↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女医乃深雪の記録ー快楽の追及ー日常侵食編  作者: 女医乃深雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/146

第96話 冷たい晩餐

都内の喧騒を離れた、会員制フレンチレストランの個室。 磨き上げられたグラスに注がれた赤ワインが、深紅の輝きを放っている。

「……ねえ、深雪」

前菜の皿を下げに来た給仕が退室すると、久慈真理子は少し声を潜めるように切り出した。 アルコールで口元は緩んでいるが、その瞳には探るような色が宿っている。

「あなた、先週院長室に呼ばれていたわよね? ……何か、私の話とか、出なかった?」

それは、彼女が抱える潜在的な不安の露呈だった。 自身の地位が、目の前の天才的な部下によって脅かされていないか。久慈はそれを確認せずにはいられないのだ。

深雪はグラスを軽く揺らし、表情ひとつ変えずに答えた。

「ええ。今の脳外科の研究成果は素晴らしいと仰っていました。……全ては、久慈先生の指導とマネジメントのおかげだと、伝えておきましたよ」


「……ふふ、そう」


久慈は安堵し、満足げに笑みを深めた。

「まあ、事実だしね。あなたが自由に研究できているのも、私が防波堤になって雑音を処理しているからなんだから」

久慈はワインを一口含み、自身の正当性を再確認するように頷く。 その「防波堤」という言葉で、彼女は直近の不愉快な記憶を思い出したようだった。

「防波堤といえば……この前の申請書の件よ。篠原委員長」

久慈は軽く溜息をつき、カトラリーを置いた。

「相変わらず堅いのよ、あの人。今回も承認印をもらうだけで一苦労だったわ。でもね、不思議なことがあったの」

「不思議なこと、ですか?」

「ええ。申請書の添付資料に、例の『多点センサー』の構造図を入れておいたじゃない? ……彼女、あれを見た瞬間、動きが止まったのよ」

久慈は、その時の篠原の様子を思い出すように首を傾げた。

「何か、急に顔が赤くなったり、呼吸が乱れたりして……。体調でも悪いのかと思ったけれど、それにしては反応が過剰というか。見ていて妙な**『違和感』**があったわ」

久慈には、それが政治的な焦りなのか、体調不良なのか判別がつかなかった。ただ、普段の冷静な委員長とは違う、奇妙な揺らぎを感じただけだ。


「……多点センサーに、反応したのね」


深雪がボソリと呟いた。

「え? 何か言った?」

「いえ、独り言です」

深雪はグラスの縁を指でなぞりながら、冷ややかな光を瞳に宿した。 (……なるほど。構造図という視覚情報だけで、彼女の神経回路は発火した、ということですか)


パブロフの犬のように。 理性がどう否定しようと、脳裏に焼き付いた快楽の配線図を見ただけで、身体が勝手に熱を持ってしまう。


「ま、最終的にはハンコを押してくれたからいいんだけどね。……さ、飲みましょう」


久慈は深雪の思考になど気づかず、機嫌よくグラスを掲げた。


「ええ。乾杯しましょう」


深雪も静かにグラスを掲げる。 冷たいガラスが触れ合う音が、確信を得た合図のように、密室に小さく響いた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。