1-16 免許皆伝
俺はキシリの口から出た『魔王出現』が何を意味しているのかを考えてみた。
この世界には明確に勇者や魔王と呼ばれているものたちは実際に居る。
それは歴史上の独裁者と革命家の戦いのことであり、世界征服を企んだ帝国を打倒した小国の王子であったりと…。歴史上の出来事を脚色や美談にしたりして伝承に残っていたりするのだ。まぁ、過去のことなので事実は確かめようがない。
つまり、ここでいう魔王は恐怖の対象ではあるが紛れも無い人類であり、魔族といった種族ではない。そもそも魔族と呼ばれる存在はおらず、魔物を魔族とする考えも無くはないが、その生態が多岐にわたっていたり、一部は人と共に生きているものも居るのでその考えはあまり主流じゃない。
ちなみに勇者に関しては、そういった悪行をした人物を正すように倒したり、善行を行った人物や、革命をなしたものたちのことを指す。
このことから、キシリの言った『ネパシーヴァ教の予言』は世界の終末を示唆したものではなく、大きな戦乱の世が来て強者が国々を滅ぼす、と言ったような解釈になるはずだ。
俺はこの推測を口にしてみる。
「つまりネパシーヴァ教は大きな戦争が起きる、もしくは戦乱の世を迎える、と訳することが出来るというわけですか??」
「そうだ。予言がされてから各国の教会からこのことは為政者の耳に入っているだろう。その為なのか、それから大きな戦争は無かったんだ。小競り合い程度はあったけどね」
「では、その予言は外れたのではないですか?」
「そうかもしれない。しかし、教会の姿勢は変わらず予言を信じているし各国も戦力の充実を図っているようだ」
今では各国が互いに牽制をし合っている程度で問題は無いということか…
「では、師匠は何を私におっしゃりたいのですか? まさか、戦争の火種になれとか? もしくは軍に入って国を守れと言うのですか?」
気になるのは、なぜこのタイミングで俺にこの話をしたかだ。変な役目は負いたくないんだよな…
「そんなことは期待していない。アンタみたいな出来損ないは戦争の役にはたたないだろうしねぇ」
ニヤニヤしながら嫌味を言ってくるが、この攻撃はもうこの10年で慣れたものだ。
「で、私に何をしろというのですか? お・ば・あ・さ・ま?」
俺が反撃すると、ムカついたのか俺を睨んでくる。反撃されるって分かってるんだから、挑発なんかしなきゃいいのに…。俺は心の底からそう思う。
「アンタに頼みたいことは1つだけだよ。まず前提としてだが、私が弟子を取って後進を育てているのは、この予言に備えてのものなんだ。大きく目的は二つあって質の高い戦士をつくる、というものと大陸各国の情報収集だ」
「戦力増強は分かりますが、情報収集とは??」
「アンタはここの施設のわりに弟子が少ないと思ったことはないかい? これは入門審査が厳しいという理由だけではなくて、弟子を世界各国に私の『耳役』として派遣しているからなんだ。表立って他国の要職についている者もいれば間者のように、水面下で動いているものも居る。アンタにもその役を担って欲しい」
「それは、どこかの国に仕官しろと? あいにくですが間者が出来るような技術は持っていませんよ?」
「そんなことは期待していない。アンタには旅をしながら何か違和感を覚えたら報告をして欲しいのさ」
「違和感ですか? 具体的には?」
「ネパシーヴァ教関係もそうだが、傭兵の移動や戦争の前兆を感じたりしたら教えて欲しいだけだよ」
「分かりました。では報告の仕方は?」
「簡単だ。あたしの弟子に伝えてくれればいい。そいつらから情報をあたしは得る。あたしの弟子は、うちのシンボルが入った武具とこのイヤリングをつけることになっている」
そう言って、銀の装飾が入り先端に紫の魔石がついたものを渡してきた。
「これはイヤリングは、対外的にはあたしのとこの免許皆伝の証みたいなものだ。まぁ、アンタのことだ。しばらくは定住せずにぶらぶらするんだろう? その先々で弟子に会ったら何か伝えてくれればいいんだよ。別に旅の邪魔をしたいってわけじゃないよ」
「分かりました。それぐらいでしたら協力させていただきます」
まぁ、これぐらいなら負担になるわけではないし、各地の弟子から逆に何か情報を貰えるかも知れない。利用できるものは利用しよう。
そう思い。しばらく雑談をして俺は執務室を後にした。
――――――
――――――コンコンコン!
クオンセルが部屋を出て行った後、しばらくすると別の人間が入ってきた。
「入りな」
「…邪魔するぜ」
入ってきたのはウェンキッシュと、高弟の一人で間者のまとめ役をしてもらっている奴だ。
「ウェン、何か用かい?」
ウェンキッシュの顔を見れば何故来たかの大方の予想はつく…
「分かっているだろう! クオンのことだ。何故ネパシーヴァ教の話をした。それも間者たちのことまで話しやがって。アイツに変なことに首を突っ込ませるんじゃねぇ! 死んじまうぞ!!」
ほら、やっぱりこのことだ。ウェンキッシュはクオンに甘い、こいつには子がいないから親のような気持ちになっているのかもしれない。
「どっちみち、旅をしていれば出会うことになるんだ。早めに知っといて何が問題だい?」
「そんなことを言ってるんじゃない、孫を利用するなって言いたいんだ!」
「それこそ、余計なお世話だ。うちの話に首を突っ込まないでおくれ。そもそも、クオンはネパシーヴァ教のことを大して気に留めていないはずだよ。むしろあたしの弟子たちと接点を作って、情報を聞き出そうとか考えているんじゃないかね?」
あのクオンがそんなことを思いつかないはずが無い。あいつは頭のいい子なんだ。
「しかし、危険に巻き込まれたら…」
「アンタらしくないね。成人した男が旅に出るんだ。危険の1つや2つはあるだろうよ。それにクオンが簡単に死ぬように鍛えたつもりは無いよ! アンタもそうだろうよ?」
「………。確かにそうだ。あいつはA級の冒険者クラスの実力は持っている。だがしかしな―――」
「―――ウェン! アンタはクオンを心配しすぎだ。本当にらしくないよ」
あたしは蒸留酒を煽る。ウェンは無言であたしからビンを奪うとそのまま蒸留酒を口にした。
酒も入って、少しは落ち着いたようだ。
「少しよろしいでしょうか?」
今まで大人しくしていた高弟が口を開く。
「…言ってみな、ポルン」
「では、ウェンキッシュさん。師匠はクオン君のことを心配なさっておいでですよ。でなければあのイヤリングをお渡しになりません。間者のことについても存在を明かせば、接触しやすいですし安否も確認できます。私の方からも間者たちに彼の手助けをするように言えますしね」
ポルンは言いながら、テーブルに新しい酒ビンを渡す。
「それに、私の魔法【精霊伝言】のことはご存知でしょう? 師匠もらしくないほど心配していますよ?」
そして、あたしの方に向き直り、何か面白そうなことを思いついたようだ。ポルンの顔がニヤけている。
「ほら、師匠をご覧になってください。私の推測が正しかったようですよ? 図星を疲れてお顔が赤くなられています」
思わずほほに手を当てると、確かに熱を持っている。
「くっ、ははははは! 確かにキシリのそんな顔は珍しいな!」
あたしは反射的に手に持っていたグラスをウェンキッシュに投げつけた。
そして二人を睨み付けながら、叫んだ。
「人を馬鹿にしに来たんなら、さっさと出ていきな!!!」
あたしの癇癪に、二人は笑いながら部屋から去っていった。
しばらく静寂に包まれた…
「クオンなら、何の問題も無いさ…」
気づいたら口にしていた言葉が何を意味するのか、あたしには良く分からなかった。
――― 出発の日 ―――
いよいよ、出発の日だ。
俺は道場の出入り口である門の前に居る。
わざわざ俺の見送りのために、【武骨者たち】のメンバーが半数以上は顔を出してくれた。嬉しい限りだ。
「クオン君が居なくなるとー、寂しくなりますねー」
エスペランサが相変わらず無表情で語りかけてくる。
「俺もエス姉と離れると寂しいよ」
「………だったらお姉さんをお嫁さんにして、連れて行ってくれてもいいのよー」
「エス姉は俺には勿体無いって、きっと白馬の王子様が迎えに来てくれるよ」
最近定番のやり取りをしていると、少しだけ悲しそうな雰囲気をエスペランサは醸し出している。……嫁って冗談だよな?? 突っ込むと怖いので、そのまま流す。
「それよりもー、クオン君には私からプレゼントがありますー」
といって、白い布が巻かれた物を手渡してくる。手で早く開けろと催促するので、中身を確認する。
「こ、これは???」
中から出てきたのは、銀色に輝く手甲だった。見た目に反して軽く丈夫そうだ。
「何と、ミスリルの手甲ですー。ミスリルの板を何枚も加工しながらー、ズラして重ねてアイアンスパイダーの糸で結んであるわー。強度は勿論だけど、相手の攻撃をいなせるような形状になっているからクオン君に合うと思うのー。ブンセンスに頼んで調整してもらったからー、サイズはぴったりだと思うわー。でも、ミスリルが足らなくて左腕分しか作れなかったのー。後は細かい作業も出来るようにー、指周りは覆われてないから気をつけてねー」
胸を張って、解説してくれるエスペランサは表情にこそ出ないが、嬉しそうだ。
「凄いよ! エス姉!! こんなに高くていいものをありがとう。一生大事にするよ」
抱きしめながら礼を言うと、彼女は照れくさそうに離れてしまう。
「よし、次は俺の番だ。これをやろう」
今度はウェンキッシュが、少々禍々しい形の手斧を見せてくれる。俺の手斧よりも刃の部分が大きい。柄は短く切れ味のよさそうな刃な光っている。
「…これは?」
「魔道具で、名を【三日月の斧】つってな。説明するよりもやってみた方が早いか。あの岩に向かって、魔力を少し加えて投げてみろ」
言われたとおりにして、岩に向かって投げてみた。それほど力を加えていないのに、投げた手斧は刃のほとんどが岩に埋まっている。
「よし、そのまま掌に魔力を少し込めてみろ」
すると、投げたときと同じ速度でお魔力を込めた俺の掌に戻ってきた。
「す、すごい。………こんなにいいものを貰ってしまってもいいんですか?」
「俺の代わりに、一緒に旅に連れて行ってくれ。きっとお前の役に立つだろう」
笑顔で頷きながら、俺の肩を叩いてくれる。涙がこぼれそうになってくる。
「それに、これは見送りにこれなかったグインからだ」
手渡された皮袋には、10本ものハイポーションや良く分からない薬が説明書きと共に数種類入っていた。
「こ、こんなに?」
「グインからの伝言だ。選別にワシのコレクションをやる。お返しがしたかったらもっと良い回復薬を見つけて持ってきてくれ、だそうだ」
ははは、何と言うかあの人らしい台詞だ。俺は回復薬のことを忘れないように心のノートにメモをした。
「さて、それじゃあ最後はあたしだね。出来損ない、後ろを向きな!!!」
「出発の時も出来損ないなんですね…」
「いいから、早くおし!」
これ以上渋ると水弾が飛んできそうだったので、潔く後ろを向く。
「………よし」
そう言って、キシリは俺の背中を叩く。
「これでアンタはうちの免許皆伝扱いの弟子だ。マントを脱いで見てみろ」
言われたとおり、マントを脱ぐと深緑の布地に赤で武骨者たちのシンボルである円に縦の三本線が赤く染められていた。
そこまで凝ったシンボルではないのだが、緑と赤の配色は何と言うか派手だった。
ちなみにこのマントはボスザルの毛皮で作ったものだ。ブンセンスと相談して裏側に色々と武器を仕込めるようになっている。油のような体液は付いていない。毛を抜いて鞣したら、ツルツルの肌触りの良いマントになった。
「それでは行って参ります。今までありがとうございました。何年後かにまたお会いしましょう!」
別れの言葉を告げて、俺は食料や水をくくりつけた馬に跨って後ろを振り返らずに進んだ。
目指すは実家だ!
この国から出るのだから、顔を出しておこう。
お読みいただきましてありがとうございます。
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