1-21 その名はコーメー
ミランダから告げられたものは非常に嬉しいものだった。
(俺ももしかしたら、精霊の力の恩恵を得られるかもしれない)
その朗報に俺は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
「母上! 召喚するには私は何をすればいいのでしょうか?」
「準備は整っているから、アナタはここにいくつかある魔道書を読みながら魔力を込めて。それで精霊を呼び出すことが出来るわ」
「私のような上位精霊かもしれないし、意志も持てない下位の精霊かも知れない。召喚できても契約できない場合もあるの」
「クオンなら大丈夫よ。きっと契約できるわ」
言いながら本棚から魔道書を何冊か取り出した。だが俺は本棚に残る真っ黒の本に目がとまった…。
「早速やってみましょうかしら」
ミランダの声で我に返り、さっそく魔道書を手に取ってみた。
俺の前には、つい今しがた呼び出した水の精霊がいて、ウォルナと何か話している。なんどか此方をチラチラと盗み見てくる。話が終わったのか呼び出した精霊は俺の前まで来てじっと見つめてくる。見詰め合うこと数秒…、精霊は申し訳なさそうに首を左右に振って俺から離れるようにして消えていく。
女性型の中々にきれいな顔立ちをした精霊に、目の前でまじまじと見られて顔を振って去られる……。かなりハートに刺さってくる。なんだろう……、自分を否定されているような気持ちになってしまう。
俺たちは一時間ほどかけて様々な精霊と会うこととなった。そう様々な精霊だ。ちなみに今のが用意した魔道書で召喚した最後の精霊だった。水の上位精霊のウォルナにも仲介をお願いしたのだが、色よい返事はもらえなかった。
トカゲのような精霊、ミミズのような大きなワーム型の精霊、羽を生やした人型の御伽噺に出てくる妖精のような精霊、牛のような巨体をもった6本足の精霊…、他にも様々な精霊とお見合いをしたが契約に至った精霊は一体もいない。
精霊と契約できると変に期待していたので、凹んだ。色々と精神的なダメージもくらってしまった。
そんな俺の姿を見ながら、ウォルナが声をかけてくる。
「クオン、気にしないことです。適正が低いのに呼び出す精霊は上位のものばかりでした。それに先ほどの水精霊は私の知己でかなり上位の存在です」
「でも、いくら上位の精霊を呼んでも、契約は出来ないじゃないですか。さっきの水精霊はウォルナがお願いしても駄目だったんですよね…。もう諦めようかー」
愚痴りながらソファーへとダイブする。別に拗ねてなんかいないよ? 疲れただけだよ??
「クオン、ごめんなさい。私が期待を持たせるようなこと言ってしまったわ」
「そんな、母上は私のことを思ってやってくださったんです。お礼こそ言いますが文句などありも……」
ミランダの言葉に返答をするために顔を上げると、彼女は本棚に魔道書を戻している最中だった。ん、そういえば…。
「母上。気になったのですが、その真っ黒な本も魔道書ですか??」
「これのことかしら? …あぁ、これも魔道書らしいわ」
「らしいって、どういうことですか??」
「えっとね、この魔道書は宮廷の書庫の中で見つかったものなの。でも誰にも読めない言葉で書かれていて、私が研究用として渡してもらっているものなの。ウォルナにも見てもらったんだけど、精霊にも読めないものなんだって」
「はい、私も自我を持って数千年と経ちますが、知らない文字でした。世界には似たような文字があるらしくて、【失われた知】として一部の研修者などに知られています。この本が魔道書であることは感じる魔力などから間違いないとは思うんだけど…」
「そうなんですか…。ちょっと見せてもらってもいいですが? 何故か目を引かれてしまって……」
俺がお願いすると、ミランダは快く俺の元へ魔道書を持ってきてくれた。
手渡せられた魔道書は真っ黒で何の本かも分からない。でも不思議と妙な力を感じる。
俺は本を開く…、紙もすべて黒いそれに、白い色で書かれた文字があった。まるで毛筆で白墨を使ったような文字だ。
それに読める。俺には読める。なんの引っかかりも無くスラスラとだ。
ん? 何でかって?? だって目の前にあるこれは『日本語』だからさ。
そこには簡潔にこんな言葉が書かれていた。
「<精霊よ、出でよ>ってそのままじゃないか…」
俺の言葉と共に、部屋に光が満ちていく。
今までの精霊召喚とは明らかに状況が違う。
部屋に溢れる魔力、ビリビリと肌を刺すように震えた空気が向かってくる。
俺は光源へと目を向けると、うっすらと影が形を作っていた。
「おいおい、一体何が出て来るんだよ?」
<何って? オイラはコーメーだよ>
(また日本語だ。何故だ?)
声が聞こえてくると光は収まり始めた。影はどんどん小さくなって、30センチくらいの身長の男の子になった。黒目黒髪以外は、ふつうの姿だった。
<あれ? 言っている意味が分からないのかな…。オイラを召喚できたなら通じるハズなんだけど>
<ああ、分かるよ。ちょっと驚いただけさ>
俺が日本語で答えると、コーメーと名乗った男の子は嬉しそうに笑いながら、こちらへと歩いてくる。
<君の名前を教えてくれるかな?>
<俺は…。クオンセルだ。元の日本名は倉本真治>
<シンジね。でもこちらではクオンセルと呼ばなくちゃね>
<そうしてくれよ。俺からも質問が……、沢山あるんだけど、いいかな?>
<勿論かまわないよ。でもその前に契約をしてくれないかな? このままだと不安定で長時間この姿を保っていられないんだ>
物凄く友好的だとは思ったが、まさか向こうから契約を要請してくれるとは! 日本語を話すので、かなり怪しいけど精霊の力が手に入るなら、願ってもないことだ。
「母上! この精霊が契約をしてくれるそうです。良かった…。契約の方法は?」
「え、えぇ…。クオンの身に着けている物で精霊が気に入ったものを媒介にして契約をするのよ。それにクオンの血を一滴たらすの。そして精霊が魔力をそれに流すから、その魔力を受け取るようにして自分の中に吸収するのよ。最後に精霊に名前をつけてあげれば終わりよ」
「分かりました。やってみます」
「頑張って…。あのねクオン。さっきは聞いたこともない言葉を喋っていたように聞こえたのだけど」
「私にも分からないです。何か知らない言葉を話していましたか? とっさのことでよく覚えていませんが…」
ミランダに日本語を話していたことを突っ込まれたが流す。 流すしかない。説明が出来ないし……。
「…そうなのね。まぁいいわ。はやく契約してあげないと消えてしまうわよ」
少し疑わしげな顔をしていたが、流してくれたようだ。俺は顔に出ないように安堵しながら、精霊に向き合う。
<日本語で話さない方が良さそうだね。これからは此方の言葉で話すよ>
そう言って、コーメーは俺を真剣な目で見つめてきた。
「ではクオンセル。オイラはその左手の手甲が気に入った。それを媒介にしたいんだ。後は手順どおりに進めていこう」
「でも名前はどうするんだ? 既に君には名前があるだろう?」
「ああ、オイラは<人工精霊>だからね。この名前以外は名づけられないよ」
コーメーは人工精霊の部分だけ日本語で話した。ここにはウォルナもいるし、聞かれたくない事なのだろうか?
「じゃあコーメーだね。それじゃあ始めよう」
俺は手順どおりに精霊契約を行った。コーメーと名をつけると、光の粒になって俺の手甲に吸い込まれるようにして消えていった。
「無事に契約できたみたいね。これでいつでも精霊の力を借りることが出来るはずよ。細かい取り決めとか能力については二人で話しあってね」
「分かりました。…母上、本当にありがとうございました」
「可愛い息子のためだもの。頑張るのは当然よ。今日はもう疲れたでしょう? 部屋でゆっくりとお休みなさい」
「はい、お休みなさい」
俺は日本語のことやコーメーのことを聞かれたくないので、逃げるように部屋を出て行った。
――――――
クオンセルが出て行った部屋の中で、私はミランダが片付けをしている姿を見る。
時折覗くその横顔は、満足げでこれが母親の顔なのだと思う。自分には親や子という存在はいないが人が人を愛するという姿を近くで眺めてきていた。もう何千年もだ。
私は元々、人間が好きでミランダに限らず数々の人間と契約を結んできたのだ。そんな私から見ても、ここ十数年のクオンセルのことを思うミランダは凄みのようなものを感じた。
彼女が息子のことで悩まない日は無かった。
あの日、クオンセルの魔法適性が無いに等しいと知った時の姿は、そのまま消えてしまいそうなほど儚げだった。でも彼女は強かった。出産で弱った身体を押して息子の為にあらゆる可能性を模索していた。
だが現実は酷なもので、自分の息子を育てることを本人から断られたようなものだった。クオンセルからすれば、子供心にミランダに迷惑をかけないように、と考えた末の行動なのが救いではある。
ただ親からすれば、子供に迷惑をかけられることは喜びでこそあれ、悲しみはありえない。親に迷惑をかけない子供など、自分が知る限り存在しないのだから…。
今回の精霊契約もハッキリ言ってかなりの賭けだった。精霊魔法の適性の無い人物と契約する精霊など、自分のような人間に積極的に関わろうとする異端のような存在でなければまず居ない。
ミランダは何故か、成功すると断言していた。事実として彼女の息子は無事に契約をすることが出来た。これはハッキリといって精霊の視点からすると、奇跡のような出来事だ。
今日はじめて顔を向き合わせて会話をしたが、クオンセルは非常に優しい男の子であることも分かった。
でも、だからこそ私は今の現状に我慢が出来ないことがあった。
「ミランダ、嬉しそうね」
「え? 当たり前じゃない。クオンが無事に精霊と契約できたんだから」
「ん、そうね。おめでとう。でも分かっているんでしょう??」
「…何のことかしら」
「私に言わせたいの? あの子は、クオンセルは何かを隠しているわ」
「あの年頃の男の子は、親に隠し事の一つや二つはあるものじゃないかしら?」
「そんなかわいいことを言っているんじゃないの!!!」
私は感情が高ぶり、知らずに声を荒げてしまう。その余波で魔力が漏れ出てしまい、足元に水溜まりが出来てしまった。
「あらあら、お漏らししたみたいになっちゃったわね。ほら、拭くからどいて頂戴」
私は、失態を犯してしまったので黙ってそこをどく。ミランダはそんな私の様子をクスクスと笑いながら濡れた床を拭いている。
「……ウォルナ。あなたの言いたいことは勿論分かっているわ。あの子は私に、と言うよりも自分以外には話せないような秘密があると思うわ」
ミランダは床を拭く手を休まず動かしながら、背中越しに話しかけてきた。
「きっとそれは、誰にも話せないものなのよ。私は薄々何か特別な子であることを知っていたわ。だってお母さんだからね。それにお母様からあの子が神託を受けていることも手紙で知っているしね」
「だったら、なおさら何を隠しているのか、確かめなくてはいけないのではないの?」
「いいえ、だからこそ黙って支えてあげるのよ。それがきっと親というものよ。……きっとあの子は【失われた知】の文字が読めるし話せるのね。突然のことでビックリしちゃったわ。確かに小さい頃から頭のいい子だったわ。でも昔から、それだけじゃあ説明できないものがいくつかあったのよ」
ミランダは床を拭き終わり、こちらをまっすぐに見て言葉を続ける。
「あのお母様が、わざわざ手紙で近況を何度も報告してくるのよ。手紙の中にも普通では考えられないことをしているのが分かったわ。それこそ英雄と呼ばれるお母様を驚かせるくらいに…」
「きっとあの子には、私たちの考えもつかない秘密があるのでしょうね。それはこれから世界を見て回るあの子の原動力になっているのかもしれないわ。でもね、クオンは旅立つ前にわざわざ私に会いに来てくれた。そんな我が子を私は支えてあげる母親になりたいの」
彼女の目は誰よりも強く我が子を信じている、そんな決意に彩られた光を宿していた。こんな人間の強さを目の当たりにすると、ウォルナは改めて人間という存在に一種の羨望のようなものを感じてしまうのだ。
「そうか。分かったわ。そもそも子の無い私には、こんなことを言う資格は無いのだしな。というか精霊だ。人間ですらない」
「ウォルナ。それは少し違うわ。アナタは確かに子を持つ存在ではないけれど、私を心配してくれるその心は種を越えて、私を思いやってくれる優しさよ。人間とか精霊だのは関係ないわ。私はそんなあなたと共に居られることを嬉しく思っているわ」
…私の心情を読み取って、欲しいことを言ってくれる。だからこの女は始末が悪い。普段は息子のことで暴走しがちだが、やはりその中身はこんなにも優しさに溢れているのだ。
「…分かったわ。ありがとうミランダ。それなら私も友人の子をただ信じることにしましょう。あなたの隣でね」
精霊としては、ありえないくらい可憐な笑顔を浮かべて、一人と一体の精霊は笑いながら互いを抱きしめあうのだった。
誤字脱字が多いとご指摘を受けました。
見直して読んでみてビックリ。大量に発見してしまいました。
文章的にもおかしな部分があったので、だいぶ修正した箇所があります。でもストーリーには特に影響はありません。
ご指摘いただいてありがとうございました。
これからは、きちんと読みなおしてから投稿しようと思います。




