1-22 相棒
俺は部屋に戻ると、頭を抱えてベットへとダイブした。今日一日にあったことを振り返ってみる。弟には本気で魔法を打ち込まれるわ、姉と王子の結婚騒ぎを聞かされるわ、マリアンとは和解したり、ミランダとは親子の時間を埋めるために沢山の話をした。
そんな一日に起こったことが、吹き飛んでしまうくらいの衝撃なことがつい先ほど起きてしまったのだ。
気疲れもあったのだろう、気を抜けば意識を手放しそうになってしまう。
ふひ~~~。
ふと、気づくと俺は暗い闇の中に居た。
どこまでも光の無い、真っ暗空間が目の前に広がっている。
目を瞑っていてもこんな状況にはならない。だってここにはさっきまで横になっていたベットもなく、妙な浮遊感みたいなものを感じるだけであった。
<いらっしゃい。我が相棒のクオンセル。ここはオイラが統べる空間、何者にも干渉されない世界さ>
そんな声と共に現れたのは、先ほど契約したばかりの精霊。見た目は小人のような男の子。自分を人工精霊とよぶコーメーだった。
「相棒とは何のことだ?」
<あれ? 違うのかい? 前に契約を交わした男が、そんなことを言っていたんだけどな>
「相棒の意味を分かっているのか? それは欠かせない相手であり、共にいる者、仲間のことだぞ」
<じゃあ合っているじゃないか。オイラたちは一蓮托生なんだからさ>
「……確かにな。まあいいや。それよりも今のこの状況はなんなんだ?」
<さっきも言ったとおり、ここはオイラが空間魔法で生み出したものさ。オイラは空間の精霊だからね>
「空間の精霊か、ってことは俺は身体ごとこの空間にワープしたってことか?」
<いいや、ちがうよ。今回は精神だけをこっちへ引っ張ってきたんだ。相棒の身体は今もベットの上さ。とはいってもあっちの世界では時間は動いていないけどね>
「そういうものなのか? 細かいことはそのうち確かめるとして…、コーメーには聞きたいことが沢山あるんだ。教えて欲しい。」
コーメーから、いくつかの新事実と彼自身のことを聞くことが出来た。
この世界には今までに何人もの転生者が存在していたということだ。バスタリアを作った初代王様も転生者で、コーメーとも契約をしていたそうだ。契約者が死ぬとコーメーはあの本の中に封じられるらしい。そして、本の文字、つまり日本語が読めるものの召喚に応じられるように作られているらしい。
コーメーは自分のことを人工精霊と言ってた。これは何千年も前の転生者が、後の転生者となる後輩のことを考えて作ったらしい。勿論、転生者の全員がコーメーと契約したわけではないが、かなりの人数と契約しているらしかった。伝承として残っている偉人にあたる人物、その半分以上の人間のことをコーメーは知っていた。魔王と呼ばれる存在とも契約していたらしい。コーメーいわく、アイツは支配欲が強くて、何でも欲しがる欲望のるつぼのような奴だったそうだ。最後は自分の子供に殺されたらしい…。
他にもエルフを心から愛した者がいたそうだ。彼はエルフの里へ行き、多くのエルフと関係を持ってハーフエルフを大量生産してしまい、エルフから忌み嫌われた。
女の転生者も何人か居たらしく、ある女性は多くの魔物を使役してイケメンの騎士を拉致しては手篭めにしたりと煩悩丸出しの生活を送ったりしていたらしい。俺はそうはならないぞ…。
コーメーは、神についての知識も持っていた。だが俺たち転生者とは違い直接会ったりしたことは無く、それぞれから話を聞いただけらしい。それによると、この世界に日本人を送ってくるのは、決まってあのやる気のなさそうなおっさん神であるそうだ。しかも時間的な感覚はあまり関係ないらしく、俺と同時代を生きた人間が1000年以上前に転生していたりする。
ただ存命中にもう一度あの神に会えたものは居ないらしい。他にも神と呼ばれる存在はいるが、大体が強力な精霊だったり、その地に住み着いた竜族だったりとするらしい。頂上的な存在を神と崇めたくなる気持ちは、どこも変わらないようだ。
ちなみコーメーは空間の精霊というだけあって、中々に強力な能力を持っているらしい。ただし、魔力が身体から遠くへ離れていかない俺との契約では、効果が限定されてしまうらしい。また親和性というものも影響しているらしい。要はコーメーと共に仲良く過ごして互いのことを理解すればするほど、その力を行使することが出来るらしい。
現在出来ることは、俗に言うアイテムボックスのようなものだけだ。俺の魔力が及ぶ範囲の命の無いものなら、コーメーの作り出した亜空間へと保存することが出来るらしい。この亜空間に容量の限界は無く、また時間の感覚がずれているので、亜空間から取り出したものは入れた状態のままであるらしい。非常に便利だ。
ただしというか、やはりというか…。俺には出し入れの制限がある。一つは俺の魔力領域――半径2メートル――を超える大きさは亜空間に収納できない。サイズの問題なので、バラしたりすれば問題はなさそうだ。二つ目は、出し入れの出入り口が手の周りになるということだ。手を伸ばして掴めない場所にものを出すことは出来ないそうだ。
後は、普段生活する上でコーメーと俺は常にリンクを繋げておけるので、召喚しなくても俺の知覚と同程度の情報をコーメーも得ることが出来るらしい。さらにテレパシーみたいな状態で互いに意思疎通を行うことも出来る。
本来はもっと色々出来るのに…、とコーメーは残念そうにしていたが、俺としては十分過ぎるほどだろう。コーメーには悪いが俺の魔力性質だからしょうがない。不出来な契約者でごめんよ…。
でも変に凄いものではないので逆に良かったかもしれない。この世界には【魔法鞄】なんて便利なものがあるんだ。その容量が無限なだけだ!
いや、十分に凄いか……。
そんなこんなで話は盛り上がりながらも、一段落を迎えたので俺は部屋へと戻されて眠ることにした。頭がパンクしそうだ。
翌日、翌々日は特に珍しいことは特に無かった。
朝起きると日課の訓練をしようと裏の林へと向かうと、ジョージが既にいて魔法の練習に混ぜてもらった。模擬戦もやった。
同世代との訓練は【育成道場】にいた時には経験できなかったので新鮮な上に、相手は弟ということもありつい力が入ってしまうのだった。
どうやらジョージは遠距離魔法に重点を置いた戦いを目指しているようだった。火・風魔法の適性があるので、遠距離で大火力で攻撃するのはアリだと思う。というか、羨ましい…。おそらく目指しているは、軍などでの後方支援タイプなのだろう。きっと親父のようになりたいとの思いからだろう。だが体術などの肉弾戦はハッキリといってお粗末だったので、俺は【身体強化】などを教えておくことにした。
「不測の事態に遠距離タイプの魔法使いは弱い、特に懐に入られてしまうと数段格下の戦士タイプにすぐに負けてしまう。だから最低限の距離は取れるように身体は動けるようにしたほうがいい」
と、キシリが言っていたことを思い出し伝えてやった。俺のような魔法の適性が無い者のアドバイスを、ジョージは喜んで受け入れてくれた。嬉しかった。
訓練以外の時間は、ミランダとの時間を多く持つようにしていた。ジョージとの訓練をマリアンと二人で見学に来ることもあった。俺たちを見ながら談笑している姿は、なんだか気恥ずかしいものがあった。ジョージも時折照れているのか、笑いながら二人へ手を振ったりしている。
そんな姿を見ながら、俺は家族との暖かい団欒を楽しんだ。
そして実家に帰ってから、三日後の昼に我が姉のレモニアと招かれざる客であるグラシャス殿下と部下たちがやってきたのだ。
俺たち家族は、臣下の礼をとって跪き殿下たちを迎えた。
屋敷の門をくぐってきたのは2台の馬車。一つは何の変哲もないがしっかりとした作りの馬車、もう一つは大きく豪華で王族のしるしであるシンボルが入った馬車だった。
その馬車を囲むように、騎乗した騎士たちが10名つき従っていた。
普通の馬車からは、姉であるレモニアと見たことの無い初老の男性。
王族の馬車からは、でっぷりとした肥満体のいかにも王子です、と訴えている煌びやかな服装の男が出てきた。このメタボが馬鹿王子だろう。その後にロープを着た魔法使いであろう女性と、神官服を着た恰幅のいい禿げ上がった中年が出てきた。
なぜ神官が同行しているのか? 疑問に思ったが口に出すことはせず、ジョージが代表して挨拶を始めた。実は彼がスチュアート家を継ぐことになっているらしい。レモニアは侯爵家を継ぐ事を辞退したそうだ。
「これは殿下、遠路はるばるお越し頂きましてありがとうございます。私は当主モーフィスの留守を預かっておりますジョージ・スチュアートと申します」
「…うむ。お前がレモニア殿の弟か。苦しゅうない、みな面を上げよ」
お許しが出たので、俺たちは全員立ち上がった。舐めまわすようにこの場にいる人を王子は見ている。なんか爬虫類みたいな笑みを浮かべている。何と言うか気持ち悪い。
俺の姿を見つけたレモニアが嬉しそうに笑顔を向けてくる。俺は視線だけで返事をする。なぜって? 変に動くと王子がイチャモンつけてきそうだったからだ。
だけどそんな俺の努力は報われなかった。王子は俺を見ると、舌をペロッと出して俺に声をかけてきた。
「はて、そちらの男性はどなたかな?」
「私の兄のクオンセルです。10年前に家を出て【育成道場】にて修行を終え、旅に出る前に我が家に立ち寄っているところです」
ジョージに紹介されたので、軽く会釈をする。
「それは…。ふむ。家を出たということはその者は、貴族では無いということか…」
確かに俺は家を出たので、正確に言えば貴族ではない。平民になるのか? 深く考えたことは無いけど、きっとそんな感じだろう。
「グラシャス殿下の御前で無礼ではないか! そこの平民は跪け!!!」
なんか一番豪華な鎧を着た騎士が俺に怒鳴り散らしてくる。
うわぁ。俺が家を出ているとはいえ、家族の前でこんなことで突っかかってくるものか? 面を上げよって言ったのはお前じゃん!! と、突っ込むことは出来ない空気なので、言われたとおりに跪く。
素直に従った俺を、王子は何故か不満そうな様子で言葉を告げてくる。
「元は侯爵家の人間であるとはいえ、今は平民であるからな。ケジメはつけないといかんのでな」
何が面白いのか、喉を鳴らしながら気味の悪い笑顔で俺を見てくる。
俺の家族はそれぞれ顔にこそ出してはいないが、空気が重くなっている。というか、レモニアにいたっては王子の死角にいるためか拳を握ってメタボなお腹を睨んでいる。
俺のことで怒ってくれるのは、ありがたいけど相手を考えて欲しい……。
「た、立ち話もなんですので、どうぞ屋敷のほうへ。今夜はこの地方の料理をお出ししますので、ぜひご賞味ください」
「手間を取らせたな。ありがたく招待を受けよう。さぁ、レモニア殿もご一緒に…」
そう言って、レモニアの手を引こうとするが、その手を掴むことが出来なかった。
レモニアはあろうことか、跪く俺の方へと駆け寄って来たのだ。
「クオン久しぶりね。大きくなったわ」
俺は目の前まで来たレモニアを、そのままにしておくことが出来なかった。仕方が無い。色々言われるかもしれないけど、立ち上がり返事をする。
「久しぶりだね、レモ姉。立派に活躍しているようで何よりです」
目線は俺のほうが高くなっているが、そこには美しく成長した姉の姿があった。うん、馬鹿王子には勿体無いな。
さっきの騎士が怒りの表情でこちらを睨む。
また文句を言われるかと思ったが、王子が止めた。
おや?
「レモニア殿、その者は侯爵家とはもはや関係が無いはず。今晩の食事にも同席はご遠慮願いたいですな」
勝手に立ち上がった俺へのお咎めは無いようだ。レモニアに嫌われたくないのか? まさか本気で惚れているのか??
「殿下! さきほ―――」
「レモ姉、また後で」
俺はレモニアが抗議する前に止める。彼女はこちらを申し訳なさそうにして見てくる。別に彼女がそんな顔をする必要は無いんだけどな…。
そして殿下は俺を見ようともせずに、馬車に同席していた男たちと屋敷へと入っていった。ジョージは屋敷に入る前に俺の方へ悲しげな視線を送ってくる。
ジョージも気に病むことはないのにな…。まあ馬鹿王子の関心が、俺に向かっているのはむしろやりやすいか。他の家族に嫌がらせされるのはムカつくし。
残されたレモニアに俺は声をかける。
「ほらレモ姉も行かないと、殿下の機嫌が悪くなるよ??」
「でもクオンが…」
「俺のことは気にしないでよ。また空いた時間を見つけて色々と話そう。俺は近くの宿屋に泊まることにするよ。皆にも伝えておいて」
俺が屋敷をうろついていると何を言われるか、分かったもんじゃないからな…。
俺はレモニアを屋敷に押し込めると、さっさと屋敷から離れることにした。
(コーメー、どう思う??)
<どうって、あの王子のことかい? 何というかグレンが見たら悲しむんじゃないかな…>
グレンとはバスタリアの初代王様だ。確かにあんな器の小さい王子が子孫では、初代も嘆きたくなるだろう。でも今は…。
(そのことじゃないよ。気になるのはお連れの人間だ。なぜ神官が同行しているんだと思う?)
<それはオイラには分からないよ。神官といえば、回復魔法や契約魔法が使える人がなる場合が多いから、その辺りが理由じゃないかな?>
(旅の体調管理か…、確かに王族ならありえるかもな。契約魔法は……文字通り契約を結んだりするだけだ。今回の旅には関係がなさそうだ)
<王子たちのことも有るけれど、相棒はどうするんだい? このまま宿屋で王子たちが出ていくのを待っているのかい?>
(下手に何かしてイチャモンつけられる方が嫌だ。しばらくは宿屋でのんびりと訓練しながら待ってるかね)
そんな感じで、レモニアが帰郷して四日後。朝の空気は澄んでいる。体術の型を繰り返し行っていた俺は、その空気を息吹をして体に取り入れる。体がクールダウンしていくのが分かる。
軽く体を水で流して部屋に戻ると、待ちわびていたレモニアがやってきた。
「レモ姉、ずいぶんと時間がか―――」
「クオン、後生だ! 殿下と決闘をして!!!」
「……はい??」
どうやらこの数日でなにかがあったらしい。
つーか王族と決闘って……。
メタボには気をつけないと…




