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2-6 諦念

「まだ来ないのか?」

 ここは、墓守の一族が守っていた森の中心。かつて魔王と人々から恐れられていた者の墓だ。墓というよりは小さな祭壇の様な作りになっていて、建物は大理石でできていた。それらは800年の月日を経ているためか、装飾されている箇所はところどころが崩れ落ちている。

 その祭壇がある小島を、囲むように大きな池があるが、水中には生物の気配はなく水面には波紋一つなかった。その岸に骸骨のように痩せた男が一人ブツブツと呟いていた。


「主に呼ばれたのに、何をグズグズしているんだ、あの三人は。主の怒りを買ったらどう責任を取るつもりなんだ。せっかく俺様がご機嫌をとっているのに無駄に終わってしまうじゃないか……。いっそのこと三人は切り捨てるか? そうすれば主の代行者は俺一人になる。……いや、そうすると色々な雑用も一人でやるしかなくなるな…。それはめんどくさいし…」


 男は自分の世界に入ってしまっていたために、自分に接近した者に気づくことが出来なかった。

 

「何をブツブツと一人で話しているのだ? ミール」

「ぅおっ!?? 脅かすなヴィンター! それよりも他の二人はどうしたんだ?」

「…ん。そろそろ追い付いてくるはずだが」

 ヴィンターに遅れること1分程でブランツが現れた。


「ヴィンターさん、速過ぎるよ。なんで同じ吸血鬼なのにこんなに違うんだよ」

「そんなことは知らん」

「ふん。大方生前の身体能力が影響しているんじゃないか? お前は元々鍛えていなかったんだ。肉屋の息子が吸血鬼になれただけでも喜べ。それ以上の高望みするな」

「ケッ! お前みたいに妄想全開で家に引きこもっていた穀潰し言われたくねーんだよ」

「ふん! お前みたいに実行しないのに、村の外に出たい出たいと愚痴っているのがそんなに偉いのか? 引きこもりと大して変わらんだろうが!」

「テメー、ぶっ殺されてーのか?」


 ブランツは鉈を取り出して、ミールと呼ばれた痩せた男に切りかかった。鉈はミールの脇腹にめり込んだ。


「フハハハハ。馬鹿かお前は? 吸血鬼の俺たちにそんなモノで死ぬ訳ないだろうが!」

 脇腹にめり込んだ鉈をつかみ取り、持ち主へ投げ返す。みるみるうちに切られた服はそのままに傷は再生していく。ミールは切られた箇所を手で擦りながら罵る。


「お前のせいで、また服が駄目になったじゃねーか! 村に行って新しいのを取ってこい。……おい、そう言えばコリルはどうしたんだ?」

「ん? あいつは片腕が失くなっちまったからな。バランスが悪くなったみたいで碌に走れないようだったから置いて来たぜ」

「はぁ? 腕が失くなった? おい、ヴィンター。どういうことだ??」

 話を振られるまで、静観していたヴィンターは腕を組んだ状態で俯きながら答えた。

 

「お前に言われた通り、吸血鬼化した村人を捜しに行ったところに、侵入者が一人いてな。そいつが他の村人を全員屠ってしまったよ。そして終わったところを襲ったんだがな、返り討ちにあってしまったという訳だ。ちなみに腕は両方切られたんだが、片方は繋げて修復できた。もう片方はその侵入者に奪われてしまった。どうやら吸血鬼というのは失くした腕を生やすことは出来ないようだ」

 不死とは言っても、不死身と言う訳では無いようだ。と、どこか皮肉げにヴィンターは語っている。

 その話口調が気に障ったのか、ミールは忌々しげにヴィンターを睨む。


「ふん。それよりも侵入者と言っても人間だろう? 吸血鬼として超越者たる私たちにとって、恥に思うべきだ!」

「カカカカカカッ! だったらお前が殺しに行ってこいよ。あのガキは普通じゃなかったぞ。少なくとも俺とコリルはタイマンはおろか、二人がかりでもいいように転がされたぜ」


(吸血鬼になっても倒せない人間がいるのか? 俺は人間を超えた存在になったはずだ。ただこいつ等が無能なだけだろう…。そうだ。俺は世界を征服する男なんだからこいつ等とは違うんだ)


 ミールは内心では、吸血鬼が敵わない人間がいることに驚いていた。だが、吸血鬼となり、不死者としての特性を得た自分は、強者であるという自負があった。そのため、目の前の無能な輩とは自分は違う、と思い込んでしまう。

 このミールという男は、生前は村長の息子であった。閉鎖的な村の中で、権力を持つ側に生まれた彼は、自分は選ばれた人間であると幼いころに錯覚したままに大人になってしまった哀れな男だった。ある日「墓に眠る魔道具を使って、この世界を征服しよう」と、突拍子もないことを言い始め、守神様を傷つけようとした。本来であれば、一族の役目を潰そうとした者は厳しい罰を受ける。だが父親である村長が我が子可愛さにに、本人を家に軟禁するとして、生かされていたのだ。

 そんな彼が吸血鬼となったのだ。

 「世界征服」なんてものをもう一度夢見るのは自然なことだったのかもしれない。


「俺がいれば、その侵入者も殺せたはずだ。お前らとは格が違うからな」

「そうかい、そうかい。だったら次はお前が行けよ」

「ふん。言われなくともそうするさ。」


「スイマセン! 遅くなりました」

 そんなことを言い合っていると、遅れていたコリルが姿を現した。


「聞いたよ、コリル。大変だったみたいだね」

「いえ、私が不甲斐ないばかりに……」

「いや君のせいじゃないさ。それよりも大丈夫かい?」

「はい、片腕を失うことになりましたが、痛みを感じることはありません」


 コリルは村長の家で使用人として働いていたので、村中から奇異の目で見られていたミールのことを卑下するようなことはしなかった。それは吸血鬼になった今でも変わらない。


「仇は俺が討つよ。それよりも全員そろったんだ。早く主の下へと行こう」

 ミールは自分の言う事を聞くコリルを労わる言葉をかける。だが本心としては、せっかく自分の駒なのだから、自分のコントロール下に置いておきたかったのだ。


「そうだな。呼ばれてから随分と時間が経ってしまった。早く向かおう」

「お前が仕切るなヴィンター! 俺が一番早くここに来ていたんだぞ」 

「それはお前が村に行かずにサボっていたからだろうが!」

「ブランツ! ミール様を貶めるようなことは言わないで! 許さないわよ」


 4人は自分たちが主と呼ぶ存在の許へ向かうために、祭壇へと歩き出す。






     ――――――






 祭壇は重い空気に包まれていた。

 その原因は吸血鬼となった4人は、身動きすることが出来ずに石のように固まっていた。人を超越したと息巻いていたミールまでもが、跪いた態勢のままでその身を小刻みに震えさせている。


 彼らをそんな状態に陥れているモノの目は金色に輝いている。その身は4メートルを越えていて、漆黒に染まっている。薄暗いこの場では眼だけがその鋭い光をはなっているので、闇そのものがこちらを覗いているように感じてしまう。そしてその額には角のようなものが生えている。


<――――――>

「いえ、決してそのようなことは……」


<――――――!!!>

「はい! すぐに対処いたします」



 4人の吸血鬼を代表してミールが言葉を発する。だが音になっているのは彼の声だけで、彼らが主とするものは音を発していない…。主はその輝く瞳を細めている。



<――――――>

「ですが、一つだけ問題があります」

「ヴィンターッッ!」


 主の意思に反するように、ヴィンターはその重い唇を動かす。ミールの叱責を

モノともせずに無視したまま言葉を続ける。


「……この森に侵入者がいます。一人だけでしたが、ブランツとコリルを圧倒する戦闘力を持っていました。何物かは分かりませんが、今後の障害となるかと思います」 


<…――――?>

「はい。私はこのように片腕を失うこととなりました」



<…………>

「主様! このような些細なことでお悩みになることはありません。不肖ながらこのミールがその侵入者とやらを抹殺してまいります。どうか主様はお身体を休めて下さい。この森を覆う結界が復活したのですからすぐに行動を起こすことも出来ないでしょう」


「では、私にもそのお役目を頂けないでしょうか? この腕の恨みを晴らしたく思います」


<……。――――――>

「「はっ! ありがたき幸せ」」

 ミールとコリルは立ち上がると駆逐すべき敵へと足を向けた。


 だが、その歩みを主は止めて何かをそれぞれの足元へと投げた。

 4人はそれぞれが目の前のモノを見つめる。


<――――――>

「これは?………魔道具(マジックアイテム)ですか? これを頂けるのですか? おお…。主よ、感謝いたします。これで敵を消し炭と化してご覧にいれます」

 

 ミールは大仰に礼をすると、コリルを連れてその場を後にした。



<――――――>

「…わかりました。では我々は結界が消えるまでこの場を守護するために近くを巡回しております」

 残されたヴィンター等も指示を受けたのか、その場から音を立てずに立ち去った。


 祭壇は静寂に包まれた。

 金色に輝く瞳は静かに閉じられて、そこは光の無い闇へと変わっていった。






     ――――――






「ヴィンターさん」

「なんだ?」


「ミミちゃんのこと、いいんですか? あんたが話さなかったから、俺も黙っていたけど……。何か考えでも?」

「そのことか。深い意味は無い。あいつが一人生き残ろうとも何も変わらないだろう」


「……いや、そういうことを言ってんじゃなくて」

「何を言っているんだお前は? いいから黙って見回りだ。お前は頂いた魔道具を扱えるように練習でもしておけ」


「わかった。本当にいいんだな?」

 ブランツは返事を待ったが、いっこうに口を開かないヴィンターにしびれを切らしたのか。ため息をついてその場から離れて行った。



「こんな姿になっているんだ。会うことすら叶わんさ。出来ればあの少年が……。いや下手に希望を持つのはよしたほうがいいな。俺はもう、化け物なんだから……」


 ヴィンターが呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなかった。


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