第82話 自白の代償
カチ、カチ、とキーボードを叩く乾いた音が止まった。
深雪はモニターを睨んだまま、独り言のように、しかし決定的な拒絶を口にする。
「……やはり、グラフが80%で停滞したままでは、これ以上の有意なデータは望めませんね。委員長、今日の計測はここまでにしましょう。装置を停止します」
その言葉が、熱に浮かされた篠原の脳に、冷や水を浴びせかけるように響いた。
深雪の指が、シャットダウンのシーケンスへと動き出す。
「っ……、あ、……待、待って……っ」
理性が「助かる」と安堵するよりも早く、パッチに支配された脊髄が絶望的な叫びを上げた。
100%を一度経験し、今もなお不完全な熱量で灼かれ続けている神経系にとって、未完成のまま放置されることは、死よりも耐え難い「飢餓」を意味する。
「……ふ、ぅ、……んんっ……!」
篠原は、震える呼気を整え、可能な限り「委員長」としての平静を装って声を絞り出した。拘束ベルトの下で、肉体は勝手に小さな絶頂を繰り返し、ステンレスの台を濡らし続けている。
「……今、止めるのは……合理的では、ないわ……。ぁ、んんっ……」
深雪の手が止まる。椅子がゆっくりと回転し、無機質な視線が篠原を射抜いた。
「合理的でない、とは?」
「……あなたの、研究……。前回の、閾値をさらに突破した際の、反応曲線……データ、必要なのでしょう?……ここで止めれば、今回のパッチの、定着データも……不完全なまま、終わってしまう……。っ、あ、ぅ……」
篠原は、熱い吐息とともに漏れ出す本能的な声を、必死に論理の影に隠そうとする。
「私は……。あなたのデータのために、協力すると、言っているのよ……。……続きを、なさい」
深雪は立ち上がり、篠原の傍らに歩み寄った。
感情の読み取れない瞳で、拘束台の上で無様に震え、飛沫を堪えきれずにいる成熟した肉体を、ただの「物質」として観察する。
喉の奥から漏れる野卑な吐息が、彼女の「協力」という建前が嘘であることを物語っていた。
「……分かりました。被験者本人の強い意志によるデータ提供の同意、および計測継続の要請があったと記録します」
深雪の声には、感謝も嫌悪もない。ただの事務的な確認だった。
だが、その冷徹な「合意」の成立こそが、篠原にとっての真の墜落を意味していた。
「パッチの同期効率が最高値にある今、閾値を突破した際のデータには非常に高い価値があります。……では、これより追加計測プロトコルへと移行します」
深雪の指が、再びコンソールへと戻る。
篠原は、自分が自らの口で、この地獄の継続を選んだという事実に絶望しながら、次なる衝撃を待つために固く目を閉じた。




