1-20 精霊
「それでね~、一度王都への用事があったから、クオンのところへ会いに行ったのよ? そうしたらどこで聞きつけたのか知らないけれどお母様が門の前で待ち構えていたの。私は息子に会いに来ただけなのに何で邪魔をするのかしら? 結局中に入れてくれなかったわ」
「……師匠にも何かお考えがあったんですよ」
「あら、師匠なんて呼んでいるのね? ちょっと他人行儀にも見えるけど、ケジメは大切だものね」
「それもあるんですが、お婆様と呼ぶと怒るんですよ。『あたしをババァ扱いするな』って初めてお会いしたときに怒鳴られました」
「お母様も相変わらずね! 確か軍籍にあった時にも引退する時に、年齢のことを言ってきた相手を半殺しにしたことがあったらしいわ」
年寄り扱いで実害もあったのか…。もう年齢のことでキシリをからかうのはやめよう。怪我ですまない感じがする……。
そんなこんなで楽しい親子の会話をしている。俺も楽しかった。でもそれが6時間にも及ぶとさすがに気力が持たなくなってくる。
10年という時間を離れ離れになっていたのだから積もる話はあると俺も思う。再会できて嬉しかったし、俺も自分のことを出来損ないと言っていたことをミランダに謝った。一瞬だけ暗い表情をしていたが、無言で抱きしめてくれた。不覚にも泣いてしまった……。
「そろそろお夕食の時間ですね。勿論一緒に食べるわよね?」
「それは非常に助かりますが…。ただマリアンさんとジョージときちんとレモ姉のことで話をしておかないと…」
「ああ、グラシャス殿下のことね。ジョージもあんなに暴れることも無いのにね~。色々と溜まっていたのかもしれないわ」
「そうかも知れませんね。ちょっとジョージの所へ行っておこうと思います。食事の時に魔法で攻撃されたくありませんからね」
「そう。じゃあ行ってらっしゃい。……そうだ。夕食後はまたこの部屋に来てちょうだい。渡しておきたいものがあるの」
俺はジョージの部屋の前で声をかけようとしたが、中から唸るような嗚咽の声が漏れてきた。
(う~ん、俺のことか? いやこんな状態になるんだからレモニアのことか…)
「ジョージ。クオンセルだ。入ってもいいかい??」
俺は意を決して、扉を叩き声をかけた。
「……ッ! すいません。ちょっと待ってくれますか?」
ドタドタした物音をさせている。 エロ本でも隠しているんだろうか??
「…すいません。お待たせ致しました。…それと兄上! 先ほどは大変に申し訳ありませんでした。お姉さまのことで動揺していたもので…」
良かった。落ち着いているようだ。さすがに屋敷の中での魔法攻撃は勘弁して欲しい。
「気にしないでくれ。レモ姉のことは俺にも原因があるのは分かっている。それにここに来たのはそのことでお前と話をしておきたいと思ったからだ」
「分かりました。どうぞ入ってください」
部屋の中は、魔法に関するもので溢れていた。希少そうな魔道書や何かの【魔道具】が机の上にも置いてある。
「それにしても驚きました。いつの間に土魔法をあんなレベルで扱えるようになったんですか?」
「あれは土魔法じゃなくて無魔法なんだよ。【育成道場】で学び編み出したものだよ。俺としてはお前にびっくりしているよ。適正はお父様と同じ火が出ているんだな。良かったな」
「そうなんです。それに風も高いんで、火魔法の威力も高く扱うことが出来るんです」
俺の言葉に嬉しそうな顔で答えてくれる。
良かった、俺みたいなことになっていないみたいだ。
「風魔法との複合は火魔法との相性もいいしな」
「兄上だって見事に免許皆伝じゃないですか。ミランダさんだけでなく、お父様もやお母様も喜んでいますよ。なんだかんだ言って、うちではお姉様と兄上の話題が挙がらない日はありませんよ」
そう、再会した時にも感じたことだが、マリアンは俺に対してかなり友好的だった。ジョージの台詞も違和感がぬぐえない。
「……そんな顔をしないでくださいよ。私も子供心に当時のことは色々と覚えています。確かに母上は兄上に対してきつく当たっていましたが、それと同時に私には兄上のようにしっかりと勉強しろ、というのが口癖でした。それにあの日の…兄上が家を出ると言い出した時に「傷つけるようなことを言った。それが原因で家を出てしまった」としばらく塞いでいた時期もありました」
まさに新事実だ。マリアンは俺に対して申し訳なく思っているというのだ。それにミランダとマリアンは、あの時にきちんと話し合いをして、互いを理解しあったらしい。それこそ今では姉妹のように仲がいいらしい。
「それは…、何と言うかありがたいし嬉しいものだな」
上手く表情を作れずにモジモジしていたら、ジョージに笑われたので空気を変えるために、本題に入った。
「そろそろ本題に入ろう。レモ姉のことで相談があるんだ。経緯はマリアンさんから聞いている。3日後に馬鹿王子とレモ姉がここに来ることもだ」
「はい。おそらく護衛たちを我が物顔で引き連れて来るでしょうね」
「ああ…、それで確認なんだがあの馬鹿王子がここに来る目的ななんだか分かるか?」
「ここに来ることは私も手紙で今日知ったので、あくまで推測でしかありませんが…」
言いながら目を閉じて、内容を整理するように腕を組む。数秒後、目を開けて確信を持ったように告げてきた。
「最もありそうなものは、外堀を埋めることでしょう。求婚相手の実家にくっついて帰省するんです。その事実だけで周りは勝手に想像してくれますし、その手の噂を流すのがグラシャス殿下は上手いらしいんです」
情報操作が得意なのか…。やっぱりただの馬鹿じゃないんだろうな。これはもしかしたら、黒い噂もわざと流しているかもしれないな。偏見や先入観というものは、良くも悪くも相手の印象に強い影響を与える。思っていたよりも面倒な相手かもしれない。
それか、本人は噂どおりのアンポンタンで有能な腹心でも抱えているのかもしれないな…。
「後は…、お姉様は兄上のことが大好きですので、兄上から結婚を勧めるように手を回してくるかもしれません。それは私にも言えることですが…」
「なるほど、その考えは無かったな。レモ姉が俺たちの意見で、考えを改めるとは思えないけどな…。本人は求婚を断っているんだろう??」
「はい、手紙から王子のことでかなりイラついているのが分かりました」
まぁかなりストレスも溜まっているんだろうな。ここまでの道中で爆発していなければいいけど…。
「よし。なら話は簡単だ。既成事実作りが目的でも、俺たちの説得であろうとも断ることを前提に話を進められる。今回の件に陛下は特に関わっていない上に、第三夫人として求婚なんだよな?」
「非常に憤りを覚えますが、その通りです。明らかに優秀な魔法使いを囲いたい、という思惑が見え隠れしています。陛下は特に何もご意見を出していません」
王子の嫁について、国王が口を出さないってのは異常だろう。王族が必要以上に関わってくることも無いわけだ。ならば敵は馬鹿王子だけだ。
「…どうやって結婚に抵抗するかだな。王子が相手じゃ他の婚約者を擁立するのも駄目だな……。だとすれば王子自身にこちらから手を引かせるように弱みを握る必要があるな」
「そんなことが可能なんでしょうか?」
「…分からないな。でもどうにかしないとレモ姉が馬鹿王子に嫁ぐことになる。そんなことは認められない」
「そうですね! お母様たちとも相談する必要がありますね」
「ああ、いいお知恵をお借りしよう」
その日の夜は色々な意味で盛り上がった。
食事もおいしかった。
居心地も良かった。
マリアンとも沢山の話をした。
楽しい時間を過ごした。
本当に楽しかった。
気持ちが安らいでいくのが分かる。
ここは俺の実家なんだ、と改めて感じることが出来る。
旅に出るのが少しだけだが、辛くなってしまうな…
「母上。入りますよ?」
俺は約束どおり、食事の後にミランダのところへと向かった。
「いらっしゃい。お夕飯は楽しかったわね。さぁ入って」
部屋の中は、さっき来た時には無かった独特の魔力で満たされていた。
嫌な感じはしなかったが、その圧力は部屋に入ることを躊躇してしまうほどだ。
「安心して、精霊を召喚するために準備をしているから、下位の精霊たちが沢山集まってきているだけよ」
「…精霊ですか? 初めてこんなに力を感じます。これから何をしようと言うんですか?」
「何って、簡単よ。クオンと契約してくれる精霊を召喚するのよ」
「えっ? でも俺には精霊魔法の適性は無いですよ??」
「ふふふ」
俺の問いには答えずに、意味ありげな微笑を浮かべながら俺をソファーに座るように促す。
「クオンは精霊について、どれくらい知っている?」
【育成道場】にも精霊のスペシャリストはいた。ただ、ミランダのほうが優秀だと本人が言っていた。そもそも彼は知識としてのスペシャリスで、精霊を従えてはいなかった。でも適性の無い俺に基本低的な知識と、精霊魔法についての対処法などを教授してくれた。
「私が知っているのは基本的なこと程度です。精霊とは魔力とは別の自然界に溢れる魔素が長い年月を経て意思を持ったものだと聞いています。また意思を持った精霊がさらに大量の魔素を吸収したものは自我を持ち、上位精霊ともなると数百年・数千年と自我を保ち続けていることがある。精霊魔法とは、彼等に魔力を分け与えて魔法の行使を肩代わりしてもらう。もしくは特定の精霊と契約をして、その能力の恩恵を得ることだったと思います」
「偉いわぁ。しっかりと勉強しているわね。ちなみにこの部屋に溢れているのは自我を持たない下位の精霊たち。そしてこれが…」
ミランダは言いながら左の指輪に魔力を込める。
「出てきて、ウォルナ!!」
ミランダが呼びかけると指輪が光り、いつの間にか半裸で姿が透き通った美麗な女性が現れた。その姿は所々人間ではない部分があり、その代わりに魚類のようなものが見える。これが精霊か…。
「ミランダ、この少年は誰ですか? あなたに近い魔力を感じますが…」
「私の可愛い息子よ。ウォルナを見て欲しくて姿を見えるように召喚したの」
「精霊なんて初めて見ました。こんにちは、ウォルナさん」
「あら、礼儀正しい子ね。ではこのクオンが例の子ね。私はミランダからウォルナという名を得た水の精霊よ」
「…名を得た??」
「そう。上位精霊との契約にはその精霊を個として留める為に、名を与えて縛るのよ。だから契約には高い精霊魔法の適正が必要なのよ。精霊に契約してもらうには精霊に好かれなくちゃいけないの。適性がないと精霊に好かれることもないし、知覚することも出来ないわ」
だから見えるように召喚した、ということか。適性の無い俺では見ることも聞くことも出来ないはずだものな。
「でも俺には適性が無いから母上の言うように、精霊契約は出来ないのではないですか?」
「えぇ、普通の方法では無理よね。でもこれには裏技があるのよ」
「それは単純な相性だ。精霊と人の単純な相性が高ければそれに精霊魔法の適性は必要ないんだ。実際にミランダの適性は高くないが、上位精霊の私と契約を結ぶことが出来ている」
精霊本人であるウォルナがそう言っているのだから、真実ではあるのだろう。
「では、先ほど母上がおっしゃっていた精霊を召喚するための準備とは…」
「クオン、あなたと相性の良い精霊を呼び出すためのものよ」
そう言ったミランダの顔はどこか誇らしげで破顔していた。




