1-1 転生だとは思わないじゃん
「おぎゃぁぁっ、おぎゃぁぁっ、おぎゃぁぁぁぁぁあああああ」
ここは生前の俺の部屋よりもかなり大きなところだ。豪華な装飾が施されたベビーベットに一人の赤子が元気良く泣いている。
この赤子の名前は『クオンセル・スチュアート』といって、愛称はクオンだ。『魔法国家バスタリア』のスチュアート侯爵家の嫡子であり、『倉本真治』こと日本人が生まれ変わった人物、そう俺のことだ。
この部屋には窓はなく、電球ではない物で部屋に明かりがついている。
……そう。俺は地球で生まれ変わると思い込んでいたのだが、神様が言うには、ここはまさかの異世界だ。漫画や小説などのファンタジーな世界に転生するなんて……。
あの威厳の無い神め、きちんと説明をしろよ! 失敗した。これは完全に失敗だ。
転生する前に貰った祝福はきっとチートな能力が手に入るはずだったんだ。
あの時のやり取りを思い出す。
あいつは最後に「勇者になろうが魔王になろうが、あなたの自由ですけどね~~」なんて言っていたな。
つまり、この世界にはそんな存在がいるわけだ。しかもそんな存在になれるようなことを示唆している。
俺って勇者にもなれたのか……、なりたかったな……。
でもさ明らかに特殊な能力とか貰えないまま転生してしまったよね……。これを失敗と言わずになんと言うのか。健康な体と勘がいい……、ってただの一般人じゃん。
やっぱり俺は短絡的に物事を進めてしまうようだ。どうせなら悪をバッタバッタと倒せる能力でも貰えばよかった。神様も俺の要望を聞いた時にそんなんでいいの? 的なこと言ってたしな。少し考えれば何か違和感に気づけたかもしれないのに……。
生まれ変わっても同じなのだろうか? だったら頑張る必要も無いんじゃないか?
……いや、諦めるのはまだ早い。早速挫折しそうになる心を立て直す。
だってまだこの人生は始まったばかりだ。俺はまだ自分の足で立ってもいないじゃないか。生まれたばかりの赤子なので、文字どおり立つどころか寝返りも満足にできない。
俺は他人のために頑張れる立派な人間になるんだろう。勇者になれなくても、それなりに頑張って人のために生きれる人間になろう。
などと粗方の反省とモチベーションを上げていく俺だったが、問題が一つ生まれた。それは現状の不自由さにある。さっきも言ったが、俺は現在赤子の状態なので喋れないし、動けない、救いは意識ははっきりとしているので思考に問題は無い。無いのだが、恐ろしい程にやることが無い。それに赤子だからかすぐに眠くなる。長時間物思いにふけることは出来ない。
仕方が無いので、まずは世話をしてくれる人物を細かに観察していくことにした。
というのも、彼彼女らが話している言葉の意味が全く分からなかったからだ。神の爆弾発言により、この世界はもともと俺が存在していたものとは異なる世界だと信じるようになったものの一つがこの言語だ。さあまずはここからだ。俺は決意を新たにしたところで、寝ることにした。だって眠いんだもの…。
半年程かけて使っている言語をマスターした俺は、自分の置かれた状況を理解するために情報収集に力を入れることにした。しかし、この一室では得られる情報はあまり多くない。それに赤子なので活動時間も短い。気を抜くとすぐに眠くなる。それでも分かったのは大体こんなものだ。
・我が家は魔法国家バスタリアの侯爵家で、代々魔法使いとして国に使えてきた名門貴族らしい。
魔法がこの世界にはあるのだ。この事実を知った俺はもう心が躍りっぱなしで、しばらく泣き止まなかった。今後の楽しみが一つ増えた。
また、俺はこの侯爵家の嫡子なので将来の侯爵様だ! へへへっ。
・俺に乳を飲ませてくれているのは乳母で、実母は未だに顔を見せてはくれない。これには理由があって、俺を産んだ際に体調を崩してしまい療養中だということだ。
俺はまず、ある程度体が大きくなったらこの母を助けるために色々やるべきだ。と、まだ見ぬ母に何かできないかと考えることにした。
・文明レベルが低い。イメージは江戸時代くらいな印象を受ける。とは言っても調度品などは西洋風なので、正確には分からない。別に歴史に詳しくはないので正確には分からないが、電化製品は当然の如く無いので不便だろうなと思ってしまう。
あまり、生活水準は高くないのだろう。しかし、自分が寝ているベットなどは見事な装飾が施されているのでこういった趣向品の職人レベルは高いのかもしれない。まあ一部の上流階級しか持っていないだろうが…。
生活用品に魔法が使われているようで、部屋に備え付けのランプのような道具に、乳母が手をかざすと明かりが灯っていた。電気の代替品のようなイメージで良いのかもしれない。
人間たちも姿形も欧米人のように顔の彫は深く、様々な髪色や瞳の色をしている。髪色については原色のような奇抜な色の人間もいる。
まぁ、分かった事はこんな感じか。何というか本当にここは地球じゃないんだな、と思ってしまう。
そんなある日、ちょっと衝撃的な出来事が起きた。
「この子がクオンセルですか? 髪も瞳も闇のように真っ黒で薄気味悪いですね」
(ぅお! 何か美人が部屋に入ってきた)
赤みがかった見事な金髪をなびかせながら、派手な服装の妙齢の女性が入ってきた。
「どれ、私も抱いてあげようか」
そう言うなり乱暴に俺を持ち上げる。
(痛ぇ。なんだこいつは。赤ちゃんはもっと大切に扱えよ)
「マリアン様。お気をつけください」
「なんだ。お前は私に意見をするのか? 私もレモニアで子育ての経験はある」
乳母に窘められるも、彼女は俺を乱暴に扱うことをやめない。
(何者だ? まさかこいつが俺の母親なのか?)
「ほら、レモニアよ。これがあなたの腹違いの弟ですよ」
そう言うなり俺の体をぞんざいに扱いながら、後ろにいた少女に渡そうとした。
「おぎゃぁぁっ!」
あまりの扱いに感情が高ぶってしまい、俺は反射的に泣き出してしまった。
「お母様、赤ちゃんを乱暴に扱っては駄目ですよ。泣いてしまったではないですか」
そう言いながら、俺をあやそうとする少女は金髪をポニーテールにした笑顔の可愛い子だった。どこと無くこの美人に似ているな、と碧眼の瞳に映る自分を見ながら考えていると…。
「レモニア、男の子は少しぐらい乱暴に扱っても大丈夫よ」
「お母様。またそんなこと言って。見てください、こんなに可愛いのに泣いてしまったではないですか」
俺を抱き上げながら、レモニアと呼ばれた少女は優しく声をかけてくれる。
「私がお姉ちゃんですよ、クオン」
ふんっ。と、鼻を鳴らしながらマリアンは俺を睨んでくる。
(ああ~、これって腹違いの姉との初対面なのか? ってことはこの美人さんにとって俺は血が繋がらない息子ってことか。
というか何か嫌われてないか俺? まぁ夫が別の女とこさえた子供なんて好きになれないか。でもこのレモニアはそういうのとは関係無さそうだな。
「ほら、もう行くわよ」
「えぇー、まだクオンと遊びたいです」
「そんなことを言って…、もう勝手にしなさいっ」
マリアンはそのまま機嫌が悪いことを隠そうともせずに、部屋を出て行った。
残ったレモニアは俺をベットに寝かせて、乳母と楽しそうに俺についての話をしている。
(嵐のような出来事だったな…。まあいいや、疲れたから寝よう)
少し不安になってしまう出来事だったが、すぐ殺されることはないと思う。
やることないな…。
そのまま俺は眠りにつく。寝る子は育つって言うしね!




