1-15 懸念
森でのヘアリーエイプとの戦闘を終えて、俺は無事に【育成道場】へと帰ってきた。
ウェンキッシュは王都に寄って、冒険者ギルドで魔石や素材を売りに行くため別行動になった。師匠への報告を早々に終えた俺は、そのまま鍛冶師のブンセンスのところへと向かった。
「ブンセンス、いるかい?? 戻ってきたよ」
ここは彼専用に貸し与えられている工房だ。武具屋のように陳列棚やカウンターがあるわけではないので、殺風景で鉄などの金属や油の匂いが鼻を刺す。だが持ち主の性格が出ているようで、汚いとか乱雑という印象はなく、必要最低限のものがきちんと置かれているようだ。
そんなことを考えていると、奥からお目当ての人物がやってきた。
「おお、クオン帰ってきたか。成果はどうだった?」
挨拶もそこそこに無駄話をする訳でもなく、俺の持ってきた素材について聞いてくる。なんというか職人って感じの印象を相変わらず持ってしまう。
「アイアンスパイダーの甲殻と糸、フォレストウルフの毛皮、ラミアの鱗、ビジョーネの牙と毒袋、クロウレイブンの羽と嘴……」
俺は道中に倒したモンスターの素材を作業場に並べていく。俺が持ってきたのは素材としても売れるが、ブンセンスに色々作ってもらうために売り物とは別にしてあったものだ。普段からお世話になっているし優先的によさそうなものを渡している。
「……フムフム。今回も大量だな」
「まあね、ウェンキッシュと一緒だから荷物運びは楽だし、何が素材になるかがすぐに分かるから手間も少ないしね」
「まあ、アイツはあんなんでも一流の冒険者だったからな」
そう言って、俺が並べた素材を手に持って状態を確かめている。
「あ、そうだ。これも使えないかな? できれば旅用のマントとかにして欲しいんだけど」
俺はボスザルの毛皮を手渡した。
「ん? こりゃあヘアリーエイプのものか?? にしてはでかいな…。それにやけに油でべたべたしているな」
「森で倒したヘアリーエイプのボスだよ。全長4メートルはあったから上位種か変異種だと思うんだよね。それにその油のせいもあって俺の手斧の刃は滑って役に立たなかったんだよ」
「ほう。そんなに防刃性に優れているのか?? 俺も初めて扱うからちょっと時間がかかるな。色々と試さなくちゃいけないしな」
「沢山あるから好きに使ってよ。期間に関しては来月には俺はここを出て行くからそれまでにしてよ」
「…分かった。それまでには最高のマントを作っておいてやるよ」
俺がここを出て行くのは、随分と前から武骨者たちの皆は知っていることだ。だが改めて口にした俺に、ブンセンスは少し目を伏せていた。
だが、いいものを作ってくれると約束してくれる辺り、やっぱりいい職人だなと実感する。
「そうだ。前に言われていたもん、大体出来上がっているぜ? ちょっと試してくれよ。微調整も必要かもしれないし…」
俺が前世に記憶から発想を得て、作ってもらったものを受け取る。
「ありがとう。相変わらず仕事が速いね。それじゃあ試してみたらまた来るよ」
俺は礼を言ってブンセンスに別れを告げる。そのまま道場へと向かう。その歩き方がスキップになっているのは仕方がないだろう。だって新しい武器は色々楽しみじゃん??
それから数時間後…。
道場の片隅を占拠して、俺は新武器の性能テストのために時間を忘れて身体を動かしていた。休みなく、使いこなすための技術を身体に染み込ませている。
目標物となる簡易の案山子に防具を着けたものが沢山配置されていた。だが、原型を留めているものは少なく、あるものは車に引かれたかのようにバラバラに、またあるものは防具ごと折れ曲がったりしている。
時刻は夜へと差し掛かっており、道場内も暗くなり魔力松明に明かりが灯るようになってきた頃になって、俺はその人物がこちらをじっと見つめているのに気づいた。
「………師匠?」
俺の声に反応して、暗闇から姿を現したのは出会った頃に比べて、さすがに年歳を感じるようになった皺の寄った目じりを上げた表情でこちらを見ている人物。そう俺の師匠であり祖母のキシリで、この施設の創始者だ。
彼女は俺の方へゆっくりと歩いてきた。
「……えっとぅ。どうしてこちらに? 遠征の報告はしましたよね??」
キシリが俺に会いに来る理由が分からずに、しどろもどろしてしまう。
「いやなに、道場の一部を独占して何か見たこともない武器を何時間も振り回している馬鹿がいる、って報告を受けたから見にきたんだよ」
「あ~~、迷惑でした?」
「その程度で気分を悪くする奴は、うちにはいないよ。今度はまた、随分と面白そうなものを作ったね」
「はい、とは言っても元々あったものを組み合わせて武器としたものですけどね。ブンセンスには無茶を聞いてもらいました」
キシリの軽口に笑いながら武器をまとめていく。
「色々と応用は聞くんですが、嵩張るのが難点なんですよね……。材料も純銀なので財布が寂しくなりましたよ」
「まぁ、今回の遠征でも稼ぎはかなりあったんだ。必要経費と思いな」
言いながら、俺の武器を手にしながら軽く振ってみたりしている。俺の様子を身に来るにしては変な雰囲気だな、と思っているとキシリが口を開く。
「…ちょっと話がある。ここじゃなんだ。片づけが済んだら、あたしの執務室まで来な」
そう言うと俺の返事も聞かずにさっさと立ち去ってしまう。ここを出て行く前に何か言いたいことでもあるのか? それとも単純に良くない話題なのか…。色々と推測してみるが防音設備のある執務室での話ということは、何か重要な話なのだろう。
そこまで考えて、さっさと片づけを済ませるためにボロボロの案山子たちを拾い上げるのだった。
「クオンセルです。入ります」
ノックをして、部屋の主の返答を待たずに中に入る。
「思ったより早かったね。まぁそっちのソファーに掛けてくれ」
促されて、俺は来客用のソファーに腰掛ける。キシリは手に一冊の本を持って俺の前に座る。
「さて、まずはアンタにこれを見てもらおうかね」
キシリは手にしていた本を俺に渡してきた。表紙にタイトルは無く、円の中に逆三角のシンボルが入ったものがあるだけだ。
「これは何の本ですか?」
「…その表紙のマークは何か知らないのか?」
「…?。 知りませんね。初めて見ます」
前世でもこのようなシンボルは身近には無かった。……と思う。
「そうか、それはこの大陸で布教している【ネパシーヴァ教】の聖書なんだ。その表紙のマークはそいつらの象徴なんだ」
「そうなんですか。聖書ね~~。ん? ………布教してるんですか??」
俺はこの世界に来て、あまり聞きなれない言葉に違和感を感じた。この世界には様々な神がいて、それぞれを土地や種族などで縁のある神を人々は崇めている。当然だが『教会』を作っていたり神殿があったりと、それなり金を掛けたりしている。ただし、これらは祭事などで使われる程度らしい。
この世界では基本的に、自分たちの神こそ讃えはすれど他の神を陥れたり、その信者と敵対するといったことは無いのだ。夫婦ですら別の神を信仰することがあるぐらいだ。
そんな世界で『布教』をするということは、相手を改宗させたりすることに繋がらわけで、あまりよろしくない行いとされている。
(何かきな臭い話だな)
「そうだ。布教だ。それも積極的に行っている。彼らはこの大陸の至る所に教会を立てて信者を増やしている。徒に他の信者と対立するようなことは無いのだが、突拍子もないことを言ったりして人々を煽ったりするんだ」
「………」
俺は口を挟まずに、キシリの話の先を促す。
「それにな、この国にもその教会はあるんだ。それで実はな、20年ほど前からある予言を触れ回っているんだよ」
言いながら、キシリはテーブルに備え付けてある蒸留酒を一口飲んで一息入れる。そして真面目な顔をしてこんなことを言った。
「これから遠くない未来に、国々は戦争で疲弊し、地は荒れ多くの人々が死ぬだろう。しかし、災厄はそれで終わらない。ある者の存在により、世界は暗黒の時代を迎えるだろう。かの者はこう呼ばれる…」
そして、憎々しげにあまり聞きたくない単語をキシリは口にした。
「…魔王だ。魔王の出現をネパシーヴァ教は予言したんだ」
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