1-23 決闘
グラシャス殿下と決闘をして欲しいと願うレモニアは、かなりお疲れのようだ。まぁ俺に決闘をしろ、と言うくらいだから何かのっぴきならない事態であるはずだから、想像以上に宜しくない状況だと思う。
でも、俺の台詞は決まっている。
「いいよ。馬鹿王子に引導を渡そうか。決闘は今すぐ?」
俺は少しも躊躇わずに了承する。そんな俺を見てレモニアは呆けた様な表情でこちらを見る。
「何で不思議そうな顔を? 俺がレモ姉のお願いを断るハズがないでしょう??」
幼少時は何かとガキ大将的存在だった姉に、俺は基本的に逆らったことは無かった。反発したりはしたが、基本的に俺はレモニアが結構好きなんだ。さすがにジョージほどイエスマンでは無かったけど…。
「……でも、殿下と決闘だよ?」
「まぁ何でそんなことになったのかは教えて欲しいけど…。もうそれしか無いんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ決まりだね。詳しい話を教えてよ」
レモニアから聞いた経緯はなんともコメントのしにくいものだった。
俺が屋敷を去ってからも、毎日のように馬鹿王子による俺への悪口は止まらなかったそうだ。そんな状況で、昨夜になって、王子はレモニアへの求婚を母親たちの前でしたらしい。
何と言うか、馬鹿王子は本当に結婚したいのだろうか? と思ってしまうほどの空気の読めなさである。
レモニアが俺を気遣っているのが分からないのだろうか?
馬鹿王子からしたら、家を出た人間は貴族にとって価値のない人間だ、という認識からの言動からかもしれない。まぁうちの場合は違ったようだけど。
レモニアは当然断ったが、今回は王子も引かなかった。実家について来たので周囲は只ならぬ関係としてみると図々しくも言い出したらしい。
勝手に付いてきて、どの口がほざくのやら……。
そしてレモニアはあろうことか馬鹿王子を馬鹿と言ってしまったのだ。馬鹿に馬鹿というと、怒り出す。これは世の常だ。
普通に考えれば侮辱罪だよな~。馬鹿は王子なんだし。
だが。面白いことに王子はそれを罪には問わず、求婚を続けたらしい。
どうやら王子はレモニアにマジ惚れだったらしい。相手には全く届いていないけど……。
そんなこんなで、互いに引くに引けなくなったために、神官が間に入って仲裁をしたらしい。
だが、この神官が問題だった。
彼はあろうことか2人の言い分を『決闘』をして勝者に委ねようという提案をしてきた。魔法国家バスタリアは実力至上主義であり、貴族同士が対立する場合は決闘になることが多い。これは諍いが貴族間での戦争に発展しては困るからだ。各領地が荒れて難民が増えたり、単純な兵力が減ったりと、国としては国力の低下につながるので代表者同士が戦う決闘を国が推奨しているという背景もある。
決闘の有用性としては、当事者のみでカタが付くことが挙げられる。また契約魔法を活用して勝者の権利をしっかりと主張・確保できるために、敗者が約束を反故に出来ない、というのもある。
ミランダ自身は自分の強さを理解しているので、二つ返事で決闘に応じた。
だが、ここに誤算があったのだ。
それぞれは勝者の権利として、馬鹿王子はレモニアとの結婚を、レモニアは今後一切のスチュアート家への不干渉を挙げた。
ここまで話が進んだ段階で、神官から衝撃のルールが告げられた。
勝者の権利がレモニアとの結婚となった場合、当事者の決闘への参加が許可できないとのことだった。
「そんな馬鹿な?!」
「いいえ。私たちも見落としていたけれど、これは当然の主張なのよ。だって景品である私が、決闘で命を落とした場合に殿下は勝者の権利を得ることができないのだから……」
……なるほど。レモニアが欲しいから決闘するのに景品が死んでしまうと、決闘そのものをする意味が無くなるということか。
また当事者同士の戦いが前提ではあるが、レモニアのような状況の場合は代理人を立てることが出来るらしい。さらにやんごとなき身分である馬鹿王子も代理人をたてる権利があるとのことだ。メタボは動きたくないらしい。
それで馬鹿王子は連れてきていた女魔法使いを代理とした。レモニア達は始めは、本人の希望もあったのでジョージを代理とするつもりだった。
だが相手の女魔法使いの正体を知って、母親たちが反対した。
理由は簡単だ。この女魔法使いの正体が【凍殺】の異名を持つナシータというバスタリア屈指の魔法使いであるからだ。
異名から分かるように、氷魔法を得意とする彼女に、火魔法がメインのジョージは相性が悪い。ミランダは水魔法が得意で水精霊とも契約しているのだが、根っからの研究者タイプなので戦闘には不慣れだ。またマリアンは直接戦闘が得意ではないので、決闘スタイルのこの勝負では期待できない。
そこで白羽の矢が立ったのが【武骨者たち】の俺だ。きっとジョージあたりが、俺が強いと推したのだろう。
うん。
分かった。
これは仕組まれたものだな。
都合よく神官が同行していたり、決闘の代理人がジョージの苦手とする氷魔法の使い手ということ。それにスチュアート家当主がいる王都で問題を起こさずに、スチュアート領に来た理由もモーフィスを警戒してのことだろう。
それに……
「レモ姉、決闘の日時は?」
「……今日の正午よ。決闘が決まったのは昨晩のことなの」
「随分と急な話だね。それでは立会人は殿下の連れてきた神官がそのまま務めるの?」
「…そうよ」
「ん~~。これは完全に嵌められたね。相手に都合の良い条件ばかりだ…」
それに決闘が決まったのは昨晩だというのに、翌日に戦うというのも急な話しすぎる。
俺が知る限りでは一週間は準備期間を置くのが普通だ。
これは優秀で自分たちに不利になる代理人を立てさせないため、外部から横やりを出させないための王子側の対策だろう。
王都にいる父親もこの件を聞いた時には全てが終わってしまっていると言う訳だ。レモニアが成人しているのもモーフィスの介入がし辛くなる一因だろう。スチュアートの跡継ぎは、ジョージになっているのでレモニアを嫁にやらない理由はないからだ。
「でも、そんなこと言ったって…。今更決闘を無いものには出来ないわ」
「そうだろうね。仮にも相手は王子なんだし。俺が言いたいことはそれじゃないよ」
「じゃあ何が言いたいのよ」
「俺の家族を罠に嵌めようとした『敵』は倒す。ちょっかいを出してきたことを後悔させる」
「クオン……」
「さぁレモ姉、行こうか」
俺は身支度を整えて、決闘の場へと向かう。
「ではここに、グラシャス・ディ・バスタリア様とレモニア・スチュアート様の決闘を行うものとする」
ここはスチュアート領内にある練兵場の一角だ。
東京ドームぐらいの大きさの広場で、普段はスチュアート家の私設兵団が訓練などを行っている場所だ。
今は、その隅で決闘の儀式を噂の神官が行っている。
彼の手元には、今回の決闘の勝利条件や勝者への権利などがまとめられた証書がある。
ちなみに、勝利条件は相手の意識を失わせるか、相手を戦闘続行不可能の状態にするか、相手が降参するか、の3つである。戦闘続行不可能というのは当然だが死亡することも当てはまっている。
この証書には、神官によって契約魔法の魔方陣が書かれている。この証書があると、契約した内容を不履行にした場合は神からお仕置きが与えられる。
お仕置きの内容は、神が決めるので何が起こるかは分からないが、女性に触れるとナニがもげる、あらゆる賭けごとに勝てなくなる、見た目が老人になる、とバラエティーに富んだ例が存在している。
契約魔法とは【契約神】に捧げるもので、何者にも侵せない。かなり強力な魔法だ。
強力なため制約は多く、この魔法は契約者同士の同意が必要だ。そのため一方的に有利な契約はされないというのが一般の認識である。だが犯罪奴隷などはその例外になる。
今回は神官も相手側なので変な細工をしていないか不安だったが、特に問題は無いようだ。
コーメーにも確認させたが、魔方陣自体も決闘の内容に準拠したものらしい。
俺は安心して儀式を眺めていた。
だが、不意に強い視線を感じた。
俺に対してではない。
殿下へと、血走った視線を向けているのはなんと、俺の相手であるナシータだった。彼女は殿下の護衛役であると聞いていたが、主人をあんな目で睨んでいいものなのか? 視線はすぐにそられたので、恐らく気づけたのは俺だけだろう。
この主従関係も、もしかしたら不当な契約でも結ばされたものなのだろうか? 王子には不自然なまでに力のある魔法使いが、その陣営に存在しているという噂があるので、彼女もその一人なのかもしれない…。推測でしかないけど…。
これから戦う相手に対して、感情移入は危険だがどうしても気になってしまう。
<相棒、あんまり余計なことばかり考えていると痛い目にあうよ>
(うるさいな。分かっているよ)
<そうかい、ならいいんだ。オイラも早々に相棒を失ってあの本に戻されるのは、正直言って嫌だからね>
(ああ、そうだな。俺だってお前との旅を一緒に楽しもうと思っているんだ。死んだりはしないさ)
俺が死ぬとコーメーは再び本に封印される。そんな不自由な生活は退屈なのだろう。随分と人間味に溢れる精霊である。
<それは楽しみだね。でも本当に大丈夫なのかい? お相手の彼女はかなり強いんだろう??>
(俺だって簡単に負けやしないよ。それに負けられない理由があるからね…)
<……ならいいんだ。今のオイラはあんまり戦闘に役立てないから…>
(何言ってるんだ。十分に今のままでも役立ってくれてるよ。分からないのかい?)
コーメーは現状の能力に不満なようだが、俺はそうは思っていない。色々と工夫することで現状でも十分な戦力アップなんだ。
「では両代理人は、決闘の場へと向かわれよ」
おっと、色々とコーメーと話していたら時間になってしまったらしい。
俺は促された場所へと、相手であるナシータと共に歩き出す。
「決闘前だというのに。随分と落ち着いているんだね」
そんな俺に、彼女が声をかけてきた。
「決闘は初めてですが、似たような経験は何度かあるんですよ(主に修行の時に…)」
「そうか、君のことはあのデブから聞いているよ。キシリの孫で【育成道場】の出身なんだろう??」
「主人をデブ呼ばわりですか? 豪気な方ですね。確かに育成道場で修業していましたよ」
どうやら馬鹿王子は、俺のことを調べていたんだろう。というか明らかに主人を嫌っているな、この女は。それになぜかキシリの名を出す時に表情が険しくなった。
「アタシは好きで仕えているんじゃない。敬っている奴はほとんどいないよ。それよりも…」
猫科の捕食者のような目で俺を見ながら言葉を続けてくる。
「君と戦えるのは楽しみなんだ。今回の旅は相変わらず胸糞悪いものばかりだった。王都を出たとこでも、くだらない決闘でこき使われたりしたしね」
出発の日に王都近くの街道であった決闘騒ぎは、やっぱり馬鹿王子が原因だったのか…。いい迷惑だ。
「お疲れ様ですね。それで何故楽しみなんですか??」
「決まっているじゃないか! 君はあのキシリの孫で教えを受けたんだろう? 弱いわけないでしょう? アタシにとって理由はそれで十分だ」
(ああ、戦闘狂か? 強い奴と戦いたい的な感じね)
「楽しめるかどうかは分からないですけど…。俺は勝つためにここにいますよ」
俺の返事に満足したのか、獰猛な笑顔を浮かべて俺から離れていく。
俺も気を落ち着かせながら、開始線のところまで歩いていく。
決闘の準備はした。ジョージにも手伝ってもらった。
心も落ち着いている。相手の姿も良く見える。
拳を開いては閉める、身体も満足に動かせる。
相手を見つめる。しっかりとその姿を確認できる。
【好都合領域】を発動させる。
何も問題はない。
―――ドオオオオオオオォォォーーーーン!!!
開始を告げる合図の音が聞こえる。
俺は一気に駆け出す。
標的はただ一人だ。
―――倒す!
俺は口に出さずに、自分の意思を固めた。




