の全滅という現状で、唯一の生き残りがミミだ。彼女は気丈にも笑顔をみせてくれているが、不安な思いを抱えてくれているに違いない。それを癒やし共に生きることが出来るのは父親であるヴィンターだけだ。
だがコーメーの意見は違う。
ヴィンターのことは話さずに、ミミには内緒で倒してしまうべきだと言う。吸血鬼となった父親とは今まで通りには暮らせない。ミミ自身に危険が及ぶかもしれない。
それならば、俺がある程度は責任を持って保護して、世話するなり、誰かに預けるなりした方が良いと言っている。
コーメーの言いたいことは分かる。だか、父親と暮らす方が幸せだと俺は思う。他人よりも肉親と一緒にいる方が良いはずだ。絶対そうだ。
<相棒は楽がしたいんじゃ無いのかい?>
「急に何を言ってんだ?」
<失礼を承知で言うよ。相棒は本当に吸血鬼となったヴィンターが、ミミと幸せに暮らせると思ってんの? 思ってないよね? ミミの面倒をみるのが面倒だからヴィンターに任せたいと思ってんじゃないのかい? 助けておいて、面倒だから見捨てるってのはオイラは好きじゃないな>
「いやいやいや。面倒だなんて……、思っていないよ? うん。心に傷を負った年下の少女を世話するなんて、大変そうだから丸投げしたい。そんな風に思ってなんかいないよ?? 助けたのはヒーローっぽいことをしたかったっていう自己満じゃないよ???」
……。
どうやら俺の相棒は俺以上に俺の心情を理解しているようだ。
「でもさ、俺の選択は何がいけないのか? はっきり言って、自分の面倒を見るだけで一杯一杯だ。とても他人の人生を背負えることは出来ない。少なからず今は無理だよ。
そりゃあその内に仲間は欲しいと思っていたよ? でもさその仲間っていうのは、それなりに自立している大人のことだ。勿論、戦闘力があるに越したことはない」
<つまり、足手纏いは要らないってことだ!>
「言葉をオブラートに包めよ! でも、そーいうことだ。俺にミミは必要ないんだよ。お前がどう言ったって無理だ。出来るとしても、吸血鬼にケリをつけたら、近くの村まで送っていくことくらいだ」
<だったらさ、この問題は棚上げしないかい? ヴィンターのことはしばらく黙っていようよ。きっとオイラ達で話しても結論は出ないさ。それにいい案が浮かぶかもしれないし>
「だったら今はミミには伝えずにいよう。クロの対処も考えなくちゃいけないからな」
ヒーローみたいに、何でも出来るなら良いんだけどな。あいにくと俺にはそんな力も度量も無い。
――――――
俺たちは休憩所に戻ると、ミミ達にさっき起きたことを伝えた。勿論、ヴィンターのことを抜きでだ。クロが吸血鬼を率いている可能性があ高いことを告げると、ミミもハクも複雑な感情を滲ませていた。それは生きていたことの喜び、敵となったことへの戸惑いなどだろう。
「ミミはこれからどうするんだ?」
俺はヴィンターのこともあり、ミミは何を考えているのか? 気になってしまったので、何の脈絡もなくそんなことを聞いてしまった。
「……それは、これからの行動のことですか? それとも、この事件が終わってからのことですか??」
ミミの声は、最後の方には震えるように小さくなっていた。
「俺が聞きたいのは後者の方だ。…君は利発な子だ。分かっているんだろう? この戦いが終われば俺は旅に戻る。君は独りだ」
俺の声はどこか冷たい。俺はミミを虐めたい訳じゃない。でも確認したかったんだ。ヴィンターのことは関係なく、ミミ自身はこれからどうしたいのかを。
「あたしは…。あたしにはまだ先のことは分かりません。今回のことで、私は何もできませんでした。いや、むしろこの件を起こした原因でもあります。でもだからこそ今回のことを見届けたいと思います。何のお役にも立てそうに無いのですが、最後まで見届ける義務があると思うんです。私個人としても、墓守の一族の生き残りとしても……」
どうやら俺はこの少女のことを見くびっていたのかもしれない。この子はこの子なりに、きちんと考えていた。現実を受け入れようとしている。
強い子だ。
「……だから、それが終わるまで未来のことは考えられません。ごめんなさい」
「そうか、だったら今は一緒に頑張ろうか」
「はい!」
俺の言葉に元気よくミミは答えてくれる。
「わん!」
「ん? なんだいハク??」
「わん!」
「ミミは独りじゃない。自分もいる。元気出せってさ」
コーメーがハクの言葉を訳してくれる。わんしか言ってないのに……。どうなっているんだろう。
「悪かったよハク。忘れてた訳じゃないさ」
「守神様。ありがとうございます」
「わんわん」
俺たちはハクを撫でながら笑い合っていた。
「なぁコーメー、吸血鬼は人間には戻れないのか?」
<多分無理だよ。彼らは死んでいるんだ。不死者で無くなったら元の死体に戻るだけさ>
「そうか、だったらミミのためにもヴィンターに会わないとな」
今は真夜中だ。正確な時間は分からないが、夜明けまではまだ数時間はあるだろう。ミミはハクと共に丸くなって寝ている。
<吸血鬼は攻めてくるかな?>
「可能性は十分あるだろうな。俺みたいな危険分子は放って置く理由は無いさ」
<でも夜の吸血鬼には注意してよ。再生能力や五感も強化されてるはずたよ>
「夜はあいつらの時間ってことね。でも俺としてはヴィンターに単独で来て欲しいところだな。そうすれば話す時間くらいは出来るだろうし」
<何を話すんだい? 相手はもう吸血鬼なんだよ。変に甘い対応をしちゃダメだよ>
「分かってるよ」
ヴィンター相手にそんな余裕があるか分かんないけど…。なるようにしかならないか。
…………ん?
何か暑くないか??
「それに、臭い?」
「ワンワンワン!」
俺は異変を感じ、休憩所の外に出た。
休憩所の周りは火の海になっていて、夜中なのに昼間のように明るかった。消化するにも俺の魔法や魔道具では無理だ。
「コーメー! ミミたちに状況を伝えて外に出ろ‼︎ おそらく敵襲だ」
コーメーは俺の指示通りに実体化して、中に入っていった。
「やっと出てきたと思ったら、お前が侵入者か? まだガキじゃないか」
「ですが、見た目に騙されてはいけません。あの少年は強いです」
「ふん。俺には関係が無いな」
暗闇から出てきたのは、二体の吸血鬼だ。1人は隻腕でさっき見たコリルと呼ばれていた女だ。もう1人はひどく痩せた男だ。初めてみるが……。
「お前がミールか?」
「なんだ、俺を知っているのか? 偉いぞ人間。だが俺を呼びたいのなら様をつけろ!」
「お前は馬鹿なのか? なぜ化け物相手に様を付けなきゃいけないんだ」
「……。おい、立場をわきまえろ。俺は吸血鬼でお前ら人間を超越した存在だ」
「へぇ〜。面白いこと言うね。何を持って超越したと言っているのか分からないけどさ。それって誰が決めたの?」
「誰が決めたわけでもない。自然の摂理だ。我らはただの人間よりも優れている。元々亜人としても高かった五感は、更なる高みへと至った。身体能力も貴様らを凌駕している」
「よーするに、強いって事かな? にしては、そこの女は俺に勝てなかったぜ??」
俺の台詞にコリルはビクッと震えた。俺に二人掛かりで腕を切り落とされたんだ。強者とは言えないわな。
「ふん。それはただの間違いだろう。運が良かっただけだ。まぁ仮にお前がそれなりの強さを持っていて、コリルよりも強い可能性はある。だが、俺という絶対の強者の前ではただの下等生物だ!」
「口が回るな。じゃあ―――」
–––ドォオオオーーーン!
「ハク! そんなに張り切って壁を壊すなよ」
「守神様、危ないですよ」
「くぅーん…」
休憩所からミミたちが出てくる。何で壁を吹っ飛ばして出てくるんだ?
普通に出て来いよ。
「ん? なんだまだ仲間がいたのか?」
「ミール様、あれは……」
「な!? あれは守神様の片割れか? それにあの小娘はミミだったか?」
「あれ? ミールさんとコリルさん。生きてたんですか!」
あぁ、どうしよう。なんか勘違いしてそう。




